第58話
「では今から『慎にぃは別にイケメンじゃないのに、女装姿は何故あんなにカワイイのか?』についての審議を始めたいと思います」
「異議あり!」
李華ちゃんから謎の議題が出された直後、いの一番に異議を唱えたのは紗菜ちゃんだった。
「では望月弁護人どうぞ」
「慎くんはカッコいいです」
「あーはい。そうですか、よかったですね」
紗菜ちゃんの意見に対し、ある程度の予想をしていたのか親友の李華ちゃんですら冷ややかな目を向けている。
「裁判長。よろしいでしょうか?」
「白崎検察官。発言をどうぞ」
そんな中でも冷静でいたのは、やはり白崎先輩だった。
「弁護人の意見は個人的な感情から来るものであり、真実を捉えているとは到底思えません」
「そ…そんなことないです!!李華ちゃんならわかってくれるよね…?」
「弁護人。やはり貴女はここが法廷だという自覚が足りないようですね」
「すみませんでした!李華ちゃ…いえ裁判長!!」
まぁここが法廷である訳はないのだが、李華ちゃんから注意を受けた紗菜ちゃんは小さくなりながら謝罪した。
そして出番のまだ来ない私はというと…
『いや…なんだこれ…?』と誰よりも冷めた目で状況を見ながら、何故こんな事態が起こったのかを思い出していた。
事が起こったのはほんの少し前。
私達に恋バナがムリだと判明した後だった。
「恋バナなんて私達には似合わないんだよ。そもそもそんなキャラじゃないし」
「確かに李華ちゃんには似合わないかも…」
「なんだと~!!」
「やめてよー!!自分で言ったんじゃん…」
李華ちゃんと紗菜ちゃんがじゃれているのを見ていると、白崎先輩が何か思い当たった様に顔を上げた。
「考えてみれば李華っちより慎弥くんの女装姿の方が女の子らしくて恋バナとかは似合いそうな気がするんだが」
「ぁ…朱音ちゃん…なんてことを…」
「いや別に男の子と比べてる訳ではないんだよ?ただ兄妹でも違うものだと思ってね」
「わぁ~ん…!!私はリアル女子なのに~!!」
白崎先輩により李華ちゃんのメンタルは風前の灯だった。
「前から聞きたかったんだけど、紗菜ちゃん的にはどうなの?」
「『どう?』って何がですか?」
ここ最近では綾さんがいたこともあり、この手の話題は上がることがなかったが、良い機会なので私も前からの疑問を聞いてみることにする。
「だってさ。昔は普段の姿の慎弥とは話せなかった訳じゃない?なら紗菜ちゃんがいう真弓ちゃんと慎弥は別で考えていたのか、それとも紗菜ちゃんからすれば女の子状態も含めて慎弥なのかが気になって…」
「うーん…それはですね…」
紗菜ちゃんは昔の記憶と今の自分の気持ちを確かめるように話し始めた。
「結局のところ、私にとっての真弓ちゃんは慎くんの延長なんですよ。確かに見た目のインパクトはありましたけど『慎くんだ』っていうのはすぐに分かってましたし」
「じゃあ真弓ちゃん状態なら話せたのはどうして?」
私の疑問に紗菜ちゃんは恥ずかしそうに口を開いた。
「みんな気付かなかったみたいですけど、私はあれから慎くんと少しずつ話せるようにはなってたんです」
「あっ…!?言われてみれば紗菜と慎にぃが二人でいられるようになったのはそれからかも…」
「それは紗菜ちゃんの中で何かが変わったから?」
李華ちゃんには心当たりがあったようだが、私は紗菜ちゃんの言葉を急かすように質問を続けた。
「『変わった』と言うより『確信した』という感じですね。慎くんが私の為にここまでしてくれる優しさを持ってる人だって」
「でも紗菜ちゃんみたいな『The・守ってあげたい子』なら優しくしてくれる男の子も多かったんじゃない?」
「その言い方はどうかと思いますけど…私って昔から友達を作れない…いえ、作る努力をしなかったんですよ。そんなだから男の子とは特に距離を作っちゃって…」
「まぁ紗菜くんみたいなハイスペックな子は男子から見れば近寄りがたいかもね」
確かに白崎先輩の言うことも判る気はする。
昔の私は誰かの後ろばかりをついていく主体性のない子だったが、紗菜ちゃんはそもそも人との関わりを避ける子だったのだろう。
自分を避ける人間に近づくのは勇気や根気が必要だ。
ましてや小さい頃の人間関係なんて頑張って作るようなものではなく、勝手に出来上がっていくものだ。
「じゃあ李華ちゃんと友達になるまでにはいろんな苦労とかもあったんだろうね…」
私の中では紗菜ちゃんに根気よく話しかける李華ちゃんが、少しずつ紗菜ちゃんの心を開いていくシーンが出来上がっていた。
「え?別にないよね?」
「うん。李華ちゃんが『今日から私達は友達だから』って言ってくれてからなんとなく今まで来て…」
「………………」
私はそろそろ学習した方がいいのだろう。
以前あれだけ『ドラマのようなことはそうそうない』ということを思い知ったのに。
「まぁいいや…で、それから慎弥と知り合った訳だ」
「だが李華っちとは友達になれたとはいえ、よく慎弥君や広君と仲良くなれたね」
「確かにそうですね。慎弥はともかく玉木くんとは慎弥より先に話せるようになってたみたいだし気になる」
白崎先輩に続いて言った私に向かって紗菜ちゃんが言った言葉に、私は衝撃を受けた。
「いえ…広先輩は家が隣なので昔からの知り合いですし…」
「「…………………」」
聴かされていなかったとはいえ私は思った。
『いや…ドラマみたいな展開もあるじゃん』と。




