あきら君は子供の日でも通常運転でお送りいたします
こちらシリーズ短編、毎度お馴染み昭君の非日常な日常です。
今回は過去話……昭君が小学校1年生の頃の事。
季節ネタに乗っかって、こどもの日ネタです。
それはまだ、彼らが世の酸いも甘いも知らない小さな頃。
幼い昭くんは小学校の1年生で、明ちゃんは幼稚園だった。
2人のお兄ちゃんも、合わせてそれなりに幼い。
これは三倉家の兄弟にとって、忘れ難い体験をした日。
印象的な出来事の起きた、子供の日の記憶。
あきら君は子供の日でも通常運転でお送りいたします
ある日、幼稚園から。
幼女明ちゃんが、手に簡単構造の紙の鯉幟を抱きしめて帰ってきた。
顔は興奮したように輝き、送迎バスのお迎えに行ったお母さんのお膝に突撃する。
着物姿も艶やかなお母さんは、幼い娘を受け止めて首を傾げた。
いつもは大人しい末娘の、いつにないはしゃぎよう。
どうしたのかと疑問を持つのも不思議ではない。
無邪気な顔で、娘は言った。
「ママ、こいのぼいって、ドラゴンになるってほんと!?」
娘になにがあった。
それが、三倉四兄弟の母の感想だった。
「明殿……どらごん、とは」
「せんせーが、たき?をのぼったら、りゅーになるって!」
「ああ、登竜門でおじゃりますな」
「とーりゅーもん?」
「滝上の門を潜れば、竜になる。そういう、外国の故事が……」
明ちゃんの言葉を、母が肯定してしまったこと。
これが、上の兄弟2人の苦労の始まりだった。
「おにいちゃーん!」
小学校から、昭君の手を引いて帰ってきたお兄ちゃんズ。
小学生の和君と、中学生の正君。
彼らに弾けんばかりのキラキラ笑顔で、末の妹は言った。
「あのね、あのね、こいのぼいがドラゴンになるのー!」
「へえ」
「「は?」」
「あかる、そえみたい!」
こうして、妹の無茶振りがお兄ちゃん達を翻弄する一日が始まった。
年が離れている分、可愛い妹だ。
しかし幼子は突拍子が無い。
いきなりの展開に、長男次男は困惑気味だ。
……が、三男は違った。
「それって、登竜門だっけ。滝上に門があって、潜ったら鯉が竜になるってやつ」
「! うん、そう! よーちえんのせんせーも、ママもそう言ってたの」
「肯定すんな昭! 明がますます目ぇキラキラさせてんじゃねーか!」
「何教えてるんだよ幼稚園の先生!? 母さんも増長させてるし!」
散々弟妹の無茶振りに振り回されてきたお兄ちゃん達には、この後の展開が何となく読めた。
きっと、今日も無茶振りされるのだろう。
こういう時、年が離れていると損である。
そして、妹は言った。
「おにいちゃん、あかるね、こいがドラゴンになるの……みたいの!」
「あ、明ちゃ~ん……? あのな、鯉が竜にってのはな?」
「ママが、おにいちゃんたちに、おねがいしなさいって!」
「「OH……」」
長男次男は、がっくりと膝をついた。
三男は平然としていた。
妹の願いは叶えてやらねばならない。
それが、三倉家の掟であった。
がっかりさせたらさせた分だけ、兄の権威が失墜するのは眼に見えている。
しかし登竜門の言い伝えもよく知らないお兄ちゃん達だ。
どうしたものかと頭を抱えた。
「……昭、お前、鯉が竜ってなんのことか知ってんのか?」
「中国の古い言い伝え」
「なんでお前そんなの知ってんだよ! 恐ろしい六歳児だな!?」
「正にぃ、抑えて。それより明ちゃんの希望をどう叶えよっか」
「むしろ叶えようがあるのか、おい」
「どうしようか、昭くん」
「とりあえず滝でも用意したら」
三男はさらっと簡単に、これまた無茶を振ってきた。
三倉家の住む街は、沿岸地帯。
海に流れ込む川が無いこともないが……滝は、心当たりがなかった。
「「…………」」
揃いも揃って、うちの弟妹は……と。
長男が顔を引き攣らせた。
「だけど、確かに……滝を登って竜になる姿を見たいんだから、まずは滝を用意しないことには話にならないよね」
「おい、待て和。感心したように言ってるけど、昭に洗脳されるな」
「正にぃ、滝どうしよっか」
「そんでお前も俺に無茶振ってくんのな!」
