第66話
「慎弥、行ってくるね」
そう言って仮設ステージに向かって行く のあ。
その姿はオレの知る『のあ』ではなく、アイドル『NoeRu』そのものだった。
向かうステージの前で待つ子供達は、いつも聞いている大好きな曲のイントロに嬉しそうにはしゃいでいる。
まさかの『ご本人登場』には誰も思い至らなかったようで、まずは第1段階クリアと言える状況だった。
「みんな〜!!こんにちは〜!!」
NoeRuの第一声に子供達はビックリしたのか、言葉を失った。
しかし、それも一瞬のことで次の瞬間には憧れの人物が目の前に現れたことに歓喜していた。
「じゃあ一曲目、行くよ〜!!」
NoeRuの声に子供達のボルテージも上がっている。
そこからはライブそのものだった。
ここが少し前に作れた小型ステージと呼ぶのも寂しいものだったことなど関係なしにNoeRuのパフォーマンスは『素晴らしい』の一言。
オレを含め、ここにいる全ての人がNoeRuのステージから目が離せなくなっていた。
だからこそ時間が過ぎるのも忘れて、ステージは盛り上がり続けた。
だが、どうしたって終わりは来てしまうもの。
「じゃあ次の曲が最後になります」
「「えぇ〜〜!!!」」
子供達は残念そうに声をあげた。
『まだ終わって欲しくない』
それが本音だろう。
全てはNoeRuから流れる汗が物語っている。
それほどに全力を出したNoeRuのステージだった。
「私もまだまだ歌っていたい…でも今回はここまで。きっとまた、みんなの前でまた歌える日が来る。それまで私もみんなも笑顔で頑張っていこう。約束だよ」
NoeRuから掛けられた言葉に子供達が強く頷いた。
「じゃあ約束してくれたみんなにサプライズ!まだ発表していない新曲を歌っちゃいます!」
「えっホント⁉」
「すごーい!!」
NoeRuからのサプライズにしんみりしていた子供達も色めき立つ。
「(のあが苦労した甲斐があってよかった)」
のあがこのステージをするのに際して、一番こだわったのが『発売前の新曲を歌う』ということ。
初めは『まだ人前で披露できるレベルではない』と佐伯さんと衝突もしたが『だったら発売までに試す意味では悪くないと思わない?』と、のあによる説得により佐伯さんも渋々といった形で了承したのだった。
とはいえ、のあが自分の『試す』という言葉通りに行動するはずもなく、忙しい合間を縫って練習を重ね、子供達のためにパーフェクトなステージを完成させた。
《〜〜♪〜〜♪〜〜》
イントロが流れ始める。
その曲調は普段のアップテンポなアイドルらしいではなく、落ち着いたバラードに寄せた様な曲でNoeRuの歌声を最大限に生かすものだ。
だからこそ誤魔化しが効かず曲の雰囲気とは逆に難易度が高いものとなっていた。
「♪〜〜♪〜〜〜」
NoeRuが歌い始めると、そこは今までのステージとは別空間の様相を見せる。
「(ホント、どこでそんなに練習をしてたんだか……)」
実際、のあの様子は普段と変わりなく、時間の余裕もそれほどあったとは思えない。
しかし彼女は、それを苦にすることなく見えない所で努力を重ねていた。
それがどんなに大変かこの場で理解した、オレはきっとこの中で一番、NoeRuのステージに魅入っていたと思う。
オレが言い出したことから始まった今日までのあれこれ。
のあのやってきた努力に対して力になれなかったことを歯がゆく思う。
今日になるまで判らなかったのを申し訳なく思うほど、オレは のあに負担を掛けていたのだろう。
「今日はみんなありがとう!じゃあまたね!」
ラストの曲が終わり、NoeRuが挨拶をしてステージを降りた。
子供達は名残惜しそうにしながらも誰一人として、その場を動くことなく、NoeRuがステージを降りて姿が見えなくなっても拍手を送り続けた。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
佐伯さんがステージを降りたNoeRuにタオルを渡しながら労いの言葉を告げた。
それとは逆にオレは掛けるべき言葉を見つけられずにいた。
するとNoeRuは何も言わないオレを不思議そうに見ながら近づいて来た。
「慎弥、手だして」
「えっ…こうか?」
オレはおずおずと手をNoeRuへと向ける。
「イェーイ!!」
-パーァン-という音と共に二人の手が打ち鳴らされる。
いわゆるハイタッチだ。
「慎弥、ありがとう。最高のステージだった」
オレに笑顔を向ける彼女の姿はいつの間にか見慣れた『のあ』の姿になっていた。




