第6話
『s2kr』を作った人に会いたいと、のあは言った。
確かに一時期は話題になった動画だが、アイドルでありながらドラマへの出演を果たし、プロのスタッフ達の素晴らしい仕事を見てきた彼女は、『s2kr』に何を感じたのだろうか?
「見つけ出してどうしたいか知らないが、わざわざ転校してまですることか?」
「ある程度の情報収集はしたんだけど
ほとんど手がかりがなかったの。だったら住んでみてでも地道に探すしかないかなって」
仕事を犠牲にしてまでと考えると、 とんでもない行動力だとは思う。
だが、そうしてまで探しだす価値が本当にあるのだろうか?
「動画だって削除されてるんだろ?今さら会うだけムダじゃないか?」
「ムダになっても構わないわ。それに手がかりになりそうなものが見つかったし、今さら引き下がれない」
「手がかり??」
のあが言った言葉が気にはなったが、引っ越して来たばかりの彼女が見つけられるような情報なら、動画が出回っていた頃に噂になっていてもおかしくはない。
オレもずっと住んでいて、そんな話は聞いたことがない。
「まぁ来週になれば解るから」
だが、のあの顔には自信の色があることが、少しだけ気がかりだった。
その週の土曜日。のあは予定していた通り、仕事の為に 東京へ戻って行った。
余談ではあるがウチの両親は李華との食事の後、通常通りオレには顔を見せることもなく、また仕事へと戻った。
しかし、普段から家にいないとはいえ、のあという新たな住人にも特に挨拶がないのは我が両親ながら自由過ぎて、大人として大丈夫なのか不安になる部分ではある。
そんなこんなで千坂家の週末は、のあが来る以前の姿が戻っていた。
三人が二人になり、賑やかさがなくなり寂しくなるかと思いきや、そこはさすがに李華というべきか、何かとオレを振り回し、そんなヒマなど与えてはくれなかった。
しかし、毎度毎度『兄をなんだと思っているのだろうか?』と兄の威厳やプライドはズタズタになった。
日曜日の夜になり、のあから連絡のあった帰宅予定の22時を過ぎ、予定の時間を1時間を過ぎても、姿どころか連絡すらない。
「のあさん。仕事で遅くなるのかな?」
「それにしたって今日中に帰ってくるつもりなら、もう新幹線には乗ってるだろ?」
「そうなんだけど…もしかして何かあったんじゃ!?」
基本、暴君の李華がこういった反応を見るのは正直、珍しい。
短い間とはいえ、のあとはソリが合う部分が多いみたいだし、きっと姉のように慕っていたのだろう。
その10分の1で構わないから実兄のことも気にかけて欲しいものだ。
「とりあえず李華は家に残って連絡があったら知らせてくれ。オレは近くを見てくる」
「うん…慎にぃ頼んだよ」
頼られては気合いを入れるしかない。
それにしおらしい李華というのは調子が狂う。
それから30分ほど近所、特にこういう時の定番である公園等を探してはみたが、のあの姿は見つけられなかった。
李華にも確認を取ったが、連絡はまだないそうだ。
仕事で帰ってこれない線も確かに残っているが、連絡がない為やはり不安ではある。
のあが新幹線に降りてから寄るような場所があるとすれば何処だろうか?
