第10話
「参ったな…」
新聞部の部室を飛び出したオレは、それから何分もしない内に当初の勢いを失っていた。
「のあの居場所がわからん…」
贅沢を言っていられる状況ではないが、今さら部室に戻って李華から紗菜に聞いてもらうのはバツが悪い。
(紗菜を避けていたせいで、連絡先を知らないことが今になって仇となった)
『早速、私の期待を裏切ってくれたね』
『慎にぃお願いだから早く消えて』
『あははははっ!!』
三人の反応を想像しただけで胃が痛い。
とはいえ、のあを見つけられなくても結果は同じだと思い、Uターンをしようとした時だった。
「慎くん…?あっ…慎弥先輩…」
声のする方を向くと、そこには紗菜が立っていた。
きっと李華を迎えに来たのだろう。
一度、目が会ったのだが、紗菜は直ぐにうつむいて目を反らした。
「紗菜。ちょっと聞きたいことがあるんだ。のあはどこにいる?」
紗菜の様子は気になったが、のあを放っておく訳にはいかない。
「あの人に会ってどうするんですか?」
「全てを説明しようと思ってる」
「私から伝えたので必要ありません」
ウソだ。紗菜は誰であろうと『真実』を自分の口で伝えたりはしない。
なぜなら真実を伝えるということは紗菜自身のことだけではなく、オレ達全員に関わってくることだから。
紗菜ならオレ達に迷惑を掛けるかもしれない選択はしないだろう。
二人がどんな話をしたかは不明だが、反応を見る限り、どちらにとっても良い結果ではなかったのだろう。
「のあは悪いヤツじゃないぞ。ちょっと強引だったりするかもしれないけど、それだって頑張っているからこその空回りだったりもするし」
「そんなのを気にしている訳じゃありません!!」
のあへの誤解を解くつもりで言ったのだが、紗菜から返って来たのは予想外の強い言葉だった。
「もしかして、のあに何か言われたか?でもそれだってアイツの言い方が悪かっただけで…」
「なんで!なんでそんなこと言うんですか!!」
「なんでって…」
今日、のあと顔を合わせからの紗菜はおかしなところが多い。
普段は感情的になることなんてないし、声を荒げるなんて内気な紗菜からは考えられなかった。
オレの知らない期間に紗菜を変える何かがあった可能性はあるが、今回のは何かが違う気がする。
お互い、しばらく沈黙を保っていたが、そのうちに落ち着きを取り戻したのか、紗菜の方から口を開いた。
「すみませんでした。急いでいるのに時間を取らせてしまって…」
「いや、それはいいんだけど大丈夫か?」
のあのことも気になるが、オレに何か問題があったならば、せめて謝るぐらいのことはしたい。
関係を絶ってきたオレにはそれぐらいしか出来ないから。
「私のことは気にしないでください。それよりも石川先輩は校舎沿いに南側へ回ったところです。まだ帰ってなければですが…」
「わかった…ありがとう。部室まで一緒に行こうか?」
「大丈夫です。一人で行けますから」
かなり無理をしている笑顔が痛々しかったが、信じて歩きだした時、小さな声で紗菜が何かを言っていたようだが、何を言ったのかはオレの耳には届かなかった。
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「大丈夫です。一人で行けますから」
辛かったけど、慎くんにこれ以上の迷惑を掛けたくなくて私はそう言った。
慎くんがそれを聞いて背を向ける。
自分で言ったことなのに、それがすごく悲しかった。
だから私は、本当は伝えたい気持ちを慎くんに聞こえないような小さな声で言った。
「やっぱり。私のことは遠ざけようとするのに、あの人のことは追いかけるんですね…」と。
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紗菜に教えてもらった校舎の隅に着いた時には辺りは暗くなり、のあの姿はなかった。
だが途中ですれ違わなかったところを見ると、校舎内にはいないと思っていいだろう。
「なんだか、アイツを探すのが日常化してきたような気がする…」
そうは言ってみたが、今は気分的に悪いものではない。
真っ先に頭に浮かんだのは、前回のあを発見した神社だった。