「え、そんなつもりは……ちょっと相談しただけだよ。正にぃ、怒った?」
「く……っ 不安そうに見上げてくんなよ、怒ってないから!」
「ありがとう、正にぃ! それで滝、どうしようか」
「ああもう! 俺がどうにかしてやるよ!」
「どうにかしようと思って、どうにかなるの?」
「怪訝そうにすんなや、そもそも滝のこと振ってきたの昭だろうが! とにかく俺がどうにかしてやっから、お前ら此処でまってやがれ!!」
そう言って、自棄になった正君は爆ダッシュで何処へとも無く駆けて行く。
長男って大変だなぁ……。
自分の次男というポジションの幸運を思い、和君は長男を見送った。
果たして30分後。
陽炎のように全身から蒸気を立ち上らせ、正君は帰ってきた。
「……汗が蒸発してるんだけど、正にぃ」
「ぜぃ……っ ぜぃ……っ」
「兄さん、犬みたいに息が荒いね」
「こ、こら昭くん……っ」
率直に素直な感想を述べる、昭君。
大慌てでその口を塞ぐ和君に、ずいっと差し出されたモノ。
言葉など気にしている余裕はないと、正君がビニール袋を差し出してきた。
ちょっと遠い場所にある100均マークのロゴが目に眩しい、レジ袋。
「え、正にぃあんな遠くまで行ったの!? 自転車なしで?」
「俺……超がんばった」
中学生男子の平均的な歩幅なら、早足で歩いて片道40分といったところだろうか。
実際に買い物にかける時間も合わせて、30分で往復した正君。
特に運動部に所属している訳でもない正君は、予期せぬダッシュに疲労困憊。
心配そうに見上げる妹が、慌てて台所に駆け込んだ。
そして戻ってきた。
「はい、おにいちゃん! おみず!」
「お、おお……ありがとな、明っ」
受け取ったコップには、透明に光を弾く液体。
喉の渇きには逆らえず、長男はそれを一気に飲み干した。
そして噴いた。
「ぶ、ぶふぁ……っ!!」
「正にぃ!?」
「ちょ、これ……水じゃねぇーっ!」
「ホントだ。これレモン汁だよ、和兄さん」
「え、マジで?」
「さっき母さんがレモン絞ってた」
「お、おおぅ……」
飲み干されたコップからは、濃厚に刺激的な柑橘臭がした。
明ちゃんはともかく、気付けよ長男。
正君が再起不能になっている間に、昭君は次の行動に出ていた。
兄を心配する和君の手からレジ袋を引寄せ、中身をがさがさ漁る。
明ちゃんもいつの間にか昭君の隣に移動し、昭君の服を掴んで体重をかけ、背後から覗き見てくる。
レジ袋の中には、何だかよくわからないキットが入っていた。
「おにいちゃん、こえ、なんてよむの?」
「……『ミニチュア枯山水セット』、かな」
その主な構成物は、灰色の砂だった。
滝を用意するといって出かけて行った長男の戦利品に、妹が不審の目を注いでいる。
「たき?」
「これで、滝……」
「く……っ弟妹の疑惑の眼差しが突き刺さる!」
「正にぃ、これでなにやろうとしたの……?」
「お前もか、和!」
「いや、うん、それで何するつもりだったの?」
「ああ、ほら、枯山水ってさ……水の流れ、砂で表現したりすんじゃん」
「兄さん、滝は無理があると思う」
「斜めに立てた板に接着剤つけて、そこに砂を……!」
「無理がある。どこかの噴水借りるとかすれば良かったのに」
「弟が冷たい……!」
「まあまあ、正にぃも昭くんも抑えて抑えて。ほら、そう言ってる間に僕が用意したから」
「え、マジで?」
穏やかな次男の声に、振り向く長男。
恐らく兄達が気を取られている間に、1人で作業していたのだろう。
みればそこに、ミニチュア枯山水セットで小さな滝を作るという偉業を成し遂げた少年の姿が。
「器用だな、お前!?」
「やり方を示したのは正にぃだけど」
「おお……」
小さな木の板に、接着剤を満遍なく塗布し。
その上に砂を振りかけ、乾ききる前に線を引いて水の流れを表現する。
板の上の枯山水セットが完成してから板を斜めに立掛け、周囲に余ったセットの砂を配すれば滝の完成だ。
和君は、芸術的感性に優れているようだった。
「わあ、滝だー」
「本当に器用だな、お前」
「やだな、そんなに染々言わないでよ」
「でもこの滝じゃ小さすぎて、鯉も登れないね」
