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巻き込んで厄日!

「……リ」

ひとりだけの部屋。

「……ガリ」

ひとりは……辛い。

「しっかりして……カガリ!」

「……ん?」

部屋に、ひとりではなかった。一、二、三、四……まだまだ顔がある。頭に靄がかかっているようで、うまく状況を処理できずにいた。とりあえず落ち着こうと、私は深呼吸を繰り返していた。

「分かる!? カガリ……私よ、アキト!」

「……アキト?」

それから他にもたくさん人がいるが、それは先ほどの賊たちであることを思い出した。

「あぁ……わかる。アキト殿、私は一体……?」

どうして自分が横になっているのか、分からなかった。いや、その前にここは部屋の中ではなかった。木の下だ。

そして、今見ていたものは、夢。私は、また涙がこみあげてくるのではと思った。

「あなた、急に意識を失って倒れちゃったのよ。ひどい熱があるわ」

「熱?」

額に手を当ててみた。あぁ……本当だ。熱い。

「川に入ったから……かな」

それで、あのときの夢を見たのかと、ひとり納得した。七つになる年の夢。まだ、みんなが生きていた頃の夢。

「それに、ココだ……」

私はまた、目を閉じた。なんだか……とても疲れたんだ。昔があまりにも懐かしくて、その懐かしさに、いつまでも浸っていたい……そう、思った。




「母さん! カガリが……カガリが!」

私は慌てて家に駆け戻った。涼しいところで横にして置けばいいのではと母さんが言うから、そのようにしていたけれども、カガリの様子がどうもおかしくて、一度目をあけたけれど、すぐにまた、意識がなくなってしまった。ただ事ではないと思って、私は不安になった。

(死んじゃうんじゃ……)

怖くなった。いくら彼がフロートの手先だとしても、「人」に変わりはないんだし、それに彼は、考えられないくらい、いい人だったから……死なせたくなかった。

「落ち着きなさい、アキト。どうしたんだい?」

「カガリの意識、またなくなっちゃったの! どうしたらいいの!? カガリ……死んじゃうの!?」

怖くてたまらなかった。足がガクガクと震えだした。

「お願い、どうしたら……っ」

「水を、砂糖水……いや、塩分? 塩の方がいいでしょうか。とにかくすぐに用意してください、姉さん」

パニック状態にあった私の後ろから、落ち着いた男の人の声が聞こえた。それは、久しぶりに聞く声だった。二年ぶりくらい。

「リオス……?」

「カガリ……って、カガのこと!? カガはどこにいるの!?」

リオスの後ろからは、小柄の男の子が顔を覗かせていた。瞳が大きくて、女の子のような男の子。名前は、ラナン。前に一度、この村に来てくれた少年。リオスが生涯お仕えすると決めた、レジスタンス「アース」のリーダー。

 そして、外にもひとり、青年が立っていた。面識はないけれど、黒髪黒瞳のその人は多分、クライアント王国のサノイ皇子。同じく「アース」のメンバーのひとり。

「ラナ。あそこではないか? ひとが集まっている」

「ほんとだ! リオ、俺とサノは先に行ってるからな!」

そういって、ふたりはカガリの方に走っていった。

「姉さん、心配しないでください。カガリさんは、そう簡単に死んでしまうような人ではありませんよ」

「リオス、あなた……どうしてここに」

数年、顔を出さなかった五つ年下の弟が、今、仲間と共に村に戻ってきた。フロートの使者が来るのと同時期に。これは、偶然なのかしら。

「話は後です。塩水を……姉さん」

私は言われるがまま、塩水を用意するために家に入りました。




「カガっ……カガっ! しっかりして!」

誰かが私の名を呼んでいた。聞き覚えのある声。思い出そうと、記憶を辿っていく。けれども、容易には思い出せない。私は、重い瞼をゆっくりと持ち上げはじめた。するとそこには、少年と青年がいた。青年の方は一目で魔術士だとわかる容貌をしている。少年の方は、緑の瞳をもつ、女の子のような顔立ちであった。身体もとても華奢で透き通るほどの色白の肌。

(……ラナン?)

