第18話
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スマホが鳴っている。
その音を目覚ましにオレはゆっくりと起き上がった。
紗菜に連れ出され膝枕をしてもらったところまでは覚えているが眠ってしまっていたらしい。
しかし、周りを見渡しても当の本人の姿は見えない。
それでも頭には温かな感触が残っていた。
「なんだったんだ?」
仕方なしにスマホを見てみると、メッセージが届いていた。
[先輩。起こすことが出来なくてすみません。今からなら帰りのホームルームには間に合うと思います。 紗菜より]
確かに時間を確認すると最後の授業が終わる前だった。
紗菜とは、これまでのことから互いの連絡先も交換してこなかったが、オレが寝ている隙に登録されたらしい。
「指紋認証の意味ねぇ… 」
気がつかないオレにも非はあるが、問題はそこじゃない。
[わざわざ連絡しなくても直接起こしてくれれば良くないか?]
疑問に思ったことを紗菜に送ると、すぐに返信があった。
[しょうがないじゃないですか…顔を合わせにくかったんです…]
『顔を合わせにくい』って何かあっただろうか?よく覚えていないんだが。
身体を伸ばしながら立ち上がると、睡眠不足による気だるさはなくなっていて、これなら買い物にも問題なく行けそうだ。
あとは手近な問題である授業をボイコットした理由を考えながら、オレは教室へと向かって行った。
******
今、オレはなんてことなくホームルームを受けている。
結果から言うと、おとがめなしだった。
教室へ戻ったオレを待っていたのは、昼にオレと紗菜を見て『きゃーっ』と叫んでいた女子連中から熱い眼差しだった。
彼女達はオレを見るやいなや親指をグッと立ててきた。
オレが呆然としていると今度は広がやって来て事情の説明を始めた。
「なんか女子達がお前を庇って『保健室に行った』ってことになってるから」
「は?なんで?」
「『良いものを見せてもらったから♪ごちそうさま♪』ってことだそうだ」
なんか誤解が起きているようだが、オレはこのようにして危機を乗りきったのだった。
ちなみに、あとから聞いた話では、紗菜の方も李華の言い訳により事なきを得たそうだ。
その後、周りからの『二人きりで何をしてたのかな~?』とか『今日はこれからデート?』という冷やかしを受けつつ、オレは予定通りひと駅先の繁華街にあるペット用品店へと向かった。
-千坂家-
「そういえば何時からとか聞いていなかったわね…」
私は学校が終わると千坂家まで急いで帰宅した。
でも考えてみれば玉木くんと決めたのは場所だけで時間までは決めていない。
手持ちぶさたの私は、えるちゃんと遊びながら彼が来るのを待った。
そもそも、なぜ彼は待ち合わせ場所にここを選んだのだろうか?
慎弥の親友(仮)とはいえ、ここで二人きりになることに今さらながら不安を感じる。
「慎弥と二人きりなら大丈夫なのに何でだろう?」
さんざん『変態』とか言ってはいるが、本当は多少なりとも信頼はしている。
ただ間が悪いことが多く、面と向かうと強気な態度を取ってしまう。
-ピンポーン-
不安ではあるが、玉木くんが来たようでチャイムが鳴る。
「はーい。どうぞ」
「お邪魔しまーす。てかマジでここに住んでるんだね?」
「変かな?」
「変というか違和感かな?昔から知ってる場所にアイドルがいるってのがさ」
玉木くんの反応で気づいた。
慎弥は最初から私をアイドルだからといって特別扱いしなかった。
きっとそれが私に安心感を与えている。
「じゃあ上がって、とりあえずリビングでいい?」
「オレは準備があるから待っててくれる?それにオレ達だけで始める訳にはいかないし」
「まぁ、そういうことなら…」
来る前も準備をしてきたみたいだが、これ以上なんの準備が必要なのだろうか?それに私は知らされていなかったが、他にも誰か来るようだ。
「(本当にこの人を信用して大丈夫だろうか?もしかすると、これから大勢の男達が来たりして……そして私が抵抗しても男達の力になすすべもなく……)」
あまりにも変態チックな妄想に、自分で恥ずかしくなりながらも現実に復帰すると、いつの間にか一人になっていた。
「あれ?」
一階には誰かいる様子がない。
「ということは…!?」
嫌な予感がした私は階段を駆け上がった。
そこにはちょうど私の部屋のドアを空けて、中へ入ろうとする玉木くんの姿があった。
「ダメーーーーー!!!!」
「うっげ!!」
私が勢いよく閉めようとするドアに挟まれた玉木くんが苦しそうな声をあげるが、今の私には関係ない。
女子の部屋に勝手に入ろうとするなど許せるはずがない。
-ドタドタッ-
「のあさん!!どうしたの!?」
「大丈夫ですか!?」
階段を駆け上る音のあとに聞こえてきたのは、李華ちゃんと紗菜ちゃんの声だった。
「二人とも!!この人が勝手に私の部屋に~!!」
-それからしばらく後-
「いや…悪かったけどさ。オレの中ではあそこは慎弥の部屋のままだったからさ…」
玉木くんは準備をする為に慎弥の部屋に行こうとしたが、部屋が移動していることを知らなかったらしい。
「女の子の部屋に侵入なんて広さん最低~」
「それ以前に他人の家で勝手な行動をするなんて。広先輩は常識がないんですか?」
今は李華ちゃんと紗菜ちゃんが玉木くんに説教をしている。
二人とも遠慮する気はないらしく、玉木くんの心は今にも折れそうだ。
「あの…二人はどうしてここに?」
助け船を出した訳ではないが、疑問に思ったことなので聞いてみる。
私としては二人を巻き込みたくなかったし。
それで、もし悲しませる様なことがあれば私が私を許せない。
だから二人が別の用件で帰って来たなら、玉木くんに場所を移すように相談しよう。
「オレが呼びました」
「そこの侵入者に呼ばれました」
「そこの社会不適合者に呼ばれました」
李華ちゃんはともかくとして、紗菜ちゃんも慎弥が前の時とは違い容赦がない。
「玉木くん。二人には説明してあるの?」
「まぁさわりくらいはね」
それを聞いて二人を見ると『問題ない』という顔をしていた。
「良いことあって機嫌がいい人もいるみたいだから気にする必要ないよ」
なぜか、その言葉に紗菜ちゃんが頬を赤らめた。
「それよりも、のあちゃん。写真を貸してもらえる?」
「うん。はい、どうぞ」
私から写真を受け取った玉木くんは二人の前にそれをかざした。
「このお前らの間にいる子のことなんだけどさ」
「あっ!真子ちゃん♪」「あっ!真弓ちゃん♪」
聞き間違いだろうか?
実際、二人は気にした様子もない。
「ゴメン。もう一度、名前を言ってもらえる?今度は玉木くんも一緒に。せ~のっ!!」
「真名」
「真子ちゃん」
「真弓ちゃん」
あれ?やっぱり違うような気がする。
「………………」
私は開始早々、大きな不安を感じていた。