第37話
「ただいま~」
「おじゃましま~す」
買い物の名目で出掛けていたオレと綾さんは話が終わり千坂家へと帰宅した。
「あっ!!ようやく帰ってきた!!」
「ただいま。李華も戻ってたか」
オレ達をいの一番に出迎えたのは、先に帰宅していた李華だった。
「あの…この子は?」
「初めまして。慎にぃの妹の李華っていいます。綾さんですよね?のあさんから話は聞いてました」
「慎弥くんの…?すごいよ慎弥くん!!君の周りは逸材ばかりだね!!」
「あぁー…………そうですかね………」
綾さんは李華の容姿にご満悦のようだったが、残念ながらオレには同調することができない。
綾さんからすれば見た目のみの判断で、李華を紗菜同様『モデルとして良さそう』と思ったのだろう。
しかし、オレからすれば見た目だけの『中身・暴君』でしかない。
「とりあえず綾さんには申し訳ないんだけど、慎にぃちょっと来てくれる?」
「ん?どうした?」
「『どうした?』じゃないよ!!さっさと紗菜をどうにかするか、そうでなきゃとっとと夕飯作って!!」
「紗菜?」
確かに今日は紗菜も呼んでいるが、その紗菜がどうしたというのだろうか?
少なくとも神社で別れた時は変わったところはなかったように感じる。
「どうせまた慎にぃが余計なこと言ったんだろうけど、私はもうお腹空いた!!」
「オレが?そんなこと言う訳がないだろ?」
「いやいや、あんなのどう考えたって慎にぃ絡みだし」
「あの…李華ちゃん…でいいかな?実はね」
オレと李華のやり取りを見兼ねて、綾さんが李華に耳打ちを始めた。
「あーなるほどー」
納得がいったのか、李華はそれを聞きながら相づちを打っている。
数十秒の時間を経て、綾さんは李華から離れた。
「うん。やっぱり慎にぃが悪い」
「………なんで?」
「変だと思ったんだよね。紗菜が急に『今日からここで暮らす』とか言うから」
李華はオレを気にかけることなく『うんうん』と頷いている。
「こっちの話を聞いてくれるか?」
「きっと私が『はっ?なんの冗談?』って言ってあげなきゃ誤解したままだったろうし」
「よく分からないけど、トドメ刺したのは多分お前だよな!!なぁ!?」
「はははっ……」
オレと李華のやり取りに綾さんは渇いた笑いをあげた。
きっと変な兄妹だと思われたのだろうが、変態の綾さんにそう感じられるのは正直心外だ。
「と・に・か・く!!夕飯の前に紗菜だ」
「「はーい」」
気合いを入れるオレとは裏腹に二人は気の抜けた返事を返した。
「そういえば、のあちゃんはどうしたの?」
「帰って来て仕事の電話をした後にコンビニまで買い物に行ったよ」
この状況がこじれた原因は、のあの不在もあったようだ。
「まぁ居ない奴を当てにはできないし、まずは問題の解決からだな」
「何度も言うようだけど、原因は慎にぃの言い方だと思うけど。『今日は一緒にいて欲しい』なんて言ったら誤解されるのも当然じゃないかな?」
「はっ?特に問題ないだろ?」
「はぁ……」
なぜかため息をつかれた。
オレと紗菜の間柄なら普通の問いかけだと思っていたのだが、何か不都合があっただろうか?
「ねぇ李華ちゃん…薄々感じてはいたんだけど、慎弥くんって唐変木とか鈍感系とか、そういうタイプの人?」
「残念ながら、そういう人です」
ひどい言われようだ。
オレはそんな物語の登場人物みたいな人間ではないはずだ。
「もういい。紗菜はリビングか?」
「だよ~」
李華に確認を取ると、オレは少し慌ただしくリビングへと向かった。
-ガチャ-
リビングに入ると、すぐに紗菜の姿を見つけた。
紗菜はこちらに背を向けたまま微動だにしない。
「紗菜?」
「むぅ~」
明らかに紗菜が膨れている。
「おーい紗菜?」
「ぷぃ!!」
何故だろうか?紗菜はご立腹のようだ。
しかし自分の口で『ぷぃ』とか言ってしまうマヌケさが見える辺り、完全に拒否されている訳ではなさそうだ。
「なぁ紗菜…機嫌直してくれないか?」
「…………………(くるん)」
正面に回り込もうとするオレから逃げるように、紗菜は改めて背中を向けた。
「そもそもオレが原因なんて李華の冗談だよな?」
「むぅ~~~~~!!!!」
「(あれ!?マジでオレが原因?)」
紗菜の機嫌は先ほどより明らかに悪くなっている。
最早、オレを威嚇するかのようだ。
「李華…助けてくれ……」
「さっきはあんなこと言っておいて、慎にぃにはプライドとかないの?」
「ごめんなさい」
こうなったらプライドなど関係ない。
オレが紗菜をどうにかできる気がしない以上、李華に謝る方がよっぽど早い。
「はぁ…しょうがないなぁ。でも手段は選ばないからね」
