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異世界で無職と少女が  作者: ええジャマイカ
2/7

2 中華料理店

【この章に登場する用語】

エレウォン: 中世ヨーロッパ風文明社会が広がる異世界

レミウム: ニルストリアの都

ナイス・イン: レミウムにある宿。現在主人公が滞在している

イリアン: エレウォン人が主人公たち「俺達の世界」からの旅行者を

      指して呼ぶ言葉。主に白人

ノーマルワールド: イリリアと同義。主人公たち「俺達の世界」からの

      旅行者たちが元の世界をこう呼ぶ。

ジョンコー: 中国人を意味するエイク語


【人物】

一色大: 主人公

ルーカ: ナイス・インで働く少女

エリオ: ナイス・インの主人。ルーカの父親



 1週間ほどしたある日、いつものようにマーケットで時間を潰しながら昼食をどうするか思案していると、食材の入った籠を手にひょこひょこ歩いているルーカに出会った。


「お仕事かい。手伝おうか」

「ありがとう。たいした荷物でもないのだけれど」

「いいさ。どうせ暇だしな」

「手伝ってもらっても、ビールのディスカウントは出来ませんよ」

「期待してないさ」


 俺は籠を受け取ってナイス・インへと足を向けた。ルーカは、俺のほんの少し後ろをやや小走り気味についてくる。

 人混みもいくらか落ち着いてきていた。マーケットはそろそろ店仕舞いを始めようという時分だ。


 いい天気だ。

 周囲は決して静かではないが、人々の生活を感じる喧騒の中に、不思議な穏やかさがある。

 マーケットの広場からナイス・インのある宿屋街の通りに入ろうというところで、ルーカがちょこちょこと俺の前に走り出てきた。


「あのお店で食べたことありますか?」


 ルーカが指を指した方を見ると、そこにはひと目で中華料理屋とわかる店があった。世界中で共通の中華風デザインは、ここエレウォンでも変わらなかった。


 エレウォンを旅するイリアン旅行者は、そのほとんどが欧米人だ。日本人はごくわずかで、中国人旅行者となると俺はこれまで見たことがない。

 だが、商売でエレウォンに来る中国人は少なくないらしい。

 

 実は、ノーマルワールドとエレウォンの間での商取引は国際的に禁止されている。彼ら中国人の商売とは、つまりは密貿易だ。


 もっとも俺はそれを批判できる立場にない。ドルなどノーマルワールドの通貨とエレウォンの貨幣もまた取引関係がない、要するに両替ができないのだ。

 レミウムのようなイリアン旅行者も多い場所では、闇のドル(または元)買い人がいたりするが、レートが悪かった。

 そのため俺も含めたイリアン旅行者は、ノーマルワールドから物品を持ち込んで、それを売ることで旅の資金源としている。

 目的は違っても、やってることは中国人密貿易商人と変わらないのだ。

 

「ああ、何度か食べたことあるよ」

「ジョンコーの店ですよね」

「そうだ」

 

 ジョンコーとは、エレウォン人が中国人のことを指して呼ぶ言葉だ。

 ノーマルワールドとエレウォンを行き来する密貿易人だけでなく、エレウォンに住み着く中国人も増え始めているようだった。

 今、話題としている中華料理店も、そのような中国人の店である。レミウムにはすでに他にも数店、中華料理店があった。

 

 俺もときたま、それらの中華料理店を利用していた。

 エレウォンの料理は、正直言ってそれほど美味くはない。決してまずいわけでもないのだが、味付けはシンプルでバリエーションも少なく、少々飽きやすい。

 貴族の食事ともなると違うのかもしれないが、庶民的な食堂で供されるものはそうだった。

 そのため、中華料理は値段がいくらか高いのだが、それでもついつい利用していた。

 

 世界中どこにでも中華料理とインド料理とイタリア料理の店はあると言うが、残念ながらレミウムにイタリア料理店はなかった。もちろん、日本料理の店もない。

 インド料理店はありました。

 でも俺は中華料理のほうが好みだった。

 

「どんな味なのですか?」

「どんな味・・・うーん、言葉で説明するのは難しいな」

「美味しいのですか?」

「俺は好きだよ」

「ふーん・・・」

 

 ルーカは、右手人差し指を口元に当てるポーズで、その中華料理店を眺めている。物欲しそうな様子に見えなくもない。

 

「ルーカは珍しい子だね」

「え?なにがですか?」

「いや・・」

 

 エレウォン人は一般に保守的で、馴染みのないものに対してあまり積極的ではない傾向がある。

 と言うのは、ガイドブック「エレウォンの歩き方」に書かれていたことの受け売りだが、俺自身の見聞でもだいたいそのように思われた。

 中華料理店でエレウォン人の客を見たこともなかった。

 

 だが、ルーカはかなり好奇心の強い性格のようだった。

 もっとも、エレウォン人でも子供であれば、ルーカに限らず好奇心が強いのかもしれない。

 

「食べてみるか?」

「え?」

「俺も昼食がまだだから。一緒にそこの店で昼飯を食べるか?」

「・・・でもお父さんが」

 

 ルーカの父親とは、ベスト・インの主人のことだ。名前をエリオと言う。

 

「仕事が忙しいのか?」

「夕方までは、あまり仕事はないと思います」

「じゃ、俺がお父さんに話してみるよ」

 

