第9話
紗菜がのあに連れられて部室を出た後、オレは広と一緒に部長の朱音先輩の命令で部室の模様替えをさせられていた。
明らかにオレに二人の邪魔をさせない意図を感じたものの、部長には逆らえない自分が憎らしい。
「朱音ちゃん。このチョコ美味しいね~どこで買ったの?」
「これは春休み中にイタリアまで旅行に行ってた校長から貰ったものだよ」
おいおい…そちらはのんびりティータイムですか…ってか、本当に『普通に』貰ったものなのか怪し過ぎる。
「へぇ~入学式で見た時は海外に旅行するような人には見えなかったけど」
「お願いされて、断り切れなかったみたいだね。若い愛人を持つと大変なんだろう。おっと、これは内緒だったかな?」
……そのチョコは俗に言う『口止め料』というヤツではないだろうか?まぁ部長相手にその程度では効果はなかったようだが。
「慎にぃ。お茶のおかわり頂戴」
「じゃあ私もお願いしようか」
「あっオレもオレも」
「アンタら少しは自分で動け!!そして便乗して休んでる広は、オレの倍働け! !」
こんな感じで全く作業にならない。
「とりあえず慎にぃも休憩したら?」
「あのなぁ…そういう訳にもいかないだろうが」
「ちょっと聞きたいんだけどさ。慎にぃは紗菜とのあさん、どっちを心配をしてるの?」
李華は問いただすというより興味があるといったニッコリとした表情でこちらを見ていた。
「どういうことだ?」
「いやさ~。紗菜が昔を思い出して傷付くのが心配なのか、それとものあさんが事実を知って傷付くのが心配なのか気になるじゃん」
「やっぱり、のあの事情を聞いた上で二人だけの時間を作ってやったな…なんで止めなかったんだ?」
変だとは思っていた。
のあと一緒に部室を出た後の李華の変わり様は誰が見てもおかしいものだったが、粗方の事情を、のあから聞いていたのなら不思議はない。
「初めから、のあさんに説明しなかった慎にぃには言われたくないかな。で、どうなの?」
「興味深い話しだね。私も聞いてみたいな」
「オレも親友として知りたい」
広はともかくとして、部長には今の所、のあの転校理由ついては話していないが、色々とオレ達の事情を知っていながら黙ってくれている(オレの労働という対価は払ってはいるが)この人には今更だろう。
「別に誰かの心配をしている訳じゃないさ。ただ、昔のことを掘り返されるのが嫌なだけだ」
「それは結局のところ心配してるってことなんじゃない?まぁ慎にぃの気持ちも解らなくはないけどさ」
「そもそもオレは、この件に対しては心配してやれる立場にないしな」
「そうか?今となっては関係ないとオレは思うが」
広の言葉にオレは首を横に振った。
「オレには責任があるんだ。あの動画を公開してしまった責任が」
そう。オレは小学6年の時、一足先に中学校に上がるオレと広と離れるのを寂しがった紗菜の為にと、李華の撮影用にと両親が買っていたカメラと編集ソフトを使って映像を撮影、編集を加え、『慎弥・紗菜・広・李華』の頭文字を取って『s2kr』と名付けた。
両親に嫌というほど撮影された李華が「あんまり映りたくない」と言ったり、紗菜が恥ずかしがって一人では映れないと言うので、紗菜が人見知りせずに一緒に映る人を探したりと、沢山のことを経て撮影を続けた。
そして、中学への進学の直前、こんな約束をした。
「こうやって、これからも色んな場面を映像に残していこう。そうすればオレ達はいつまでも一緒だから」
それは紗菜を安心させる為というのもあったが、撮影を通してのみんなの願いでもあった。
その言葉通りオレ達は学校が別になっても休日などは色々な場所へ出向き、思い出を映像に収めていった。
そんなホームビデオの延長でしかなかった映像は、オレが中学二年になり、また四人が同じ学校に通い出した時期の、ある『きっかけ』により動画サイトに上げられることとなった。
オレ達は、なるべく遠目で撮られ、景色がより良く映っているものを選び出し、改めて編集を行った。
最終的に紗菜ともう一人が映ったものだけの映像にはなってしまったが(結果的にそれが紗菜以外のメンバーの関連性を曖昧にさせたが)みんなの思い出が詰まったものを見た人が喜んでくれると信じていた。
今となって考えれば当たり前のことだが、全員が納得してくれるものなどありはしない。
それは動画の再生数が急激に伸び始めた投稿から10ヶ月が経とうとした頃だった。
オレ達の周りにも、当然マイナスのイメージを持った人達は存在していて、少女の片方が紗菜だと気づいた人達は彼女を 格好の標的とした。
その時は手を尽くして問題を切り抜けることに成功したが、その代償としてオレ達が四人でいることは出来なくなった。
特に事態の中心となったオレと紗菜は近づくことすら無理になり、疎遠となっていった。
それから今まで、全てが解決したと思い込んで何もしていなかった甘さが、結果として今回の事態を招くことになった。
結局オレは、紗菜を『s2kr』と関係のない場所に遠ざけることも、のあには『家族なんだから』と言いながら、自分の口で真実を伝えることも出来なかった。
「ねぇ慎弥くん。部外者の私が言っていいことではないかもしれないが、始めにこれは言っておきたい。私は君達が味わった辛さは理解しているつもりだ」
