第34話
「生きているって素晴らしい…」
二日後、風邪から回復したオレはしみじみと思った。
『もう風邪なんて絶対に引かない』と。
激辛のお粥を食べてからも、のあの看病は苛烈を極めた。
どこで調べたのか判らないような民間療法は数知れず、胡散臭い謎の漢方薬を飲まされたこともあった。
オレはその度に気を失うほどの苦痛を受け、今ここに全快した。
正直、病状が一進一退を繰り返した時には紗菜を呼ぶか、救急車を呼ぶかぐらいに追い込まれたが、オレは生き残った。
「李華ちゃん。私、大丈夫かな?」
「のあさんは大丈夫だよ。それより問題は私かも」
ちなみに二人はオレにおおよそ人間の食べ物とは思えないものを与えておきながら、自分達は出前三昧をし、今さらになって体重を気にしている始末だ(その反面、オレの体重は3Kg落ちた)。
「遅くならない内に学校行けよ」
変な噂が立たないように、のあとは別々に登校する必要があるので、二人に出発を促す。
オレ自身、今日ほど学校が恋しいと思ったことはなく、焦る気持ちを抑えられない。
ほどなくして二人は家を出た。
「お世話になりました」
オレはここ数日で安息の場所から牢獄へと変化した我が家に深々と頭を下げ、小走りで通学路を急いだ。
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「よう!久しぶりだな。ってか少し痩せたか?」
「そりゃまぁあんな生活を送ればな……」
教室に入って広との最初の会話はそれだった。
「美少女達に看病されて何してたんだか」
「あれは地獄っていうんだよ」
「もしかして修羅場?」
命の危機から考えれば修羅場なんて軽いものに思えてくるから不思議だ。
決して体験したい訳ではないが。
「お前がいない間、次の撮影場所の相談してたんだけど、オレ達の秘密基地があった神社とかどうだ?」
「あぁ別にいいんじゃないか」
神社といえば先月、運悪く痴女(綾)さんと遭遇した場所だ。
お参りの甲斐あってか、あれ以降の連絡等はなくて非常に助かっている。
「そういえば広に聞きたかったんだけど、部長から親戚の話とか聞いたことないか?」
「ずいぶんとアバウトな質問だな。どうだったかな?そういえば『嫌いな奴がいるから親戚の集まりには出ない』とは言ってたな」
「嫌いな奴か……」
多分だが綾さんのことだと思って間違いないだろう。
二人の親戚関係に首を突っ込む気はないし、部長も綾さんには『関わるな』と言っていた。
オレの方も願い下げではあるが、部長があれほど感情的になるのは気になる。
「慎弥が部長のことを知りたがるなんて珍しいな。もしかして部長狙いに切り替えたとかじゃないよな?」
「当たり前だろうが」
確かに部長は美人ではあるが、そういう対象ではない。
「本当だろうな?」
「あ…あぁ…」
広の珍しく真剣な声に少したじろぎながらも返答する。
「皆さん。席についてください」
そのタイミングで担任が教室に入って来たことで、オレは広に真意を聞くチャンスを逃したのだった。
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「慎弥、ちょっといい?」
放課後になり部室にみんなが集まり、今後の予定を話していると、のあがオレに話しかけてきた。
「ん?撮影に関係あることか?」
「まぁ関係なくはないんだけど…」
のあにしては歯切れが悪い。
「次の撮影場所が神社なら、今日一緒に下調べに行って欲しいんだけど」
「別に下調べなんて必要ないと思うぞ?オレ達ならよく知ってる場所だし」
オレが周りを見渡すと、みんなが一様に頷いた。
あの場所はオレ達の秘密基地があった場所だし、何より『s2kr』を撮影した場所の一つだ。
見栄えのいいスポットは既に抑えているし、それはのあだって知っているはず。
「ダメです。今日は慎くんの快気祝いをやるんですから」
「やらねぇよ!!」
「なんでですか!!」
「風邪ごときでいちいち快気祝いなんてやってられるか!!」