考えをまとめてみる。
まだ街になれていないことを考えれば、学校の行き帰りか、入学式の後に案内した場所に絞り込める。
「例えば、のあの好きなもの……牛丼?」
だが食べてくるだけで、こんなにも遅くなるはならないだろう。
こんなことならば、変態と思われようが好きなものを洗いざらい聞いておくべきだった。
「他だとすれば…あっ!いや、でも…」
のあが自分から行きたいと言った神社。
しかし、神社の中は街灯もロクになければ、今は月明かりもない。
こんな時間に女子高生が行く場所としては、そぐわない場所だ。
だが他にアテがないのも事実。
行くだけ行って見つからなければ、また別の場所を考えるまで。
今は行動することを先決させて走りだす。
「やっぱり外したかな?」
到着した神社は予想通り暗く、やはり間違いだったのではないかという思いを強くした。
ここまで来たのだからと、のあが見つかるようにと、お参りをすることに決め、足元もよく見えない参道を記憶を頼りに歩いていく。
なんとか本殿の前の賽銭箱にたどり着き、財布から指先を頼りに小銭を取りだし、投げ入れた。
キチンと賽銭箱に入ったのを音で確認し鈴を鳴らそうかと思ったが時間が遅いので、かしわ手だけを打ち目を閉じようとした時、『ドスッ』と何かを叩き叩きつけるような音が耳に入った。
慌てて本殿を見るが、耳を澄ませてみると、音は本殿からではなく裏手から聞こえることに気づいた。
音は断続的に聞こえてきて、同時にボソボソと何かを呟く声も聞こえ始めた。
心霊現象には弱くはない方だが、ここまで露骨だとさすがに気味が悪い。
逃げ出したい気持ちも多分にあったが、のあがいる可能性がゼロでない以上、このまま帰る訳にはいかない。
自分を奮い立たせ、暗がりの中をゆっくりと進んで行く。
近づくにつれ、音と呟く声が大きくなってくる。
遂に裏手に出る本殿の角まで着き、恐る恐る顔を出してみる。
しかし、暗がりの中では何かを確認するまでには至らず、今度は耳で探ってみる。
『アイツ…絶対に許さない……地獄に叩き落としてやる…………』
マジで怖い。
神聖なハズの神社に住み着く悪霊が何かにしか思えない。
見つかったら呪いの一つや二つかけられる。
『ドスッ…ドスッ…ドスッ』
音は声のすぐそばから聞こえ、まるで何かを殴るか蹴るかしているような音だった。
最早、一秒でも早くこの場所から立ち去るべきだろう。
そう決め、足に力を込めた時、今まで厚い雲に覆われていた空が割れ、月明かりが射した。
音のする方を向いていたオレの目に映ったのは悪霊とは別物だった。
言ってしまえば『鬼』。
正確に言えば『鬼の形相をした少女』だった。
いや、むしろ『のあ』だった。
明らかに怒りのその先にあるような顔は『悪霊よりも見てはいけないものを見てしまった』という感想を受けた。
それにしても、知ってる女の子のマジギレ顔はリアルにドン引きする。
アイドルがしていい顔ではもちろんないし、出来れば見たくはなかった。
ファンが見れば、よっぽどのドMでもなければ逃げ出しそうである。
まぁファンでなくても逃げるだろう。
だってオレが逃げたいし。
李華から頼まれていなければ逃げ出しているに違いない。
変な緊張感を持ちながら、のあに近づいて行く。
気にはなっていた音の正体は、のあが目一杯の力で木を蹴り飛ばしていたものだった。
てか、その木は神社の御神木なんだが…まぁ鬼アイドルだし神をも恐れないのか。
「あの~のあさんですよね?」
一応の確認の為に言ったが、あまりの怖さに『敬語』+『さん付け』になってしまった。
「はい~♪私がNoeRuこと、のあですが、ファンの方ですか~?」
振り返った、のあの顔はアイドルのそれだった。
怖っ!!女って怖い!!さっきまでの鬼の形相だったのに、今は100点満点の笑顔をしている。
しかし、相手がオレとわかったからか、今はその顔のまま硬直している。
「帰りが遅いから探しに来たんだけど、とりあえず大丈夫そうでよかった」
「あらあら。慎弥君じゃないですか。こんな時間にどうしたんですか?」
話が通じない。気が動転しているとはいえ、『慎弥君』なんて呼ばれ方は不気味でしかない。
「あのさ。別に誰かに話したりしないから落ち着いてくれる?」
「見てたの?見てたのね…」
しまった!!つい、そんなことを言ってしまったが、来たばかりにしておけばよかった!!
