第39話
-水族館入り口-
「おぉ~やっぱり建物もキレイだな」
「ですね。もっと早く来れば良かったです」
電車を乗り継ぎ、目的地である水族館に到着すると、オレ達は感嘆の声を上げた。
「とりあえず入館券を買ってくるから待っててくれ」
「あっ私、ちゃんと払います」
「いいよ。せっかく二人で来たんだし今日くらいはオレに払わせてくれ」
「でも…」
一緒に来たとはいえ、別に奢られるつもりはなかったのだろう。
紗菜は取り出した財布を持ったままアワアワとしていた。
「我が家の家計を預かってるのはオレだからな。いざとなれば李華の小遣いを減らしてやる」
『なっ…!!!!』
「うん?」
紗菜の気分を紛らわすジョークを言うと、後方から叫び声の様なものが聞こえた。
李華の声のようにも聞こえて振り返ったが、視線の先には団体客がいるだけで目当ての人物の姿はなかった。
『まさかな…いくら李華だって付いて来るようなバカはしないだろう』
「慎くん?」
「あっ…いや。とりあえず行ってくる」
オレはそう言うと入館券を買いに売り場まで向かった。
-その頃-
「李華ちゃん!!危なく見つかるところだったじゃない」
「だって慎にぃが『お小遣い減らす』なんて言うから」
私の前では李華ちゃんが綾さんから注意を受けていた。
「今日が無事に終わったら帰りにお土産買ってあげるから」
「ホント!?綾さんお金持ち~」
二人の間で問題が解決したようだが、正直に言って私は釈然としない。
「はぁ…もう見つかっておとなしく帰った方が良かったんじゃ…」
「のあちゃん何か言った?」
「なんでもありません…」
先程の綾さんの動きは凄かった。
叫び声を上げた李華ちゃんの口を素早く塞ぐと、すぐさま団体客の陰に入り、慎弥達から身を隠した。
『止めても聞かないだろうし、とりあえず今は二人の好きなようにさせよう』
私は諦めて二人の後を追いかけた。
―――――――――――
「えっと、順路はこっちだな」
「じゃあ早速、行ってみましょう」
オレが貰ったマップで順路を確認すると、紗菜が笑顔で先を急かした。
「はしゃいで転ぶなよ」
「子供扱いしないでください。私だってもう高校生なんですよ」
「どうしても昔のイメージがな…」
距離を置いていた時間があるせいか、紗菜に昔と同じ接し方をしてしまう部分は少なからずある。
今の紗菜を眺めると、そこにはオドオドしてばかりだった少女の姿はもうなかった。
『紗菜だって、もう高校生だ。オレがいちいち注意してやる必要ってもうないのかもな…』
「慎くん?大丈夫ですか?」
心配させてしまったのか紗菜が声をかけてくる。
「あぁ大丈夫だ。ただ紗菜もオレの知らない内に成長したんだと思ったら嬉しいような寂しいような複雑な気持ちでさ」
「慎くんが悪いんです。私と距離を置くから 。でも…」
紗菜は非難がましく言った後に言葉を区切り、一つ息を付いてから言葉を続けた。
「これからはずっと一緒です。だから今日は魚だけじゃなく、私もちゃんと見ててくださいね 」
「あ…あぁ」
紗菜の言った言葉がまるで告白かのように聞こえ、焦りを隠しきれなくなってしまった。
「行きましょ?」
紗菜がオレの手を握り、オレ達は館内を進んだ。
その手はやはり昔とは違い女性的な繊細さを持った、そんな手だった。
―――――――――――
「きゃ~~~!!見た?手を握ったりなんかして、すっごくデートっぽい!!」
絶賛イメージ崩壊中の綾さんは慎弥と紗菜ちゃんを陰から見詰めながら興奮を隠せない様子になっていたが、多分あれは綾さんが思っているようなデートならではのものではない気がする。
「でも綾さんどうする?ここから先は近づき過ぎると慎にぃ達に見つかるリスクが高いよ?」
「う~ん…どうしたものか」