『ストレスが貯まると物に当たる』のあも性格上、また神社の御神木(罰当たりではあるが)に蹴りを入れている可能性は見過ごせない。
まずは神社に行くことにして、後は前回同様、手当たり次第に探そうと思って動き出そうとした時、のあに言った言葉を思い出した。
『のあはもう千坂家の一員で、家族同然なんだ。だから家族に遠慮なんてするなよ』
あの言葉をきっかけに、のあは少しだけかもしれないが、オレと李華を信用してくれたんだと思う。
のあのことを信じることが出来ずに隠し事をしたオレが、今さら『家族』とか『信じる』なんて言葉を使うのは調子が良すぎるが、のあのことを今度こそ心から信じたいと思うし、隠していたことを謝って、オレ自身のことを信じてもらえるように努力したい。
だから、のあはオレ達を頼って帰宅していると信じるところから始めよう。
そう決意して、オレは自宅への道のりを急いだ。
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「私、何してるんだろう…」
紗菜ちゃんと話をした後、諦めないことを決めたところまではよかった。
しかし、はっきり言ってノープラン。
気合いだけが空回りして、一度は変なテンションになったが、落ち着いていくと共に、余りの計画性のなさに落胆し、トボトボと千坂家へと帰宅してきた。
「こっちのことはまだ良く解らないし、誰かに相談って言っても…」
真っ先に頭に浮かんだのは、やっぱり慎弥と李華ちゃんだった。
以前、慎弥は私に『遠慮なんてするな』と言った。
それ事態は嬉しいし、頼りたい気持ちだってある。
だけど、そうする訳にはいかない。
慎弥と初めて出掛けて神社に行った時、私は入学式で見かけた紗菜ちゃんをあの少女だと確信し『まぁ来週になればわかるから』と、よりにもよってドヤ顔で言ってしまった。
今さらになって『ダメだったから協力して』なんて恥ずかし過ぎる。
となると李華ちゃんなのだが、私はまたしてもやらかしてしまっている。
新聞部の部室から李華ちゃんに連れられて廊下に出た時、私は部室内でのやり取りから『これならイケる!!』と簡単に考えていた。
「のあさん。のあさんは何がしたいんですか?」
「紗菜ちゃんって『s2kr』に出てるわよね?」
李華ちゃんの様子を気にすることもなかった私がそう言うと、李華ちゃんの警戒心が高まった。
「……紗菜に何かしようとするなら、私が全力で止めます」
「何か…出来れば『s2kr』の続きは見てみたいけど。私はあの動画が大好きだから」
「まさか、たかだか一本の動画の為に引っ越して来たんですか?それにここを割り出すのだって」
「SNSに匿名で情報提供を求める書き込みをしたの。そこに返事があって…」
そう言うと李華ちゃんは何か納得したようで、紗菜ちゃんと二人きりにしてくれる約束をした。
「私が絶対に『s2kr』を復活させてやるんだから」
そう李華ちゃんに向けて言った時の顔は、もちろんドヤ顔だった。
そんなこんなで調子に乗りすぎて恥をかいた私には『恥を忍んで手伝いを頼む 』か『一人で地道に調べる』選択肢しか残っていなかった。
「よし!!決めた」
いくら何でもアテもなしに探し回るのは無謀過ぎる。
また考えなしに空回りして、新たに恥をかくくらいなら二人にだけの方がマシだ。
「最初に帰って来た方に聞こう」
もし何も知らなかったら、その時は紗菜ちゃんへの仲介を頼もう。
紗菜ちゃんのことなら李華ちゃんの方がいいとも思ったが、慎弥の方も紗菜ちゃんからだいぶ好意を持たれているようだし。
「慎弥はなんであんなにカワイイ子に避けるような態度を取るんだろう?誰か好きな子でもいるとか?」
脳裏に浮かんだのは動画のもう一人の少女の姿だった。
《ガチャ》
そんなことを考えていると、玄関が開く音が聞こえてきた。
「さぁ…どっちかな?」
ドキッしながらリビングのソファーで待っていると、入ってきたのは慎弥だった。
「あの!慎弥…ちょっと聞きたいことが……」
早く言って楽になろうと思ったが、慎弥は真剣な表情で話しだした。
「のあ…オレは君に謝らなければいけないんだ」と。




