第67話
ステージは終わった。
オレは、まだ興奮冷めやらぬ子供達を横目に見ながら撤収作業の手伝いをしていた。
「すごかったね!!」
「『また』って言ってくれた!!」
満面の笑顔で会話する子供達の目はキラキラと輝き、この光景を作った『NoeRu』こと『のあ』の凄さをまざまざと感じることができた。
当の本人はというと、ライブ後にいつまでここに居座る訳にもいかず、佐伯さんが用意した車で既に帰路についていた。
散々、今回の件ではワガママ(とはいえオレが頼んだことではあるが)とも言えることをやってきたが、そこはプロ。
観客である子供達の夢を壊しそうな再登場などはさすがにしなかった。
撤収作業も終わりが見え始め『あとはコッチでやるから大丈夫』という親方の言葉により開放されたオレは紗菜の姿を探していた。
のあのステージに集中していて不覚にも終わるまで気がつかなかったが、誠二くんと迎えに行った紗菜の姿がなかった。
「慎にぃお疲れ〜」
「おう李華か、今日は手伝ってくれてありがとな」
声を掛けてきたのは、今や子供達のボスポディション(そんなことを言うと怒られそうだが)となった李華であった。
「のあさんのステージも生で見られたし、楽しかったから良かったけどさ。それにしても…子供達は元気だね〜私ももう歳だよ」
そんなことを言いながら腰をトントンと叩く動作を見せる李華。
本気でそう思っているなら少しは落ち着いて欲しいものだが、言ってもしょうがないのは分かりきっているし、実際は動作に似合わず極めて元気そうなところを見るに『一度は言ってみたかった』という願望を叶えただけだろう。
「それはそうと紗菜みてない?一緒に観るものだと思って横の席空けておいたんだけど」
「あぁオレも探して…って、そうかあの空席はそういうことか…」
李華が座っていたのは最前列、しかも中央。
『子供達の為のステージだというのに何やってんだ!』と思っていたが気づいた時にはNoeRuが出て行った後だったし、子供達が座席を立って鑑賞していても李華は座ったままで邪魔にまではならなそうだったことから大目に見ていた。
しかし、李華の隣が空いていたことだけは最後まで疑問だったが、まさか一番の特等席を占領しているとは予想外だった。
「あのなぁ…お前達の為のステージじゃないんだぞ?」
「そんなことわかってるって。でも子供達が『李華さんここにどうぞ』って」
オレを『オモチャ』程度の扱いしかしなかった子供達が、李華に対しては完全に『ボス』扱いしていることに戦慄を覚える。
「お前、何をやったんだ…」
「別に普通だけど?」
決して普通ではない李華の普通によって、早くも上下関係の人生経験を得てしまった子供達だが、オレにはその経験が悪い方に行かないことを願うくらいのことしか出来なかった。
ひとまずは後で関係者様には詫びを入れないと、ダメだろう。
「(人選誤ったかなぁ…)」
「で結局、紗菜は?」
大幅に思考がそれてしまったが、本来はその話だったことを思い出し考えを戻す。
「えぇっと、オレが最後に会ったのはステージの前に誠二くんを探しに紗菜が出て行った時だな」
「誠二くん?あぁあの子か。あの子って多分、紗菜のこと…」
-ゴン-
李華の言葉を遮るように数週間前と同じように足の脛に痛みが走った。
「痛っ!!!!」
いや、本当は前回とは比にならないくらい痛かった。
まず音からして別物で、その衝撃にオレは堪らず尻もちをついてしまう。
「カッコ悪いとこ見せるな!!」
そう言い残し、オレの足を蹴り飛ばした犯人。
もとい誠二くんは去って行った。
「えっ?えっ…?」
訳もわからず周りを見渡すと、いつの間にか開け放たれた扉のところに紗菜が立っていて、誠二くんが部屋から出て行ったのを見送った後、こちらへ近づいて来た。
「慎くん。急に転んでどうしたんですか?」
『いやいや!見てたよね!』と叫びそうになったが、誠二くんが去って行った時に紗菜の見せた少し寂しそうな表情が何故か脳裏に浮かび、何も言えなかった。
「もう紗菜、どこ行ってたのよ!せっかく特等席を用意してたのに」
「李華ちゃんゴメンね。でも特等席ってどういうこと?」
「最前列のセンターに決まってるでしょ」
「なんで李華ちゃんがそんな席に…」
「みんなが譲るんだから座ったもの勝ちでしょ。だいたい子供達は…」
最早、オレが蹴られたことなどなかったように普段通り話し始める二人に、オレは蹴られた脛をさすりながら立ち上がり。
その頃には先程の件を追求する気も失せていたのだった。




