第14話
「飼っちゃダメ…?」
「みぃ~」
のあの言葉に反応するように、抱えられた子ネコが鳴いた。
「って言われてもな…」
「私がちゃんと面倒見るから!!」
「でも、仕事とか忙しいだろ?」
子ネコとはいえ茶色と白の二色の毛並みはしっかりしていて、生後三週間ぐらいは経過していそうだ。
産まれてすぐの一番難しい時期を過ぎてはいるが、オレ自身もネコを飼った経験はないし、何が必要かなんて分からない。
のあも自分が全ての面倒を見れる訳ではないことを理解してか、悩んでいるようだった。
「いいんじゃない?私も協力するし」
「世話が必要なのは李華も 一緒だろうが…」
助け船のつもりか、李華がそんなことを言ったが、李華の面倒を見ているのがオレである以上、オレが一人と一匹を面倒見るのと大差ない。
「でも、捨てられたみたいで雨に濡れて可哀想だったから…」
「……………」
のあの言いたいことは判る。
出来ればオレだって面倒見てあげたい。
「みぃ……」
その時、子ネコがオレの方を向いて鳴き声をあげた。
よく見るとネコは泥だらけで、抱えているのあの服も汚れていた。
それでものあは、それを気にする素振りも見せず、子ネコが寒くないようにと必死でその小さな身体を包み込んでいた。
「………わかった。いいよ」
「ありがとう…」
返答と一緒にタオルを渡すと、のあは自分より先に子ネコの身体を拭き始める。
「早いとこ風呂に入って温まって来いよ」
「うん!!」
「ネコって風呂はダメだよな?」
「中には大丈夫な子もいるみたい。小さいうちから慣れさせれば楽みたいだね」
先ほどから李華がスマホをいじっていると思えば、ネコの飼い方を調べていたようだ。
「じゃあ一緒に連れていってくれるか?」
「子ネコちゃ~ん♪一緒にお風呂入りましょうね~♪」
のあが子ネコを抱いて風呂場へと向かうのを見送り、今後のことを考える。
「で、何を用意すればいいんだ?」
「とりあえずはゴハンかな?必要なものは明日ペットショップで買った方がいいかも」
李華の検索結果に頼らなければならない状況で不安はあるが、今はやれることからやるしかない。
「ゴハン…子ネコだとやっぱりミルクか?ネコ用じゃないとダメかな?」
「慎にぃ。ここにネコ用がない時のミルクレシピがあるよ」
「えっと…これならすぐに作れるな。李華は風呂場にタオルを持っていってやってくれ」
分担を割り振り、お互いに行動に移る。
しばらくすると、李華がタオルを届けたのか話し声が聞こえてきた。
「きゃ!!」
「あっ!!ダメ!!」
ネコがイタズラでもしたのだろうか、二人が騒いでいるがミルクを作りつつ待ってみる。
「みぃー」
なぜか足元から鳴き声が聞こえ、視線を下げるとお行儀よく座った子ネコがこちらを見上げていた。
「なんだ。匂いに釣られてきたのか?」
「みぃ」
「はいはい。少し冷ますから待っててな」
そんなことをしていると、風呂場の方から『ドタドタ』と走る音が聞こえたかと思うと、のあが駆け込んできた。
「ネコちゃんどこ!?」
「なっ…!?のあ!?おまっ……!!」
「よかった…ここにいたんだ…」
いや、この状況は全く安心できない。
なぜなら、のあは服どころか下着すら着けていないのだから。
「えっ??…………きゃー!!!!」
のあは慌てて風呂場へと戻っていったが、オレはしばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。
のあが衝撃から多少は立ち直り、オレの前に顔を出したのは、もうすぐ1時間が経とうかという頃だった。
『Zzz…Zzz』
ようやくゴハンにありつけた子ネコは、満腹になったのか、今はのあの膝の上で眠っている。
「………………」
「………………」
オレ達はというと先ほどの件から、今まで以上に気まずい状況になっていた。
いつもなら李華がオレを断罪する場面だが、なぜか頭を抱えて部屋に行ってしまった。
テーブルを挟んで向かい合っているのあの目付きが鋭くなった。
「忘れなさい…」
「いや…無理だと思う」
こういった場合『はい』と言うのが定番だろうが、そう言ったところで人間の頭は都合よく忘れられるようには出来ていない。
前に下着姿を見てしまったことはあるが、今回は色んな意味で衝撃が強すぎる。
改めて、のあがアイドルだと思い知らされるようなプロポーション。
出るところはきちんと出ていて、それでいて細身の体のラインは綺麗だった。
「おい…何を考えている…?」
「いえ!!全く何も!!」
何にせよ無理なんて言っている場合ではない。
「何か鈍器とかないかな…」
早急にどうにかしないと物理的に記憶を消されてしまう。
というか下手をすれば命の危機すらある。
「そういえば!!ネコの名前はどうするんだ??」
苦し紛れかもしれないが、今はそこに突破口を見いだすしかない。
「……『える』ちゃん……」
「『える』?」
「私の芸名の『NoeRu』から取って『える』ちゃん」
「まぁのあがいいなら構わないけど…」
世話はみんなでしていくが、実際の飼い主はのあだ。
彼女が決めるのが筋だろう。
「今日は部屋に連れてくのか?」
「一緒に寝る!!」
決意たっぷりの言葉で答えたのあに苦笑したものの、一緒の方が何かといいだろう。
その後、必要になりそうなものをのあの部屋へと運び、オレもようやく一息…いや、生きた心地がつけた。
「よかった…ホント殴られなくてよかった…」
*******
ベッドの横に置かれた段ボールで出来た簡易ベッドの中で、えるちゃんが気持ち良さそうに眠っている。
「よかったね。今日からここが君のお家だよ」
本当に今日は色々なことがあった。
帰り道でえるちゃんを見つけ、許可をもらい飼えることになった。
飼う為の準備をしたり、お風呂に入れたり、その時にえるちゃんが飛び出して行って……………!?
「あ~~~~っ!!!!私…慎弥に…」
改めてあの時のことを思い出すと、顔が熱くなるのを感じる。
「今すぐにでも慎弥の記憶を…!!」
「みぃ?」
部屋から出て行こうとする私の後ろで鳴き声がするのに振り向くと、えるちゃんがベッドから起き上がってこちらを見ていた。
「ゴメンね!?起こしちゃった?」
「みぃ」
まだ眠たいのか、えるちゃんはフラフラしながらも壁づたいに歩くと本棚の裏で何かを見つけたのか必死に前足を伸ばしている。
「み~」
「えるちゃん。何か見つけたの?まさか…虫とかじゃないよね?」
一向に止める様子がない為に仕方なく本棚へと近づく。
「えぃ!!」
引っ越して来た当時から部屋にある本棚を祈る様な気持ちでずらすと、そこにあったのは予想に反したものだった。
「封筒?」
A4サイズで少し厚さのある封筒を持ち上げると、それなりの重さを感じた。
「慎弥のかな?」
軽い気持ちで開けた封筒には沢山の写真が入っていた。
そこには李華ちゃんや紗菜ちゃんなど慎弥と近しい人物の写真の他にも、動画ではよく見えなかった、あの子がしっかりと写った写真が入っていた。