「カガっ……俺だよ!? ラナンだ。分かるか!?」

私は確か、偏狭の地にある小さな村に来ていたはずだ。ラナンが立ち寄るような村ではない。それなのに……今、ここにいる少年は自らを「ラナン」と名乗った。緑目のラナンといえば、彼しかいないはずだ。

「本当に、ラナン……なのか?」

私はゆっくりと体を起こしはじめた。激しい頭痛と目眩がする。体も、筋肉だけではなく、節々が痛んだ。

「動かない方がいい。カガリ殿、酒を飲まれているのか?」

視界がはっきりとしてきた。青年は、クライアント王国の第三皇子、サノイであった。彼は、起き上がろうとする私を制した。

「あぁ、昨夜……少し」

「熱がある。体調が悪いのに飲んだのか? 貴方らしくない。軽率な行為だな」

御もっともであった。言い返す言葉もなく、私は沈黙した。無理やり飲まされたようなものなのだが……気付けなかった私にも、問題はあるのだから。

「カガリさん。水です。飲んでください」

「すまない……」

銀髪、銀目の青年。リオスから水を受け取ると、それを一気に飲み干した。これほど喉が渇いているとは思わなかった。


そして私は、はっとした。

 

「お前たちも、喉が渇いているのではないか?」

それは、私が無理やり畑仕事をさせた賊に向けた言葉だった。彼らもこの日差しの中、ずっと畑に向かっていた。それなのに、私だけが水をもらってしまった。

「リオス。彼らの分の水はないであろうか……」

「俺たちはいいっすよ。それよりもう、帰らせてくれ」

彼らもまた、疲れきっていたのだ。

「あ、あぁ……。すまなかった」

私は一度、頭を下げた。そして、顔を上げると彼らは一転し、笑っていた。

「でも、楽しかったぜ」

「えっ……?」

「なんて言うのかな。充実したっていうかさ、こういうのもいいかなぁ……ってな」

賊。彼らもまた、被害者なのかもしれない……そう、思った。賊になり、物を奪わなければ生きていけないのかもしれない。ならば、彼らが悪いとは一概には言い切れまい。悪いのは……その根源は、このような世界にしてしまった「フロート王」ではないのか。

 彼らにも、安住できる土地があればいいんだ。こういう風に、生きるすべを知ればいいんだ。

「……アキト殿は?」

(伝えなければいけない……)

「姉さんなら……あ! 姉さん。カガリさんが呼んでいますよ」

(姉さん?)

ひっかかったが、今はとりあえず置いておくことにする。今は、早く伝えなければならないから。

 私は、自分がここに来た理由を見出せたような気がした。国王の指示などではないが、これは、私の役目だと思った。全ての元凶、フロート王に仕える私の、せめてもの償い。私がやらなければならないこと……。

