第25話
私は今、リビングのドアの前で入るタイミングを図っていた。
李華ちゃんから勇気をもらった。
伝えるべき言葉も決まった。
「(あとは進むだけ!)」
慎弥に誤解を受けたままは嫌だ。
この感情を何と言うのだろう?
「(李華ちゃんは分かってるみたいだったけど…)」
考えてみたが、しっくりくるものは思い浮かばない。
「(進んだ先で見つかるかな?)」
分からないけど、そうであれば嬉しい。
-ガチャ-
大きな期待と少しの不安を抱えて、私はリビングのドアを開け放った。
慎弥はこちらを気にした様子もなく、ソファーに座ったままテレビを見ていた。
「慎弥。ちょっといいかな?」
「ん…?あぁ…」
慎弥はテレビから目を離すことなく答えた。
「えっと…何見てたの?………!!…」
テレビを確認すると、そこには私が映っていた。
「めっ…!?珍しいね。慎弥が私の出演してる番組を見てるなんて…」
「まぁたまにはな」
「それで、どうかな…?テレビでの私は…」
慎弥も李華ちゃん同様に私を『遠い存在』と感じているかもしれないと思うと、聞かずにはいられなかった。
「ん…いや、カワイイと思うけど?」
「!!!!!!!」
初めて慎弥から言われた『カワイイ』という言葉に動揺を抑えられない。
「まっ…!!まぁアイドルだし!!当然だしっ!!」
「まぁそうだよな」
「……?」
慎弥の言葉が引っかかる。
やっぱり李華ちゃんのように、私との距離を感じているのだろうか?
「ねぇ…慎弥…」
「ん…?」
「明日の放課後。一緒に行って欲しい所があるんだけど…いいかな?」
「あぁわかった」
「(あれ?意外とすんなり…)」
断られることも想定していただけに、この返答は予想外だった。
それだけに慎弥の様子に違和感を感じる。
「えっと…慎弥?」
「あぁわかった」
何がわかったのか、こちらがわからない。
そういえば私がリビングに入ってから、慎弥は一度としてこちらを向いていない。
「慎弥?」
今度は顔を覗き込んでみる。
慎弥は私の動きに反応することなく、視線はテレビに固定されている。
「……………………(なに?適当に返事してただけ!?)」
一旦、慎弥はそのままにして部屋へ戻る。
逃げた訳ではない。むしろその逆。
私は部屋に置いてあった『例のモノ』を持つと、リビングへと戻った。
「し・ん・や・くん♪プレゼントだよ♪」
そう言うのと同時に、私は慎弥の頭へ以前、李華ちゃんからもらった『真子ちゃんウィッグ』を被せた。
「あぁわかった」
「………………」
まぁ当然、全くわかってはいないだろう。
自分の見た目が完全に女の子になっているなんて。
もう納得するしかないだろう。
玉木くんじゃないが、こんな美少女(男ではあるが)がいたら好きになるのはムリもない。
そうなのだが、中身が慎弥だったことを思い出すと、急にイライラが募る。
「(男のクセになんなのよ!!あ~っ!!あの少女が慎弥だって確信したら余計にイラついてきた!!そもそもなんで何の反応もないのよ!!!!)」
考えれば考えるほど、怒りが込み上げてくる。
「(なに?『カワイイ』って言ったのも適当だったってこと!?私は勇気を出して話しかけたのに…!?)」
-プチッ-
もう我慢の限界で、何かが切れる音がした。
「ふざけんなーー!!!!」
-ボキッ-
「おぶっ…っふ!!」
「はぁ…はぁ…ふ~」
「なんだ!?どうした!?えっ…のあ!?お前か!!お前がやったのか!?」
「だったら何よ。そもそも気づけバカ!!」
予想通りというか、慎弥は私がいることに全く気がついていなかったようだ。
「気づけって…うわっ!!なんだこのカツラ!!いや…これって…?」
「お似合いよ。ずっと被ってたらいいんじゃない?」
「バカ言うな!!あり得ないだろうが!!」
慎弥の中では、まだ私がかつての女装疑惑について知っているのかの真意を図りかねているようで、ウィッグと私の顔を交互に見ている。
「とにかく!!約束はしたんだから守りなさいよね!!」
「約束?」
「待ち合わせ場所と時間は明日、連絡するから放課後は空けときなさいよ」
「へ?あ…あぁ……?」
一応ながら慎弥の肯定と取れる返事をもらった私は、慎弥からウィッグを取り返すと、部屋へと戻っていった。




