第69話
「す〜。は〜…」
李華と紗菜と別れ、オレは自分の家の前だと言うのに深呼吸をしていた。
結局、帰り道では何の考えもまとまらず、のあと顔を合わせるのに踏ん切りがつかなかった。
「(リビングの電気がついてるし、のあはいるよな…会わないようにって選択肢は…まぁ無理だな…)」
あれこれと戦略とも呼べない無駄な時間を過ごして約5分。
変化はコチラではなく、アチラから起きた。
-バンッ!!-
「遅〜〜い!!早く入って来なさいよ!!出迎えて待ってるのに、入って来ないとか罰ゲームか何かなの⁉」
突然、開いた玄関の扉から、のあが飛び出さんとする勢いでオレに突っ掛かってくる。
まさか、深呼吸をしているところから扉一枚の距離に、その答えの出ない難問の元凶がいるとは思わなかったオレはポカンとすることしか出来なかった。
「いつもいつもタイミング悪く現れるくせに、コッチが待ってれば来ないって…慎弥は私に恨みでもあるの?」
「まさか玄関でずっと待ってたのか?」
質問に対して質問で返してしまったが、今の現状を理解する為に、何とか捻り出したのが、そんな言葉だった。
しかし、のあにはそれが気に障ったらしく、顔を真っ赤にしていた。
「そもそもね!私だけ先に帰ってるんだから、終わったら連絡くらいくれてもいいでしょ!!」
「えっ…いつもは『連絡いらない』ってスタンスなのに?」
「今日は別でしょ!!」
「別ではあるかもだけど…連絡しないと何かマズかったのか?」
「それは…心の準備とか………あぁ〜…と、とにかくまずは中に入りなさい!!」
我が家のハズの場所に、自分の意思とは別で入ることになった。
実際、連絡するつもりはあったのだが、顔を合わせるまではいかないが連絡し難かったのは事実であり、それを怠ったのはオレのミスだ。
下手に李華や紗菜に頼むのも『何で自分でしないの?』と言われるのが嫌だった訳で。
それにしても、のあが連絡一つでここまでムキになるのも珍しい。
もしかすると、のあの方も今日のことでオレに対して気になる何かがあったのかもしれない。
というか、そうだったら『オレも気が楽だな』という話なだけだが。
「(さすがにそれは出来すぎか…)」
この時、オレ達は普段では考えられない玄関での会話をしたことを後に悔やむことになる。
だが、今のオレ達はそれを察することなど無く、のあに伴われてオレはようやく帰宅を果たしたのだった。
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「で、どうだった?」
リビングのテーブルを挟んで向かい合って座わるやいなや、のあは唐突にそう尋ねてきた。
だが質問が余りにも漠然とし過ぎていてる。
「それって子供達の反応?それともステージの出来?それならオレよりも、のあの方が分かるんじゃ…?」
「はぁ………そうね。子供達は可愛かったし、本当に嬉しそうにしてくれて、私まで嬉しくなったわ。ステージの出来も事務所が手を貸してくれたのもあって満足のいくものだった。私はそう思ったけど慎弥は?」
「のあがそう思ったならそうなんじゃないの?」
「違〜〜〜う!!私が聞きたいのはそういうことじゃなくて!!」
「????」
ここまでの会話で、どうしてか のあが疲れた様な表情を見せる。
そういうオレも、ここにいる『のあ』と、ステージ上の『NoeRu』を未だに同一視することが出来ずにいた。
「まぁ慎弥だし、ストレートに言わないと判らないわよね…」
普通なら言い返してもいい場面だろうが、のあが何を聞きたいのか見当もつかないオレからは何の申し開きもない。
「ねぇ…『NoeRu』としての私。どうだった?」
「えっ……」
一番聞かれたくなかった問だったかも知れない。
答え次第では、のあを傷つけるかも知れないから。
「……………」
「やっぱりアイドルなんて慎弥は興味ないよね…」
「そ…そうじゃないんだ!」
のあの悲しそうな顔を見て、とっさに言葉にしてしまった。
だが言ったからには、もう引き返せない。
「本当にすごかった…『これがアイドルなんだな』って思ったし、子供達があんな笑顔と、何よりも希望を持ってくれたことが嬉しかった。のあに頼んで正解だって思ったよ」
「そう…良かった…」
のあが安堵し、肩に入っていた力を抜く。
でも言わない訳にはいかない。
「でもゴメン…オレにとっては『のあ』は『のあ』なんだ。アイドルの『NoeRu』はスゴイとは思うし感謝もあるけど、オレはステージ上の『NoeRu』よりもステージを降りた後の『のあ』のハイタッチの方が安心感を感じた」
「……………」
最悪、怒られると思ったが、のあからの反応はない。
「どうした?」
「なっ…!なんでもないわよ!!わ…私も今日は疲れたから、夕飯まで部屋で休むわね!!」
「おっ…おう…ゆっくり休んでてくれ。準備できたら呼ぶからな」
「う…、うん!!じゃあ後でね!!」
何故か焦った様に、のあは部屋へ急ぎ足で向かって行く。
オレはそれを見送ることしか出来ず、無力さを感じた。
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-バタン-
私は余裕なく部屋の扉を閉める。
慎弥にアイドル『NoeRu』としての実力を認めてもらえたことが嬉しかった。
だけど私はそれ以上に一人の女の子としての『石川のあ』に慎弥が安心感を感じていることを嬉しく感じてしまった。
いや、単純に『嬉しい』と言ってしまうのはもったいない程に私の心は喜びに満ちていて、意図せず顔がニヤけそうになる。
「(いや、まぁ…認めてもらうのが本来の目的ではあったけど…)」
アイドルである私は、自分で言うのもなんだが、人気だけはある。
だが、アイドルとして人気が出るにつれて本来の自分が薄くなる様な気がしていた。
認められているのはアイドル『NoeRu』で『私』は必要とされていない。
だから『私』を徹底的に消そうとしていた時期もあった。
でもそれは出来なかった。
それはきっと『s2kr』を好きな自分すら消してしまう気がしたから。
それだけに私は大多数に認められる『NoeRu』よりも、慎弥ただ一人に認められる『石川のあ』に喜びを感じてしまった。
アイドルとしては失格かもしれない。
でも私は初めて感じる、その幸せを手放す気にはなれなかった。
ふと、机の上に置かれたアシカのキーホルダーが目につく。
以前、慎弥が水族館のお土産に買ってきたものだ。
あの時は嫌々受け取ったキーホルダーを私は手に取ると、愛おしく胸に抱いた。




