第31話
「慎弥。私はね…」
私は本当に臆病だ。
『慎弥が過去の私のことを知ったらどう思うだろうか?』
『騙されたと感じるだろうか? 』
そんなことばかり考えていた。
でも紗菜ちゃんがあそこまで言ってくれて、やっと決心を付けることができた。
もはや自分のことはどうでもよくなっていた。
紗菜ちゃんが言ってくれた言葉を信じる。
きっと、先ほどから私の言動を何も言わずに見てくれている玉木くんや李華ちゃんも紗菜ちゃんと同じ気持ちでいるのだろう。
だから、今の私に出来ることを。
目の前にいる慎弥が少しでも前を向いてまた撮影をしてくれること。
それだけで私が転校してここまでやった意味があるというものだ。
「今でこそアイドルなんてやってるけど、本来の私はこんな仕事を出来るような性格じゃないんだ…」
伝えなきゃ。
私の思いを通して、みんなの思いを…。
*********
のあが語る、かつての自分を変えた『s2kr』との出会い。
それからアイドルとしてデビューするまでの話。
そして転校をするに至った決意を聞いた。
それにより、今まではなんとなくだった彼女の話の断片が繋がりつつあった。
「慎弥はさっき、私が動画を見たことがきっかけでアイドルになったのは偶然だって言ったけど、私はそう思わない」
のあは自らの過去を語り終えるとオレにそう告げた。
「だって『s2kr』は私が見てきたどんな作品よりも素敵なものだから」
「そうか…」
のあの『s2kr』に対する気持ちは正直に嬉しかった。
あの『NoeRu』が一番と言ってくれたこと。
それほど長い期間ではないが、一緒に生活をし、色々なことを知ってなお変わらず『s2kr』を好きと言ってくれる『のあ』がいること。
オレはもうそれだけで充分だった。
「話を聞かせてくれてありがとう。嬉しかった。オレが…いや、オレ達がやってきたことはムダじゃなかったんだな」
「それじゃあ…!?」
のあの言葉と共にみんなの表情が明るくなった。
だがオレにはそれに答えることはできない。
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「話を聞かせてくれてありがとう。嬉しかった。オレが…いや、オレ達がやってきたことはムダじゃなかったんだな」
「それじゃあ…!?」
慎弥がそう言ってくれたことが嬉しかった。
私の伝えたかった言葉が慎弥に届いたのだと思えたから。
しかし次の瞬間、その喜びは私の中で霧散した。
「それなら、もう『s2kr』を終わりにできる」
「えっ……?」
慎弥の口から発せられた『終わり』
何かの間違いではないかと、私は頭の中で考えを巡らせたが、出てきた答えが変わることはなかった。
「今までずっと動画を投稿したことを後悔してた。でも、のあの助けになれていたのなら本当に嬉しい」
「それなら…!?」
そう。それなら、もう一度やり直すことだって可能なハズだ。
しかし、慎弥の気持ちを変えられるような言葉を、私は見つけることが出来なかった。
「だからもういいんだ。のあのおかげで悪いことばかりじゃないとわかった。最後の最後で思い出と一緒に終われる」
『そうじゃない!!』
『私はそんな最後を与えたかったわけではない!!』
大声でそう叫びたかった。
しかし、口から出るはずだった言葉は、目から落ちる涙へと姿を変えた。
ただただ静寂の時が流れる。
部室の中には誰の声もなく、誰もがどうしたらよいのかも分からずに時間だけが過ぎていくように思われた。
ただ一人を除いて。
「のあくん。君の言いたかったことは全部言えたかい?」
「………わかりません…」
白崎先輩が優しい口調で確認を促してくれたが、私には自分の整理をつけるだけの余裕はなかった。
「そうかい。じゃあ一つだけ私から言わせて貰おう。のあくん、君はこの部室にいる誰の期待も背負う必要もないんだ」
「…??それって…どういう…?」
