その6:無防備ですよ凛さん!
「はぁ〜......」
今日何度目かわからない溜息をつく。
「キュ〜?」
不思議そうに俺を見つめてくるハムスター......このやろう、誰のせいでこんなに沈んでると思ってんだよ!
あの騒動の後俺は、こいつの値段である金貨3枚を稼ぐまで凛さんの元で会計処理係として働く事になった。
タダ働きではなく、俺自身が働いて得た収入から4割づつ引いていって。引いた分を、借金に当てるといった感じだ。
利息が付かない、収入の6割が手元に入る。これらの条件からリンさんの懐の深さがうかがえる。
この条件を聞いた俺は、思わず凛リンさんに抱きついてしまった......だってしょうがないじゃないか!
『一生タダ働きじゃー!』とか『私の奴隷になりなさい!』とか言われると思ってビクビクしてたんだもん!それを言ったら、
「あんたは私を何だと思ってるんだ......」
と、冷たい目を向けられた。なんか奴隷って所で顔が赤くなってたが......べ、別に変な意味じゃないんだからね!
ん?待てよ......そういえば俺って、女の子を好きになってもいいのだろうか?
今の性別は女、だが中身は男......うむ~、禁断の扉が開きそうだ.......でも、別に良いよね?誰がどう言おうと俺は我が道を行くぞ!
「キュ?」
俺の心中を知ってか知らずか、ハムスターが首をかしげる。
そういえば、こいつの名前を決めないとな。いつまでも『ハムスター』や『こいつ』じゃ呼びにくいしな。
よし!ペットの名前は安易が一番!キュウキュウ鳴くからキュウにしよう!
「よし、お前は今からキュウだ!」
「キュー!」
嬉しそうにはしゃぐキュウ。ふっ、ノリが良い奴は嫌いじゃねーぜ、てゆーか可愛い......これが情が移るとゆーやつか!
俺が一人で萌えていると馬車が止まった。
「エリス、今日はここまでだ。野営の支度をするから、その間に水浴びをしといで」
「はい!......えっ」
リンさんの申し出は素直にうれしい。
馬車を出て、長時間座っていたために凝り固まった体をほぐしながら周囲を見ると、そこには湖があった。キラキラと水面が陽の光を反射して輝いている様子は、最高級シャンデリアのようだ。
大きさ的には前世の琵琶湖ほどありそうな大きな湖だ......しかしその感動も長くは続かない。
そう水浴び。
俺はこの体になってから、自分の裸を見た事がない......トイレなども目をつぶってするほどだ。興味がないと言えば嘘になる......前世は性欲と最前線で戦い続けたエリート童貞だったのだ。
だがここで嫌ですと言うほど、俺は空気が読めない訳じゃない。この場は大人しくその言葉に甘えよう。
なんだかんだで、身体を洗いたいと思ってた所だったし、これもターニングポイントというやつだ。とゆー事で俺は、湖の波打ち際にある大きな岩場の影にやって来た。
俺の今の服装は、裸の上からただ着物を一枚着て、腰の辺りを布紐で閉めただけという非常にきわどい服装である。
だがもうここまで来たら引き返せない......ええい、男は度胸じゃー!
布紐に手をかけると......駄目だ、手が震える。
「あれ、まだ服着てるの?」
そんな時に野営の準備を終えたリンさんが来た。
しょうがない、羞恥心を堪えて頼むしか俺に道はない!
「リンさん、お願いがあります」
「何?」
「服を......脱がせて下さい」
顔が熱くなるのがわかる......猫耳が羞恥心のあまり折れ曲がるようにペターンとなっているのがわかる。
「え、なっ......ど、どうして?」
リンさんも顔が赤くなっている。
頬を赤く染め、凛とした目は視線をあちこちに泳がせている......すみませんリンさん!
「駄目......ですか?」
可愛い女の子限定の究極技、上目遣い!!やばい、恥ずかしさで死にそう......死因:極度の羞恥 とか後世までの恥なんですけど。
「いいよ......じゃあ脱がすよ?」
顔を赤くしながら、凛さんが布紐に手を添える。
シュルルル......。
やけに大きく聞こえる布紐がほどけた音......そして着物を丁寧に脱がせてくれる凛さん......だが、もう無理!羞恥で死ぬ!
