プロローグ
『s2kr-part1/3』
あなたはこの名が付けられた動画を知っているだろうか?
5分程度のその動画は、某動画サイトにアップされるとすぐさま映像関係者を中心に話題を生んだ。
映像では2人の少女が数々の場所、景色の中をとても楽しそうに走り回っていて、見ようによってはアイドルのPVの様でもある。
そこに映る中学年ぐらいと思われる2人の少女達の顔立ちは、遠距離からの撮影であったり、近距離では後ろ姿だけであることから確認することはできない。
その映像は編集も素人レベルでカメラワークも雑だったが、主演の2人を含め、スタッフが気持ちを同じくして作品の製作に挑んだことは映像から強く伝わり、観るものを惹き付けた。
動画を知るものは誰もが次の『part2/3』のアップを待ち続けた。
しかし、いくら待とうとも『part2/3』そして『part3/3』がアップロードされることはなく、『part1/3』もアップロードから1年を境に動画サイトから、その姿を消した。
そして、それから2年の時が過ぎ、『s2kr-part1/3』が人々の興味から記憶へと変化し始めた頃、SNSにこんな書き込みがあった。
「『s2kr-part1/3 』という映像に関する情報を探しています。どんな些細なことでもいいので知っている方はコチラまでお願いします」
その書き込みには信憑性があるものからないものまで、数々の返答があった。
その中の一つにこのようなものがあった。
『映像の光景のいくつかに心当たりがありました。それはすべて同じ県にある場所です。その県は…………』
とある地方の街。
高校2年のゴールデンウィーク。
そんな街のターミナル駅の改札を抜け、駅の外へと出ると春の優しく暖かな日射しが全身へと降り注ぐ。
その眩しさに、細めた目線の先にある駅前の大型ビジョンには大人気アイドルのMVが流れている。
その真下に位置するところには、地元の人々がよく待ち合わせ場所に利用しているオブジェが置かれていた。
だが今日はオブジェを中心に不自然な人による円が形成されていた。
いや、正確には円の中、オブジェの真正面という絶好のスポットにひとりの少女が立っている。
その少女が待っている人物こそオレ、千坂慎弥だった。
深く帽子を被り、サングラスをして、顔が見えなくとも、モデルのように整った体型は周りの人達どころか道行く人からも注目を集める程。
しかし、それだけならばナンパの一つや二つあってもいいものだし、周りが距離を取る理由にはなりえない。
周りから遠巻きに見られている理由は彼女が発する不機嫌なオーラに他ならなかった。
(うわぁ…完全に怒ってるよ…逃げたい…帰りたい…よし逃げよう!!)
しかし、こんなことを考えている時点で、人は往々にして逃げるタイミングを失ってしまっているもの。
『おい…そんなところで何してるの?』
話しかけられた訳でもないのに、本能が言葉を理解した。
そして彼女の方を振り返り、次は視覚で理解した。
『もう手遅れ』と。
オレの姿は既に彼女の視界の中にあり、近くにいながら合流しようとしないことに大層ご立腹のようだ。
もはやこれ以上の猶予がないことは明白。
言い訳はアドリブで考えるしかない。
「悪い。待たせたか?」
待ち合わせ時間まではまだ余裕があるが、下手なことを言うと、更に怒りを増長し、面倒なことになるのは今までイヤと言うほど経験している。
近くに寄ることによって見下ろす形になった少女は、改めてこちらに顔を上げた。
風になびいた絹のようなセミロングの茶色い髪。
サングラスの間から見える大きく透き通った瞳。
そして、今にも言葉を発しようとしている艶やかな唇。
その全てが芸術品のようだった。
「変態野郎の分際で私を待たせるなんて、いい度胸ね」
まぁ中身がこんなのでは芸術品どころか欠陥品。
更に言い訳すら始めから許されてはいない。
少しでも心の中でコイツの容姿を誉めてしまった自分が憎らしい。
「その変態を呼び出したのは、どこの誰でしょうね?まぁオレは変態野郎からは程遠い紳士だから関係のない話だが、オレとしても変態を呼び出すような頭のおかしいバカを見てみたいな」
「はいはい…アンタは変態紳士だったわね(笑)変態は自覚がないから変態なのね(乙)」
「おい!哀れみの目を向けるな!その紳士じゃないから!!ってか(笑)と(乙)はやめろ!!間違って信じてしまう人がいるかもしれないだろうが!!」
そう言って周りを見渡すと3割の人が『サッ』と目を逸らした。
オレの弁解虚しく、コイツの妄言を信じてしまっ
た素直な心の持ち主なのだろう。
「で、性犯罪者。今日の予定なのだけど…」
「オイ待て。完全にさっきの変態が犯罪を犯してるじゃねぇか!!」
「あら。前科持ちじゃなかったの?性犯罪の一つや二つ、男の甲斐性でしょうが」
「いやいや!?甲斐性を見せた先に未来がねぇよ!!ちなみに言うがオレは性犯罪者でもないぞ!!」
「ちゃんと面会には行ってあげるわよ?」
「嬉しくねーよ!!みなさん!!信じちゃダメですよ!!」
オレ達の会話を聞いた為か(そうでないと思いたい)いつの間にかオレ達の周りには人がいなくなっていた。
「さて、世間的にアナタが危険人物に認識されたところで行きましょうか」
「認識されるのに何の意味があったんだ…?マジで損害賠償請求するぞ…」
「裁判で私に勝てるとでも?感謝しなさい。アナタを晒しあげることで私の溜飲が下がったわ」
結局のところコイツは自分より後に来て、更に逃げようとしたことへの憂さ晴らしがしたかっただけのようだった。
オレとしては、精神的にダメージを負ったものの、この程度で済んだと思うべきなのかもしれない。
…非常に不本意ではあるが……
コイツが本気を出せばオレを社会的に抹殺することも可能なのだから(可能であるだけで、しないと信じている。いや…マジでしないよね…?)
「じゃあ案内して頂戴」
「わかったよ…まずは電車で移動だな」
とりあえず、今のところはオレにも利用価値があるということだろう。
そう思いながら改めて駅前の大型ビジョンを見る。
そこには相変わらず大人気アイドルの映像が流れていて、その後に隣を歩く少女へと視線を向ける。
(はぁ…同一人物とは思えねー)
その。隣を歩くコイツこそ只今、大人気のアイドル『NoeRu』こと、本名『石川のあ』であった。
そんなアイドルがオレのことを変質者として警察にでもつき出せばオレの未来は終了したも同然だろう。
(まぁ未遂はあったから必ずしも嘘という訳ではないが…)
とにかく。そんなアイドルがどうしてこんな地方都市にいて、しかもこの街で生まれ育ったオレと知り合いになったのか。
その全てはオレ達が始めて出会った4月の始業式。
風が段々と春の暖かさを纏い始めた頃にさかのぼることとなる。