その間にも、のあの顔は暗くなっていく。
のあからすれば秘密を見られたようなものだろし、言葉が見つからないのかもしれない。
「なぁ。とりあえずストレス発散か何かに見えたんだが、なんでわざわざ神社なんかに?」
「だって他の場所なんて思い浮かばなかったし…」
依然として、のあの表情は晴れない。
高校生でありながらアイドルとして活躍するのあが、どれだけのストレスや不安を抱えているのかはオレには想像もつかない。
引っ越してきて負担が増えた部分もあるだろう。
「だったらとりあえず帰ってくればよかっただろ?」
「お世話になってる立場だし、何よりこんな所は見せられないと思ったから」
「バカだな…一緒に住んでるからこそ気なんて使うなよ」
オレの言葉に、のあはキョトンとしていた。
さっきは驚いてしまったが、今は一緒に住んでいながら気がついてあげられなかったことを申し訳なく思う。
だからこそ、伝えたい事を今は精一杯の言葉にする。
「まだ数日だけど、オレはのあのことを客だなんて思ってない。もちろん厄介だとも」
どのくらいの期間になるかは分からないが、千坂家の新たな住人になった少女へと。
「のあはもう千坂家の一員で、家族同然なんだ。だから家族に遠慮なんてするなよ」
きっと李華だって同じことを思っているだろう。
「いいの?…さっきの見たでしょ…きっと迷惑とか掛けちゃうよ?」
「そこは李華で慣れてるし。それにオレだって迷惑を掛けることもあるだろうから。お互い様だろ?」
両親とはあまり一緒に住んでいた時間が少ないオレではあるが、それでも両親は家族に違いないし、だったらのあだって今は家族の一員だ。
「……………」
のあは先ほどからうつむいたままだ。
勢いで言ってしまったが、のあを混乱させてしまったかも知れない。
時間にすれば20秒にも満たないくらいだったろうが、オレにはとても長く感じられた。
「ふふっ…ふふっ…あははははっ」
急に笑い出したのあに一瞬ビックリしたが、楽しそうな顔を見たらどうでもよくなっていた。
「急に『家族だ』なんて言われたら笑うしかなくなっちゃうじゃない。それとも私と結婚して家族になろうってこと?」
「そういう意味では言ってねーよ!?」
「ゴメンゴメン♪冗談よ」
調子が戻ったかと思えば、本当に気の抜けないヤツだ。
しょうがないから、指で拭われた涙は笑ったから出たものということにしておいてやろうと思う。
「じゃあ早速、家族に頼みがあるのだけど?」
「家族として聞いてやるよ」
「帰ったら私の愚痴でも聞いてもらえるかしら?」
「家族の頼みだ。朝までだって聞いてやる」
それからオレ達は李華に連絡を入れ、すぐに家へと帰った。
李華は、のあを喜び一杯で迎えた後、安心したのか、しばらくして寝てしまった。
のあとオレは風呂等を済ませるとリビングに集まり、本題へと入った。
若干、オレへ八つ当たりしたりもしたが、のあの仕事の話などはオレにとっても興味深く、同時に大変さを痛感するもので、オレは時に口を挟みつつも話を聞いた。
2時間を超えようかという頃、さすがののあにも睡魔が襲ってきたようで、うつらうつらとしたかと思うと、すぐにソファーに横になってしまった。
「おーい。寝るなら部屋に戻って寝ろよ」
4月とはいえ、まだ寒い季節。
暖房を付けていても風邪を引いてしまうかも知れない。
それに疲れているであろう、のあにはちゃんと休んで欲しい。
「う~ん…わかった………Zzz」
オレの願いむなしく、のあは静かな寝息を立て始め、安らから寝顔で熟睡しているようだった。
「…………仕方ないか……」
昔から李華が寝てしまうとベッドまで運ぶのはオレの仕事だった。
のあも家族なんだし放っておく訳にはいかない。
「よいしょっと」
持ち上げたのあの身体はビックリするほど軽く、のあより身長の低い李華と変わらないように感じる。
いつもオレの作る料理を美味しそうに食べてくれているが、やはり量などは気を使っている所があり、今となっては、こんなところにも苦労が感じられる。
「これからはメニューのバランスも考えてみるか」
面倒なハズのことだが、のあの為なら苦痛には感じられなかった。
『ガチャ』
久しぶりに入った元オレの部屋は、荷物の片付けも終わり、完全に『女の子の部屋』へと変わっていた。
少し緊張しながらもベッドに近づき、のあをそっとおろす。
『カシャッ』
シャッターの切られる音が静かな部屋の中に響いた。