 宿に戻り、ルーカが籠を手に食堂の奥に入ってややして、のそのそとエリオが現れた。

 年の頃は俺より少し上と言ったところだろう。客商売であるから当然かもしれないが、愛想はいいほうだ。同時に、どこか抜け目のなさも感じる。

 

「ルーカと食事に行きたいと思うのですが」

「ああ、聞いたよ」

「夕方までには戻ります」

 

 なんだか恋人の父親と話しているような気分だ。

 もっとも、俺にはかつてそのような経験はないのだが。

 なんとなく緊張してしまう。

 

「そうだな」

 

 エリオはちょっと思案していたが、「いいだろう」と言ってくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 お辞儀をして顔を上げると、奥からこちらの様子を見ていたらしいルーカが、嬉しそうな表情で小走りに躍り出てきて俺の手を掴んだ。

 

「嬉しい」

「良かったな」

「行こう」

 

 今にも走り出しそうな勢いで、ルーカが俺の手を引く。

 俺はエリオに向かって今一度軽くお辞儀をし、引きずられるようにベスト・インを出た。

 心はやってる様子のルーカに、「着替えなくていいのか?」と聞こうとしたが、やめた。

 

 エレウォンに、デートの習慣があるのかどうかは知らない。

「エレウォンの歩き方」には、庶民はわりと自由恋愛だというようなことが書かれてはいたが、レミウムの町中でデートをしていると思われるカップルを見たことはなかった。

 恋人同士は町の外に出かけるか、あるいは密会をするものなのかもしれない。

 

 ルーカがよそ行きの衣装を持っているのかどうかもわからない。

 もしかしたらお祭りなどでは、普段とは違う衣装で出かけることがあるのかもしれないが、俺は見たことがなかった。

 ただしルーカは、仕事着でもある普段着であっても、エプロンのリボンに凝ってみたり花をあしらえてみたりなど、お洒落の意識は持っていた。

 

 ちょっと待て。

 なんでデートみたいなことを考えてるんだ。俺だってデートという意識はないぞ。

 たしかに、ルーカはかわいい。

 それは俺に懐いているせいもある。宿の他の子に比較して、だが。

 ・・・懐いてるよな。たぶん。


 ともかく、俺はルーカを女としては見ていない。当たり前だ。

 強いていえば、娘や小さな姪っ子に対するような感覚だ。そのどちらも俺にはいないが。

 俺はロリコンではないのだ。

 父親のエリオに外食の許可を得る話をしたので、ちょっとばかり変な感覚になったのだろう。

 それに、デートでなく家族でだって、出かけるときにはちょっとおめかしくらいするだろう。

 

 ともあれルーカに、「おめかしして出かける」という意識はないようだった。

 今向かっている中華料理店も、値段は少々高いが、かといって高級店というわけではない。まったく庶民的な雰囲気の店だ。

 そもそもレミウムに、気取ったレストランといったものは存在しないようだった。

 

 ◇

 

 中華料理店(店名はわからなかった)に入り、席に座る。中国人の中年の店主がやってきて、ルーカをちらちらと見つつメニューをくれた。メニューは中国語と英語で書かれている。

 もっとも、俺はあまりメニューに目を通すことなく、Noudle soupつまりラーメンを2つ注文した。

 エレウォン料理に似たようなものがなく、ルーカにとって炒めものや揚げものよりも珍しいだろうと考えたからだ。なにより俺自身がラーメンを食べたい。

 なお、パスタに似た料理はエレウォンにもあった。

 

「どうやって食べるのですか?」

 

 ラーメンが届いたが、ルーカは困ったような様子だ。エレウォンにはもちろん箸はない。

 俺はまず、実際にラーメンを食べてみせたあと、ルーカに箸の持ち方を教える。

 

「難しい」

 

 しばらく苦心してはいたものの、ルーカはそれなりに箸を使って麺を口に運び始めた。ぎこちなさはあるものの、ルーカはかなり器用だ。

 また、エレウォン人にとってはラーメンはけっこう熱いらしい。少々冷めたほうがちょうどいいようだ。あまりもたもたして麺が伸びてしまうのは心配だが。

 

「変わった味だけど、美味しい」

「それは良かった」

「でも食べにくいです」

「そうだな」

 

 俺は店主を呼び、追加で肉まんを注文した。

 

「こっちを食べなさい。ラーメンの残りは俺が食べる」

 

 まだ半分ほども残っているルーカのラーメンを俺は受け取る。ルーカは、皿に乗せられて出てきた肉まんをまじまじと見つめている。

 

「これはどうやって食べるのですか?」

「手で食べていいよ」

 

 ルーカは手を伸ばし、肉まんをちょんちょんと指でつついたあと、両手で掴んでおそるおそる口に頬張った。

 その様子は実に微笑ましい。

 

「美味しい。それにこれは食べやすいです」

 

 俺は顔がほころぶ。こっちまで不思議に幸せな気分になった。

 同時に、どことなく後ろめたい思いも生じた。

 いや、子供のかわいらしい様子を微笑ましく思うのは、まったく普通のまったく当たり前の感情だろう。なにを後ろめたく思うんだ?

 こんな微妙な思いが生じるのは世のロリコンどものせいだと、俺は責任転嫁をした。

 

「満足したか?」

 

 食べ終わったルーカに声をかける。ルーカは黙って頷くと、しばし俺の顔を見つめ、そして口を開いた。

 

「私、結婚をします」

 

小説タイトルは変更するかもです。混乱させてしまったならば申し訳ありません。

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