第60話
「すみませんでした!李華ちゃ…いえ裁判長!!」
こうして開かれた裁判もとい、独裁政治。
紗菜ちゃんが一生懸命に慎弥のフォローに回り、それに対して白崎先輩が的確に矛盾点を指摘していく。
そして私は二人に呼ばれるままに証人として、それぞれに都合の良い回答をしていった。
始めこそ突然の茶番にどんなテンションで参加するかを模索していた面々ではあったが、いつしか私達は時には真剣に、そして時には笑顔を交えながら話が出来ていた。
正直、途中からは内容も裁判とは関係なくなり、なんてことない日常会話にシフトしていた。
奇しくもその雰囲気は当初の目的であった女子会のものになっていた。
「ふわぁ~……」
そんな終わりすらないような他愛もない話を続けていると、李華ちゃんの口から大きなあくびがこぼれた。
「あっ…もうこんな時間」
「時間を忘れて話すのなんて、ずいぶんと久しぶりだったよ」
気がついた時には既に日付が変わってだいぶ過ぎていたが、白崎先輩はどこか満足気な表情を浮かべていた。
一方で紗菜ちゃんのまぶたはトロんとして眠たげだ。
「さすがにもう寝ようか。のあくん、構わないかい?」
「えぇ。明日も学校ですし、そろそろ寝ましょうか」
白崎先輩は今回の発案者である私に気を使ってか決定権を回してくれたが、満足間を得ていた私にはこれ以上、みんなにムリをさせる気はなかった。
「そういうことなら、李華っちと紗菜くんはもう寝てていいよ。片付けは私と のあくんでやっておこう」
「うん。そうさせてもらうね。じゃあおやすみ、朱音ちゃん、のあさん」
「すいません…よろしくお願いします。ではおやすみなさい」
紗菜ちゃんは申し訳なさそうにしていたが、やはり眠気には勝てなかったのか、白崎先輩に促され二人は李華ちゃんの部屋へと向かって行った。
「本当にこんなので良かったのかい?」
二人が去ったのを確認した後、白崎先輩は私にそう問いかけた。
「はい。シンプルに楽しかったですし、それこそが答えかと」
「のあくんが満足しているならそれでいいさ。ところで最後まで私を呼んだ理由がハッキリしないんだが?人数が必要なら綾でも良かったんじゃないかい?」
私は以前から白崎先輩がこのような発言をすることを気にしていた。
「どうしてですか?私は綾さんではなく白崎先輩に来て欲しかったんですが…」
「いや…今日の内容なら綾の方が巧く回せていただろう…?」
慎弥に聞いたことがある。
『白崎先輩ってあんなにキレイで隙もないのに、自分に厳しいというか…自分に無頓着なの?』
『あ~…オレも本人から聞いた訳じゃないし、ある人の想像ではあるんだけど…』
慎弥はそう前置きしつつも続けた。
『部長には「自分を認めてくれる人がいなかったんじゃないか」って誰かが言っていたのは聞いたことがある。「だから他人からの評価も、自分自身の評価も気にしなくなったんじゃないか?」っていうのも聞いたかな?誰の話だったかは忘れたけど』
その時は『そんなものかな?』ぐらいにしか考えていなかったが、綾さんの話を聞いて少しだけ理解できた。
だから『私から見えている先輩は違う』ということを私の本音で伝えるべきだと思う。
「私、白崎先輩をうらやましく思ってました…元は私と同じで『s2kr』のファンだった先輩が今はみんなと同じ方向を向いていることに…だから今はそんな先輩が私の目標なんです」
「残念ながら私は君に目標にされるような人間ではないよ。よっぽど君の方が…」
白崎先輩の言葉を否定する様に私は首を横に振った。
「それは違います。先輩は私には越えられなかった心の壁を破ったんです」
「心の壁?」
「いくら仲良くなったって昔からファンだったという感覚は簡単には抜けないんですよ。実際、映像を観た綾さんには『一人だけファンが混ざっている』なんて言われましたし」
綾さんは私の存在が慎弥達、幼なじみのバランスを崩したと考え、あんなことを言った。
私も『s2kr』をあれだけ見てきた綾さんが言うことだからと納得をしたが、それは半分正解、半分ハズレ。
私はただ空回りしていたのだ。
『私にとって憧れの人達と、自らのターニングポイントになった動画を作る』