意味も分からず、音のした方向、開けられたままのドアへ振り返ると、たまたま起きて来たのか李華がスマホを構えていた。
「慎にぃ…覚悟はできてるよね」
完全に李華が考えているようなことは起きていないのだが、タイミングが悪すぎる。
「裁判長。オレは無実です」
「被告人。未遂って言葉を知ってるかい?」
「未遂以前なんです」
「証拠は上がってるんだよ」
そう言って向けられたスマホには、オレがのあを襲っているようにも見える写真が写っていた。
「……………」
「慎にぃ…のあさん相手はマズイよ。紗菜なら何されても喜んでたはずなのに…」
「んな訳あるか!!オマエは親友のことをもっと考えてやれよ」
オレなんて広のこと………いや全然興味ないな。
「今の、これでもかってくらいの援護だったんだけど」
「意味がわからん…」
「慎にぃは色んな意味でギルティ」
「早まるな!!警察を呼ぶのはオレの話を聞いてからにしてくれ!!」
毎度毎度、李華はオレを犯罪者にする為に妹として産まれたのではないかと思えてきた。
その後、オレは誤解を解くために朝まで説明を続けたが、李華が納得するはずもなく。
最終的には朝になって起きてきた、のあによって救われたのだった。
「兄貴。お勤めご苦労様です」
「誰が兄貴だ!!それに縁起でもないことを言いやがって!!」
広の軽口に、妹によって刑務所行きが確定しそうになったオレは、ついマジな反論を返してしまう。
「なんだ?本当に何かあったのか?お前が全教科で爆睡なんて変だとは思ったが」
一睡もできないまま登校したオレは学校につくなり机に突っ伏して眠ってしまい、誰が何をしても起きなかったらしい。
ようやく放課後になって起きたオレに突き付けられたのは、各教科の先生方からの呼び出しだった訳だ。
「部活はいいのか?」
オレは広の問いに答える代わりに、逆に問い返す。
「あぁ。お疲れのところ悪いんだけど、今日は李華ちゃんへのインタビューの日だから慎弥も来てくれるか?」
「なんでオレも行かなきゃいけないんだよ。例の企画ならどうせ紗菜だっているんだろ?」
「鋭すぎるのも大概にしてくれよ~」
広はおどけたリアクションをとったが
、『美少女新入生特集』なら紗菜がいてもおかしくはないし、親友の李華と一緒の方がインタビューも楽だろう。
「そんな訳でオレは帰る」
「ちなみに、これはオレからのお願いじゃなくて、部長からの呼び出しだから」
「それを先に言え………」
部長の呼び出しを断ればヒドイ目に遭う。
前に用事があると嘘をついて呼び出しを断った時のことはオレの中でトラウマになっていて、何故か本当に用事がある時は大丈夫だという所が余計に恐さを感じさせた。
どうやって調べているのかは知らないが、部長には逆らわない方がいいというのがオレの中の認識だった。
「なんでも慎弥に同席して欲しいのが二人いるらしくてな。座ってるだけでいいから頼むよ」
「二人?」
一人は紗菜だろうが、もう一人は誰だろうか?
李華がオレを同席させるのは考えづらいし、万に一つそうだったとしても、わざわざ部長に言ったりはせず、直接的に脅迫してくるに違いない。
かといえ、他の新入生の中にオレを呼ぶほど近しい人物がいないことも確かだった。
『ガラガラッ』
オレの疑問をよそに広は部室の扉を開け、先に中へと進んで行く。
「おっもう来てたんだ。今日はよろしくね~」
「どもども~よろしくでーす」
「よろしくお願いします」
広の言葉に李華と紗菜が返事をする。
二人以外には誰もいないようで、ひとまず疑問が杞憂だったことに安心し、広に続いて入室する。
「慎弥先輩…来てくださったんですね」
入室してすぐに紗菜がオレを見つけた。
まぁ同席を頼んだのなら広と来ることは想定できるだろう。
「あれ、慎にぃも一緒なの?」
しかし、続いた李華の言葉はオレの予想の遥か外だった。
その直後、後ろに誰かが近づいてくる。
「慎弥もう来てたんだ。教室まで迎えに行っちゃったじゃない」
よく知る声でオレに話しかけながら。
「「慎弥!?」」
事情を知らない広と紗菜が驚きの声をあげる。
その反応は当たり前だろう。
「オレを呼んだのはお前だったのかよ…」
オレを名前で呼んだのが、あのアイドル『NoeRu』ならば。
「なんか私に学校新聞のインタビューしたいんだって」
なぜか楽しそうなのあ。
「う~~っ」
のあに向かって唸っている紗菜。
「はぁ……」
二人を見比べて面倒なことになりそうだと思ったオレは、深くため息をついたのだった。