「お前の『手段は選ばない』はガチなやつじゃねぇか!!」
この言われ方をされて良かった記憶などオレにはない。
「誰のせいだと?」
「いや…だけどな…」
「紗菜、可哀想」
「……………」
「慎弥くん。私が言えたことじゃないかもだけど、今回は我慢しよ?」
綾さんの説得によりオレは陥落した。
「じゃあ私は紗菜と話しとくから、慎にぃは夕飯の準備よろしく」
「はい…………」
「慎弥くん、私も手伝うよ」
キッチンへと向かおうとしたオレに綾さんが声をかける。
「えっ?でも…お客さんですから」
「いいのいいの。この状況で待ってるだけなのも心苦しいしね」
綾さんの言うように、この状況で『座ってて』なんていうのは逆に厳しいだろう。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「うん。任せて」
紗菜の様子は気になるものの、オレは綾さんと二人でキッチンの方へと向かうと夕飯の準備に入った。
我が家の女性陣とは違い、綾さんは初めてのキッチンでも戸惑うことなく見事な動きを見せた。
以前『花嫁修業から逃げている』などと言っていたが、オレからすればそもそも必要がないようにも思えた。
そして、紗菜はというと…
「慎くん。おかわりは大丈夫ですか?」
先ほどの件などなかったかのように、普段の調子を取り戻していた。
「体力つけないとですからね♪」
本当に李華はどんな魔法を使ったのだろうか?
実際、このくらいでどうにかなるならオレ達が帰ってくる前に解決しておいて欲しかったほどだ。
ちなみにコンビニから帰って来た某アイドル様は、何も知らぬまま幸せそうに夕飯を食べている。
『はぁ…今日は色々と大変だったな…』
その後は特に問題が起こることはなく、綾さんは のあの部屋へ、紗菜はいつも通り李華の部屋へと別れて行った。
-トストス-
オレが残りの家事を終え部屋に戻ると、襖を叩く音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
のあや李華であれば問題無用で入室してくるのもあり、オレは居住まいをただした。
「失礼するね」
襖が開くと、そこに居たのは綾さんだった。
「どうかしましたか?」
「ちょっと慎弥くんにお願いがあってさ」
お風呂あがりだろうか?綾さんの髪はしっとりと濡れていて、いつも以上に女性的な妖艶さがましているようだった。
「おっ…!?お願い…ですか?」
「うん」
今の状況に、ついつい平常心を保つのが難しくなる。
「ち、ちなみに今は……ちゃんと履いてます…よね?」
「ひ・み・つ」
マズイ。
正確な答えを求めたはずが、余計モヤモヤしてしまう回答が帰ってきた。
「わっ!わかりました!!どうぞ!!」
「じゃあ本題だけど。少しだけでもいいから新しい動画の映像を見せてもらってもいいかな?」
「…………………」
「あれ?どうかした?」
いや、分かってはいたはずなんだ。
だけど健全な男子高校生なら誰だって考えてしまうのはしょうがない。
ちなみにこれは言い訳ではない。決して。
「いえ……なんでも……」
「そう?それならいいけど」
「まぁ多少なら構いませんけど…まだ編集もまともにやってないので本当に撮ったままの映像ですよ?」
「そんなのは気にしないよ。ファンとしては完成を楽しみにしていたいんだけど、のあちゃんが加わったのに興味があってさ」
「じゃあこちらにどうぞ」
オレが自分の隣に座布団をひくと、綾さんはそれに腰をおろした。
髪からは普段、のあが使っているシャンプーの香りがして、オレは改めて心の中で平静を保った。
綾さんの準備ができたのを確認し、オレは撮影した動画の再生を始める。
それから約30分。
編集もされてない、ムダなシーンのたくさん入った動画を、綾さんは文句を言うことなく食い入るように見詰めた。
「まぁ今のところはこれぐらいですね」
オレは、ある程度の区切りの付くところで再生を止めると、綾さんへと向き直った。
「君はこれを本当に動画にするつもりなの?」
綾さんの顔は停止したままの画面に向けられたままだった。
「まぁ映像はイマイチかもしれないですけど、編集次第では形になると思いますよ」
ファンだと言ってくれた綾さんに見せるのは気恥ずかしかったが、編集を経ればきっと満足してもらえるものが出来るという自負がオレにはあった
「そうじゃないよ…」
次の瞬間、綾さんが浮かない表情を浮かべる。
「どういうことです?」
「こんなのは私の知っている『s2kr』じゃない。どんな編集をしたって駄作になるだけだよ…」
綾さんから出たのは紛れもない否定の言葉だった。




