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異世界で無職と少女が  作者: ええジャマイカ
6/7

6 エレウォン

【この章に登場する用語】

エレウォン: 中世ヨーロッパ風文明社会が広がる異世界

レミウム: エレウォンのある国ニルストリアの都

ノーマルワールド: イリリアと同義。主人公たち「俺達の世界」からの

      旅行者たちが元の世界をこう呼ぶ。


【人物】

一色大: 主人公

ソムサック: タイ人ガイド

ジラルド: エレウォン人騎士(仮)


世界設定説明回の続きです。

 出発当日の朝、指定された場所に着くと、そこには食堂で声をかけてきたタイ人の他に、もう一人の若いタイ人男性と3人の白人旅行者がいた。軽く挨拶を交わすと、最初のタイ人が口を開く。


 「おはよう。さっそくだが、まずは代金を貰おう。バーツで用意してあるな?」

 

 俺が札束を渡すと、彼は額を確認してそれを手にしているバッグに仕舞った。

 

 「あと4人来る。もう少し待て」

 

 先日の食堂では、彼は俺の他には誰にも声をかけていなかった。少なくとも俺がいた時間では。俺が教えられた他にも勧誘場所があったのかもしれない。

 しばらくして人数が揃う。全員が男性だ。日本人は俺一人。


 「よし。あとはこいつに従ってくれ」

 「はじめまして。私がガイドです。名前はソムサックです」

 

 それまで黙っていた若いタイ人が前に出て、そう挨拶をした。

 

 「行きましょう」

 

 タイ側のメーサイとミャンマー側の町タチレクの間には川が流れている。この国境の川にはそれなりに立派な橋が架けられており、旅行者もタイ・ミャンマーの住民も、この橋を渡って国境を行き来している。もちろん、イミグレーション(出入国管理事務所)にて所定の手続きが必要だ。

 だが、ソムサックは橋へは向かわなかった。

 

 彼に続いて川沿いに路地をしばらく歩いて行くと、家々の間に小さな桟橋があり、渡し船が停泊していた。

 手漕ぎの小さな船で、全員が乗り込むのは無理なサイズだ。船は1隻しかない。少なくとも二度に別けて渡河する必要がある。

 もっとも国境の川はさほど大きいわけではない。往復してもほんの数分だろう。

 俺は二度目の便に乗り込んだ。

 

 イミグレーションのある国境の橋から、俺達の船の渡る地点はたいした距離ではない。渡し船から橋を十分な大きさで眺めることが出来る。当然、向こうからも船は余裕で見えてるはずだ。

 だが、無口な船頭もソムサックもまったく心配する様子がない。

 出入国についてずいぶんとルーズなのか、あるいはあらかじめしかるべきところに話と金銭がいってるのだろう。

 

 ミャンマー側に上陸する。これはすでに密入国となるはずだ。俺は軽い緊張状態となった。

 しかし、俺以外は誰も何も気にしてないようだった。

 

 ソムサックの後に従ってタチレクの町を歩き進んでいく。大きな町ではないが屋台が相当な密度で並んでおり、人通りも賑やかでかなりの活気がある。

 看板等がミャンマー文字であること、巻きスカート(ロンジー)を履いてる男女が多いことなどがタイとは異なるが、全体としてはタイの雰囲気とそれほど大きな違いは感じられず、あまり興奮は生じなかった。緊張状態もすぐに落ち着いた。

 やがて大きな通りに出、しばらく歩くと、ピックアップトラックが待っていた。

 

 そのピックアップトラックの荷台には簡便な長椅子が設置され、また屋根もある。東南アジアで多く利用されている乗り合いタクシーの形式だ。タイ語ではソンテウと言う。

 ソムサックに促され、全員が荷台に乗り込む。最後にソムサックと、もう一人古そうな機関銃を携えた男が乗り込んできた。

 俺は再び緊張した。

 トラックは走りだす。

 機関銃を持った男はソムサックとなにか語っている。タイ語だ。

 

 ◇

 

 ソムサックが言うには、この男はミャンマーの警官だそうだ。だが、制服ではない。

 

 「タイ語を話すのか? タイ人なのか?」

 

 俺達エレウォンに向かう旅行者の一人、ドイツ人だと言っていた男がそう尋ねた。この男はタイ語もいくらか話せるらしい。

 

 「タイヤイだ。シャンだ」

 

 機関銃の男が答える。

 ミャンマーでもこの辺りはシャン族の居住地だという。シャン族のことをタイ語ではタイヤイと言う。ミャンマーの中心民族のビルマ族とは異なり、タイ系の民族らしい。

 ドイツ人が、皆にそう説明してくれた。彼はタイにかなり詳しいようだ。

 

 「ビルマ人は力を持っている。タイヤイは力を失った。タイヤイは自由がない」

 

