第41話
水族館から帰る途中に夕飯を済ませ、オレ達は最寄り駅まで戻って来た。
移動中、食事中を問わずオレ達はここ数年分の溜まっていたものを吐き出すかのようにしゃべり続けていたこともあり、既に空は黒く染まっていた。
「じゃあ慎くん。またです」
紗菜は駅に着くなりオレにそう伝えた。
「何か用事でもあるのか?」
「??特にはないですが…」
駅から家までの道がほとんど被らないオレ達は普段ならここで別れるのが普通ではあったが、オレはなんとなく今日を終わりにはしたくなかった。
「送っていくよ…いいだろ?」
「えっ…!?でも今日は色々あって疲れたでしょうし」
「あれくらい何でもねぇよ。ほら、行くぞ」
本当は慣れない場所に行って疲れてはいたが、紗菜に対してカッコ悪い部分を見せたくなくて見栄を張った。
そう感じたこと自体が初めてではあったが、オレにはそれを気にしている程の余裕はなく、紗菜を先導するように歩き出した。
「ふふっ…」
「なんだよ。急に笑ったりなんかして」
二人で歩き出してすぐ、紗菜は笑い出した。
「すみません。なんだか嬉しくて…」
「嬉しい?」
「はい。だって慎くんと『もう少し一緒にいたい』って思ってたら叶っちゃいました」
紗菜は嬉しそうにしながら柔らかく微笑んだ。
「そんなことぐらいでか?」
「もちろんです。それって慎くんも同じように思ってくれたってことじゃないですか」
「なっ!?お…オレは女の子の一人歩きは危ないって思っただけで…」
駅で正に思っていたことを突かれ、慌てて言い訳をしてしまった。
そうしたのは、やはり気恥ずかしさがあった為だろう。
「だとしても嬉しいですけどね」
「っ……………」
今が夜でなければ、きっとオレの顔が赤くなっているのがバレていたかもしれない。
小学生からの付き合いではあるが、こんなにも様々な紗菜の表情を見たのは初めてだった。
「なんか今日はかつてないほどにテンション高くないか?」
「そうかもしれませんね」
紗菜は上機嫌な様子で今にも鼻歌でも歌い出しそうなほどだった。
そういうオレの方も紗菜に釣られるかのように機嫌が良かったことは言うまでもない。
だが、そんな時ほど時間が経過するのは早いもので、いつしかオレ達は紗菜の自宅の前まで到着していた。
「着いちゃいましたね…」
「そうだな…」
さっきまでの元気を忘れてしまったかのように紗菜がポツリと洩らした声にオレは答える。
「今日は楽しかったです」
「オレもだ」
「送ってくれて、ありがとうございました」
「じゃあ、また学校でな」
そう。
明後日にはまた学校があるし、部活だって一緒だ。
-ガチャ-
そう思い、自宅に向かって歩き出そうとした時、紗菜の家の扉が開いた。
「あれ?紗菜帰って来てたの?って慎弥くんじゃない!!」
「お母さん!!」
玄関から表れたのは紗菜の母、千夏さんだった。
「ご無沙汰しています」
「えぇ本当に…慎弥くんもすっかり大きくなって」
紗菜と距離を置いていたことにより千夏さんと会うのは約2年ぶりぐらいになるだろうか。
だが千夏さんの2年前と変わらない、おっとりとした印象にオレはなんとなくほっとした。
「それにしても、紗菜が朝早くから慌ただしく準備をしていたと思ったら慎弥くん絡みだったのね」
「おっ…お母さん!!それは!!」
千夏さんが面白がるように紗菜をニヤリと見ると、紗菜は注文通りの慌てた様子を見せた。
「そうだ。どうせなら少しお茶でも飲んで行ったら?夕飯は済ませて来たんでしょ?」
「でも…こんな時間に悪いですし…」
「今さら何を言ってるのよ。昔は遊び疲れてそのまま泊まったりしていたのに」
「それはそうですが…」
昔はそれで良かったが、今も同じようにできる訳ではない。
「慎くん…ダメですか?」
「だって帰りだってあるしな…」
紗菜は寄って行って欲しいようでオレを上目遣いで見上げた。
「帰りは車で送ってあげるから大丈夫よ」
「はぁ…じゃあお言葉に甘えます」
悪いとは思ったが、千夏さんはオレをこのまま帰してはくれない気がした。
「じゃあ中に上がりましょうか」
オレは紗菜と千夏さんの先導で久々の望月家の敷居を跨いだのだった。
-望月家-
「慎弥くんがウチに寄ってくれるなんて嬉しいわ」
「李華はちょくちょくお世話になってるようですみません。アイツ迷惑掛けてませんか?」
「そんなことないわよ。李華ちゃんが来てくれると家の中が明るくなっていいわ」
李華が変なことをしていないかは、ずっと不安だったが、望月家の人達は喜んでくれているようで安心した。
ちなみに紗菜は今、お茶を入れているところだ。
「そういえば貴士さんは今日、お仕事ですか?」
「えぇ主人は出張中なのよ。戻るのは来週末ね」
「そうなんですか。会いたかったなぁ…」
紗菜の父である貴士さんは時たま出張などで家を空けることがある。
昔は父親が家にほぼいないオレと野球など男の子らしい遊びを一緒にやってくれた面倒見のいい人でもある。
「あの人も残念がるわね。入学式の時も二人で慎弥くんを探してたんだけど見つけられなくて」
「入学式ですか?」
「せっかくだから紗菜と写真を撮って貰おうと思ったのよ。待ってたんだけど慎弥くんは何か用事でもあったのかしら?」
「どうだったでしょうかね……はははっ…」
それはきっとオレが李華の件で職員室に呼ばれていたせいだろう。
どちらにせよ、あの時の紗菜との関係性では写真を撮れていたとは思えないが。
-カチャ-
「慎くん。お茶をどうぞ」
「ありがと」
そんなことを話していると紗菜がお茶を入れ終えてオレ達の前へと置いた。
「お父さんの話してたんですか?」
「あぁ。出張中なんだろ?」
「はい。おかげで困ってまして…」
お茶を入れながらも話しを聞いていたのか、すんなりと話題に加わった紗菜だったが、何か問題があるようだ。
「どうかしたのか?」
「いえ、大したことではないですよ」
「そうだわ。慎弥くんに頼みましょう」
「???」
頼まれるも何もオレは内容を全く聴かされていない。
「慎弥くん明日は何か予定はあるかしら?」
「いえ…特にはないですが…」
日曜日ではあるが、特に予定はない。
撮影の方は場所を決めている最中だし、動画の編集も昨夜の綾さんの件で、どう手をつけていいか迷っている。
「お母さん!!さすがに慎くんに悪いよ…」
「うーん。でも私達ではムリでしょ?」
「あの~オレは何をするんですか?」
このままでは埒があかないと思い、本題を聞いてみる。
「あら、ごめんなさいね。実は明日、児童養護施設のお手伝いに行くんだけど、男の子の遊び相手がいなくて…」
「なるほど」
それは確かにおっとりとした千夏さんや運動音痴の紗菜には厳しそうだ。
「オレで良ければ手伝いますよ」
「いいんですか?」
紗菜は『迷惑ではないか?』といった顔をしていたが、オレにそんな考えはなかった。
何故ならそれはオレが昔、貴士さんにしてもらったのと同じことだから。
貴士さんへと恩返しという訳にはならないかもしれないが、せめて代わりになれるなら悪いことではない。
「任せてくれ」
「じゃあ慎弥くんお願いするわね」
「はい!」
こうしてオレは明日の手伝いを了承したのであった。




