第13話
のあにオレ達のことを話した後。
街灯も何もない為に、オレ達は暗くなる前に駅へと向かい歩きだしていた。
のあは先ほどから何かを考える様子を見せていたが、オレには彼女に確認しなくてはならないことがあった。
「ここまで知って、この先どうするつもりだ?」
「どうするって?」
「オレはもう動画を作る気はないんだ。のあの目的には添えないんだぞ」
せっかく転校までして来て結果がこれでは、のあもガッカリしただろう。
寂しくはなるが、東京に戻るというなら止めることは出来ない。
「う~ん…生活にも慣れたところだし、何よりも今が楽しいから別にいいかな」
てっきり今後のことを考えていたと思いきや、予想外にも彼女の考えていたのは、その件ではなかったようで楽観的な答えが返ってきたことに拍子抜けする。
家族として一緒に住んではいるが、彼女はアイドルなのだ。
仕事は続けているとはいえ、休みの度に行ったり来たりでは負担も大きいだろうし、何かしら支障が出てもおかしくはない。
そんな決断をそれほど簡単に出してもいいのだろうか?
決めるのが本人である以上、余計なことは言えないが、オレは大きな不安を抱えたまま、のあと二人で帰宅の途についた。
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ここのところ、慎弥の様子がおかしい。
二人で撮影場所に行ってから、まるで私に気を遣っている様に見えることがある。
私の仕事がどんなに遅くなっても起きていて、ご飯の準備をしてくれたり、朝が早い時は出発時間までにお弁当を用意して持たせてくれたりしている(その料理の数々が最近やたらと女子力の高いメニューでカロリー計算までバッチリだったりする)。
気持ちは嬉しいのだが、家事全般をこなしつつ、そんなことをしていては無理をしてないか心配になる。
何故そこまでするのか考えてみるが、何かあったとすれば、例の件しかないだろう。
「(やっぱり動画のことを私に話したのを気にしてるとしか思えない…)」
そのことを考えるといつも浮かんでくるのは、あの少女のことだった。
未だに少女のことを聞けないまま過ごすことで私のモヤモヤは大きくなるばかりだった。
「(もう!!なんで私がこんな気持ちにならなくちゃいけないのよ…)」
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ここのところ、のあさんの様子がおかしい。
慎にぃと一緒に出掛け、動画の顛末を聞いたのは予想がつく。
しかし、のあさんの様子は予想していたものとかけ離れ過ぎている。
例えば、やたらと私に慎にぃのことを聞いてきたり、今も慎にぃを見つめながら、何か悩んでいたかと思えば顔を真っ赤にしたりと、今までと比べて明らかにおかしい。
その姿はまるで、マンガやアニメの中の『好きな人を意識している女子』のようだった。
「(いや…あり得ないよね?あの『NoeRu』が慎にぃのことをなんて…最近、のあさんの出演番組チェックしてみたけど慎にぃなんか目じゃない共演者いっぱいいるし)」
でも、もし奇跡的にもそんなことがあれば…。
「(慎にぃがファンの人達に殺される未来しか想像できない…私が、のあさんを正気に戻さないと…)」
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ここのところ、李華の様子がおかしい。
今まで意識して見ていなかった、のあの出演番組を急に細かくチェックし始めたり、最近は以前にも増して二人きりで話している所を見るようになった。
今ものあをずっと眺めていたかと思うと思い詰めた表情を見せた。
その姿はまるで、マンガやアニメの中の『人気の同性の先輩に憧れる百合な後輩』のようだった。
実際、前から気にはなっていた。
だって同性相手には気さくなくせに、男が相手となると、よっぽどの仲でない限りは嫌悪感を隠そうともしないし、自分から話し掛けることもない。
「(考えれば考えるほど疑惑が真実になっていくようだ…)」
家族のことだけあって、最近は心配でよく眠れていない。
元々『のあの負担を軽減させられれば』と考えていたこともあり、時間を有効に使って食事の準備等ができてはいるが、このままではオレの身が持たない。
「(直接聞くべきか?でも個人的に隠しておきたい人だっているだろうし…どうしよう…)」
「「「はぁ…」」」
「「「えっ!?」」」
オレのタメ息に、のあと李華のタメ息が重なり、驚いて顔を見合せる。
「「「…………」」」
しかし、それから言葉を発する者はなく、誰からともなく顔を背けた。
それから一週間、オレ達は重苦しい空気間のまま生活し続けた。
「なぁ慎弥…日に日に目の回りのクマが濃くなっていくんだが大丈夫か?」
「あぁ…なんとかな……今日の授業もなんとか乗り切った…」
全ての授業が終了した後、悲惨な状態を心配してか、広がこちらにやって来たが、本音は余裕なんてありはしない。
一週間が過ぎたが、李華の件も家の中の空気も全く好転する気配がなかった。
「はぁ…まさか李華がなぁ」
「なんだ。伝えに来てやったのにもう知っていたか」
独り言のつもりで言った言葉に、何故か広が反応した。
「えっ!?もしかしてもう噂になってんの?」
「もう時間の問題じゃないか?一年では広まってるらしいからな」
家の中だけでもこの有り様なのに、学校中に広まってしまっては李華本人だけではなく、のあやオレにもどんな詮索が入るのか、考えただけでも血の気が引く。
「そ、それで…李華は大丈夫なのか?」
