第62話
男性陣、女性陣に別れての親睦会(?)から時間は過ぎ、7月も半ばに差し掛かり学校では夏休みの予定を決め始まるものや、残念ながら期末試験という山から転げ落ちた敗北者たちが休み期間中の補習日程に青ざめていた、とある日曜日。
オレは以前、訪れた児童養護施設で普段は子供達の遊ぶスペースとして使われている広間に張られた暗幕の裏から、集められた子供達の様子を眺めていた。
「あの千坂くん。少しよろしいですか?」
「はい?なんでしょうか?」
オレに声を掛けたのは佐伯まりさん。
いかにも出来る女といった鋭い眼光の女性で、のあのマネージャーをしている人だ。
「改めて確認ですが、あの子とはお付き合いしている訳ではないんですよね?」
佐伯さんが『あの子』と言ったのは間違いなく、のあのことだろう。
「それはもちろん。いい友人関係だとは思いますが…」
「まぁいいでしょう。あなたの言葉を信じます。ですがあの子はNoeRuという芸能人でありアイドルです。それだけは忘れないように」
「はぁ…」
この人と顔を合わせてから、似たような質問を何度となくされた。
自分の担当する…しかもアイドルにその手の相手がいることはタブーなのは理解できるし警戒するのも当然だ。
「(しかも、一緒に住んでることも知られちゃったし…佐伯さんにオレのこと信用してもらわないと…)」
その原因となったのが今から二週間前。
のあからの突然の言葉だった。
「私、施設の子供達の前で歌いたいの」
「歌うって…それは前にダメって話になったんじゃ?」
以前、のあに直接頼んだ時は綾さんの反対と、その理由にオレ達が納得したことにより話自体が無くなったのだと少なくともオレは思っていた。
「綾さんが言ってたのは『事務所に内緒なのは』ってことでしょ?」
「でも『許可なんて出ない』とも言ってたし…」
あの話し合いの後に綾さんに聞いたが、二人の事務所は利益重視であり、今回のような事には許可が出た試しがないらしい。
「でも何もせずに推測だけで決めるのは違うと思った。私が自分の道を迷った時はいつだって『やってみる』方を選んできたから」
「確かにな。のあはいつだって急で、その度にオレは振り回されて…」
「なによ!『面倒な女』って言いたいの?」
「自分で言うか?まぁ大変なことはあったけど、不思議と のあの言い出したことで後悔したことはないんだよな」
オレが今までのことを思い返しながら苦笑を向けると、のあは恥ずかしそうに目線を反らした。
「ふん!だったら今回も私の力になれるように頑張ってよね」
「努力はするよ。で、具体的にはどうする?」
「最初は事務所…マネージャーに連絡してみてからね」
「大丈夫なのか?」
オレの知る限りにおいて、のあは転校以前から事務所の現状を芳しく思ってはいない。
協力するつもりはあるが、こればかりはオレが首を突っ込めることではない。
「なんとかするわ。でも交渉するにあたって、こっちも誠意を示さないと」
「誠意?」
「私は事務所の反対を押し切って転校しちゃってるし、さらに自分勝手なお願いまでする訳だし、あちらからすれば管理できない厄介者なの」
「人気があるからこそ出来る力業だな」
「でも今回ばかりはそうはいかない…」
オレは芸能関係には詳しくないが、のあや綾さんの話しから推測することはできる。
言ってしまえば、のあのワガママから始まったことなら尚更だということも。
「だからこそゴメン…私は今の現状を事務所に説明しようと思う」
「現状っていうと…オレ達のこともか…?」
「うん…でも慎弥達に迷惑をかけないことだけは絶対に約束させるから!」
のあの気遣いは素直に嬉しかった。
中学時代のオレ達は言わば『情報の拡散』によって関係性を失った。
のあはそれを危惧したのだろう。
「まぁあまり気にするな。オレと李華なら問題ないだろうし」
「慎弥…」
それを知っている のあだからこそ、オレ達に危害が及ばないようにと考えて言っていることは分かる。
だがオレの思っていることは別だ。
「のあが決めたなら、やりたいようにやったらいい。その為に遠慮なんてするな。だってオレ達は…」
のあがオレの風邪の時に言ってくれていた言葉を今度はオレの言葉で伝えよう。
「家族なんだからな」




