第2話
日の短い春だということを差し引いても夕暮れにはまだ早い時間帯。
「買い込み過ぎたかな?」
李華のリクエスト通り、今日の夕飯と数日分の食材が入った右手のエコバックを見つめ呟く。
「日用品は安いと、つい買っちゃうよな。エコバックも、もう一つ欲しいし」
そして始業式だけだったのをいいことに普段は利用しない遠くにあるスーパーのタイムセールまで粘ってようやく手に入れた特売品を左のレジ袋に持ってオレはようやく帰路についた。
高校からスーパーまでは大通りを進んだのだが、自宅までは初めて通る道を方角だけを頼りに、しばらく歩く。
すると見慣れた風景が姿を見せ始める。
そこは去年の3月まで毎日通っていた中学校の近くだった。
中学校や小学校は千坂家からだと、ちょうど高校とは逆の方向にある、それにオレ自身も近くまで来ることを避けていた部分があり、そうなると当然、こちら側に来る用事が全くと言ってもいいほどないオレにとっては縁遠い場所になっていた。
「あの道からだとここに出るのか。たった一年と少し前に卒業したばかりなのに、ずいぶんと昔に感じる」
似合わないと思いつつも、つい感傷に浸ってしまう。
そもそも楽しかった思い出など、中学時代では、ほんの一部だけだった。
オレを含む4人が一緒でなくなった、あの時から先の中学時代で、心から笑えることはなかった。
そう。オレが終わらせてしまった。
あの日から。
今から二年半ほど前、オレの周りには広と妹の李華、そして李華の親友の紗菜がいた。
あの時は何をするにも4人一緒で、その当たり前が楽しかったし、一緒にいればそれで良かった。
しかし、それは周りから見れば中学生にもなってベッタリだったオレ達は異質に写っていたのかもしれない。
その頃から注目の的だった李華に、男子生徒から絶大の人気があった紗菜、誰に対しても友好的で頼られることの多かった広。
そんな有名人が集まっていれば周りから、ありもしない噂の一つや二つ出てくるもの。
中学生にもなると作り話も陰湿なものになり始め、周りもわかっていながら悪ふざけで噂を増長させる。
それでもオレ達は4人でいることを止めなかったし、噂をどうにかしようとはしなかった。
それが出来たのは、4人が自分達だけの秘密を共有していたからだ。
中学生とはいえまだ子供。
『秘密』というものに一体感を持ち、それを特別だと思う。
小学生でいえば、仲間内で作った秘密基地に当たるのかもしれない。
ともあれオレ達は、それがあることで何にでも屈しないと思っていた。
その脆弱さに気づかずに。
それを知ったのは一人のクラスメイトのたった一言の言葉だった。
そこから全てが崩れ去るのには一週間もあれば十分だった。
秘密とはいえ、所詮は中学生レベル、隠し通せるものではなかった。
良かれと思っていたことが、見方を変えればそうではなくなる。
簡単なことだが、それに気付けなかったオレは秘密の拡散を恐れ、ごく一般的な学生を演じることを
選択し、紗菜とはそれ以来、まともに会話をしていない。
「慎くんは何も分かってない!!私のことも!!大事なものも」
あの時の紗菜の言葉を今でもよく思い出す。
きっと、 オレのことを恨んでいるだろう。
李華から聞いた話だが、紗菜は勉強に力を入れ、有名な私立の高校に合格したらしい。
少しでもオレへの反骨精神が力になってくれていれば嬉しいと思うのは失礼だろうか?
そんなことを考えながら改めて両手に持つ荷物を握り直し、中学校の前から歩きだした。
かつて登下校していた道のりを、昔ほど時間を掛けることなく帰宅すると、玄関の鍵は空いていた。
扉を開け、確認すると李華の靴がない代わりに見たことのない靴があることに気づく。
靴は見たところ若者向けで、母さんが帰ってきた訳ではなさそうだった(『若くない』と言うと鉄拳が飛んでくるので本人の前では決して言わない)。
李華の友達かと思い、まずはリビングを覗いたが不自然なところはなかった。
続いて2階に上がり李華の部屋をノックする。
その時だった。李華の部屋の隣にあるオレの部屋から『ガタッ』という物音が聴こえた。
(泥棒?)
反射的にそう思ったが、オレの部屋に金目のものはない。
オレの知り合いだとしても、李華が部屋まで上げ、更に一人残し出掛けたりするだろうか?
………いや、李華ならやりかねない。
それどころか「暇でしたらエッチな本でも探してやってください」ぐらいは言いそうな奴であった。
もはや知り合いだった時のリスクは避けられないが、泥棒だと仮定して部屋に突入しよう。
知人なら説明すれば冷めた目で見られるくらいで許してくれるだろう。
心を決め部屋の前に立つと、大きく息を吸い一気にドアを開け放った。
「誰だっ!!」
突入した部屋の中は予想通り荒れていた。
だが、それは想定していた荒れかたではなく、たくさんの女性用の衣類が散らばっていた。
そして困ったことに、その中に佇んでいる少女は、とても肌色面積の広い格好をし、整ったプロポーションを白日に晒していた。
「……………」
「……………」
お互い、突然のことに状況が理解出来ず見つめ合ったまま動きを完全に止める。
(……あれ?…この子どこかで…)
「いやぁーーー!!」
少女の悲鳴により正気に戻り、改めて今の状況を再確認した。
目の前には下着姿のままへたり込んで落ちていた服で必死に体を隠そうとする少女。
そしてドアを思い切り開けて部屋(オレの部屋だが)に侵入した自分。
(ヤバイ…いくら自分の家でも、この状況を見られたら言い訳できない)
早期撤退を決め、部屋から逃げだそうとしたその時。
「のあさん!!どうしたんですか!?」
悲鳴を聞いて駆けつけてきた人物により、俺の撤退戦は逃げる前に敗北が確定した。
「って慎にぃ!!何してるのっ!?」
幸か不幸か身内にその光景を見られたことによって。
「いや…違うんだ李華…これには深い訳が…ってなんだそりゃー!!」
聞き慣れた声の方に振り向きながら弁解しようとして見えてきたものは、見慣れた顔といつもの赤い縁のメガネ。
だが今朝までは黒髪ロングだったはずの妹の髪は金髪ツインテールになっていた。
「李華!!これ以上、変なキャラ付けはやめてー!!」
「慎にぃ!!まずは部屋を出て!!」
「あっ!そうだ李華!!部屋がオレで女の子なんだよ!!」
「落ち着いて!!警察呼ぶよ!」
「………はい…。」
オレの悲痛な叫び(本気)は妹の現実的な一言(本気)によって打ち消されたのであった。