第35話
「時間になっても来ないから心配しちゃいましたよ」
のあが走り寄って話している人物、綾さんをオレは知っている。
「ゴメンね。ちょっと散歩していたら遅くなっちゃって」
仲良く話をする二人の繋がりは全く見えてこないがオレには、それを確かめている時間的余裕はない。
「慎くん大丈夫ですか?顔色が良くないです。やっぱりまだ体調が…」
紗菜の指摘通り、きっとオレの顔は青ざめているだろが決して体調が悪い訳ではない。
オレは部長からの『綾とは関わるな』という言葉を思いだし、ゆっくりと距離を取っていく。
「(そもそもオレが会いたくない…だってあの人…痴女だし!!)」
クールな顔立ちで間違いなく美人ではある。
オレだって綾さんがノーパンで歩き回るような変人だと知らなければ憧れの目で見ていた可能性はある。
「慎くん?」
-ザッ-
明らかに様子のおかしいオレを見て紗菜が再度、心配そうにオレの名前を呼んだが、その瞬間にオレは走り出した。
だが…
「のあちゃん。いいこと教えてあげる。私、5月にここで~」
二人で話すには大き過ぎる綾さんの声にオレは走るのを止めた。
振り返ると綾さんはクールな表情に似合わない嫌な笑みを浮かべながら、オレの方を見ていた。
「慎弥…何してるの…?」
「あぁ君が、のあちゃんがお世話になってる家の慎弥くんね。はじめまして、よろしくね」
のあは不審な目をオレに向けていたが、問題は綾さんだ。
間違いなくオレがいることに気づいていて先ほどの話を持ち出しておきながら、白々しく初対面を装っている。
「それと、君が紗菜ちゃんだよね?」
「はっ…はい……」
紗菜はオレの後ろに隠れるように返答を返した。
だいぶ良くなったとはいえ人見知りは未だ健在のようで、特に綾さんのような大人の女性は苦手らしい。
「そういえば綾さんがさっき言いかけてた話はなんだったんですか?」
「話が途中だったね。ゴメンね、のあちゃん」
「そっ…!!それよりも…のあの知り合いなのか?」
「あ~まだ紹介してなかったね」
危なかった…のあや紗菜に綾さんと出会った時の件を知られたら、変態と思われるどころか一生、白い目で見られるかもしれない。
「慎弥には少し話したけど、綾さんは私と同じ事務所でモデルの仕事をしてるんだ」
「モデルさん…ですか…?」
のあの説明に及び腰だった紗菜も興味を持ったのか、綾さんをまじまじと見ている。
「紗菜ちゃんカワイイね。モデルとか興味ないかな?」
「いえ…私は…」
「え~絶対に人気出ると思うし、一度だけでも試しにさ」
「あっ……あの……………慎くん………」
今度はスカウトされ始めた。
紗菜は困った顔でこちらを見ているし、そろそろ助け舟を出してやろう。
「もしかして、のあを事務所で助けてくれたのって」
「うん。綾さんだよ」
同じ事務所であり、のあとの関係性を見ているとそうではないかと思ってはいたが、やはり綾さんだったようだ。
「まぁのあちゃんの為だしね。それと他に理由もあったし…」
綾さんが手助けをしてくれたのは有難いが、やはりこの人の真意は読めない。
「慎弥。綾さんに変なことしないでよ」
「しねーよ」
気になって綾さんの方を見ていたオレに、のあがとても心外なことを言ってくる。
「本当でしょうね。何かあったら許さないから」
「はいはい…」
「ふふっ」
そんな様子を見ていた綾さんが、何が面白かったのか急に笑いだした。
「笑っちゃってゴメンね。のあちゃんの印象が違うもんだからつい」
「そうですか?のあはいつもこんな感じですが」
「私の知ってるのあちゃんはテレビに出ている『NoeRu』の印象そのままだからね」
「それだと私が詐欺師みたいじゃないですか…」
のあは頬を膨らませながら言ったが、すぐに綾さんは否定した。
「そうじゃないよ。私は今の方が生き生きしてて良いと思うし、のあちゃんが最近、明るくなったように見えるのにも納得がいった」
「私、そんなに変わりましたか?」
「転校してから数ヶ月だとは思えないくらいにはね。よっぽど誰かさんと気が合ったのかな?」
「なっ…!!??」
「私とのお茶を放り出して駆け付けるぐらいだからね」
今日ののあの表情はコロコロと変わる。
膨れていたはずの頬が今は真っ赤になっている。
「家族だからです!!か・ぞ・く!!」
「あら?もうそんな仲なの?」
「で~す~か~ら~!!」
翻弄される、のあというのも珍しく、オレはおかしくて不覚にも笑いがこみ上げてくる。
-ぎゅ~~-
しかし、そんなオレの脇腹をなぜか紗菜がつねっていたので笑顔はとても不自然なものになっていただろうけど。
「綾さん…もう本題に入ってもらってもいいですか…?」
ようやく綾さんの追及から開放された、のあは息も絶え絶えになりながらも、本題へと話題を移行させた。
「そういえばそうだったわね」
「わざわざ慎弥まで呼ぶなんて、何か理由があったんですよね?」
薄々勘づいてはいたが、オレがこの場にいるのは、やはり綾さんの差し金だったようだ。
オレが来ていることを知らなければ、オレが逃げようとした時に止められるはずがない。
「そうなんだけど話すにも時間が必要だから、出来れば今日は泊めてくれると助かるかな」
「げっ!」
「ん?慎弥くんはイヤなの?」
ほぼ条件反射で出てしまった反応だったが、そんな返答をされては断りづらい。
「いや、泊まるだけならホテルもありますし」
「それじゃあ話をする時間が取れないでしょ?」
「なら今から喫茶店にでも」
「話が終わらなくて、何日も呼び出すようになるけどいい?」
「…………のあの部屋に泊まるのならいいです…」
「ありがとね♪」
負けた。
結局、何を言っても無駄なあがきだったような気がする。
「紗菜。今日、ウチに泊まらないか?」
「慎くん。急にどうしたんですか?」
「どうしても紗菜に一緒にいて欲しいんだ!!頼む!!」
「慎くん……わかりました…私も色々と準備があるので…一度、家に戻りますね!!」
「はい?いや、いつも通り李華から借りれば…」
「そんな訳にはいきません!!初めては大事ですから!!」
紗菜はそう言い残して一旦、家へと帰って行った。
それにしても綾さん対策として紗菜を誘ったのは確かだが、別に気合いを入れる必要はないし、普段通りにしてもらって構わないのだが、紗菜はなんでこんなに真剣なのだろうか?
「慎弥くんはわざとやっているのかな?」
「なにをですか?」
綾さんが何を言っているのかは解らなかったが、のあは何故か呆れた顔をしていた。
「じゃあ私は泊まるのに必要な買い出しをしてくるね」
「でも綾さんはこの辺りで買い物できる場所を知らないんじゃ?」
のあの言う通り、綾さんは周辺の地理には疎いはずだ。
「そうだね。じゃあ慎弥くんに付いて来てもらうよ」
「えっ!?オレですか?」
「うん。荷物持ちには男手が必要でしょ?」
一泊するだけなら大した量にはならないと思うのだが、のあに荷物持ちをさせる訳にもいかず、オレは綾さんと二人で買い物へと出かけたのだった。




