第27話
「(おいおい…マジでここかよ……)」
のあと一緒にバスに乗り、着いたのはオレにとって『まさか』の場所だった。
「なぁ…。本当にここでいいのか?降りる場所を間違ってないか?」
「そんな訳ないじゃない」
「でもここって……城跡だぞ?」
「知ってるわよ。有名な人のお城なんでしょ?」
停留所に城の名前が付いている以上、間違えるはずはないのだが、のあが歴史好きなんて話は聞いたことがないし、なんとなく釈然としない。
「なぁ観光がしたいなら別の場所にしないか?」
のあの目的が観光ならば、もっと相応しい場所だってあるだろう。
今からでは間に合わないかもしれないけど、のあがいいならまた時間を作るくらいはするつもりだ。
「観光?まぁ観光してもいいけど、今は急ぎたいから後でね」
「急ぐって…別に限定品とかなかったと思うけどな…」
「そんなのいらないわよ。日が暮れる前にってこと」
はっきりと『いらない』と言われると、それはそれで複雑なのだが、重要なのは観光ではないらしく、のあは案内板を確認した後、オレの前をスタスタと歩いていってしまう。
「(普段から自分勝手なやつだけど、今日は冷静な態度を装っているような…?)」
「何してるの?早く行くわよ」
「へいへい…」
何をしたいのかはまだ不明だが、のあがしたいようにさせてあげれば問題はないだろう。
そう思い無言で後ろを付いていく。
「ここ?」「ここ」
目的地に到着したオレは、今日になって何度目かわからない驚きを覚えた。
「えっと…」
「言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
「じゃあ言うけど…これが見たかっただけ?」
「そうよ。悪い?」
悪いとは言わない。
しかし『こんなもののために?』とは全力で思っている。
オレ達の目の前にあるのは、ただの街並み。
城が山の上にあるために街並みを見下ろすことができるのは確かだが、景色が抜群に良い訳でもないし、ここじゃなきゃ見られないものがある訳でもない。
正直に言って何の面白味もない。
「あのさ。のあ……」
声を掛けようとして横を向くと、真剣に景色を眺める、のあの姿があった。
制服姿のせいだろうか?普段の芸能人らしさは鳴りを潜め、今は真剣な表情の中にも温かみを感じる。
のあが景色を眺めている間、オレは、のあの横顔から目を反らすことができなかった。
「よし!!」
しばらくして景色に満足したのか、のあは声と共に真剣な表情を解くと、真っ直ぐにこちらを見つめた。
「付き合わせて悪かったわね。退屈だったでしょ?」
「いや、別にいいけどさ…」
少なくとも退屈はしなかった。
先ほどの、のあの横顔なら眺めていて不満はない。
「あぁでも私の顔を見ていたから退屈ではなかったかもね♪」
「なっ!?お前、気付いて…!!」
「仕事柄、人の視線には敏感なのよね♪どうせなら『景色よりもお前の方がキレイだよ』ってセリフが聴きたかったけど♪」
どうやらオレが景色なんて見ていなかったことはバレバレだったようだ。
しかし、こんな景色と比較されたって嬉しくないだろうに、のあの基準は分かりづらい。
「コホン!……で、景色を見て何がしたかったんだ?」
話題を変えようと、あからさま過ぎる咳払いをすると、のあはニヤニヤとした顔をしたが、気にせずに続ける。
「見えるもので、大したものなんてないだろう?」
オレの問いに、のあは今度こそ真剣に悩んだ顔を見せる。
「う~ん…別に『これ』ってものが見たかった訳ではないんだよね。強いて言えば全体かな?」
「全体?」
「私が生活している街を客観的に見たかったっていうか…ほら、『近くだと見えないものがある』とかってよく聞くじゃん。それを実感したくて」
「それで?実感できたのか?」
「うん!!やっぱり転校してきて良かったって思った」
のあは、はっきりと『良かった』と答えた。
この景色から何も感じ取ることができなかったオレには、のあの姿が眩しく映る。
やっぱりオレ達は違い過ぎるのかもしれない。
それは単に一般人とアイドルということではなく、積み重ねてきたものが違い過ぎる。
のあだって転校してきてから、全てが順風満帆だった訳ではないだろう。
新天地での不安や、動画の件だって望む結果ではなかったはずだ。
それでも彼女は、それを全部をひっくるめた上で『良かった』と言い切れる。
だけどオレは違う。
中学時代の過ちはどれだけの時間が経とうと精算しきれるものではないし、そのために自分から何かをするのだって『また失敗するかもしれない』と思うと怖くて動けない。
前進も後退も出来ず、まるで『檻』のように街に捕らわれているみたいだ。
「慎弥?顔色が悪いけど大丈夫?」
「あっ…あぁ。問題ない」
よほど酷い顔をしていたのか、のあが心配そうに顔を覗き込む。
「そう?でも無理させるのも悪いし、そろそろ帰ろ」
「せっかくだし他も見てきていいんだぞ?オレは座って休んでるから」
「ううん…また来るよ。その時も一緒にだからね♪」
「はぁ…しょうがねぇな」
のあは返答に満足したのかオレから数歩離れ、それからこちらを振り返って言った。
「次に来る時は笑えるといいね♪」
のあが何を思ってそんなことを言ったのかは分からなかったが、その時の彼女の笑顔を見て少しだけ心が軽くなったことだけは事実だった。