着物が脱げた瞬間移動のような速さで湖に飛び込む。冷たい水が今は嬉しい。
顔を出すと凛さんと目が合った。
「クスッ、本当にエリスは変わってるね」
頬を赤く染めてはにかむ凛さんに、思わずドキッとしてしまう。
「じゃあ私も入ろうかな」
そして自身も脱衣を開始する......へっ?
気づいた時には、時すでに遅し。目の前には一糸纏わぬ生まれたままの姿のリンさんがいた。
ほっそりしなやかな肢体だが、出る所は出ている。要するにEROI......。
「そんなにジロジロ見られると......恥ずかしいな」
そう言って、胸と股を手で隠す仕草が妙に色っぽい......一体いつから俺はエロゲーの主人公になったんだ?!
てか、いくら同性相手でも無防備すぎるだろ!!
そんな馬鹿な事を考えている俺をよそに、水に入ると、リンさんは口を開いた。
「エリス、今日もありがとう」
いきなりお礼を言われた......礼をされる様な事をした覚えはないんだけどな。
逆にこっちが感謝したいくらいだよ!リンさんに拾われなければ今頃奴隷商人に捕まり、その後は......そんな事を考えただけでも寒気がする。
「いえ、私はなにも」
してない、と言おうとしたらリンさんの言葉にかき消された。
「いいや、まだたった1日だけど私は随分とあんたに救われてる」
そこから一息ついた後、自分のこれまでを話し出す凛さん。
「私はずっと独りで旅をしてきた......母が病でこの世を去り、父が哀しみを紛らすために酒ばかり飲み、酒に酔い潰れた父に暴力を振るわれる......」
当時を思い出してか顔がうつむき、何かを恐れるように自身を抱き締めながら話を続けた。
「そんな生活に嫌気が刺して歳が13の時家を......里を出た。
そして生きていく為に働き始めた。最初は、ある商店に雑用として雇用してもらった。
寝る場所はその商店の倉庫だったけど、朝昼二食出してくれるだけマシだったからね。そこの店主とその奥さんも最初は良い人だった......最初はーーー」
そこから俺は、身体が冷え切るのも忘れてリンさんの話に耳を傾けた。一年程たったある日の晩に、店主とその奥さんが、自分を保護者がいない事を良しとして売り払おうとしている所を、たまたま聞いてしまった事。
その前に商店を飛び出して、隣町の剣術道場に逃げ込んだ事。そこでも2年後に、同じ様な事情で逃げ出した事。
そして、道場で身に付けた剣術で護衛紛いの仕事をしていて。その時護衛した商人に頼み込み、商売の基本を教えて貰った事......そこから今に至ること。
「だから、あなたを見つけた時は疑いもしたけど、話しかけずには居られなかった......まるでかつての自分を見た気がしたから。
だからエリスが感謝する必要はない......これは私の自己満足だ」
そう言って自嘲気味に笑い背を向けるリンさんを見て、俺は耐えられなくなった。
そして、後ろからそっとリンさんを抱きしめる。
一瞬ビクッと、身を強張らせたリンさんを無視して俺は言う。
「いいえ、私はリンさんに感謝していますよ。あの時リンさんに拾われなければ、私は今頃どうなっていたかわかりません。
ですからそんな寂しい事を言わないでください」
「エリス......」
そう呟いて、顔だけこっちを向いたリンさんは思った通り泣いていた。きっと今まで誰にも頼れずに、独りで抱え込んでいた物が溢れたのだろう。
「これからは私がいます。リンさんを独りになんてさせてあげませんよ?覚悟してくださいね」
すると目を丸くした後に、リンさんは笑った。
これまでの寂しそうな笑顔ではなく、それはもう心から楽しそうにーーー、
「私の方がお姉さんなのに慰められちゃったね」
「そうですよ、しっかりしてくださいね。お姉ちゃん」
ノリで言ってみる......あっ、意外と恥ずかしい。
「ふふ、お姉ちゃんか。悪くないね」
お?これは中々の好印象!
「これからもそう呼びます?」
「仕事の時以外はそう呼んで」
「じゃー、仕事の時はなんて呼べば良いんですか?」
「お嬢様でお願いするわ」
この世界では普通なのかな?
とりあえず、
「Yes my lady(はい お嬢様)」
「今は良いよ!」
「冗談ですよ、お姉ちゃん!」
「ふふ、全く、困った妹だね」
こうして俺に異世界で初めての家族ができた。