「カガリ……」

「アキト殿。彼らを、この村に迎い入れてはくれないか?」

「えっ……?」

アキトは驚いた顔をしていたが、全然悪人という匂いのしない彼らをみて、大きく頷いてくれた。

「村長に聞いてみるわ。きっと……大丈夫よ」

「そうか……」

ほっとした。そのとき、アキトは後を続けた。

「使者様の、ご命令ですものね」

「……?」

私は、アキト殿の言葉をもう一度自分の心の中で繰り返してみた。今、確かに「使者の命令」と……一体、どういうことだ? 使者は、馬だと言っていたではないか。

「アキト殿?」

「ごめんなさい……はじめから、あなたが使者だということは分かっていました。カガリ=ヴァイエル。あなたのことは、前々からリオスから聞いていましたし……」

そうだ。そういえば、リオスはアキトのことを「姉さん」と……。

「どういうことだ?」

熱のせいで、頭が機能しないのか。まるで話が見えてこなかった。アキトはただただ、すまなそうな顔をしていて、ラナンは……ただただ、私にくっついていた。

「国王がこの村に使者を送ったということを耳にしました。誰が来るとまでは分かりませんでした……ですが、川であなたを見かけてすぐに分かりました。あなたが使者であるということは。この辺りで、立派な剣を持っている人なんて、そうはいませんからね。だから私たちは、あなたを追い返そうとしたんですよ。これだけやれば、観念してフロートに帰るだろうと思うことをわざとして……」

私は複雑な思いだった。騙された……そういう、被害意識は全くない。今の私の心を取り巻いているものがなんなのか、私にもよく分からない。私は目を閉じ、それを探してみた。

「……カガ?」

「……そういえば、お前はどうしてここに?」

私の顔を心配そうに覗き込んでくる少年、ラナンに私は視線を向けた。しかし、目を開けているだけでもつらくなってきた私は、半眼になっていた。

「ここ、リオの故郷なんだ。こっち方面に行こうと思っていたから、ちょっと寄ったんだよ。リオんとこの父さん、体が悪いから心配だったしさ」

私は先ほど話してから申し訳なさそうに頭を下げているアキトの方に目を向けた。

「リオスは、アキト殿の弟君なのか?」

「えぇ」

「そうか……」

私は重い頭に手をあて、支えるようにしながら立ち上がると、そのまま木にもたれかかった。

「カガ、横になっていた方が……」

「いや……私はもう、帰る。用はすんだからな」

正直、動けるのか自分でも心配だったが、いつまでも長居をするわけにもいかないし、フロートの一番の敵。ラナンが村に来てしまっては……これ以上、尚更ここに居るわけにはいかなかった。私は、あの馬のもとに歩いていこうとした。

「カガリ……」

アキトに呼ばれ、私はそちらの方に振り返った。

「なんだ?」

「ごめんなさい。あなたには、本当にひどいことをしたわ……」

私は首を横に振った。ひどい? そんなことはなかった。私のことを、本当に追い出したいのならば、銃でも持ち出せばよかったのだ。村中の鍬をあさっていた時、私は物置で猟銃を見つけていた。それに、私はこの村に来てからというもの、隙だらけだった。いつでも、殺そうと思えばできたはず。それなのに、彼女たちはそうしなかった。

 それだけではない。私にも、温かい料理を食べさせてくれた。酒も飲ませてくれた。布団を用意し、私に、人間らしい生活をさせてくれた。何年ぶりであろう……これほど、温かな気持ちになれたのは……。

「感謝している」

私はアキト殿の前まで行くと、自分の懐から小さな袋を出した。

「……感謝?」

「私は、楽しかった。一生、忘れない……この村のことを」

出来ることならば、もう一度……ここへ来たいと思った。だが、それは彼女たちが拒むであろうから、口には出さなかった。私の単なる我侭だ。

「すまない。金が殆どないんだ。これが私の所持金全てで……」

小さな袋だというのに、その袋はぶかぶかだった。どれだけ中身がさびしいのかが見てわかる。もともと船賃しか渡されていなかったのに、行きで金を落としてしまったから……。雑用をして貯めた金の残りが少ししかなかった。

