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無駄に群れるな暴れるな!

「ん……」

頭が痛い。それに、気分が悪かった。以前酔い倒れたときにも経験がある。二日酔いとか言うものだ。私は、重い身体を無理やり起こすと、簡単にストレッチをして起き上がった。やはり私の前にはアキトがいた。私が目を覚ますと、彼女はすでに起きていて、私の目覚めを待っているかのようであった。

 私はベッドに手を置いた。やはりそこに、シーツはなかった。

「シーツ……勝手に破いてしまってすまなかった。今は訳があって金がないんだ。必ず返しに来るから、許して欲しい」

「いいんだよ。そんなもの」

「えぇ、お気になさらないで」

何故だか分からないが、シトフもアキトも非常ににこやかであった。私はその様子が気になり、怪しみながらじっと見ていた。すると、シトフはアキトに目配せをし、席を立たせた。何をしようとしているのか、私には想像ができず、しばらく黙ってその様子を見ていた。

(今度はなんだ……?)

何か、よくないことが起きるのであろうとは思っていた。私は何が起きても動じないようにと、心構えをした。

「ごめんなさい。悪気はなかったのですよ」

アキトが手にしているそれは、どこか見覚えのある布きれだった。いや、私の知っているそれは、ただの布切れではなかったはずだが……。

「夕べ、酔ったでしょ?」

「あ、あぁ……」

酔ったときの事は、やはり覚えていないのだが……これだけ酒臭さと気だるさが残っていることを考えると、相当飲んでいたように思われる。

「その時に、間違えて雑巾にしてしまったようで……」

「何……を!?」

聞こうと思ったのだが、聞く前にそれが何の布でできているのかが理解できた。それは紛れもない、私の服であった。

「切り刻んでしまったのか!?」

「刻んではいませんよ。雑巾サイズにしただけですもの」

いや、それでも最早それを着ることはできないのだから、そんなところを強調されても、何の意味もないように思えるのは、私だけであろうか……。

「ほ、ほら……変わりにこの服を差し上げますから」

アキトの用意した服は、やはり女物の着物であった。嘆息しながらも、私はそれを受け取った。昨日一日この着物を着ていれば、抵抗も薄れてくるというものだ。

「怒っています?」

「いや……別に」

そう言うと、アキトは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、さっそく着替えてください。それから、これ……包帯と薬草です」

「あぁ、すまない」

さっそく着替えて……という言葉が気になったが、とりあえず私は、手の治療に当たることにした。手に巻きつけていたシーツを外すと、潰れた肉刺が化膿しかけていた。

(昨日は夢中になって鍬を持っていたからな。これほど酷くなっているとは気がつかなかったな)

それでも、これくらいの傷なら大したことはなかった。今までに、もっとひどい傷を負ったことのある私は、気にせず薬草を塗り始めた。

「痛くないんですか?」

恐る恐るアキトは私の手の中をのぞいてきた。

「傷が珍しいのか?」

何となくそう発した言葉。

「まぁ、そうね」

それに対して、羨ましい言葉が返ってきた。

「そう……か」


そのことは、ひと筋の希望のようにも感じられた。


壊れてしまったこの世界の中に、まだ醜い争いを知らない人たちがいるということは……。


「大丈夫なの?」

「あぁ。これくらいなら、大した事はない」

「そう? ごめんなさいね。無理をさせてしまって」

私は馬の顔を思い浮かべながら答えた。あの馬は、今日は何を言い出すのか……。今日、何か無茶苦茶なことを言ったら、嘘の通訳をしようと心に決めた。

「いや、う……使者の為だからな」

思わず馬と言ってしまいそうになってしまい、私はすぐさま言い直した。アキトは別に、不審を抱かなかったようだ。よかった……要らぬ争いはもうたくさんだ。

「今日は、ちゃんとフロートからの伝言を、伝えてくれるかしら」

「……たぶんな」

……というか、あの馬ははじめから国王の指示などしらないのだから、伝言を話す訳はなかった。

 いや、話さない方がよいのかもしれない。国王の伝言。それは「我が国の支配下となり、税を納めよ」ということであった。これまでこの村は、城からあまりにも遠く離れているため、税の徴収もなかった。それでも今回、このような村からも、徴収することに決まったのだ。

(ラナンが本格的に動きをはじめたからな……)