「「…………」」
そういえば目的は滝を作ることではなく、鯉を登らせることだった。
本来の目的を三男の言葉で思い出し、手元の滝(手のりサイズ)を見て我に返る長男と次男。
これに鯉を配しても、それは小さすぎて魚に見えるかどうか。
「……正にぃ」
「なんだよ」
「枯山水セットの増量って……」
「………………これ、最後のひとつだったんだ」
「うわ……人気なの、枯山水セット!?」
どうやら今日中に砂を補充することは無理そうだ。
だったらどんな砂でもいいのかといえば、それも何かが違う気がした。
三倉家にはそもそも、砂が無い。
海辺か学校の砂場くらいしか砂の心当たりも無く、夕飯の時間も迫っていた。
海の砂を取ってくるか、上の兄達は葛藤する。
もうすぐ夕飯時だ。
夕餉の時間に間に合わなかったら、最悪夕飯抜きにされるかもしれない。
というか何故か、三倉家の母は兄弟が海に行くことにあまり良い顔をしないのが常で……夕飯の時間を無視して海に行ったなどと知れたら、確実に夕飯は抜かれてしまうだろう。
どうしたものか。
兄2人は滝の製造と夕飯抜きの狭間で揺れ動いていたのだけれど……
「うわあ! あきらおにいちゃん、すごーいっ」
妹の喜ぶ声が、彼らの思考を打ち破った。
何事か、と目をやった先に……彼らは驚愕する。
「あきら!?」
「あきらくん!」
「「なにそれ!?」」
「滝だけど」
三男が、やらかしていた。
兄弟の母の趣味で、庭に作られた小さな池。
噴水などはなく、川も引かれていない、小さな池。
ただメダカがいて、睡蓮が育まれるそこ。
水の流れが停滞しているので、兄達は最初からここに滝を作ろうと思うことなく意識の外に追いやられていたのだが……
昭君は、そこに小さな滝を出現させていた。
「なにをどうやったの、この子!?」
「昭くん、どうやったの?」
「前、金魚を水槽で飼っていた時の、濾過機を思い出したから。あの水を汲み上げて上から流す構造が滝っぽいなと」
「いや、あんな小さなフィルター、池に応用できるか、おい……?」
「正兄さんの部屋から、ちょっと大きめのモーターを取ってきて改造した」
「人の私物で何やってんの!? お兄ちゃんは吃驚だよ……!」
「え、昭くん天才……!?」
「和は和で、他に言うことないんか!?」
「ま、まあまあ兄さん……えっと、兄さんのモーターは残念だったけど……ほら見てよ。明ちゃんもあんなに喜んでるし」
彼らが視線をやった先。
そこでは末の妹明ちゃん(5)が大喜びでぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
その絶賛ぶりは筆舌に尽くしがたい。
賞賛は全て上の2人ではなく、昭君に向けられていたが。
「……」
「ここはひとつ、これで丸く治めよう?」
「………………仕方ないな」
深く深く、溜息を吐いて。
恐らく分解されてしまったであろう、小学生時代最高の傑作。
部屋に飾っていた『夏休みの工作(モーター駆動式)』を、正君は諦めた。
正君も男だ。
諦めるとなったら潔い。
過去となった夏休みの宿題のことは忘れ、明ちゃんの希望を叶えるための作戦を続行する。
滝が出来たら、後は鯉だ。
それで竜になるとは欠片も思っていないが、体裁を整えるだけ整えたら明ちゃんも満足するだろうと思っている。
弟妹が他所事に気を取られていた間に、長男次男は打ち合わせ済みだった。
鯉が滝を登るには時間がかかる。
一晩そっとしておこうと、明ちゃんには言うつもりであった。
そして夜の内にそっと鯉を竜の模型と摩り替え……釣り糸で木から吊るし、明ちゃんの目の前から一瞬にして木の上に引き上げさせるのだ。
そうすればきっと、幼い目には竜が空に飛び立ったが如く映るだろう。
そんな目論見通りに上手くいくかは謎だったが、とにかくそうするしかないと長男次男は思っていた。
「それじゃあ、次はこの滝にこいのぼりを……って、絵ぇ上手いなおい!?」
滝に登らせたい鯉。
明ちゃんが差し出したのは幼稚園で作ってきたという、簡素な紙の鯉幟。
しかし水に濡れたら鯉もあっという間に死にそうだ。何しろ紙製である。
