第11話
「のあ…オレは君に謝らなければいけないんだ」
のあは何か言おうとしていたが、オレはそれを遮った。
正直、のあが家にいてくれたことは嬉しく思う。
だが、そんな人に今から裏切る様な言葉を伝えなければならない。
だって、ここから始めないとダメだから。
「のあはこの街に『s2kr』のことを知りたくて来たんだよね?そして、その為に紗菜と話す時間を作った」
「やっぱり紗菜ちゃんが関係者だってことを前から知ってたんだ…まぁ個人の事情だし、勝手には話せないか…」
てっきり怒られるものだと思っていたが、ある程度は察していたのか冷静な反応を見せた。
「その上で言わせてくれ。これ以上、紗菜相手に動画のことを詮索するのは止めてくれ」
「っ…………!!なんでよ!!どうして…!!」
「紗菜から何を聞いたから知らないが、のあの期待している答えは出てこない」
「そんなの判らないじゃない!!私はそれにすがるしかないのに………」
その言葉から、のあが『s2kr』にとても思い入れがあることを改めて感じた。
「のあは『s2kr』を見てどう思った?」
「大好きだよ…好きな所はたくさんあるけど、一番は雰囲気かな」
「雰囲気?」
動画に寄せられたコメントにも、そんな言葉は見たことがなかった。
「映像では顔がよく見えないけど、紗菜ちゃんが楽しそうなのはすごく伝わってきた。それこそ今とは全く別人のように…」
昔の紗菜は無邪気に笑うような子供だった。
それを奪ってしまったのはオレの軽率な行動の結果。
「でも紗菜ちゃんが楽しそうなのは、周りがその雰囲気を作っていたからだと思うんだ」
「えっ…?」
「だってあんな笑顔、大好きな人にしか向けられないもん。少なくとも私は現場であれ程の笑顔を見たことがない。きっと、みんな紗菜ちゃんが大好きで、紗菜ちゃんもみんなが大好きだから映像があんなに温かいんだと思う」
元々、紗菜の寂しさを紛らわすのが目的だったから、オレ達は紗菜が一番の笑顔になれるように撮影をし、それを見てオレ達も笑顔になっていた。
撮影技術がない為に映っている二人以外が評価されることなど一度もなかった。
そんな単なる思い出作りの一環だったものが、プロの世界を知る彼女に評価されたことが照れくさくもあったが、それ以上に嬉しかった。
「ありがとう…」
「???」
のあは『なにが?』というような顔をしていたが、そろそろ本題に入らないと頑張って堪えている涙が溢れそうだ。
「で、のあに謝らなければいけないことなんだけど」
「あぁそういえば、そんな話だったわね」
「オレは、のあに話さないといけないことを隠してた」
「……………」
のあの表情が少し厳しくなったが、ここで怖じ気づいているようでは意味がない。
「さっき、紗菜に話を聞かないように言ったけど、別に内緒にする気はないんだ」
「どうしろって言うの?じゃあ、誰が教えてくれるっていうのよ!」
のあの言葉に、一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「オレが全て教えてやる。オレが動画制作のリーダーだ」
「ふざけんなー!!」
『ボコッ!!』
「ぁぶっ…ぅ……」
怒鳴られることは予想していたが、さすがに殴られることは想定外だった為、パンチをモロに受ける。
「おっ…オマエ、蹴りだけじゃなくパンチまで得意だったとは…」
「よりによって言いたいことはそれだけかー!!」
パンチの衝撃で忘れていたが、大切なことをまだ言っていない。
「黙っていて悪かった。ゴメン」
「嘘つき。人でなし。バカ。スーパーバカ。変態。シスコン。痴漢魔」
確かに悪いのはオレだが、そこまで言わなくてもいいのではないだろうか?(しかもほとんどが事実無根だし…)
「で…本当に痴漢魔があの動画を?」
「おい!!まずは呼び名を改めてから聞け」
「本当に『痴漢魔王様』があの動画を?」
「ひどくなった上に変人度も増してるぞ!?」
そこでようやく、のあの頬が赤くなっているのが見えた。
「なぁ?のあ…オマエもしかして?」
「なっ…なんでもないわよ!!」
なんだかんだ言ってはいたが、のあも本人を前にして動画を褒めたことが恥ずかしかったらしい。
パンチは余計だったが、のあの様子を見て、先ほどまて緊張していたのが嘘のように心が軽くなった。