「こんなものでは、昨日の食事代には満たないと分かっている。いつか、必ず返すから……それまで、待ってほしい」

今度は、アキトが首を横に振った。

「お金なんていりません。あれは、おもてなしです」

「……おもてなし?」

「そうだよ」

家の中からシトフも出てきた。手には、パンとか果物とか……食べ物があった。

「お客様に対するおもてなしさ。だから、金なんて要らないんだよ」

「えっ? しかし……」

「フロートの手下だって言うから、どんな奴が来るのかと思って身構えていたけど、まさかあんたのような気のいい男が来るとは、微塵も思わなかったよ」

「……いい男?」

首をかしげている私の手に、シトフはどさっと食べ物を乗せてくれた。その重みを実感しながら、私はシトフの顔を見た。

「持っていきな。それは、意地悪したお詫びだよ」

「そんな……いただけません」

「いいから、持っていきな。そっちの果物にはビタミンが多く含まれているから、風邪にもよく効くはずだよ」

私はまた、胸が熱くなるのを感じた。母親。母親の優しさが、私は昔から好きだった。

「すまない」

一礼し、私は再び馬のほうに歩き出した。

「カガ……」

今度は、ラナンが私の名を呼んだ。しかし、私は振り返らずに足を進めた。自分に何度も言い聞かせる。ラナンは、敵だ……と。

「……なんでそんな格好してるんだ?」

しかしその言葉を聞いて、私は足を止めた。つい今まで忘れていた。自分がどういう格好をしていたのか。どうりで、先ほどから足元がスースーするはずだ。私は、ズボンではなく、スカートをはいているのだから。


 私はしばらく、その場に硬直していた。


「姉さん。あれも、意地悪のひとつですか……?」

リオスは少し呆れていた。

「その……本当に、家にはカガリに合う服はなかったから……」

どうやら、家にリオスの服はないらしい。

「僕のがあるでしょう?」

いや、あったようだ。

「あんたの許可なしに着せるのもなんだかなぁ……って思ったからよ」

弟思いな事はよいのだが……せめて、ズボンをはかせてほしかった。

「カガリ、あなた顔立ちが綺麗だから、女に見られるわよ」

いや、誰が見ても私がカガリであるとわかるであろう。城に帰ればみんなの笑いものだ。益々私の居場所がなくなることは必至。私は、ひどく頭痛がするのを感じた。しかしよろめきながらもまた、歩き始めた。

 馬のところに来た。馬は私をみて、笑っているようであった。しかし、それを怒る気にもなれず、私は馬にまたがった。いつもとは違う感じで、どうも不安定な気がした。

(このような姿での馬の乗り方なんて、さすがのルシエル様でも教えては下さらなかったからな……)

生涯で、女装するなんてことを誰が予期出来るだろう。

少し戸惑いながらも、私は馬の鐙をカチッとならした。わき腹を蹴られた馬は、私の指示する方にゆっくりと歩き出した。

「あ……」

私は、思い出したように馬の踵を返した。そして、アキトに告げる。

「ココの薬草は、体の治癒力も高めると言われている。病気の父君に飲ませてあげるとよいだろう」

「……ありがとう」

「こちらこそ……それから、賊の件。頼んだ」

そして私はもう一度、馬のあばらを蹴った。そのまま、一気に村を抜け出していった。




「行っちゃった……」

「カガは、何しに来たの?」

出てきた村長も、私も母さんも、みんな首を傾げていた。

「さぁ。結局、用件を聞いていないから……」

ラナン君は、可愛らしく首を傾けていた。

「でも、用はすんだ……って、言ってなかったか?」

確かに、カガリは満足そうにそう言っていた。でも、フロートの植民地になれとか、そういうようなことは一切言われていないと思ったけれども……。

 カガリに頼まれたこと。それは、この村の金目のものを狙って来た、賊たちの身の受け入れ。それだけのはず。

(これが……用件? 賊の更生?)