部長はそう前置きしたが、オレ達のことを気にかけてくれていることは前から分かっていた。
思い返してみれば部長は初めて会った時からそうだった。
あの日、急に「新聞部に入る!!」と言って入部届けを持って教室を出ていった広を見送った数分後。
先程、出ていったばかりの広が慌てた様子で戻って来ると、オレに耳打ちをした。
「新聞部の部長に、オレ達のことも含めた動画の件がバレてる」
「なっ!?」
部長は何処から情報を入手したのか、部室に入り、今日初めて話した広に『君が『s2kr』の大部分でカメラマンをしていた玉木広くんだね。技術はないが、いいセンスをしている。私が指導しよう。ところで親友のプロデューサーくんは一緒じゃないのかい?彼にも入部してもらえると嬉しいんだが』と言われたと言うのだ。
オレは真相を確かめる為、広と一緒に新聞部へと向かった。
「やぁ初めましてだね。新聞部の部長をしている白崎朱音だ。待っていたよ千坂慎弥くん」
「初めまして白崎先輩。早速ですが、お願いがありまして」
先輩の噂は入学早々から耳にしていた。
そんな人を相手に回りくどい交渉は無意味と思い、結論から入ることにする。
「いいね君。想像よりもずっと愉快な子だ」
クールな人だと思っていたが、意外過ぎる無垢な笑顔にドキッとさせられてしまう。
男女問わず人気があるというのも頷ける魅力がそこにはあった。
「では君の要望は『『s2kr』について私が知っていることを公言しない』でいいかな?」
「はい…そうです…では先輩の要望は?」
先輩は最初から全て予測済みなのだろう。
どうにかしようと考えるのは無駄だ。
「本当に帰宅部にしておくのは惜しいね。今すぐにでも入部してもらいたいところだが、君の事情も知っているから、望まない入部は出来る限りさせたくない」
先輩の噂と広の話から要望は良くて入部、悪ければ使い捨てられるとばかり思っていたが、そこまで独裁的な人ではないようだ。
「とはいえウチは人手が足りなくてね。実は私と今日、入部してくれた広くんしかいないのだよ」
「??…はぁ…?」
普通なら活動どころか存続すら厳しい現状は理解した。
後になって、部長を相手に廃部を言い渡せる人物などいないことを知ったが、この時は「何を言われるのか?」と不安に思っていた。
ちなみに広の入部理由は、いくら聞いても教えてもらえなかったし、楽しそうに部活をしている広を見ている内に気に留めなくなっていた。
「だから質問に答えてくれれば『入部しろ』なんて言わないと約束しよう。まぁヒマな時には手伝ってくれるぐらいのワガママは聞いてもらいたいけどね」
「そうしてもらえるのはありがたいんですが…質問ですか?」
「悔しいが、私の情報網を持ってしても解らなかったことが一つだけあってね。解らないままというのは我慢できない性分なんだ」
冷静なイメージからは意外過ぎる子供っぽい拗ねた表情を見せた部長に笑ってしまいそうになった。
「君達の後輩、望月紗菜くんと一緒に映っていた子は、どこの誰だい?」
そんな人だから、この質問には答えてあげてもいいと思えた。
「先輩を疑う訳ではないんですが、口外しない約束にはこの件も含まれてますよね?」
「あぁ。これはあくまで私個人の興味だからね」
それを聞いて安心した。
絶対に隠さなければならないことではないが、簡単に口外していいことでもないのも確かな以上、広められるのはオレ自身も避けたい所だった。
「あの子は………」
オレの告げた答えを聞いた部長は、その後たっぷりと5分は笑い続けていた姿は今でも良く覚えている。
それから手伝いなどをしていくうちに、部長とオレ達は今のような関係性になっていった。
その時以来、重要な存在になった部長がオレに諭す様に話し掛ける。
「君は動画のことを探ろうとする者を、まずは敵として見てしまう」
確かにオレは動画の話題が出ると警戒心を高める癖がついていた。
実際に部長の時も、手伝いを了承した裏には、監視の意味合いも強くあった。
「だが今まで、のあくんほどの強い決意を持った者がいただろうか?彼女は仕事を犠牲にしてまでここへ来たんだよ」
流石と言うべきか、部長はそのことについての調べはもうついているようだ。
「彼女が『s2kr』を利用しようと思っている訳ではないのは、本人と触れあった君が一番よく分かっているんじゃないかい?そんな彼女を信じてやれない君ではないだろう?」
その言葉は優しくて、それでいてオレを信じてくれているものだった。
「でも…オレはどうすれば…」
「のあくんとキチンと向き合って話してみればいいさ。彼女の気持ちをちゃんと受け止めるところから始めればいい」
「オレに出来ますかね?」
「君がやらなきゃ誰にやれるんだい?私は君を買っているんだ。私の評価をウソにしないでおくれ」
そう鼓舞してくれる部長の期待は裏切れない。
いや、裏切りたくない。
「オレ…行ってきます!!」
「あぁ。行っておいで」
「あとで話、聞かせろよな慎弥!!」
「慎にぃ。紗菜から連絡あって、のあさんの話はもう終わったって!!」
それぞれの声を背に受けながら、オレは部室を飛び出した。