第65話
「私、追いかけてみます」
そう言って誠二くんを追いかけた私だったが、足の遅い私ではすぐに誠二くんの姿を見失ってしまった。
「公園にいてくれるといいんだけど…」
近くの公園は、よく子供達を連れて行く場所だけあり距離的にもそう遠くはない。
逆に言えば、これ以上に離れた場所となると1人で探すには範囲が広くなり過ぎてしまう。
「いた…!」
誠二くんは公園のベンチに1人、座っていた。
「(せっかくのステージ。誠二くんだって石川先輩の曲が好きみたいだし、聞かせてあげたい)」
石川先輩ことNoeRuの曲は子供達に大人気で、私もよく『歌って』と頼まれるので自然と覚えてしまった。
あまり上手くは歌えないが、誠二くんを含め、子供達は喜んでくれた。
「誠二くん」
「…………………」
誠二くんからの返答がないので、私はひとまずベンチの隣に座った。
「戻らない?本当は秘密なんだけど、今日はNoeRuちゃんが来て歌ってくれるんだよ」
「別にどうでもいい…」
返答があったことに安堵したが、同時に『あれ?』という疑問が生まれた。
「ほら、NoeRuだよ?いつも私に『歌って』って言ってるよね?好きなんでしょ?」
「僕は紗菜が歌ってるのが好きなだけだから…特に興味ない」
「私が…?」
最初に私の中に浮かんだのは、『嬉しい』というよりは『驚き』の気持ちだった。
正直に言えば、歌を得意とは思ったことはない。
カラオケとかも李華ちゃんに誘われてたまに行く程度ではあるが、学校の授業を含めて特に『上手い』とは言われたことがない。
ましてやNoeRuである石川先輩とは比べるまでもない。
「とりあえず今は戻らない?慎くんも心配してたし、みんなも誠二くんがいなかったら不安になっちゃうよ?」
「紗菜はやっぱりアイツがいいんだ…」
「『アイツ』って慎くんのこと?前にも言ったけど、慎くんは悪い人じゃないよ?」
「違う!!アイツはまた紗菜にヒドイことするに決まってる」
誠二くんの反応に『余計なこと言っちゃったかな?』と反省する。
誠二くんが慎くんの何を嫌っているのか判らない私が知った様な口で説明をしたところで、それが思った通りに届くことはないだろう。
人が人を認めるのは難しい。
それこそ理解し合うなんてことは長い間、一緒に過ごしていたとしても出来ることではない。
私が次の言葉を探して押し黙ると、誠二くんは意を決したように呟いた。
「僕は紗菜のことが好きだ…アイツと違って紗菜をちゃんと守ってやるんだ…」
余程、恥ずかしかったのか誠二くんの声はたどたどしかったが、その勇気を込めたであろう声は私に聞き返す余地もない程、真っ直ぐに届いた。
「…………………」
私はどう答えるべきなのか判らず言葉を探す。
誠二くんの気持ちは嬉しいが、私には大切に思っている人がいる。
ここで『子供だからそれは本当の恋じゃない』と誤魔化して答えようと思えば、きっと出来ないことはない。
だけどそれは出来ない。
いや、したくなかった。
何故なら私が誠二くんと同じくらいの年齢には既に慎くんのことが好きで、その気持ちを今もずっと育て続けているから。
もしも慎くんと歳が離れていても想いは一緒だと言い切れる。
「誠二くん…」
私は膝を着き、誠二くんと目線を近づける。
「あのね…私は慎くんが好き。昔からずっと…」
「でもアイツは紗菜を…」
「確かに近くにいれなかった期間は私にとってつらい時間ではあったけど、今は違う」
私は誠二くんの目を見据え、そして笑った。
「誠二くん私はね。自分から一番つらい役目になって、本当は誰より苦しんでいて、それでも『誰かの為』だからって我慢したゃう、あの人の助けになりたいの。守って欲しい訳じゃない」
卑怯な言い方だったかも知れない。
私は誠二くんの『守る』という言葉を真っ向から否定したのだから。
「なんでアイツなんかを…」
「判らないよね?でも私は長い時間を掛けて慎くんのことを沢山知ってきた。ずっと好きで居続けた。きっとこれからだって変わらない」
想いを刻んできた長さだったら誰にも負けない。
『恋愛に付き合いの長さは関係ない』なんて言うけれど、私にはそうは思えない。
刻んできた時間、『思い出』だって何にも負けない強さになる。
石川先輩が何を思って今回のイベントに出てくれる気になったのかは知らないが、それが慎くん絡みだというなら、私だって決意を持って一歩前に進む時が来るかもしれない。
慎くんを助けられる人に、そして一番近くに居るために…
だから…
「だからゴメンね。誠二くんの気持ちには答えられない」
私は真っ直ぐ誠二くんに答えを告げた。