李華ちゃんが取り出したマップを見て、二人が相談を始めた。
一応、私もそれにならってマップに目を通す。
「あっ…私、イルカショー見たいかも…」
「のあちゃん!!」
ポロッと出てしまった独り言に綾さんが大きな反応を見せた。
さすがに尾行目的で来たというのに、不真面目な発言だったかもしれない。
と思ったのだが…
「私も行きたい!!」
「ショーの時間は…あと30分だよ!!慎にぃ達の後ろを着いて行ったら最前列に座れないかも!!」
私としては、ゆっくり館内を見て次の回でも構わないのだが、二人はなぜかイルカショーに執着している。
「まずはイルカショーだね。尾行なんて後からでも出来る」
「じゃあ慎にぃ達に見つからないようにステージに行かなきゃ」
「……………」
なんだろう…『本末転倒』というか『ミイラ取りがミイラになった』というか。
本当に私は、なんで付いてきてしまったのだろうか。
「はぁ…」
やるせなくなり私は大きなため息をついた。
――――――――――
いくつかの魚の水槽を見て、次にオレ達はとびきり大きな水槽のあるフロアへとやってきた。
「慎くん見てください!!マグロですよ!!」
「まさか『美味しそう』とか言わないだろうな」
「言いません!!慎くんこそ少しはTPOをわきまえてください」
大きな水槽にテンションのあがっていた紗菜だったが、今はぷくっと頬を膨らませている。
「悪かったって。ほら、他にも色々いるぞ」
「釈然とはしませんけど…でも本当にキレイですね」
紗菜は水槽に視線を戻すとキラキラした目で魚達を見詰めた。
最低限の照明で薄暗い館内。
水槽から射し込む光を受けた紗菜は、どことなく幻想的な魅力を秘めていた。
『だから今日は魚だけじゃなく、私もちゃんと見ててくださいね』
さっきの紗菜の言葉を思い出し、なんとなく恥ずかしくなって目を逸らした。
-ダダダダッ-
静かな館内に似つかわしくない音が後ろの方から聞こえた。
振り向いてみたが、既に音の元凶はフロアから去った後だった。
「なんだったんだ?」
「何人かが走り抜けて行ったみたいですけど…こんなキレイな水槽を見ていかないなんて」
「きっと落ち着きのない子供とかだな。オレ達はもう少し観ていくか」
「はい」
その後もオレ達は各スペースを周り、時にはじっくり、時には談笑を交えながら水族館を楽しんでいった。
-ピンポーンパンポーン-
『まもなくイルカショーを開始いたします。ご覧になりますお客様はステージの方へお越し下さい』
「どうする?」
「いいですね。行きましょう」
オレ達は館内放送に釣られる形でステージに向かった。
「わぁ…すごい人ですね…」
「完全に出遅れたな」
到着した時にはもうイルカショーが始まっていて、ステージは人で溢れかえっていた。
「うーん…少ししか見えないな」
なんとか人の切れ目から見える部分を探してみたが、ステージ全体が見れるような場所はなかった。
「私は絶望的みたいです…」
特に身長が低い紗菜は、先程までぴょんぴょんと跳ねて頑張ってはいたが今はムダだと悟ったらしい。
-バシャーン-
『『『きゃ~~~!!!!!!』』』
イルカの水かけパフォーマンスでもあったのか、前列の方から絶叫がした。
「最前列は最前列で大変そうだがな」
「だけど残念です…」
落ち込む紗菜を見て次のショーの時間を確認すると、今からまだ1時間以上もあるようだった。
「次までどうするかだよな…」
「慎くん、無理なら今日は諦めても」
周囲をぐるりと見渡すと、あるポスターが目に入った。
「『赤ちゃんペンギンふれあいコーナー』か…なぁこれに参加してみないか?」
「赤ちゃんペンギン?すごく見たいです!!」
紗菜の了解をもらい、オレ達はステージを後にして、すぐさま申し込みへと向かった。