そこで長男はビニール素材に鯉を書いて持ってくるよう弟妹に言ったのだが……
昭君と明ちゃんが持ってきたのは、本物の鯉さながらに写実的な鯉の絵だった。
鰭の端や髭、鱗の一枚一枚。
錦模様に至るまで詳細に描かれ、本物と見間違えそうなほど。
とてもポリ袋&マッキー製とは思えない。
「めちゃくちゃリアルなんだけど、誰が描いたんだコレ!?」
「あきらおにいちゃんー。とってもえがじょーず!」
「お前、隠れた才能の引き出し多すぎじゃね!?」
えへんと胸を張り、明ちゃんが示したのは昭君で。
昭君の手には兄に借りたマッキー五色セット。
どうやら小学校1年生のチビッ子が描いたことは確からしい。
しかし絵の出来は、どう見ても小学校1年生レベルではなかった。
「これなら滝もぐんぐん登りそうだし、竜にもなれちゃいそうだね……」
「和、俺なんか疲れてきた」
「正にぃ、あと一息だから頑張ろう?」
兄2人は、微妙な顔で。
それでも大人しく、小さな人口の滝にポリエステルの鯉を配置した。
――その、夜のこと。
明ちゃんの夜は早い。
元々夜の早いお母さんと一緒に寝ているので当然だ。
草木も眠る、丑三つ時。
母と妹が寝静まった頃合を計り、少年達は庭に下りた。
それは勿論……鯉の飾りを、竜の模型に摩り替える為に。
つっかけサンダル、からんころん。
音の無い静かな夜に、人の立てる音は大きく響く。
軽やかな水の音。
涼しげに流れる滝の音。
少年達は足元に用心しながら、音の出所を目指す。
――だが。
少年達は、目撃してしまった。
眠たげに目をこする、昭君も。
昭君の手を繋いで引く、和君も。
そして塗装済みの竜の模型を手に持った、正君も。
彼らは、目撃してしまった。
びちびち、びちびちと。
波の荒れる音、暴れる何か。
飛び跳ねる、水の音。
月光を映して、水は銀色に輝いた。
正君が。
和君が。
2人の少年が、驚愕に目を見開く。
ぴたりと止まった足は、動かない。
動けない。
現実が、信じられなくて。
和君と手を繋いだ昭君が、浴衣の袂から携帯電話を取り出した。
パシャッと。
決定的瞬間を切り取り、画像の中に記録を残す。
信じられない凄まじい光景に、近寄ることも出来ない。
兄弟の、目の前で。
月光を弾く鱗が強く輝きを放ち。
そして。
その姿は、細長く、太く、雄々しく揺らめきくねる。
たなびく鬣は水を弾いて跳ね飛ばし、兄弟の顔を濡らし。
蛇に酷似しながら、明らかにソレとは違う威容。
鋭い爪が、白く残像を目に焼き付ける。
それは確かに、ポリ袋とマッキー製で。
とてもではないけれど、生き物ですらないはずで。
そのはず、なのに。
きょうだいの、めのまえで。
小さな滝を登りきった鯉は変貌を遂げ、生物の中でも最も偉大なモノに姿を変えて。
龍としか呼べぬ姿となったソレは、圧倒的な躍動感で夜空のもと踊る。
見せ付けるように、変貌を遂げた姿を誇るように。
やがて、巨大なのに目にも留まらぬ神がかった速度で。
ソレは、星屑を散らした漆黒の夜空へと消えた。
高く、高く。
空へと舞い上がり……白い姿は、すうっと溶け込み見えなくなる。
その一部始終を、彼らは見ていた。
石の彫像と化したかのように、唖然として動けぬまま。
しかし眼前に突きつけられ、否が応にも眼裏に焼き付けられて。
長男と次男は、卒倒した。
空を見上げていた三男は、首を曲げる。
余韻を残すような空気の中でぱったりと倒れた、兄2人を見下ろすように。
昭君の横に倒れた2人の兄は、完全に気を失っていた。
季節はまだ春……とはいえ、夜は冷える。
昭君はひとつ頷き、そして……
兄2人をあっさりと見捨て、自分だけ家の中に戻った。
そもそも7歳の昭君が頑張ったところで、年長者2人を運べるはずもない。
それにお子様な身体はそろそろ限界値を振り切らんばかりにおねむだ。
昭君は振り返りもせず、縁側をよじ登って室内に消えた。
「――くしゅっ」
意識のない和君が、小さくクシャミをひとつ。
静けさの中、夜はいつも通りに月と星の光が降り注ぐ。
何かに怯えるように息を潜めていた蛙達が、気を緩めたように鳴き声を響かせていた。