フロート王がそんなことを考えるとは、考えられなかった。

(このまま帰って、大丈夫なのかしら……カガリ)




(……きついな)

やはり高熱が祟ってか。ただ馬に乗っているというだけなのに、かなりの体力を消耗していった。座っている大勢を、維持しているだけでも辛い。私は早く船に乗り、横になりたいと思った。しかし、やはり金がないため、おそらくは寝る暇もなく、雑用をさせられるのであろう。

(……仕方ないか)

そんなことを思いながらも、私は馬を走らせ続けた。すると、小さな川が見えてきた。

「川……か」

まだ昨日のことなのに、とても懐かしく感じられた……と、思い出に浸っていると、またもや私の目の前から陸は消えた。

「おっ……おい」

この展開は……。


バッシャン……。


やはり、また川に落ちた。

 

「おい! お前はどうしてそう、川に飛び込みたがるんだ……?」

やはり、近くに馬の姿はなかった。私はもしやと思い、岸辺のほうに目を向けた。すると、昨日と同様。馬は悠々と岸辺で水を飲んでいた。

「だから……水が飲みたいならそう言えばよいであろう? いちいち私を川に落とすっ……くしゅん」

一気に体が冷えていくのを感じた。さすがの私もこれはまずいと思い、すぐに体を温める必要性を感じ、岸に上がろうとした。しかし、体が重く、その場を動くことができなかった。馬に助けを求めようとしたが、寒さで口が上手く動かない。

「……う」

不意に、意識は飛んだ……。


そのとき、何かが私に触れたような気がした。


 人生、一日は厄日というものがあるらしい。何をやっても駄目で、とことんツキが回って来ないらしい。私は今回がその、厄日だったのだと思っていた。しかし結果、あのリムル村との出会いは、私にとってよいものであった。そう考えると、まだ、厄日は回ってきてはいないのかもしれない……それとも、今日が厄日なのだろうか? 村を離れた矢先に川で……溺れた? では、私は今……どうなったんだ。死んだのか? 厄日とは、自分の死ぬ日を示しているのか?


「……ん」

目を開けると、日の光が入ってきた。手に力を入れてみる。あまり感覚がないが、ごつごつとしたものが傍にある感じがする。

「……生きて、いるのか?」

「危なかったが……一応な」

「……っ!?」

返事が返ってくるとは、夢にも思わなかった。私は慌てて起き上がり、声のした方を向いた。すると、そこには見慣れた人物が座っていた。

「ルシエル様!?」

そこには、私の師匠。ルシエル様がいた。焚き火をつくってくれていて、濡れた私の服を乾かしてくださっていた。私は、ルシエル様のマントで体を包まれていた。

「寒くはないか? すまんな。私の服も濡れてしまっているから……あまり、暖かくはないかもしれない」

ルシエル様は、上半身、裸で焚き火の前にいた。

「すっ……すみません」

「いや、構わん。私が好きでこうしたのだから」

そう言って、ルシエル様は私の額に手をあてた。なんだか少し恥ずかしくて、私はギュッと目を瞑った。すると、ルシエル様は微かに笑みをこぼした。

「お前は、やることが可愛いな」

そして、今度は私の頭を撫でた。

「なっ……何をするんです、ルシエル様っ」

慌てて私は体をルシエル様から離した。すると、ルシエル様はまた笑っていた。

「すぐに顔に感情がでる癖は、何とかした方がよいかもしれんな」

明らかに子ども扱いされている。私は、少しだけ拗ねた。

「拗ねるな、カガリ。ほら、そちらでは炎の熱が届かぬであろう? こちらに来なさい」

確かに少し寒かった。自分から離れておきながら、またノコノコと元の位置に戻ることは情けないような気がしたけれども、相手がルシエル様だったから……意地を張らずに私は元の場所にと戻った。

「辛いか? 熱はいつから?」

ルシエル様は、私の父親同然であった。読み書きをはじめ、勉強を教えてくださったのも、世間での常識を教えてくださったのも、剣術などを教えてくださったのもみんな、ルシエル様だった。

七つで全てを失って、国王の下で住むようになって……人間社会をまるで知らなかった私は、いつだって孤独だった。そんなときに、ルシエル様は私に話しかけてきてくださり、色々なことを教えてくださったのだ。