白崎先輩の話が唐突過ぎて理解することができない。
ここまで私は紗菜ちゃん達三人と一緒に今回の機会を作ってきた。
今の私はその期待も背負っているはずだ。
「広くん達と君では前提が違うんだよ。彼らは過去の間違いをやり直す為にここにいる。だけど君は違うだろう?」
希望を貰った私に対して、確かにみんなの『s2kr』への考え方は違うというのは解る。
白崎先輩はこちらの様子を見ながら私の疑問に答えた。
「君は『s2kr』に希望を貰ったもの達の代表で、そして転校して来てからは慎弥くんの同居人でもあった。だから誰かじゃなく、もっと自分の気持ちをストレートに言ってもいいんだ」
白崎先輩の言葉に私はハッとした。
私は『s2kr』という作品が大好きで転校までした。
それはいわば視聴者側の感想。
私は勇気や希望を貰った側で、直接感謝を伝えられる立ち位置にいて、更には個人的に近しい場所にいる。
私はそうであるはずなのに、まるで自分も当事者であるかのような気持ちで言葉を慎弥に伝えてしまっていた。
きっと白崎先輩が言いたかったことはそういうことなのだろう。
だったら、私は慎弥にファンの一人として言わなければならないことがある。
「慎弥。私はアナタ達の作品が好きだからこそ言わないといけないことがあるの…」
「…………」
慎弥は私のことをちゃんと見てくれた。
だったら遠慮なしでいかせてもらう。
流れていたはずの涙はいつの間にか止まっていた。
「私達に希望を与えるだけ与えといて逃げるなーー!!早く続きを出せーー!!!!」
最早それは絶叫というレベルだったが、言わずにはいられなかった。
私の転校の要因となり、多くの視聴者、特に『s2kr』から何かを感じ取った人ならば絶対に思っているはずのこと。
「責任取って最後まで面倒見なさいよ!!そもそも『part 1/3』とかするんだったら続きがあるのが当たり前でしょうが!!それに…」
慎弥はポカンとした表情で私を見ていたが今はどうでもいい。
それよりも私にはずっと納得がいかず、腹に据えかねていることがある。
「『s2kr』は思い出を記録したものなんでしょ!?だったら私との出会いを記録しないなんて許さない!!仲間外れにするなーー!!」
心の中では思っていながらも、今まで言うことを躊躇してきた想い。
それを飾ることなく出し切ったことで、私は胸がスッキリし息を一つ吐いた。
「ふっ…ふふ……ははははっ!これは私の予想以上だ」
先ほどまでは真剣な表情を見せていた白崎先輩が吹き出しながら笑顔を見せる。
「なぁ慎弥。かわいい女の子にここまで言われて何もしなかったら男じゃないぞ」
玉木くんも続いて冗談のように言って笑みをこぼしている。
「責任かぁ。確かに重いけど私達にしかやれないことだもんね」
「そうだね。でもみんな一緒なら大丈夫だよ李華ちゃん」
李華ちゃんの言葉に紗菜ちゃんが答え、二人は顔を見合せて笑った。
そして…
「そうだな…そうなんだよな…オレは自分と自分の周りしか見えてなかったんだ…オレ達は顔も知らない誰かと、映像という手段で繋がってるんだよな…」
「じゃあどうするの?慎弥の答え、聞かせて」
私の問いに、みんなは笑顔のまま慎弥に目線を集める。
「オレはまた誰かに嫌な思いをさせるかもしれない…それどころか傷つけるかもしれない…それでもオレは『s2kr』を見てくれた全ての人に映像という手段で責任を果たそうと思う…広、紗菜、李華。またオレに力を貸してくれるか?」
「「「当然!!」です」だよ」
三人は決意の籠った声で答えた。
「盛り上がってるところ悪いけど、私も一緒にやるからね」
慎弥は私の参加表明に困惑した表情を浮かべた。
「のあ。いいのか?お前には仕事だってあるし、元はと言えば転校だって一時的なものだし…」
慎弥の言っていることは良くわかる。
私だってアイドルとしてファンへの責任がある。
