第48話
「お兄さん、これ食べる?」
「あぁ…じゃあ頂こうかな」
「食べさせてあげる。はい、あーん」
「……あーん」
結婚式ごっこを終え、今は昼食の時間。
オレはというと『新婦に逃げられた悲しき新郎』という不名誉な称号を得て、女の子達から過剰なほどの慰めを受けていた。
「嬉しい?嬉しいでしょ?」
「うん…そうだね…」
「お兄さん可哀想だし、私が変わりに結婚してあげようか?」
「はは…ははは……」
「顔はタイプとは少し違うけど、まぁ許容範囲だし」
今時の小学生女子はませているとはいえ酷い言われようだ。
「えぇーなら私が貰ってあげるわよ」
「違うよ。お兄さんは私にぞっこんなんだから」
「みんなありがとね……」
気を効かせてくれたのか、女の子達はオレの周りから動こうとはしない。
もう『ごっこ遊び』は終わったハズだが、まだ彼女達の中で今は遊びの延長線のようだ。
「慎弥くん。こっちを手伝ってもらってもいいかしら?」
「はい!なんでしょうか?」
園長の呼び掛けにオレは急いで席を離れ、園長のいるキッチンへ向かった。
どうやらオレが困っているのを見て助け船を出してくれたらしい。
「ゴメンね慎弥くん。大変なら休んでいてもらってもいいからね」
「いえいえ、このくらい大丈夫ですよ」
「ホント頼りになるわね。紗菜ちゃんが言っていた通りだわ」
「ははは…まぁ普段から騒がしいメンバーと一緒なので…」
広や部長からの面倒ごとは日常茶飯事だし、家では のあや李華に加え綾さんまでも加わり、オレの安らげる場所はないと思えるほどだ。
「それにしても、紗菜ちゃんと誠二くんはどこまで行ったのかしらね?もうお昼なのに…」
「ですね…そういえば誠二くんって紗菜とは仲が良かったんですよね?」
「えぇ。子供達の中でも一番、紗菜ちゃんになついていて」
正直、遊んでいた時の誠二くんの様子からは紗菜になつく姿は想像できなかったが園長が言うほどだ、オレの知らない誠二くんの姿があるのだろう。
「慎弥くんの言いたいことも分かるわ。特に今日の誠二くんは紗菜ちゃんと仲良くなる前のようだし」
「何かキッカケがあるんですか?」
「う~ん。私も詳しくは知らないし、二人に聞いても教えてくれないんだけど……」
園長は一つ前置きをし、ゆっくりと話し始めた。
「気づいているかもしれないけど、ここにいる子供達の何人かは震災孤児なのよ。そして誠二くんも」
「……………」
震災孤児がいる可能性は想定していた。
しかし、それを考えないようにしていたのはきっと今もオレの中にある『s2kr』への引け目からだ。
子供達の中にも、あの動画を見て傷ついた子がいるかもしれない。
それを知った時、オレはその子に今と同じように相手を出来るだろうか?
「孤児の子もそうでない子も心に大きな傷を負っている。だからウチでは区別したりはしていない。だけど孤児の子達はちょっとだけ違う部分があるのよ」
「違う部分…?」
「『親の愛』よ」
園長の言ったことは言葉の上では自覚できたが、抽象的過ぎてオレにはピンと来なかった。
「今いる子供達のほとんどは親からの愛を知らないままここに来ているの」
『捨てられた』とか『虐待』なんてことを認めたくはないが、今もそういったことがなくならないのも事実だ。
「逆に孤児の子供達は親の愛を知っていて、それを理不尽に奪われた」
「どちらも辛いですよね…だから区別しないんですね…」
「そうね。傷の大きさなんて人が勝手に測れるものじゃないから」
人の傷を分かったように言うのはおこがましい。
例え似たような境遇であっても、受ける傷は人それぞれなのだから。
「だとしたら、さっきの『違う』ってどういうことなんですか?」
「嬉しい記憶、楽しい記憶。そういったものを知っている人ほど、それを失った時にもう一度それと同じ物を手にすることを恐れてしまうものだから…」
「……………」
オレには心当たりがあった。
かつては知っていた広や紗菜との輝く時間。
家族を失った子供達とは比べることなど失礼ではあるが、そんなオレですらそれを取り戻すまでは二年の月日を要した。
それにオレの場合、みんなの助けがなければ今もどうなっていたか分からない。
子供達はそれ以上の辛さを、あんな小さな身体に溜め込んでいるのだ。
「紗菜ちゃんはそれを理解した上で子供達と向き合ってくれたわ。同情ではなく子供達と同じ目線で…だから、みんなも紗菜ちゃんに心を開いたのかもね」
「紗菜が…」
オレとは違い、紗菜はみんなの境遇を知ってなお向き合い、そして慕われている。
それはオレにとってとても眩しいものだった。
『紗菜ほどのことは出来ないけど、みんなを少しでも笑顔にしてあげたい』
過去の失敗から自分のことで精一杯になっていたが、今は…今だけはそう思えた。
「園長先生~!!お話終わった?」
「あらゴメンなさいね。どうしたの?」
「あのね。お歌聴きたい」
「じゃあ、いつものね」
オレが園長と話している間にお昼ご飯を終えたのか、女の子が一人やってきた。
普段からの定番なのか園長は手馴れた様子で曲をかける。
-♪~~♪~♪♪~~♪-
「あれ?この曲って…」
「お兄さんも知ってるの?」
「まぁ一応ね。この曲ってみんなに人気なの?」
「うん!大好き♪」
「そっか…」
女の子の笑顔を見ながら、オレはみんなのこんな笑顔が続くようなプランの構想を始めたのだった。