 タイヤイだという男は拙い英語でそう語った。ますます警官であるのかどうか怪しい気がしてきたが、それを問うわけにもいくまい。


 じきに道路は未舗装となった。快適な乗り心地とはとても言えないが、辛いというほどでもない。今のところは。

 信号もなく、他に車もほとんどないので順調に走り続けるが、道が悪いのでそれほど速度は出ていない。

 しばらくしてトラックが止まった。見ると検問所があり、長い棒状の遮断機が行き先を塞いでいた。

 タイヤイの男が荷台から降り、検問所に詰めている軍服姿の男となにかを話している。遮断機が上がり、タイヤイの男が乗り込むとトラックは再び走り始める。

 

 検問所をさらに2つほど通過したあと、昼過ぎにちょっとした町に到着した。チェントンという町だという。ここで少しの間休憩となり、俺達はそれぞれ適当な食堂に入り昼食をとった。

 40分後、みなあらためてトラックに乗り込み出発する。

 チェントンの町を抜け、未舗装の道路を走る。道の状態は徐々に悪くなっていく。いつしかみな無口になっていた。さすがにケツが辛くなってくる。

 

 いくつかの検問所を通り、日もほとんど暮れたころ、小さな村にトラックは停車した。

 ソムサックが言う。

 

 「今日はここに泊まる」

 

 トラックを降りて身体を伸ばす。疲れた。だが、この先はもっと厳しいはずだ。

 案内されたのは、高床式の素朴な家だった。内部は区切られておらずそこそこの広さのある一部屋のみ。俺達専用に建てられているらしい。

 みなそれぞれ適当な場所を選んで荷物を下ろし休んでいると、やはりタイヤイなのだろうか、村の女性3人ほどが食事を運んできた。タイヤイは色白で比較的日本人に似ている。なかなか美人揃いのように思えた。

 

 部屋の中央に食事が雑然と置かれ、みなでいただくことにする。豪華とは言えないが、まあ量はある。主食にあたるものは、米製の太いソーメンのような麺と、あと豆腐に似たものがそうだろうか。どれも素朴な感じだ。

 自分はアジア人でまだいいけども白人はこれを食べられるのだろうかと思ったが、さすがにみな旅慣れた人達らしく問題ないようだった。

 

 機関銃の男が瓶を抱えて持ってきた。

 彼の代わりにソムサックが説明する。

 

 「タイヤイの酒です」

 

 グラスが少ないのでみなで回し飲みとなった。飲んでみると、ちょうど焼酎のような感じだ。かなり強い。

 

 「明日は歩きます。十分に休んでください」

 

 ほどよく酔っ払った状態で、俺は寝袋に入り込んだ。

 

 ◇

 

 翌朝早く、鶏の声で目を覚ました。同行する他のメンバーも起きだしたようだった。

 朝早く出発するものと思っていたが、ソムサックはなかなかやってこなかった。家の周囲にはちらほらと村の男が立っていて、こちらを見ている。

 はじめ、外国人が珍しくて見ているのかと思ったが、もしかしたらこれは監視されているのかもしれない。

 

 昨晩と同じように村の女性達によって食事が運び込まれ、ソムサックもやってきた。

 

 「出発は夕方です。それまで村の外には出ないでください」

 

 軽いざわめきが起こる。

 

 「日が暮れてから山に入ります。夜、国境を超えてエレウォンに入ります」

 

 そうだった。普通のツアーではないのだった。

 例のドイツ人が、タイ語でソムサックにいくつか質問をし、それをみなに説明してくれた。

 中国側にも話はついているが、彼らとしては昼間では見過ごすわけにはいかない場合もあるらしく、そのため夜の越境となるとのことだった。

 

 天気は快晴だった。南国とはいえ山地であり、暑くはない。

 体力に不安があるので、軽く運動してみたりする。

 実にのどかで平和だ。

 とはいえ、例の機関銃を持った男が常に近辺にいるのではあるが。

 何もない村だが、それでもここは現代の文明社会とつながっている。明日にはもう、文明とは切り離された場所にいるのだ。

 

 ◇

 

 トラックが止まり、全員が降ろされる。この先は徒歩らしい。

 日は沈みかけている。

 ソムサックとタイヤイの男が、山に向かって手を合わせていた。

 

 「山の精霊がいるんだ」

 

 ソムサックはそう言って笑い、歩き出す。

 日はすっかり暮れてしまったが、幸い満月に近い月が出ていた。月がこんなにも明るいとは驚いた。

 ただし山道のため、頭上はいくらか開けてるとはいえ周囲は森で真っ暗だ。やがて道が道とも言えないものとなってきた。見上げても、木々の間にかすかに星空が見える程度である。獣や精霊よりも、まず暗さ自体が怖い。

 山そのものは、それほど険しいものではなかった。と言っても山は山であり楽なわけではない。みなそれぞれライトを頼りにゆっくりと進む。

 

