第56話
「えっ!今日は慎くん居ないの?」
「私『慎にぃがいる』とは言ってなかったけど?」
「だって『家でお泊まり』なんて聞けばいるものだと…」
千坂家のリビングで今ようやく詳しい話を聞いた紗菜ちゃんが李華ちゃんに詰め寄った。
「ゴメンね。私も李華ちゃんに『紗菜ちゃんに泊まりで女子会したいから声を掛けておいて』としか頼まなかったから…」
「それはもう判りました。でも女子会だからって慎くんを除け者にすることないじゃないですか」
「せっかくの女子会なんだし慎弥とはいえ、男子がいるのもね」
今ここには私の他に李華ちゃん、紗菜ちゃん、そして白崎先輩がいる。
慎弥には軽く事情を伝え、今日は玉木くんの家に泊めてもらうようにしてある。
綾さんはというと、白崎先輩が『行くのはいいが、綾がいないのが条件だ』ということでホテルに一泊してもらうことになった。
「とはいえ、のあくんは何で急に女子会だなんて言い出したんだ?」
「ダメでしたか?」
「別にダメではないが、私まで呼ぶことはなかったんじゃないかと思ってね」
先輩にとっては自分が呼ばれた状況に余程納得がいかないのか、不思議そうにソファーに腰をかけている。
「そういえば、まだ集まってもらった理由を話してなかったですね」
私が切り出すとみんなは視線をこちらに集め、押し黙った。
「ただのワガママですよ。女性陣だけで
話がしたかったんです。李華ちゃんはともかく、先輩や紗菜ちゃんとは慎弥がいる場面で話すことが多かったので」
「のあくんがそう言うならいいが、ずいぶんと急な話だったようだが?」
「それについても説明するので、こっちに来てもらえますか?」
私はそのまま慎弥の部屋へと向かいパソコンを起動させた。
「確か解除はこうだったかな…?」
以前の玉木くん同様にパソコンのプロテクトを解除していく。
それを見ている三人は止める気もないようで、作業を見つめている。
「先輩にちょっと見てもらいたいものがあるんです」
「構わないが…どれかな?」
「えーっと…どれだったかな?慎弥もパソコンのデータぐらい整理すればいいのに」
私はパソコン内の動画ファイルをスクロールしながら、その中で見覚えのあるファイルを選択し再生した。
『真名。オレとマジで結婚してくれないか?』
『死ね』
「……………………」
部屋の中の空気が凍りつくのを感じた。
「私に見せたかったのはコレかい…?」
「すみません…間違えました…」
間違いとはいえ他人の人生の汚点を披露してしまった。
私はそれをなかったことにして、改めて動画を探す。
「多分、これかな?」
祈るような気持ちでクリックすると、今度は私の思っていた通りの映像が流れ始める。
動画はただ見ているだけでは単調なもので、誰かが喋る様子もなければ周囲の音を拾うのみ。
だけどそこに映る慎弥(女の子style)と紗菜ちゃんを見ていると温かい気持ちになってくる。
「やはり良い映像だね」
「私もそう思います」
先輩の言葉に私も同意する。
そんな見る側の評価に作った側の二人は微妙な表情を浮かべている。
実際、慎弥の評価も似たようなものだった。
私や先輩が『良い』と言って見ている映像は彼らにとっては『思い出』であり、良し悪しとは無縁のもの。
そもそも『s2kr』も評価されようと思って作ったものではないのだ。
「先輩はどこが良い部分だと思いますか?」
「抽象的ではあるが、雰囲気じゃないかな?」
やはり先輩は私や、そして綾さんと近しい部分に良さを見出だしているようだった。
「じゃあ次なんですが…」
次の動画を再生すべくデータを漁っていく。
案の定、探すのに手間取り目についた動画を再生する。
『真名。オレとマジで結婚してくれないか?』
『死ね』
「……………」
最早、空気が死んだ。
「気に入っているのかい?」
「すみません。ホントすみません」
『そして玉木くん…ゴメンなさい』
私はここにはいない被害者に心の中で謝罪をいれつつ、ようやく目当ての動画を見つけ出した。
先ほどと近しい映像に映っているのは紗菜ちゃんと、そして私。
映像の出来だけを見れば確実に以前の動画よりレベルの高いものになっている。
そのはずなのに観ていて何かが違う。
「なるほど、のあくんが私達を集めたのはその為か…」
白崎先輩は納得したように腕を組んだ。
「あの~私には全然わからないんですが…」
「私も~」
紗菜ちゃんに続き李華ちゃんも話についてこれずに戸惑っている。
「えっと…つまりは…」
「いや。二人は普通にしていてくれ。変に考えながらより自然体の方がいいだろう?」
「確かにそうかも…」
私が先輩の提案に乗ることを決めると、李華ちゃんと紗菜ちゃんは消化不良といった顔をしていたが、すぐに納得してくれたようで、私達は慎弥の部屋からリビングへと戻った。
「まずは何をしますか?」
「じゃあ夕飯をみんなで作るってことで」
「了解」
「………………」
李華ちゃんの質問に私が答え、先輩は了解してくれたのだが、視界の端で紗菜ちゃんが青ざめた顔をしていたような気がした。




