第54話
-ガラガラ-
「失礼します」
放課後になり私は今朝、慎弥に言ったように部室へとやって来ていた。
「やぁのあくん。思ったより早かったね」
「あの…私が来るって何で知ってるんですか…?」
まさかとは思うが、白崎先輩の情報網なら私の行動の全てを本当に知っている気がして怖い。
「あぁ別に君のことを監視とかはしてないから安心してくれ」
「本当ですよね…?」
自分から聞いておいてなんだが、先輩の言葉はどこか裏があるようで全てを信用できない。
とはいえ今回、部室に顔を出した理由には私の先輩へのそんな思いを払拭する意味合いも含まれている。
「本当だとも。昼に慎弥くんが私の所に来てね。話を聞いただけさ」
「慎弥が?」
「『放課後、自分は来れないんですけど、のあが話があるみたいなのでよろしくお願いします』ってね」
「あのお人好しめ…」
今朝は『白崎先輩に用事がある』とは言っていなかったが、慎弥には言わなくても分かっていたらしい。
そして、それを知っていながら私には何も言わずに先輩を訪ねたことが少し憎らしくもある。
「他に慎弥は何か言ってましたか?」
「今、綾が来てるんだろ?」
「えぇ…まぁ」
綾さんの話になった途端、先輩は苦い顔を見せると、続いて何かを思い出すように遠い目をした。
-昼-
「部長いますか?」
「慎弥くんかい?」
部室のドアが開いたと同時に聞こえてきた声に朱音はパソコンの画面から顔を上げ、入室者を迎える為に、ドアの方に向きなおった。
「ん?広くんも一緒だったのか」
「お疲れ様です。慎弥が『部室に行く』ってことだったので付いてきちゃいました」
「そうでなくても広くんは、よく昼に部室に来てるがね」
「そう言わないでくださいよ」
普段の昼ならそのままの会話を広くんと続けるところなのだが、私には先ほどから気になっていることがあった。
「で、慎弥くん…その手のケガはなんだい…だからあれほど女の子には無理に迫るなと言ったんだ」
「迫ってませんし、忠告もされてませんよ!!」
「じゃあ顔を出した理由と手のケガは別なんだね」
私自身、慎弥くんがそんなことをする人物でないことは知っているが、こういう言い方をしないと調子が出ない。
「まぁそういうことです。放課後、自分は来れないけど、のあが話があるみたいなのでよろしくお願いします」
「のあくんが?珍しいね。何かあったのかい?」
「いや…それは…」
慎弥くんが口ごもる。
視線は明らかに広くんを気にしているのが見て取れた。
「構わないよ」
「いいんですか?」
慎弥くんの今の反応でだいたいの予想はついた。
広くんのことを気にしていたのは、私の家庭環境のことが話題である可能性が高い。
「あの…オレって席を外した方がいいですか?」
広くんが空気を読んでか、そんなことを言い出した。
「私が『構わない』って言ったんだ。部室を出る必要はないさ。聞く聞かないかも君の自由さ」
「…………そうですか…」
どうせ既に三年生で来年の春には卒業する身だ。
今さら知られたところで困ることではない。
広くんは少し考えた様子を見せた後に、自分の作業机に腰を下ろした。
「で、のあくんの話とはなんだい?」
「初めに…部長、すみません。家の事情を綾さんから聞いてしまいました」
予想通りに慎弥くんはその話を始めた。
初め、綾と同じ事務所に所属している のあくんが転校した時点で警戒はしていた。
そして慎弥くんと綾が会ったという話を聞いたことで確信した。
『綾の中で昔の約束が生きていることを』
だが綾がどこまで話したかは分からないが、綾が私を見捨てた時点で関係も無ければ私が縛られる義理もない話だ。
確かに私にとって好ましい状況ではないが今さら気にしても変わらない。
「だから『綾とは関わるな』と言ったんだ。まぁ遅かれ早かれバレたかもしれんがね」
「申し訳のしようもありません…」
「あの…口を挟んですみません。綾さんって?」
「綾は私のいとこさ。大学生だがモデルの仕事なんかもしている」
広くんにとっては全く訳がわからない話だっただろう。
私が返答すると、彼は少し考えたのちに何かに思い当たったかのように顔を上げた。
「もしかして神代綾ですか!?」
「なんだ知っていたのかい?まぁそれなりに有名みたいだし、美人ではあるから広くんの目にも留まっていたのかもしれないね」
綾のファン層はファッション雑誌をよく読む若い女性に寄ってはいるが、意外と『何かで写真を見た』とか『名前はなんとなく知っている』という人も割と多い。
「いえ…どことなく部長に似ている気がしたのが気になって…」
「あぁ確かに広の言うこともわかる気がする」
私はそんなことを思ったことはないが、二人の意見は一致しているようだった。
「まぁそれはいい。で、綾がどうしたんだ?」
「はい。実は綾さんが…」
慎弥くんは今、綾が来ていること。
私と綾が『s2kr』をよく観ていたことなどを丁寧に話してくれた。
その間、広くんは話の合間合間で気になる部分に質問をし、疑問を解消していった。
「…という感じです」
「なるほどね…」
大体の状況は理解できた。
綾が のあくんと『s2kr』に何をしようとしているのかは分からない。
もしかしたら私が気にしすぎているだけなのかもしれない。
だけど私の未来に綾は関係ない。
私の未来はもう確定している。
「綾のことは気にしなくていい。慎弥くんは必要以上に関わらなければいいさ」
「一応…わかりました」
「広くんもいいかい?」
「はぁ…」
広くんにとってはまだ理解の及ばない話だったのか、反応はイマイチだった。
「もしかしたら放課後の のあの話は綾さんとは関係ないかもですが…」
「そこは本人の話を聞いてからだし、君が綾の話をしたのは のあくんの件があったからじゃなくて、私への誠意からだろ?」
「それは、そうですが…」
慎弥くんはそういう子だ。
私に綾の件を伝えたのだって告げ口などではなく、私の過去を知ってしまったことへの誠意だろう。
「じゃあいいさ。もう昼休みも終わるし、教室に戻ろう」
「「はい」」
私の言葉と共に二人は教室へと戻って行った。
「ホント…どうしたものか…」
二人が去った後になってから、のあくんが来るまでの間、頭を抱えたのだった。




