第30話
「なっ…!?お前ら…なんでここに?」
上手く状況が飲み込めない。
部長からのメッセージを受け、助力を得る為に部室へと足を運んだ。
しかし、探している相手であるはずの四人が何故ここにいるのか?
「済まない慎弥くん。実はみんなから君をここに誘導するように頼まれていてね。事情も把握していたんだ」
「えっ…部長も……」
部長が話し終えるのを確認すると、広がオレの前へとやって来て、おもむろに頭を下げた。
「慎弥!!悪かった!!」
「そっ…そうだよ!!部長まで巻き込んで!!こんなことして、このあとどうなることか…」
「いや、違うんだ。オレが言っているのは今回のことじゃない」
広はそう言ったが、オレには広から謝られるようなことに見当が付かない。
「以前、お前が『s2kr』の件を全てを自分のせいにした時に、力になれなくて本当にゴメン……」
「……………」
まさか広がそんなことを気にしているとは考えてもいなかった。
「別に広が悪い訳じゃない。実際、動画化するのを考えたのも実行したのもオレなんだし…」
「みんな納得して決めたことだろ?慎弥一人の責任じゃない」
普段は見せることのない、広の真剣な表情にオレは困惑した。
「とにかく!今は昔のことなんていいだろ?早く動画を削除しないと大変なことに…」
「今回の動画に慎にぃは無関係なんだから別に良くない?それとも今回の件まで自分のせいにするつもり?」
「李華…」
確かに李華の言う通り、今回投稿された動画にオレは関わっていない。
だけど発端となったのは『s2kr』や、その元となった映像であることは間違いない。
だとすれば、オレにはそれを見過ごすことなど出来ない。
「最初の原因を作ったのはオレだ。だからこんなバカなことは止めろ」
「私達は真剣だよ。もう昔とは違う」
その言葉に李華からも、広と同様の覚悟を感じた。
でもオレは兄として、その間違いを正さなくてはいけない。
「今回は前よりも話題が拡がる可能性がある。そうなればまた酷いことを言われるかもしれない。その標的になるのはお前じゃなく、のあや紗菜なんだぞ!?」
前回だって一番始めに被害を受けたのは紗菜だ。
画面に映っている二人にはすぐに注目が集まることだろう。
そうなれば同じことが起きないという保証はない。
「慎くん。私なら大丈夫です」
「そんな訳ないだろ!!あんな酷いこと言われて、大変な目にも遭って…」
オレの言葉を聞いても、紗菜は笑顔を崩すことはなかった。
「私、分かったんです。周りから何を言われようと、みんなで一緒にいられない苦しみに比べれば何でもない。って…」
「そうだとしても!!あの時はあれが一番よかったんだ!!」
自分でも熱くなっているが分かる。
それでも、あの時の選択は間違っていないと今でも思うし、別の選択肢なんて考えられない。
「いえ…私達はあれでよかったとは思っていません…」
だけど紗菜から返って来たのは否定の言葉だった。
「広先輩が言うように、あれは『四人で決めた』ことだから…それなら『誰か』じゃなく、苦しみも『四人』で分け合うべきだったんです!それなのに私達は慎くんに押し付けて何も出来なかった……」
「ちっ…違う……あれはオレの責任で…っ…………えっ!?」
『何か言わないと』と思っていたオレの身体は気がつくと、のあに抱きしめられていた。
「どうして一人で抱え込んじゃうかな…?」
顔を見ることは出来なかったが、のあが泣いていることだけは声色から察することができた。
それと同時に自分の目からも温かいものが流れ落ちた。
「じゃあ、どうすればよかったんだよ…誰かが責任を背負わないと…」
「責任…?それなら私をアイドルにした責任はどうなるの?」
そう言いつつオレから離れた彼女はやはり泣いていた。
「のあをアイドルにした責任…?」
「そう…私は『s2kr』を見て今の世界に飛び込んだ。慎弥からすれば忘れたいようなことかもしれないけど、私にとって『s2kr』という動画は夢をくれたものなんだよ?」
「そんなのはたまたまの偶然で…」
『s2kr』がなくたって、のあはアイドルになっていたと思う。
これだけの人気を獲られるような存在だ。
きっと誰かが見つけ出し、結局は同じ結果を迎えていたことだろう。
「ねぇ慎にぃ。覚えてる?動画をUPして間もない頃は私達、感想や評価のメッセージに一喜一憂してたよね?」
李華の言う通り、オレ達は良い評価を貰えればみんなで喜び、厳しい評価には本気で悔しがった。
そのうち批判のメッセージが増えてくると、オレ達はそれを見ることが辛くなり、見ることを止めていた。
結局『みんなを元気にしたい』などと言いつつも自分達が作ったものへの評価を気にせずにはいられなかったのだ。
そんなオレ達が作った動画が本当の意味で人の心を動かすなど無理だろう。
だからこそ、のあの感じた思いだって、きっと『たまたまで、なんとなく』なんだとオレは思っていて、そんなものの為に引っ越しまでした彼女に罪悪感さえ感じていた。
「ねぇ。のあさんもメッセージくれてたんだよね?」
「えっ!?……そうだけど李華ちゃんなんで知ってるの…??」
「まぁまぁ、それはいいじゃん。それよりも、あのメッセージをくれた『のあさんだからこそ』今の慎にぃに伝えられることがあると思うんだ」
のあがメッセージをくれていたということはオレも初めて知った。
どんなメッセージを、のあがくれたのかはオレにもわからない。
だが李華だけではなく広や紗菜もが黙り混み、のあの言葉を待っている様子を見ているとオレも無意識に口をつぐんでしまった。
「でも…どうすれば……」
しかし、のあは周りの空気に当てられたのか、もしくは話すべき言葉が見当たらないのか、何かを発することが出来ずにいた。
すると、のあの様子を見兼ねてなのか、オレの横を紗菜が通り過ぎ、のあの正面に向かって立った。
-パチン!!-
静まり返った部室の中に響くその音が、のあの頬を紗菜が叩いたものだと気がつくのにオレは数秒の時間を要した。
「しっかりしてください!!あの動画が好きだと言って私達の事情に首を突っ込んでおきながら、今さら何を気にしてるんですか!?」
そう言った紗菜の表情には怒りではなく悲痛さが見受けられた。
「だって…私なんかが……」
「出来ることなら私だって誰かに託すんじゃなく私が慎くんの力になりたかった…」
のあの言葉に自分の気持ちを伝えた紗菜の目元には涙が滲んでいた。
「だけど、私の言葉じゃムリなんです…慎くんの心を動かせるのは私達と違うものを見てきて、同じものを好きと言える石川先輩の言葉じゃなきゃ慎くんには届かないんです…」
「…………………」
紗菜の真剣な思いに、のあは考え込む様に下を向く。
オレには二人が何を伝えようとしているのかは分からなかったが、何であろうと聞かなきゃいけないような気がして、その場を動く気にはならなかった。
「…………………」
しばらくすると、のあはゆっくりと顔をあげ、オレを真っ直ぐに見つめた。
その顔には確かな覚悟があった。
「慎弥、私はね……」
そして、のあはこれまで語っていなかった事実をオレに話し始めたのだった。