そのことに気後れした私は、自然体であるべき映像に要らぬ力を入れ、結果として綾さんが感じた様な違和感を発生させた。
それに対して普段の白崎先輩からそんな空気を感じることは一度もなかった。
「でも、私はあれが悪い動画だとは思えないんだが…」
白崎先輩にそう言ってもらえるのは有り難かったが、きっとその感想を持ったのは先輩だけではなく、何度となく映像を確認した慎弥や先ほど観てもらった李華ちゃんや紗菜ちゃんも同じように感じているだろう。
彼らには映像の中の私がいつも通りに見えていたはずだ。
「私はたぶん『「s2kr」を作った人達』にどこかで緊張していたんだと思います」
「緊張?君はそういうのに慣れているんじゃないのかい?」
「確かに仕事上ではそうだったかもしれません。だけど私にとって『s2kr』は仕事以上のものだったので…」
曲がりなりにも仕事上ではある程度、緊張を制御できていた私は、自分ではみんなと上手くやれていると思っていたし、最近までは深く考えてもいなかった。
しかし、みんなとは逆に仕事上で取り繕っていた私を知っている綾さんにとって、それは不自然に映った。
以前、慎弥が『人なんて変化していくもの』と言ったように私は変わったのだ。
だから私にとってその変化は必要なことだったのだろう。
だが、それは私が求めていたものとは少し違う。
だから私は自分と似た境遇でも別な立場を取る先輩を気にし続けた。
「私は先輩に憧れていたんです。そして、それがうらやましかった…」
「私がのあくんの憧れ?」
「先輩の感覚は慎弥達と同じなんです。同じファンであっても私や綾さんとは違う。みんなと見えているものが一緒なんです」
私の理想はアイドルという存在であっても慎弥達の前では一人の『のあ』でいることだった。
だが慎弥達は私が思っているよりも自然に『のあ』という私を見てくれていた。
それなのに芸能人である私が、逆にみんなをそういった対象として見ていたのだ。
だからこそ白崎先輩の、みんなを理解して陰から支える姿は私にとっては輝いて見え、同時に私との差を明確に感じるものだった。
「私はみんなと対等でいたいんです…先輩みたいな本当の仲間になりたいんです」
「仲間か…のあくんからそう見られていたことは誇りに思うべきなのだろうね」
その言葉が余程嬉しかったのだろう。先輩が普段は見せない年相応の嬉しそうな顔を見せた。
「でもね。私だって、のあくんのことをうらやましく思っていたんだよ」
「先輩が私を?」
信じられない。
こんなにも私が憧れている先輩が、逆に私に似た気持ちを抱いているなんて。
「私はね。のあくんも知っての通り、ひねくれているんだよ。望む結果を得る為に自分ではなく周りを動かしたりね」
「は?…はぁ…」
私としては、それをひねくれているとは思わないし、それが出来るのは間違いなく才能だと思う。
それゆえに私は先輩が何を言いたいのか理解出来ずに生返事をした。
「自分の気持ちを真っ直ぐに伝え会う…そんな君達の姿が私には眩しく見えるんだよ」
「真っ直ぐというか、私の場合は破れかぶれではあるんですが…」
「それでも私には出来ないことだ。ただ最近は色々と考え過ぎているみたいだがね」
先輩の言うことは的確だった。
そして、それは私への『同じ仲間として見守っているよ』というメッセージでもあった。
「先輩の言う通りです。ふぅ……」
だからこそ先輩の想いを裏切らないように私も隠していた本音の扉を開くべく一つ息を吐いた。
「私は確かにファンの一人です。でも今は私だって仲間なはずです!!なのに私だけが
劣等感を抱いているなんて納得出来ない!!」
完全に子供の八つ当たりだ。
分かっているからこそ言えなかった。
みんなを困らせるだけだし、逆に私と距離を取られてしまいそうだったから。
「うん。のあくんらしいね」
「『らしい』って言われると微妙なんですが…」
「私からすれば褒め言葉さ。さて、そんな君への私からのアドバイスだが…」
なんだか、はぐらかされた気もするが、先輩の『ニヤリ』とした笑みに気後れしてツッコむタイミングを逃した。
そして
「だったら今度は君が『アイドルとしての』すごさを見せてやればいい」
先輩の提案に今度は私も『ニヤリ』と笑みを返した。