紗菜はもう少し常識があると思っていたのだが、最近の発言はだいぶズレている気がする。
「お願い慎弥」
「わかった。神社に行くよ」
確かにオレは風邪ごとき(それに伴う看病)で地獄を見たが、ここには『祝い』と称してバカ騒ぎするメンバーが揃っている。
病み上がりでそんなことをしたら、また体調を崩しかねない。
次に地獄を見ることがあれば命はない。
神社と快気祝い、どちらを選ぶかなど考えるまでもなかった。
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「は~お祝いしたかったです」
神社に向かう途中、無理やり付いてきた紗菜が不満を漏らした。
「映像が出来上がったら打ち上げでも予定するから、それまで我慢しろ」
「まぁ慎くんがそう言うなら…」
「それは置いとくとして、着いたわね」
神社に着いたオレ達は、のあの後ろに続くようにして鳥居を抜けて行った。
「さて、どうするんだ?」
「適当にぶらぶらしましょ」
『下調べ』とは言っていたが、のあには特定の見たいものがあった訳ではないようで、言葉通り神社内の探索を始めた。
「慎くん。私達はどうします?」
「とりあえず、のあに付いてくか…別にやることもないし」
オレと紗菜は、のあを追うように歩き始めた。
「これって…」
先を歩いていた、のあが何かを見つけて立ち止まったのは探索を開始して数分後のことだった。
「絵馬…ですね」
「この神社に絵馬なんて売ってたか?そもそも付ける場所じゃねぇし…」
オレ達が見つけたのは境内の木にぶら下がっていた絵馬だった。
「ねぇ慎弥。この絵馬に書いてあるのって」
「どれどれ」
普段なら人の書いた絵馬を覗き見するような趣味はないが、こんな非常識な絵馬に何が書かれているのかには興味がでた。
『私は「s2kr」に元気と希望を貰いました。いつか続編が発表されますように』
ある意味、オレ達のせいだった。
この神社が撮影場所だと知った人物の仕業だろう。
「なんか絵馬ってよりは手紙みたいですね。これって、石川先輩が書いたんですか?」
「私じゃないわ。神頼みでどうにかなるなら転校なんてしてないし」
紗菜の考えは悪くはない。
神社と動画の関係性を考えれば、真っ先に思い付くのは のあだろう。
だがオレは知っている。
「のあはどちらかというと神の敵だしな」
オレの頭には、いつかの御神木に蹴りをいれていた少女の姿が浮かんでいた。
「いい加減、そのことは忘れなさい。でなきゃ、記憶がなくなるまで私が殴るわよ」
「すみません、今すぐ忘れます」
「???」
紗菜は不思議そうにオレ達を見ていたが、オレはもう何があったか忘れた(ことにした)ので紗菜に知られることはないだろう。
「それよりよかったんじゃない?私以外にもいたみたいよ」
「なにが?」
「動画で元気を貰って、こんな常識外れをする人」
その言い方だと、オレ達が人を駄目にしてるとも取れるが、わざと言っているのだろうか?
「まぁコアなファンが一人増えたと思っておくよ」
「きっと、もっとたくさんいるわよ」
「そんな根拠もなしに…」
「根拠ならあるわ」
「???」
「だって私が最高の動画だって認めてるんだから」
そう言って、のあはとびっきりの笑顔を浮かべたのだった。
「コアなファンがね~」
嬉しくもあり、また変な人が現れるのが恐ろしくもある感情。
オレの中では、そんな想いが入り雑じっていた。
「もういい時間になりましたけど、石川先輩の下調べはもう大丈夫なのですか?」
「いや、それが…」
紗菜の言う通り、もう見る場所もなくなってきたが、のあはまだ帰る素振りを見せない。
「まだ何かあるのか?」
「そろそろだとは思うんだけど…」
「そろそろ?」
そう言った時に、誰かが鳥居を抜けてくる姿が見えた。
「えっ?あれって?」
「あっ!!のあちゃんお待たせ~」
この神社において消したい過去、出来れば二度会いたくはなかった人物。
「良かった。迷わずにこれましたか?綾さん」
「大丈夫よ。一度、来たことがあるから」
神代綾、その人だった。