同志の数を着実に増やしている、レジスタンスのリーダーであるラナンを、国王は脅威だと感じていた。ラナンひとりでも、かなりの力を持っているというのに、剣士として申し分のないリオスに、頭の切れもよい魔術士のサノイ。それに、黒魔術士に白魔術士。医者……上手い具合に仲間を見つけている。

(そろそろ、城に攻め入ってくるかもしれないな)

「どうしたの? また、眉間にしわが寄っていますよ?」

アキトはぐいぐいと私の眉間に指を押し付けた。おそらく、しわを伸ばしているのであろう。

「気にするな」

私は包帯を巻き終えると、立ち上がって鍬を持った。

「カガリ、どこへ行くの?」

「昨日の続きをやらなくては……」

私は昨日、途中で投げ出して眠ってしまったから、あの畑はまだ、未開発のままであった。それに、あそこに苗を植えようと決めていたのだ。


 そして、畑のほうに向かった。


「……えっ?」

そこには、見事に耕された土地が広がっていた。

「終わって……いる?」

私は確かに途中までしか耕していない。誰かが私の続きを耕してくれたようであった。

「シトフ殿が? それとも、アキト殿が?」

アキト殿は、少し照れたような感じで、私から視線をそらしていた。あの様子からすると、おそらくは彼女が耕してくれたのであろう。

「ありがとう」

「礼を言われるようなことなんて、してないわよ。さ、帰りましょう?」

私は首を横に振った。そして、懐から袋を出した。中には、黒い小さな粒がいくつも入っている。

「なぁに? それ」

興味津々に彼女は私の手のひらをのぞいてきた。

「これは、ココという薬草だ。食べても美味いし、煎じて飲んでも美味いんだ」

「へぇ……それで、それをどうするの?」

「ここに、蒔こうと思って」

「ぷっ……」

アキトは急に吹き出した。そして、そのまま腹を抱えて笑い出した。何を笑っているのか見当のつかない私は、とりあえず自分の身だしなみを整え直してみた。もっとも、女装しているのだから、はじめからおかしな格好になっているとは思うが……。それでも、彼女はまだ笑っていた。

「アキト殿。何を笑っているんだ?」

「あなたみたいな人が、洒落を言うとは思わなかったわよ」

「洒落?」

洒落。猫が寝込んだ……とか言うのを、以前どこかで聞いたような気がするが、あぁいうもののことを洒落というはずだったよな? しかし、私がいつそのようなものを? 私は自分の発現を振り返り、考えてみた。しかし、分からない。

「なぁに? カガリ、あなた天然?」

「天然?」

アキトのいう事は、よく分からない。

「ココを此処に……分かった?」

「あ……」

別に狙って言ったとか、そういうのじゃないんだ。だから、ここまで笑わないで欲しかった。

「じゃあ、蒔きましょうか」

アキトはゆっくりと腰を下ろした。その時、私は何か違和感を覚えた。でも、何にひっかかっているのか、見つけられない。暫くそのひっかかる元を探してぼーっとしていた。

「何してるのよ。ほら、種をちょうだい?」

「あ、あぁ……」

私も彼女の隣に腰を下ろそうとした、その時だった。


パカッパカッ……。


馬の足音だった。数はいくつであろうか。結構な数である。ざっと聞き分けたところ十頭はいる。何か、嫌な予感もしていた。

 私は立ち上がると、アキトに手を差し延べた。きょとんとしながらも、アキトは私の手を取り立ち上がった。

「アキト殿、家の中に入って身を隠していて欲しい」

「え? いきなりどうして?」

説明するよりも、彼女を家に連れて行ったほうが早いと思い、私は彼女の腕を強引に引っ張り、家の方に誘導した。

「痛いわよ、カガリ」

「いいから、早く」

しかし、馬の足は思ったよりも速く、この村に侵入してきてしまった。私は足を止め、侵入者の気配を感じ取った。殺意を持っているものなのかどうかを、判断するためだ。しかし、アキトまでここにいさせるわけにはいかないから、私は目配せして中に入るよう指示した。

 どこか様子のおかしい私を見て、アキトは言う事を聞き、家の中に入ってくれた。

(城の者であろうか。それとも、ただの賊か……)

できれば、賊であって欲しいと思った。それにしても、まさかこのような平和な村にまで、こういう事が起こってしまうとは……私は、本当に厄病神なのかもしれない。

「さて、何者であろうか」

私は侵入者をじっと見据えて待った。


「ちんけな村だなぁ」

どうやら、賊であったようだ。とりあえず私はほっとした。城の者が来てしまっては、侵入者に抵抗しづらくなってしまうから。抵抗したことは間違いなく、国王の耳に入る。そうなれば……この村も私の居場所と認知され、消されてしまうかもしれない。

(……殺気もないな)

私は安心した。数は多そうだが、私で何とかできる……そう、思った。しかし、私は忘れていた。

「あ……」

今、かなり重度の筋肉痛に襲われていることを……。

(体が……痛い)

「おい、いい姉ちゃんがいるぜ?」

(何!? アキト……帰らなかったのか!?)

