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即興短編集

人間とはなんだ

作者: 桜 雅 花散るらん

殺したい人物がいる。

友人は「それは誰だ」と聞いた。

自分だ。

「何故」と尋ねる知人。

家は貧乏だから。

母と父は幼い頃より喧嘩ばかり。母の地獄のような苦労話を私は幼い頃から聞かされ、自分に子供であれと自己暗示をかけて生きて来た。だから、自分を殺しタイ。自分が死ねば、母たちは悲しむかもしれないが、一人分の生活費が減る。人間はすぐに亡くなったものを思い出さなくなり、時が経つと懐かしんでくれるかもしれないが、自分の生活とは関係ない者と処理する。

 だからだよ。だから自分を殺してしまいたい。そうすれば、今度は弟の重荷にならずに済む。今後、誰にも迷惑をかけずに済む。それで、いいじゃないか。


 ―――私は自分では気づいていなかったが、儚く優しく笑っていた。

    数少ない友人が痛ましそうな調子で声を絞り出ように言う。


 「君は間違っている。そんなことをしても親御さんやご家族は喜ばない」


 だろうね。識っているつもりだよ。でもね? 金銭面だけは、生きていく上でどうにもならないのだよ。社会的格差というヤツは、人間どもが気を付けていても必ず生まれるし、ひとは差別する生き物だ。自分より劣った生きもの、下等な生き物と思い込んだものを差別し、卑下し、虐げる。醜い生き物だよ。そして同時にとても美しい生き物だ。

 花を見て美しいと思い、海を見て絵を描く。空を見て未来に思いを馳せ、死を目の当たりにして嘆き悲しむ。

 どうだい? とても儚くて愛おしく美しい、残酷な生き物じゃないか。

 面白いだろう? だから死のうと思った。

自分が人間であることに齟齬を感じてしまったのだよ私は。


―――沈黙する人々。なにを考えているのだろう? 詳しくは読み取れない。読み取る価値も感じない。彼らも人間だ。ひとりひとり、別々の世界を持つ人間だ。私とは別の常識を持ち、別の常識で言葉を語り、自分と同じ常識が通じると思って言葉を省略したがる面倒臭がりな人間だ。理解し合うなら、言葉を余さず尽くさねばならない。だが、彼らは『大人』という人種になってしまった。もう子供の頃のように『なぜ』とはおいそれと周りに聞けないらしい。プライドが何だ? 価値観が何だ? 意地が何だ? 世間が何だ? それはおまえの腹の足しに一片でもなりえるのか? 腹が膨れないならつまらぬ意地など捨てちまえ! その方が楽だ。つまらぬものなど、ゴミ以下よ。


世の中は意外と簡単に出来ているのに、それを複雑にしているのは、人間という、生き物だ。


私は変わってしまう者たちに腹が立つ。無慚に変わってしまったモノたちを憐れと思い、寂しく思う。みんな、みんな、変わっていく。

変わらないものなんてないんじゃないか?

近頃はそう思うようにまでなってしまった。ああ、なんてつまらない。

私が大人に近づくことが許せない。愛されないのに大人になって何の意味があるのか。

就職難だ、なんだと騒いで、国の税金を無駄遣いしまくる政府に、世の中に、なんの望みがあるのか。

せかせか人生をあゆむ人間など、道端の花には目もくれないに違いない。

こんなにも美しいのに、雑草とののしられて焼き捨てられる。ああ、もののあはれ。

いつかあなたもそうなるのでしょう。

他人に利用されて、ボロ雑巾のように捨てられる。

だからそうならない為に人は頑張るのでしょうか? 頑張るのでしょうか。あな、おかし。

さて、私は行くよ。輪廻の向こう側に夢がある。

あなたたちはこちらで精いっぱい頑張ってみなさい。

私はもう、疲れ果てた。

わかりあえない者たちと議論し、わかり合おうとすることに疲れ果てた。

努力をすることに疲れた。理解されないことに疲れ果てた。夢が見られないことに疲れた。

どうせなら、物語の向こう側に行ってみたい。

夢のある世界に行ってみたい。

そうだ、本を一冊持っていこう。あちらでも楽しめるように。知識を追求できるように。

夢は多き方が楽しかな。


じゃあね。さようなら。皆さん。おさらばえ。


―――私は一冊の書物を胸に抱き、遠き日の思い出を心に思い描いて首を横に振る。もう懐かしの過去は戻ってこない。私は海に沈む夕日を眺めて微笑み、タワーの屋上から飛び降りた。


ねえ? あなたはどうして生きているの?

ねえ? あなたはなんのために生きているの?

ねえ? あなたはなんのために生きて、死ぬの?


輪廻の輪の向こう側があるのならば、どうか、誰か、私に教えてくれ給へ。

あの世の向こう側で、私は問の答えを待つ子供になる。


END.


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