 先頭はソムサックではなく、タイヤイの男だった。彼はナイトアイを持ってるのではないかと思うほど慣れた様子で、暗闇の中に適切なルートを辿っているようだった。何度か、全員がなんとか休めるポイントもあった。

 それでも、さすがにきつい。これだけ疲れるのはいつ以来だろう。

 思考は消失し、ただただ歩いた。

 もうどのくら時間が経ったのだろうか。

 

 突然、木々が途絶え視界が開けた。

 満天の星空が目の前に広がり、青白く輝く月が煌々と下界を照らしていた。

 夜はとても明るかった。

 後ろからソムサックの声がした。

 

 「ここがエレウォンです」

 

 ◇

 

 ようやくにして城壁に囲まれた町まで辿り着いたが、すでに夜は明けようとしていた。

 城壁と言っても石で組まれた立派なものではなく、土を盛った上に木の柵があり、その周囲を堀で囲んだものだった。

 

 「もう少ししたら城門が開きます。しばらく休みましょう」

 

 さすがにソムサックも疲れた様子だ。彼は、座り込んだ俺達に対してゆっくりと説明を続けた。

 

 「この町で1泊した後、別の大きな都市に行きます。そこまで3日かかります。私の役目はこの町までで、ここから先は英語の話せるエレウォン人が引き継ぎます」

 

 加えて、エレウォン側の入り口にあたるこの町は、公式の調査隊や学者、政府関係者などが訪れ滞在することもたまにあると言う。

 エレウォン側としては俺たちの滞在は違法とはされておらず認められているが、それでも余計なトラブルが生じることを避けるため、アンオフィシャルな俺達旅行者はここを拠点とせず、すぐに別の都市に向かうことになっているとのことだった。

 実を言うと、これらの彼の説明は、英語のそれほど得意ではない俺にはこのときあまり理解できなかった。あとで同行した別の旅行者に、簡単な英語で説明しなおしてもらうことで理解したのである。

 

 門が開き、ついに初の異世界の町に入城したが、興味よりも疲れのほうがずっと大きく、案内されるままにふらふらと1軒の建物に入った。

 通された大部屋で、出された食事もそこそこに倒れるように眠り込んだ。

 そのままその日はほとんど寝ていた。町を見て歩く気力もなかった。


 夜にはだいぶ回復し、しっかりと夕食をとった。

 夕食時、ソムサックから別れの挨拶があり、そして引き継ぎのエレウォン人が紹介された。

 彼は、鎖かたびらに身を包んだ壮年の騎士で、ジラルドと名乗った。いや、実際に騎士身分であるのかはわからなかったが、いかにも騎士のように見えた。


 中世ファンタジー世界の住人そのままの彼の姿を見ても、不思議に興奮はなかった。まだ疲れが強かったのか、あるいはゲーム等で既に見慣れた感覚になってしまっているのか、ともかく目の前に中世風の騎士(仮)がいることを俺は自然に受け止めていた。

 逆に、ジラルドのほうが俺を見て何事か思った様子で、ソムサックになにか訪ねていた。後で思うに、彼は俺のことを旅行者ではなく密輸を手がける中国人かと思ったのだろう。


 元の世界に帰ろうというときには、またこの家に来ればガイドが拾ってくれるらしい。その際ガイドに見せるようにと、タイ語でなにか書かれたシンプルなプラスチックカードがそれぞれに手渡された。


 夕食の後、なにが出来るわけでもなくまた眠った。

 

 翌朝、疲れのとれた俺達はジラルドに出迎えられ、朝食のあと彼に従って城外に出、そこで待っていた荷馬車に乗り込んだ。どうやら歩かないで済むようだ。

 結局町をゆっくり見てまわる余裕はなかった。

 もっとも、この町は建物も木造で自分のイメージにある中世ヨーロッパの都市に比べるとだいぶ素朴であり、あまり未練はなかった。

 

 道中はジラルドの他に、10人もの徒歩の兵士の護衛がついていた。ずいぶんと物々しいと思ったが、考えてみると俺達はこの世界では相当な価値ある物品を持っているのだ。そう思うと、10人でも少ないような気がしてくる。

 とはいえ、雰囲気は平和そのものだった。

 ずっと荷馬車に揺られているのも逆に疲れるので、しばしば道に降り立っては兵士たちとともに歩いた。彼ら兵士たちも特に緊張感などない様子で、彼ら同士も呑気におしゃべりをしながら歩いていた。

 

 3日後、何ごともなく、俺達はこのアンオフィシャルツアーの最終目的地レミウムに到着した。


もっと丁寧に道中を描きたかったのですが、長くてもファンタジーと離れてしまうのでなんとかまとめました。それでも長いかもしれません。

次から本筋に戻ります。

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