私は慌てて振り向いた。しかし、そこに彼女の姿はない。そうなると、どこか別のところに村の女がいるのだと思い、私は辺りを見渡した。


しかし、どこをどう見渡しても、女の姿などなかった。


「……まさか」

嫌な予感はしていた。しかし、まさかこういう事になろうとは……。

「あの女を捕らえろ!」

(冗談じゃない!)

私は逃げようと思った。男が敵前逃亡するなんて、情けないと思うが、今は逃げなければ身の危険を感じる。それに、剣も持っていない。あるのは、少しさびている鍬だけだ。

「くっ……」

しかし、思うように足が動かず、あっという間に取り囲まれてしまった。

「綺麗な顔してるなぁ。売れば相当な値がつくんじゃないか?」

私は、あることに気がついた。

「畑……」

「あぁ?」

せっかく耕した畑は、この侵入者によって踏み荒らされていた。せっかく種や苗を植えやすい形に整えていたのに。あれだけ、時間がかかったのに。これだけ、痛い思いをしたのに。それに……。

「アキト殿がせっかく、耕してくれたと言うのに!」

怒りが心の奥からこみ上げてきた。私は鍬を剣のように持つと、馬に乗っている男達目掛けて突進した。足はまだ痛むが、怒りでカバーしてくれているようであった。

 馬に非はないので、馬を傷つけないよう私は男達だけを狙って鍬を振り回した。

「何をするんだ!」

「お前たち賊は……」

私は、フロートを出てすぐに出逢った賊のことを思い出しながら、言葉を吐き捨てた。

「そうやって無駄に群れるなっ……!」

私の声は、おそらく村中に広がっていった。




「カガリ……」

「あの子、思った以上にいい子なのかもしれないわねぇ」

「……そうね」

「それでもって、思った以上に……」

「子どもかもしれないわ」




「なんだ!? お前は……男か!?」

「黙れ! そして動くな! 怪我をしたくなければ、黙って止まれ!」

鍬を持って襲えば、誰でも逃げるような気もするが……今の私は、とにかく気が動転していた。どうしてここまで熱くなっているのかは、自分でも分からない。だから、自分ではこの暴走を止めることはできなかった。

「お前が襲ってくるからだろ!? 何なんだよ、お前は!」

「私はカガリ! この畑を守るものだ!」

いつからそうなったのかは、定かではない。

「畑だ? はっ……ただの土の広場じゃねぇか。いいからさっさと金目の物を出しな!」

「ここは立派な畑になる! アキト殿が耕した地だぞ!」

「アキト? あぁ~……あの女か。気の強いなかなかいい奴だよなぁ」

「……知り合い?」

私は動きをぴたっと止めた。しかし、その瞬間に馬から飛び降りた男達によって、私は下敷きにされてしまった。何人が私の上に乗っかっているのかは分からないが、とにかく身動きが取れなくなってしまった。

「くっ……どけ!」

「誰がどくか。あんた、アキトのことが好きなわけ?」

好き? 何を言っているのか、理解が出来なかった。

「残念ながらな、あの女は駄目だぜ?」

「何を言っているのか、理解できん! それより、降りろ……!」

息苦しくなってきた。それに、体がきしむ。これは、本当にピンチかもしれないと思った私は、ようやく冷静さを取り戻し始めた。

(まずはこの男たちをどけなければ……)

