第45話
『ジャジャジャジャーン ジャジャジャジャーン ジャジャジャジャ ジャジャジャジャ ジャジャジャジャ』
結婚式で恒例の花嫁入場のBGMが聞こえてくる。
ここはとある結婚式場………などではなく、児童養護施設の中の一室で行われている結婚式ごっこ。
新郎役を仰せつかったオレは子供達が準備してくれた会場で花嫁の入場を待っていた。
部屋の中には今回の遊びを計画した女の子達だけではなく、先ほどまで一緒に遊んでいた男の子達の姿もあり、みんながお行儀よく座っている。
ちなみに今のBGMも子供達の中の有志が歌ってくれたものだ。
そして遂に曲と共に花嫁役の入場が始まった。
「(まぁ予想通りではあるんだけどな…)」
扉が開くと、そこからはテーブルクロスをヴェール代わりにし、手には子供達が摘んできた花を持った紗菜が入室して来た。
正直、オレが呼ばれた段階で相手の予想は出来ていたが、紗菜は自分の役に入り込んでいるのか、本当の花嫁と錯覚してしまうほどだった。
本来なら紗菜に合わせて子供達の為にも頑張りたいところだが、オレにはどうしても感化できない問題があった。
「知ってます?あの旦那さん。カイショーナシなんですって」
「まぁ…これから奥さんは大変ですわね」
参列者役の小学生にこんなことを言われている事実。
「今日の式が遅れたのも旦那さんが原因だとか」
「とんだダメ亭主もいたものね」
こんな会話、小学生はどこで覚えてくるのだろうか?
それにしたってオレは十分に急いだハズなのに、この言われようは納得がいかない。
そして問題はまだ続く。
目下、オレの中での一番の問題は…
「紗菜…良かったわね。幸せになってね」
参列者役の中に千夏さんがいることで、妙な現実味がプラスされていることだろう。
演技なのだろうが、泣き真似まで始めてしまっていて、ごっこ遊びの範疇を飛び越え、周りまで千夏さんの空気感に乗せられている。
そんな様子を眺めているうちに紗菜がオレの横までたどり着いた。
子供達によるBGMが止み、部屋の中に静寂が訪れる。
-ゴクッ-
雰囲気の変わった室内に妙な緊張感を感じて生唾を飲み込む。
隣に立つ紗菜は入場時から一環して凛としている。
「ゴホン…」
静まり返った空気に咳払いが一つ響いた。
発信源はオレと紗菜の目の前、テーブルを挟んだ先に立つ神父(母?)役の園長だった。
きっとキョロキョロと落ち着きのないオレを心配してのことだろう。
オレを見る目が『始めても大丈夫?』と語りかけていた。
期待の目を向けている子供達を待たせ訳にはいかず、オレは頷き『OK』の合図を送った。
「それでは始めます」
園長が聖書代わりの本を開く。
「慎弥さん。あなたは今、紗菜さんを妻とし夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも
これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい…!誓います!!」
ドラマぐらいでしか聞いたことのないセリフに焦りながらも、なんとか返答する。
「紗菜さん。あなたは今、慎弥さんを夫とし夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも
これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
紗菜はオレとは違い冷静に答えた。
しかし、その横顔は微笑んでいるように見えた。
「続いて指輪の交換に入ります」
もう終わる可能性も考えたが、式はまだ続くらしい。
きっと子供達が絵本などの知識から考えたのだろう。
オレ達の前に指輪が運ばれてくる。
そこにあったのは、これまたお手製のシロツメクサで編まれた指輪だった。
見ただけですぐに紗菜とオレ、どちらの指輪か解るようにデザインを変えてあるところに子供達の優しさを感じてちょっと泣きそうになった。
「えっと…(交換ってどうすれば?)」
指輪の交換など知識としても知らないし、もちろんやったことなどない。
すると紗菜が左手をオレの前へと差し出し、オレはその動作に釣られるように紗菜の薬指へと指輪をはめる。
-カシャカシャ-
「いいわよ二人とも~!!」
そんな場面を逃すまいと、千夏さんが(いつ用意したか不明の)カメラのシャッターを切りまくっていた。
「おっ…!お母さん!!」
さすがの紗菜もこれは恥ずかしかったのか千夏さんを睨み付けていた。
でも、その姿さえ愛らしく見えたのは、きっとオレもこの結婚式ごっこに乗り気になっていた部分があるからだろう。
その後、紗菜がオレの薬指に指輪をはめ、オレ達は千夏さんはもちろんのこと子供達からも祝福を受けた。
「慎くん…ありがとうございました」
「ん?それを言うなら『お疲れ様』じゃないのか?」
紗菜だって新婦役を頑張ってこなした訳だし、オレだけが一方的に感謝されることではない。
「いえ。『ありがとう』でいいんです」
「???まぁ紗菜がそういうなら…」
「じゃあ退場ですね。えいっ!!」
掛け声と共に、紗菜がオレの腕に自分の腕を絡めた。
一瞬、驚きはしたが最後まで式を完結させる為に、オレは紗菜と並んで歩きだそうとした。
「では誓いのキスを」
「「???………………えぇ――――!!!!!!」」
終わったかに思われた結婚式ごっこに神父役の園長の発言に、オレと紗菜は人生最大級の大声を上げたのだった。