「おそらく、昨日からだと……」

ルシエル様は、少し怒っていらっしゃるようにも見えた。

「熱を出しながら、酒を飲んだのか? 何ということを。言ってあったであろう? 酒は飲むな……と。それも任務先で飲むとは、何事だ」

私は、深く反省した。確かに、情けない事この上ない。具合が悪くなったのも、自業自得だ。

「……すみませんでした」

「謝ることはない。だが、お前の身体であろう? 身体は資本だ。自分で気をつけなくてどうする?」

「はい……」

小さな子が、父親に怒られているようだった。私は、ルシエル様の顔をまともに見ることができず、川原の石ころに向けた。

「分かったのならよいが……これから船に乗るんだぞ? 大丈夫か?」

「はい……たぶん」

ルシエル様は、大きく嘆息した。

「……ルシエル様?」

「なんだ?」

このままではあまりにも居心地が悪かったから、私は話題を変えることにした。いや、ルシエル様が仰ったことを、誤魔化そうとか思っているわけではないが……深く、反省もしたし、いいかな……と思ったのだ。

「どうして、ルシエル様はここに?」

「話をそらしたな」

ずばりと言われてしまって、私はまた、俯いてしまった。動悸がおさまらない。これは、動揺のせいなのか、熱のせいなのか……区別がつかない。

「すまない。どうもお前を見ていると、からかいたくなってな。お前がよく反省していることは分かっている。だから、そう気に病むな」

私の本当の父親も、私のことをよくいじめていたが……思い返してみると、ルシエル様も私のことを、たまにからかったりしていた。私はそんなにも遊ばれやすい性格をしているのであろうかと、何だか恥ずかしくなった。

「お前の様子が気になってな。私の任務を終えてから、ここに来た」

「そう……ですか」

ルシエル様は、本当に私のことを気にかけて下さっていた。血も繋がっていない赤の他人である私を、実の子のように見守ってくださっている。でも……。

「どうした? カガリ。辛いのか?」

元気のない私を見て、ルシエル様は心配してくださいました。

「いえ。あの、その……」

言葉を濁す私を見ながら、ルシエル様は笑っていらっしゃった。そして、私のほうに腕を伸ばすと、そっと自分のほうに抱き寄せた。

「カガリ、私のことを心配してくれているのかい?」

ルシエル様は、ちゃんと分かっていらっしゃった。私が何を心配しているのか。そう、国王のことだ。あれは、私が心を寄せているものを誰であろうと片っ端から消していく。もしも、ルシエル様と私の関係がばれてしまったら……そう思うと、私は怖くなった。これ以上、誰かを失いたくはない。

「心配するな。バレないように気をつけているから」

「でも、もしものことがあったら……」

不安がる私の頭を、ルシエル様はゆっくりと撫でた。実は、こうされると私は心が落ち着くのだ。抱き寄せられながらされると、よりいっそう……って、これは変なのだろうか? いや、そんなことはないはずだ。みんな、きっとそうだと思う。

「カガリ、よく考えてみなさい。世界一強いとは思わないが……私は、国王よりも、ジンレートよりも強いと思うのだが、どうだ?」

確かに、ルシエル様はあのふたりとは比べものにならないくらい強いと思う。それでも、不安は消えない。世の中に、「絶対」なんてことは、ないのだから……。

「……師匠」

私は、禁じられている呼び方でルシエル様のことを呼んだ。いつもは注意を受けるけれども、今日は何も言われなかった。場所が、このようにフロートの管轄外の土地だからであろうか。それとも、私が不安になっているからであろうか。

「カガリ、暫く寝ていなさい。船の時間になったら起こしてあげるから」

「……はい」

瞼が重かった私は、すぐに眠りについた。このあと、船での雑用も待っていたし……。

そういえば、師匠はお金を持っているのだろうか。持っていたらありがたいと思いつつ、私はまた夢の世界に入っていった。今度は、ルシエル様の夢だった。




 その後、数時間してから私は起こされた。そして、船に乗り込んだのだけれども、ルシエル様も自分の分ギリギリの船賃しか持っておらず、当てのはずれた私はやはり、船長からエプロンを受け取り、腰でリボン結びをした。それを見て、ルシエル様も手伝うといって下さったけれども、ルシエル様にこのような恥ずかしく哀れな格好をさせるわけにもいかなかったから、私は丁重に断った。