「……風よ」

私の言葉に反応して風が巻き起こった。私のイメージした通りに風は吹いてくれる為、私を押さえ込んでいた男たちを、難なく吹き飛ばした。

「何……っ!?」

そして私は、ひとりの男が携えていた剣を奪うと、その男の首を腕で締め上げ、剣を突きたてた。

「お前たち……ここへは何をしに来た」

先程とはどこか雰囲気の違う私を前に、男たちは少なからず威圧感を感じているようだ。ずいぶんと大人しくなった。

「だから、金目の物や食料を……」

私は深くため息をついた。情けない……そう、思ったんだ。

「お前たち……働いたことはあるか? 汗水流して畑を耕したことはあるのか?」

自分だって、昨日初めてそれをしたくせに、私は何を威張っているのであろう……。

「いや、ねぇけど……それが何だってんだ」

「ならば、やってみろ」

そして私は、自分の持っていた鍬を男に渡した。

「お前たちの踏み荒らし、固めてしまったこの土地を、耕して元通りにしろ」

私は、賊より恐ろしい目つきで男たちをにらみつけた。すると、男達は見事に怯んだ。




「カガリ……」

一時間ほどしてから、私の後ろから声が聞こえた。女の声であった。

「アキト殿。よかったな、畑は元通りになる」

私の第一声を聞いたアキトは、少し笑っていた。

「どうして笑うんだ?」

目には、うっすらと涙を浮かべているようだった。そこまでおかしいことがあったのであろうかと、私は首を傾げていた。

「あなた……いい人ね」

「えっ……?」

「あなたも畑仕事……手伝っているの?」

私の手にも、しっかりと鍬が握られていた。あれから、村長に頼んで多くの鍬を借りて来たのだ。そのうちのひとつを私も手に取り、賊と肩を並べて、畑を耕していた。

「まぁ……命令しておいて、自分だけしないでいるのは卑怯だからな」

「卑怯?」

私は、額に滲んだ汗をぬぐい、皆に一声かけてから畑の外に出て行った。アキトも私の後に続いて来る。そして、私は苗が束ねて置いてあるところで足を止めた。

「これは?」

「先ほど、山の中で採ってきた。あまり知られていない植物だが、冬の寒さにも強くて栄養のある、よい野菜だ」

賊たちに畑を耕すように指示したあと、私はひとり山に入り、こういう植物を掘り起こしていた。自分の持っていたココの種だけでは、この畑を満たすことはできそうになかったからだ。何か他にも植えるものはないかと、探し歩いたのだ。

 元々、このココの種は旅路での食用に持ってきていたため、あまり数を持ち合わせていなかった。

「アキト殿。この種はこのまま食べることもできるんだ。ひとつ、食べてみるか?」

「えぇ」

私から種を受け取ると、それを口の中に入れた。

「噛んでいいの?」

「あぁ。噛んだ方がいい」

私もひとつ、口の中に種を入れた。それは、とても甘くて懐かしい味がする。

「甘い……おいしいわね、これ」

私は、それを聞いて満足した。そして、急に意識が遠のいていった……。


「……っ!」


名前を呼ばれているような気がするけれど、はるか遠くで呼ばれているだけのような感じがした。体が重くて、動かすこともできなかった。




「母さん……熱い」

「熱があるからですよ。全く……どうしてこのような寒い日に川に入ったのですか?」

母さんは少し呆れていて、父さんは少し怒っていた。弟のハルナは、俺の事を心配してくれていた。

「兄ちゃ……大丈夫?」

「うん、大丈夫」

本当は、少し辛かった。俺は体があまり丈夫な方ではなかったから、風邪とかはよくひいていたんだけど、やっぱり、いつひいても辛いものに変わりはなかった。

「ハルナ。お前は部屋から出ていなさい。カガリの風邪がうつるといけないから」

「やだ……兄ちゃの傍にいるの」

「ハルナ。むこうで一緒にクッキーでも食べましょう」

「うん」

やっぱり……ハルナはまだ、子どもだった。俺のことをおいておき、母さんと部屋の外にあっさりと出て行ってしまった。それは別にいいのだけれども、俺の分のクッキーもあるのかなぁ……とか、考えていた。

「薄情者ぉ……」

「お前が悪い。さ、この薬を飲んで寝なさい」

父さんの渡してくれた薬は、ものすごく苦くてまずいものなんだ。俺はこれが大嫌いで、バレないようにいつも吐き出したりしていた。でも、それが前回ついにばれちゃって……。父さんにこっぴどく叱られてしまった。だから、今日は父さんが見張りにいるんだ。

