第50話
「「ただいま~」」
李華との会話が終わってからしばらくして、のあと綾さんの声が玄関の方から聞こえた。
「あっ慎弥も帰ってたんだ」
「大丈夫だよ。アイスは慎弥くんの分もちゃんと買ってあるから」
リビングに入ってきた二人が普段の様子で話し始める。
アイスの件は素直に嬉しいが、綾さんにはそのアイスを一度、冷蔵庫に入れてもらう必要がありそうだ。
「のあ。少し話があるんだけどいいか?」
「よろしいでしょうか?」
「えっ…何!?李華ちゃんまでどうしたの?」
いつもはオレに協調することのない李華の真剣な表情に、のあもただごとではない空気を感じ取ったようだった。
「今日、紗菜と紗菜のお母さんの千夏さんと児童養護施設に行ったんだけど…」
「何?遂に結婚?良・かっ・た・わ・ね!!」
「お願いします。真面目に話を聞いてもらえますか?」
説明の為に話を切り出した途端、のあの目のハイライトが消え、口調までも素っ気なくなった。
何が気に触ったのかは分からないが、きっと何か冗談でやっているのだろう。
「で、だ。そこで子供達と…」
「こ…子供…!?実はもう子供がいたなんて…サイテーだわ!!」
「のあ…ちょっと話が終わるまで黙ってて……それとオレの想定の範囲外に話を飛躍させないでくれ……」
「ぷっ……わはははっ!!」
オレ達の様子を静かに眺めていた綾さんも、ついに堪えきれなくなったのか笑い出し始めた。
「笑える話をしてた訳ではないんですけど…?」
「もはやコントでしょ?それともわざとやってる?」
「わざとで のあをコントロール出来るなら教わりたいぐらいですよ…」
『この二人のペースに合わせていては、いつまで経っても本題に入れない』
そう思い、オレは強引に話を進めた。
「実は、のあに頼みたいことがあるんだ」
オレの考えに必要な人物。
それは子供達が『好き』と言っていた曲を歌っている歌手。
石川のあ、もといアイドルの『NoeRu』。
のあの協力なしにはオレの計画自体が意味を成さない。
「まぁ話は理解したわ」
時間を掛けて事情を伝え終えると、のあはそう口にした。
協力者である李華は初めこそ一緒に説明をしてくれたものの、我慢できなかったのか今は綾さんが買って来たアイスを食べている。
早くも『オレの妹はやれば出来る子』の決意が崩れそうになっていたが、今はそんな場合ではない。
どんなの見返りを求められようと、今回ばかりはやらねばならない。
いや、まぁ…『どんな』とは言ったが常識の範囲内だというのは、のあだって『きっと』『たぶん』『マジで』分かってくれていると思う。
「じゃあ段取りとか決めなきゃいけないわね」
「……………は?」
「『は?』じゃないわよ。慎弥が言ってるのは、つまり『サプライズがしたい』ってことでしょ?だったら決めなきゃいけないこと沢山あるじゃない」
「いや…っていうかOKなのか?」
こんなにあっさりと協力を得られるとは思っていなかったオレは驚愕を通り越して、きっとマヌケな顔をしていただろう。
そんな様子を見た のあは、その反応が気に入らなかったのか両の眉を吊り上げジト目でオレを見た。
「なによ文句でもある訳?」
「だって、のあは正真正銘のアイドルだろ?余りにもすんなりと納得してくれたみたいだから…」
「だから?」
「こんな、のあにとって得のない話、断られると思ってたから…」
「はぁ…アンタねぇ…」
のあはため息をつき、今度は呆れたような顔になった。
「私は『s2kr』を見て、夢を与えられる人になりたいと思ってアイドルになったんだし。私を好きでいてくれている子供達がいて、私にやれることがあるなら『協力したい』って考えるぐらいはいいでしょ?」
「のあがそう言ってくれるなら…」
のあが『s2kr』に影響を受け、大切に想ってくれているのは知っているつもりだった。
だが、のあにとっての『s2kr』はオレの考えていた以上に彼女の根底に関わるものだったようだ。
それは動画の件を気持ちの上でも精算しきれていないオレにとっては申し訳ない気持ちもあったが、同時に制作者であるオレ達以上に『s2kr』に熱い思いを向けてくれている証明でもあり嬉しかった。
「ありがとな。のあ」
「感謝されるようなことじゃないし……バカ…」
口ではそうは言ったものの、のあは顔を赤くし、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「水を差すようで悪いんだけどさ。本当に大丈夫なの?のあちゃん、今日マネージャーに『勝手な行動はするな』って念押しされたんでしょ?」
決定しかけた話に苦言を呈したのは綾さんだった。
「バレないようにやれば大丈夫」
「そうは言ってもさ~」
「それって、のあ達が動画を上げたからですか?」
「まぁね。事務所としては監視が及ばない所での問題は避けさせたいみたい」
先日も事務所に呼び出されたばかりだし、のあが今の生活を続けようとすること自体、良く思われていない節はある。
のあは『バレなければ』と思っているようだが、裏を返せば『バレたら』確実に問題になるということだ。
「大丈夫なのか?厳しいなら別の方法を…」
「大丈夫よ!!私が個人的に施設に行くだけなんだから!!」
「そうは言っても、のあちゃんの仕事はなるべく週末に合わせているんでしょ?事務所と調整しないと行くことすら出来ないんじゃ…」
「どうにかする!!別に毎週のように週末が仕事って訳でもないし」
正直、言い分としては綾さんに分がある。
正論を唱える綾さんに対して、のあの言っていることは希望的観測でしかなく、言ってしまえば子供が駄々をこねているだけなのと変わりはない。
そんな、のあの様子に綾さんも困った顔を見せている。
「のあ…協力は本当に嬉しいんだけど、オレは のあに無茶はさせたくないんだ…」
「慎弥…」
「オレの考えが足りなかったよ。大変なのは のあなのに……」
やりたいことだけを押し付け、のあの状況に目を向けることが出来なかった自分が情けない。
のあは今までオレ達のことを考え、助けてくれた。
逆にオレはどうだろうか?
のあを、一緒に住んでいる普通の女の子としか見ていなかったのではないだろうか?
アイドルの『NoeRu』を別物と考え、のあのことを都合よく思っていたのかもしれない。
「二人とも今日はもう休んだら?まだ時間はあるんだし焦ることないよ」
「「はい…」」
綾さんの言葉にオレ達は返事を返すことしか出来なかった。
「……………」
「……………」
のあと一瞬、目が合ったが、オレ達がそれ以上の言葉を交わすことはなかった。