「いいからさっさと話しなさいよ!!」
「(ニヤニヤ)あれ?オレが本人かどうかの確認はよかったの?」
「っ…!!うるさい!!話す気あるの!?ないの!?」
「はいはい…わかったよ『暴力姫様』」
今までは何となく、のあを『理解したように』思っていて、勝手なイメージを作っていた。
のあ自身もきっと周りの理想とする彼女を意識してか無意識にか演じていたのかも知れない。
そんなことは誰にでもあるだろうが、有名人であるが故に、そういった部分は強いのだろう。
でも今、オレの前にいるのが『自然体の彼女』のような気がする。
そして、そんな彼女はオレにとって決して嫌なものではない。
「のあはオレに何を聞きたいんだ?」
だからオレも自然体の自分で受け答えができる。
「紗菜ちゃんに聞いても解らなかったんだけど、なんで動画を削除したりしたの?出来れば私は、あの先が見てみたかった…」
初めて知った彼女の思いに複雑な感情が渦巻く。
『s2kr』を作ったメンバーに『続きを作りたくない』なんて思っている奴はいない。
出来るものならやっている。
だが、そう出来ない事情があるのも確かだ。
だから、それを知らないのあには理由を説明しないと始まらない。
「オレ達の事情を説明する為に、一緒に行って欲しい場所があるんだ。仕事が休みの時に時間を作ってくれないか?」
「行くって言ったって…ここで話す訳にはいかないの?」
話を聞けると思っていただけに、おあずけを言い渡されてかなりイライラしているようだ。
それでもオレは譲る訳にはいかない。
オレ達の結末を知ろうと言うなら、耳で聞くだけではなく、眼でしっかりと見て欲しいから。
「それが嫌ならオレに説明する気はないし、のあの願いは絶対に叶わない」
「…っ……!!」
本当は動画の続きなんて撮る気はなかったが、のあを説得するには効率的だろう。
転校までしてきて、それが徒労に終わることは避けたいはずだ。
「それを取引材料にするのは卑怯じゃない…」
「で、行くの?行かないの?」
「わかったわよ!!行けばいいんでしょ!!でも納得はしてやらないんだから!!この卑怯者!!」
怒っているのと拗ねているのとを織り混ぜたような表情で、のあはひとまず折れてくれたようだ。
「卑怯者って…もっと言い方があるだろうが…」
「ホント細かいわね!!それとも変態には刺激が足りなかったかしら?」
「はぁ…オレってオマエにとって転校してまで会いたかった存在なんじゃないの?」
「(ボソッ)アンタだから…どうしたらいいか分からないんじゃない…」
「えっ?なんて?」
「なんでもない!!」
こんな風にオレ達は不思議な関係性になった。
その後、帰宅した李華はオレ達の様子に驚いていたが、顛末を手短に話すと『慎にぃサイテー。血縁なのが恥ずかしい』と、オレのみを悪者にして自分はのあからの追及を逃れるという、実に恐ろしい手を使ってきた。
それ以来、のあはプライベート限定でオレや李華に対しては気兼ねがなくなった。
特にオレ相手には、ストレス発散としか思えない口の悪さを披露し、それを見ていた李華に『夫婦漫才ごちそーさま』と言われたことにより、のあがヒートアップしたりもした。
のあは忙しい中で時間を作ろうと努力していたが、仕事で東京との行き来をする都合上、休みを取るのは難しく、気がつくとゴールデンウィークに入っていた。
そんなゴールデンウィークの真っ只中。
李華は紗菜と買い物に行くと言って出掛け、時間をもて余していた午前中に、のあから急な連絡が入った。
『今日の仕事がスケジュールの都合で中止になって今からそっちに戻るから準備して!!』
「えっ…マジ…?」
『当たり前じゃない!!新幹線で戻るから駅を出てオブジェの所で12時に待ち合わせだからね!!そっちはすぐなんだし、先に待っててよね』
そして通話は一方的に切られた。
「ふぅ…」
ひとまず李華に帰りが何時になるか分からないことを伝え、準備をすると出発した。
だが、余りに早く出掛けたのが悪かった。
電車で一駅なので、新幹線の到着までは余裕がある。
待ち合わせの少し前まで寄り道をしてから駅に行くと、そこには怒り心頭ののあが既にいた。
散々、この日を待ち望んでいただけに一秒も待てない様子ののあと改めて電車に乗り、オレ達は目的地を目指した。