「父さん……飲むから、向こうに行っていてくれない?」

「飲んだら行ってやる」

「うぅ……」

父さんからもらったその薬を、私は暫く眺めていた。なかなか決心がつかなくって、ずっと見ていた。

「いつまで見ているつもりなんだい? カガリ。薬は眺めるものではなく、飲むものだ」

父さんは、少し意地悪だった。俺はぷっと頬を膨らませる。

「飲みたくないんだもん」

「風邪をひいた、お前が悪い」

「だって、キルトとアルカが……」

父さんは、俺の頬をグニットとつまんだ。俺は、摘まれたままムニムニと言葉を発した。

「なひふるほ~(何するの~)」

「人のせいにするんじゃない。いいから飲みなさい」

「やらぁ~……(やだぁ~……)」

駄々をこねる俺を、父さんは思い切りにらみつけた。俺は、はっきり言って父さんが苦手だった。

「お前なぁ。いつまでそんな子どものようなことを言っているつもりなんだ? お前はもう、お兄ちゃんなんだぞ? いつまでもそんなことでいいのか?」

「むぅ……」

父さんは、俺の頬から手を放すと、呆れたようにため息をついた。そんなことを言われても、俺だって望んで兄になったわけじゃないし、望んで風邪をひいたわけでもないんだから、そんな風に言われたくなかった。

いや、ハルナが生まれない方がよかったとは思ってない。ハルナは俺の大事な弟だから。でも、なんでもお兄ちゃんだから……って、言わないでほしかった。

(俺だってまだ……子どもだもん)

「今年でいくつだったか? 七つだろう? 十五になったら風の力を受け継ぐんだ。それまでに、強い身体と精神を作らなければいけないんだぞ? 分かっているのか?」

風の力。俺はよく知らないんだけど、父さんも母さんも、よく、この言葉を言う。風の力って、なんのことなのかな。俺にはよく分からなかった。でも、この村の人間は、十五になったら風の力を受け継ぐみたいだ。母さんも、父さんもその力を持っているらしい。

俺が知っている事と言えば、俺たち「ライローク」の民は、「人間」ではないって言うこと。だから、俺たちはよその村には行っちゃいけないんだって。この山から外に出ることは、固く禁じられている。


でも、人間じゃないんなら、俺たちは何なんだろう。


人間って、何?

 

だけど、一度は外の世界を見てみたい……って、思う。こっそり村を抜け出そうとしてみたことがあるんだけれど、そのときは父さんに見つかって、父さんからも、長老様からも、ひどく怒られた。

「風の力なんて、継がなくてもいいもん」

俺がそういうと、父さんは少し、寂しそうな顔をしていた。風の力を継ぐということは、そんなにも大切なことなの?

「否応無しに風の力は受け継ぐんだ。カガリ、いいから早くそれを飲みなさい」

「だって、苦いんだもん」

「苦いからこそ、よく効くんだ。飲みなさい」

俺は布団を頭から被って、飲まないという意思表示をした。すると、父さんは思いっきり布団を俺から剥ぎ取った。

「飲みなさい!」

「ヤダ!」

「カガリっ!」

俺たち父子の大声を聞いて、母さんが部屋に戻ってきた。

「カガリ……飲まなきゃ駄目よ」

「でも……」

嫌がる俺の前に、母さんはあるものを見せてくれた。それは、黒い小さな種みたいなものだった。

「なに? これ……薬?」

「これは、ココという薬草の種よ。とても甘いの。その薬を飲んだら、これを食べなさい? そうすれば、苦味を消せるから」

本当かな……とも思ったけれど、母さんは嘘を言うような人じゃなかったから、俺は信じて母さんからそのココの種を受け取った。そして、父さんから渡された薬を水と一緒に、一気に飲み込んだ。やっぱり、ものすごく苦い。良薬口に苦しなんて……昔のひとは、とんだことを言ってくれたものだよ。あぁ、苦くて顔が歪んでくる……。

「うぅ……」

半泣き状態のまま、俺はココの種を口入れた。そして、それをもごもごと噛み砕いた。すると、じわりと口の中に甘味が広がっていった。

「あ……」

驚いている俺の顔を見て、母さんは微笑んでいた。

「ね? 甘いでしょう? カガリがあまりにも薬を飲むことを嫌がるから、以前山で見つけたときに、採ってきたのよ」

母さんは、本当に優しい人だった。俺の憧れの人。父さんのように怒りっぽい人と、どうして一緒になったんだろうって時々思う。

「ありがとう……母さん」

「まったく。母さんは甘いな」

母さんは、笑っていた……。

「カガリ、ちゃんと寝ているのよ」

そして、部屋には俺ひとりだけとなった。どうしてだろう……こんなにも、寂しい気持ちになるのは。心細い。いつも住んでいる自分の家なのに、こういう時は、どこか知らない家で寝ている感じがした。




 ひとりは嫌だ……。





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