げこげこ、げこげこ、と……。
翌日。
薄着のまま庭に倒れていた長男と次男は、朝一番で父親に発見される。
部屋で健やかに寝ているものと思っていた息子達。
少年達の無防備さ、無謀さに父は飛び上がって驚いた。
目を覚ました少年2人は完全に風邪を引いており、寒気が止まらない。
かいがいしく世話を焼きながら、彼らの両親は厳しく長男次男をお説教したらしい。
一方、兄達に多大な苦労と代償を払わせた妹は、とってもご機嫌だった。
原因は昭君……というより、彼の携帯電話にある。
兄達へ向けた両親のお説教を目覚ましに置きだしてきた、三男と長女。
両親に怒られている兄達の姿を見て、昭君は昨夜の不思議を思い出した。
ちらりと妹を見やると、うずうずした様子で庭を見ている。
恐らく、ポリ袋製鯉の顛末を気にしているのだろう。
完全に、庭にはドラゴン化した鯉がいるものと疑ってもいない顔だ。
これで庭が空っぽだったら、きっと大粒の涙を流して面倒臭いことになる。
そんな予想がついたから、昭君は携帯電話を取り出した。
ささっと操作して記録した映像を呼び出すと、妹に放り投げる。
「おにいちゃん、なぁに?」
「良いから、見てみれば?」
疑問顔で兄の携帯画面へと目を落とした妹は……
その顔が、次第に輝きで染まる。
こうして妹の第一の目的は果たされ。
昭君は朝ご飯を食べると二度寝に入り。
兄2人は49度3分の熱に苦しめられた。
ちなみに気絶の原因となったショッキング映像に関しては、考えるのを止めたらしい。
兄達は衝撃的過ぎる記憶を、いつしか熱に浮かされた錯覚か幻覚か夢だと思うようになる。
人は信じたいものを信じるものだ。
長男と次男がやがて登竜門を模した事象を忘れ果てようとも、仕方がないのかもしれない。
何しろ2人は、アレを夢だと思い込んでいるのだから。
そして目的をあっさりと果たしてご満悦だった明ちゃん。
興味対象がころころと変わり、好奇心があっちこっちへと飛び交う年齢だ。
何がいいたいかと言うと、まあアレだ。
事の発端たる彼女も、満足しちゃったら結構あっさり忘れた。
昭君はそもそも気にもしていない。
兄弟達の意識から夜空に消えた質量のある幻については忘れられ、消えて行く。
だけど残されたものも、ある。
庭の池に作られた、小さな滝(モーター駆動)。
そして昭君の携帯電話に残された、ひとつの動画。
証拠の爪痕だけを色濃く残して。
龍と呼ばれる生物は、人間が誰も知らない世界に解き放たれたのであった。
長男 正くん
この3年後、異世界に英雄として召喚される。
……のだが、この頃はファンタジー系への免疫は一般的な少年並み。
中学2年生だけど中2病ではない。
インパクトがきつすぎて、この夜の記憶は封印された。
次男 和君
この6年後、電信柱に頭部を強打して前世の記憶を思い出す。
前世は魔法の得意なダークエルフのお姉さんだったが、現世では爽やかで穏やかな物腰のスポーツ少年(モテ男子)。
大体兄のフォロー役だが、時として追い詰めていることに気付いていない。
長女 明ちゃん
普通の幼稚園児。
まだ栗鼠に取り付かれる前。
日常に不思議が溢れている毎日だが、自覚はしていない。
枯山水セットで作った滝
古いモノが好き(という、兄弟の認識)な母に贈呈(母の日)される。
……が、平安は平安でも平安初期のお生まれである母には意義のない代物だったらしく、普通に首を傾げられる。草も木も、山も水もそのままが一番。
モーター駆動の滝
物臭だけど仕事は早い昭君が迅速に用意した滝。
→ やるべきことはさっさと終わらせた方が好きな事をやっていても文句はいわれないという打算からの素早さ。
ちなみに作成したのは昭君ではなく、隣の家のおじいちゃん。
隣の家のおじいちゃん
滝(モーター駆動式)の製作者。
地下に広がる秘密の研究所で、ここ20年ばかりはメイドロボを作るべく日夜研究を続けている昭君の茶飲み友達。
かつては悪の組織(30年前に壊滅)で巨大ロボの製作に着手していたらしい。
数年後、謎の大破損を遂げたアナログブラウン管TVの修理を昭君に依頼される。