「しかし、お前は熱があるのだぞ? 船長、この子の代わりに私が働くよ」

「……というか、両方共に働け」

などという、船長の無礼なる一言に対し、ルシエル様は寛大に笑っていた。そして、船長からエプロンを受け取ると、それを私が着るのをみながら、真似して着ていた。

「どうだ、カガリ。似合うか? うむ……このような格好をするのは初めてだな」

(……似合っていません)

世界最強の魔術士といわれている、自分が最も尊敬するお方がこのようなエプロン姿になるなんて……悲しくなってきた。全ては、私が悪いのだけれども、こんなことになるなんて、思いもしなかった。

「カガリ、あまり無理をするのではないぞ? いいな? 気分が悪くなったらすぐに言いなさい」

「はい」

そして私たちは、渡されたデッキブラシで、船内を掃除しはじめた。それが終わってからは、厨房内に入り、皿洗いをした。そういうことをするのも、ルシエル様は初めてだったようで、思いのほか楽しんでいらっしゃるご様子だった。


 そして、船がレラノイル港に着く頃には、船賃に足りるほどのお金ができた。


「よかったな、カガリ」

「はい。ルシエル様、ありがとうございました」


ゴソっ……。


「……?」

 靴の中に何か違和感を覚えた私は、すぐに靴を脱いでみた。そして、おもむろにそれを自分の目の高さまで持ち上げてみて、中を覗き込んでみた。すると、何かが靴の中にあるように感じた。私は、靴を逆さまにすると、それを何度か振ってみた。

「どうした?」

「あっ……」

船内に、ボテっ……という鈍い音が響いた。どうも、見たことのある古ぼけた袋である。私は、イヤな予感を感じつつ、それを手に取り、袋の口を縛っている紐をほどいてみた。すると、中には……お金が入っていた。

「……私のへそくりだ」

どうして今さら出てきたんだろう……。これは、船賃行きと帰り分くらい、訳なく払えるほどの金額だった。私は、どっと疲れを感じ、がっくりとその場に崩れ落ちた。

そんな私を、ルシエル様は横目で笑いながら、誰かにふたりで居るところを見られる前にと、その優雅な姿を港町の中へと消えていった。


 まったく以って、疲れた、




 私の厄日は今まさに、はじまったばかりなのかもしれない。




 こんにちは、小田虹里です。


 「カガリの厄日」如何だったでしょうか。


 基本的に「カガリ」にまつわる話は、暗いものが多く描かれていましたし、そうなるように描いておりました。

 ただ、この「厄日」を境に、「カガリ」の在り方が変わっていきました。


 私の中で、コメディ要素を含んだキャラクターとなっていきました。


 カガリが背負っているものは、当然変わりません。


 重い罪の意識に苛まされ、悩み、苦しんでいきます。

 しかし、カガリの天然ぶりが可愛くてたまらなくなる……そんな作品になったと、私は思っております。


 この話ではありませんが、「咎人の生き様」で、ルシエルがカガリに声を掛けたのも、納得……という感じが致しております。


 カガリは、おかしな厄日を迎えましたが、結果オーライな結末だったと思います。


 「ラナン」たち、レジスタンス組との接点など、もっと描けたらいいな……とも思いましたが、今回の主人公は「カガリ」、もうひとりあげるとしたら「アキト」だった為、控えました。


 いつか、「カガリ」と「ラナン」の物語も、描けたらいいなと思います。




 いつも読んでくださる方、今回はじめて読んでくださった方。




 本当に、ありがとうございました。




 次作でも、お会い出来ると嬉しいです。


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