それでも私の答えは決まっていた。
「NoeRuとしての活動はちゃんと続ける。『責任取れ』なんて言った手前もあるし。でも『石川のあ』としては、みんなと一緒にやっていきたいと思ってる。だから私を外すなんてことは言わないでよね」
「言っても無駄か…でもムリだけはするなよ」
「うん」
転校して来た当初は、まさか自分が参加する未来がくるなど想像もしていなかった。
だけど今はこの状況で参加しないという未来はない。
-パンパン-
話がまとまったところで白崎先輩が手を叩き注目を集めた。
「ところで私から提案があるんだが」
その後、白崎先輩から提案された話を、私達は二つ返事でOKしたのだった。
-6月某日の週末-
「さぁそれでは『映像新聞部』初の活動を始めようか」
私達は白崎先輩からの『活動拠点があった方がいいだろう?』という提案を受けて新聞部の活動を拡張するという名目で作られた『映像新聞部』なるものに入部した。
部活といっても映像は部活動に提出する必要はないということだし、諸費用も部費増額分からある程度は出してもらえるという願ってもない条件ばかりで、私達(入部済の玉木くんを除いて)は即座に入部を決めた。
そして今、私達は撮影の為に『s2kr』の最初の場面、かつて慎弥と二人で訪れた海の側にやってきた。
『やっぱり始めはこの場所』と満場一致の決定だった。
到着して早々、私は慎弥に聞きたかったことを尋ねてみた。
「ねぇ?慎弥は私に『騙された』とか思ってないの?」
「騙す?何を?」
「だって今の私はアイドルになる前とは性格も違うし…」
「そんなことか。そもそも、人の性格なんて経験や周りとの人付き合いで変わるもんだろ?李華や広は別として、紗菜なんかはそれこそ別人みたいに変わったし」
考えてみたが、そう言われれば確かにしっくりくる。
私も『s2kr』を見る前と後では性格が明るくなったし、今のこの私だって転校当初のようにムリをしているわけではなく、自然なものになっていた。
「慎にぃ~。荷物持って~」
「おぉ~今行く~」
李華ちゃんに呼ばれ、慎弥が私の側を離れるのと入れ違いに紗菜ちゃんが私の前へとやってきた。
「石川先輩。今回の件はみんな、あなたのおかげです。ありがとうございました」
「そんなことないよ。全員の努力があってこそだよ」
「いえ…お礼を言わせてください」
「いや~」
そこまで言われると悪い気はしない。
「でも負けませんから」
「えっ…?」
「慎くんは絶対に渡しませんから!!」
「いやいや!!ちょっと待って…私は慎弥のことなんて…」
「負けません!!」
紗菜ちゃんはそう言い残すと先に行ってしまった。
「……………ふふっ」
確かに慎弥が言うように人は変わるらしい。
少なくとも昔の紗菜ちゃんはあんなこと言えなかっただろう。
そう思うと自然と笑みがこぼれた。
******
一度は終わったかにも思われたオレ達の思い出の記録。
しかし今、かつてのメンバーに新たな仲間が加わり、また次の始まりを迎えた。
そんなオレ達の姿は、まるで色とりどりなお菓子の入ったアラカルトのようだ。
この先、その色はぶつかり合ったり離れていくこともあるかもしれない。
「慎弥早く~!!」
のあがオレを呼ぶ。
「はいはい…」
オレは両手いっぱいの荷物を持ち直すと、少し早歩きで彼女のところまで急いだ。
のあの隣まで来たところで、のあがオレにだけ聞こえるように呟く。
「慎弥くん。私に希望をくれてありがとう」
普段と違う呼び名と雰囲気に一瞬だけ戸惑ったが、次の瞬間にはそんなことどうでもよくなっていた。
だってその時の、のあの笑顔がとても素敵だったから。
それが昔の彼女なのか、それとも演技なのかは分からない。
でもオレ達には『これから』という時間がたくさん残されている。
それを知る日もくるかもしれない。
だから今は、今だけでも未来に向かって行こうと思う。
-第一章- 完




