第16話
学校に着いた私は一直線にある場所へと向かっていた。
そこにいるであろう学校の最高権力者に話を聞くために。
-トントン-
「開いているから入っておいで」
ノックをすると、すぐに室内から返答があった。
「失礼します」
私はドアを開けると『新聞部』と書かれた部屋へと入っていった。
*******
「その件について私から話せることは何もないよ」
テーブルを挟んで向かい合って座っている新聞部部長である白崎先輩は私にそう告げた。
私は部室に入ってすぐ例の写真を机に乗せ、先輩に『この真ん中に写っている少女のことを知っていたら教えてください』と言った。
それに対しての答えが先ほどの言葉だ。
「どうしてですか?」
「私はその件を含めて『誰にも公言しない』という約束をしているからね」
「では知らない訳ではないんですね」
先輩は何も言わなかったが、目だけは肯定を示していた。
「対価を払ってもですか?」
以前、私はインタビューを受ける対価として『望月紗菜さん本人と近しい人物に合わせて欲しい』という条件により、本当は別日だった『新入生インタビュー』を合同にしてもらった経緯がある。
李華ちゃんはともかくとして、慎弥がその中に入っていたのには私も驚いた。
そんな経緯と、先輩の噂を聞く限り、決して不可能な交渉ではないように思える。
「う~ん。魅力的な提案だが、これだけは損得を別にしてる話でね。本人の承諾もなしには無理なんだ。たとえ君のヌード写真だったとしてもね」
「なっ…!?」
先輩の言葉に、昨晩のことを思い出し、顔が火のついたかのように熱くなる。
「おっ!いい反応を見せてくれるじゃないか♪何かあったのかい?」
「なんでもありません!!」
先輩にはバレていないとは思うが、落ち着く為に深く呼吸をする。
先輩から少女の情報は得られそうにないが、それでも私にとって収穫はあった。
何故なら私が一番恐れていたのは少女の存在を否定されることだ。
これで『幽霊』とか『精霊さん』とかどうしようもないファンタジー設定を出されでもしたら、悲しむどころか病院に直行してしまいそうだ。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。私はこれで失礼します」
後は自分の力で探すべきだと思い、私は先輩にお礼をして部室を出ようとした。
「のあくん。授業が始まるまでは時間があるし、ゆっくりしていったらどうだい?」
「いえ、時間があるならいろんな人に話も聞けますし…」
「焦る必要はないよ。君にとってもそれが近道だろうしね」
ここで時間を潰すことに何の意味があるのかは分からない。
だが先輩は、無意味に私をここに残すようなことをしないと思う。
「何があるんでしょうか?」
「まぁすぐに分かるさ」
-トントン-
「部長。入りますよー」
「ちょうど来たようだ」
部屋の外から掛けられた声に先輩が反応する。
入って来たのは、一人の男子生徒だった。
「おはようございます。あれ?のあちゃんもいたんだ」
私のことを知ってくれているようだが、見覚えがないし初対面だろう。
「彼は玉木広くん。新聞部の部員だ。とは言ってもインタビューの時にも顔を合わせていたね」
会っていた。
しかも、名前だけなら慎弥から何度か聞いたことがある。
「あっ。お久しぶりです」
「昨日も廊下で会ったじゃん。もしかして気付かなかった?」
「……………。ごめんなさい…よそ見でもしてたのかな?」
当たり障りのないように返事をしたつもりが、何もかもが裏目だ。
「広くん。のあくんがこの写真の真ん中に写っている子のことを聞きたいそうだよ」
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
玉木くんには申し訳ないが、私は今になってようやく彼が『s2kr』の製作メンバーであることを思い出した。
正直、慎弥から聞いた話での彼に対する評価は『よく分からない』だった。
慎弥の様なリーダー的な立ち位置でなければ、紗菜ちゃんの様に出演者でもない。
立場としては李華ちゃん同様に裏方といったところだろうか?
「写真って…えっ!?これ?」
「そうだけど」
複雑そうな顔で私に確認をとった玉木くんは、次に困った顔で白崎先輩を見た。
「私からは何も言えないからね。君に任せるよ」
「はぁ……無茶振りッスね」
それだけ言うと玉木くんはこちらに向き直った。
「確かにオレはこの子のことを知ってる。そもそも撮影したのがオレだからね」
「あなたが…」
「でもその前に聞きたいんだけど、この写真はどこで?」
聞かれるとは思っていた。
そして、それに対して嘘をついたりはしないと決めている。
リスクを背負う覚悟がなければここへ来てはいない。
今の私は『石川のあ』としての疑問からここにいる。
アイドルとしての『NoeRu』のイメージを守ろうなんて思っていない。
「答える前に一ついい?私は転校して来て、今はある家に居候させてもらっています。その家の人達は私を『家族』と言ってくれてるの。だから私の噂は広まってもいい。でも私の新しい『家族』には迷惑を掛けないことだけは約束してくれませんか?」
「判った。部長も大丈夫ですよね?」
「あぁ。正直、今さらだしね」
それもそうだ。
慎弥や李華ちゃんとの関係性、それに写真がここにある時点で気付かれて当然だ。
でも、言葉としてきちんと約束しておきたかった。
「えっ!?部長は知ってるんですか?」
「「………………」」
こういう場合もあることだし。
「私は今、千坂家で慎弥や李華ちゃんと生活してるの」
「えぇぇぇぇ~~!!!!」
玉木くんは本当に予想もしていなかった答えだったようで、顎が外れるのではないかというほどに驚愕の表情をしていた。
「慎弥のやつ!!アイドルと同棲だなんて羨ましい!!」
「それよりも君と慎弥くんは本当に親友なのかい?知らされていない方に驚いたんだが?」
「部長ヒドイ!!」
私の話のはずなのに、二人のやり取りに入り込む余地がない。
それでも部活には入ったことがない私にとっては、部活の先輩、後輩の関係が楽しく見えて自然と笑顔になってしまう。
「はぁ…そういう訳なら見付ける機会もあるかもな。でも慎弥が写真を残しているなんて変だな。てっきり李華ちゃんの分と一緒に処分してるものだと思ってた」
「それって、やっぱり見たくないから?」
「オレはそうすると思ってた」
親友(私の中では仮)がそう言うのだから、慎弥は写真をもう見たくないと思うほどの感情を抱いていたのだろう。
やはり慎弥には知られるべきではない。
「じゃあ本題なんだけど、もうすぐ授業も始まるし、準備もしたいから放課後に時間もらってもいい?」
「準備?場所はここに来ればいいの?」
「いや、場所は慎弥の家で大丈夫」
今日は慎弥と、えるちゃんの為に色々と買い出しに行くことになっていた。
でも機会を逃す訳にはいかないし、慎弥には悪いが一人、もしくは李華ちゃんと一緒に行ってもらうことにしよう。
それに慎弥が帰って来る前に話を終わらせれば、バレる心配もない。
「わかった」
「じゃあ、その時に話すよ。あの子、『真名』のことを」