「いや、大丈夫じゃないのは相手の方だろうが」
「…………………」
李華を心配しての言葉だったが、有名人である為か、のあがやり玉にあがっているようで更に血の気が引いた。
「今すぐ謝りに行かないと…」
「おいおい(笑)いくら兄とはいえ、お前が出ていくことないだろうが」
「笑ってる場合じゃないだろ!!このままじゃアイツ等が!!」
「フッたフラれたぐらい学生ならよくあることだろうが」
「はっ…?フラれた?李華が?」
「いやいや、相手に決まってるだろ。相手は確か李華ちゃんと同じクラスの奴だったかな?」
広が言うには一年の男子生徒が李華に告白したものの、完膚なきまでに玉砕したらしい。
最近のことで冷静さを失っていたオレはヒドイ勘違いをしていたようだ。
「李華ちゃんってやっぱりモテるよな。兄としては心配じゃないのか?」
「オレとしてはフラれた奴が心配だけどな。李華の奴、何を言ったんだか…」
「オレもまだ詳しくは知らないんだが。なんでも『私、アンタみたいな男には興味ないから』っていうようなことは言ったみたいだな」
「『男には』って…!!」
普通に考えればなんてことない言葉かもしれないが、オレは最近の李華の様子を知っている。
アイツやっぱり『女なら良い』ってことなのか?一安心かと思いきや、一転して余計に不安になってきた。
「どうしよう…やっぱり、のあと話をつけた方が…」
「のあちゃんがどうかしたか?」
呟き程度だったものまで新聞部の固有スキル『地獄耳』で聞き取った広が質問をしてきたが、オレはどう返すべきか分からず言葉を失った。
「そういえば、のあちゃんの様子もおかしかったな?」
「へ?なんで?」
確かに家の中では少々おかしい様子を見せるが、学校でそんなヘマをするような奴には思えない。
「いや、さっき廊下ですれ違った時に声を掛けたんだけど無視されてさ」
「…………たまたまじゃないか……?」
「そうか?それより変な顔してどうした?」
「なんでもない…気にするな」
早い話、のあは広のことを覚えていない。
二人で海辺に行った帰り『そういえば、さっき名前が出てた『広』って誰?』と言っていたほどだ。
新聞部の部室で自己紹介までしたのに覚えられてない親友に本当のことなど言えるハズがない。
「まぁいいや。それより今日の夕方から雨みたいなんだけど傘持ってきてないか?」
「マジ?雨だなんて知らなかった…」
「慎弥らしくないな。まぁお前が帰る時間帯は大丈夫だろうけどな。オレは部活あるから借りようと思ってたのに」
普段なら怪しい天気でも持ってくるので、こういった場合は広が当てにしてくることはよくある。
だが、ここのところは天気をいちいち確認する余裕もなかった。
「悪いな。そういう訳だから他を当たるなり、可愛い子に入れて貰うなりしてくれ」
「おう。お前も降りだす前に急いで帰れよ」
広はそう言うと部活へ向かった。
「忠告も受けたしさっさと帰るか」
まだまだ体調はイマイチだったが、どうせ休むなら自宅の方がいいだろうし、早めに帰宅することにする。
幸い帰宅中に雨に降られることはなく、眠れないまでもリビングで横になっていると、李華が帰ってきた。
「……………ただいま」
「……………おかえり」
とりあえず挨拶を交わすが、お互いに顔を合わせることはなく気まずい空気が流れる。
「そっ…そういえばクラスメイトからコクられたんだってな」
「…………慎にぃには関係なくない?」
空気を変えたいが為の苦し紛れだったが、完全に話題をミスった。
「もう雨は降ってきてたか?」
「降り出したところ…」
さすがはキングオブ定番の話題『天気の話』。
一応の危機は回避できたようだ。
「オレは傘忘れちゃってさ。李華は持っていってたのか?」
「慎にぃが何も言わないから忘れた」
しまった!!李華が自発的に傘を持っていくハズがない。
若干だが、目付きが非難がましいものになった気がする。
「のあは持っていったかな?」
「のあさんの傘は傘立てに残ってた」
「……………」
この家に住む人達はオレが伝えないと傘すら持ち歩けないのか?生活能力のなさに呆れるしかない。
「傘でも届けるか」
のあは普段から寄り道が少ないし、学校に向かえば途中で会えると思う。
相手がアイドルだけに、外では必要最低限しか接しないようにしているが、この雨では周りに目を向ける人も少ないだろう。
『ガチャ』
そう考え、ソファーから立ち上がろうとした時、玄関が開く音が聞こえた。
「つくづくタイミングが合わないな…」
とはいえ、雨の中を帰ってきたのだからタオルでも持っていかないと家の中が大変なことになる。
オレはタオルを持って玄関へと向かった。
「…………ただいま」
「…………おかえり」
ついさっき李華と同じやり取りをした気がするが、今回は状況が違う。
「のあさん。そのお腹の膨らみはなんだろうか?」
明らかに不自然に膨らんだ腹を指差しながら言うと、のあは瞬間『ギクッ』としたように目線を反らす。
「アナタの子よ」
「んな訳あるか!!いいから出せ!!」
「ヒドイわ!!認知してくれないのね」
もちろんオレは、のあに手など出してないし、お腹の膨らみ加減は妊娠6カ月は経過していそうなほどだ。
「まさか…のあさんと慎にぃはもう……」
「誤解が広まる前に頼む!!!!」
冷静に考えれば判るハズなのだが、李華の顔は既に青ざめている。
「はぁ…」
ようやく観念したのか、のあが取り出したのは
「みぃ~…」
「ネコ?」
タオルにくるまれた状態の子ネコだった。
「飼っちゃダメ…?」
のあはそう言いながらネコを抱き直した。