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Remu【レム】Ⅱ  作者: 飛鳥
7/13

Wizard VS Knight 【魔導師】【対】【騎士】 Aパート

このタイトルは前々からつけたいと思っていたサブタイトルです。

魔法使いと騎士の戦いは王道ですが、この作品の場合意味が大きく異なってくる。


魔導機杖及び騎士が扱える術式は一度に八種類だけ。前作と違い、今作は全編を通してレムを含めた登場人物全てが最大で八種のみの術式を使用しています。

この部分を少しだけ意識して読んでもらえると嬉しいです。

それでは、ガチガチの戦闘パートスタートです。


 人間を含め、多くの生き物には生存本能という強い欲求が備わっている。


 敵から身を守り種を保存するための本能。それは機甲虫という機械交じりの生き物にも例外なく備わっている。むしろ生存本能が他の種族よりも秀でていたからこそ、私たち機甲虫が生態系というピラミッドの頂点に立てているのかもしれない。


 生存本能に従うのなら、ここは引き上げるのが正解なのだろうな。


 交感神経の異常な興奮。アドレナリンの大量分泌。心筋収縮力の上昇。心臓や肝、骨格の血管拡張に伴う、導脈線の拡張。体内を巡るマナ循環率の向上。


 映像を通して初めて変異種を見た際に感じた、接触を避けるようにという生存本能から来る警告信号。


 騎士は女王を守護する剣であり、同時に、機甲虫が形成するコロニーの頭脳でもある。種の保存が騎士の役目であるなら、私は他の機甲虫よりも、人間よりもよほど強い生存本能を持っているということか。


 Protection

「凄いな」


 機甲虫の女王に仕える騎士、ノーラ・クラスタ。

 彼女は構築式を呼び起こすと同時に【障壁】を展開することが出来る、異常なまでのレスポンスの早さに自分自身でも驚きを隠せないでいた。


 まるで自分のものではないように身体が軽い。生存本能が、アドレナリンの大量分泌が、自分を生き延びらせるための力になってくれているのだろう。

 とはいえ、


 地表すれすれ。荒野から舞い上がる砂塵がぴしぴしと顔に当たるのを不快に感じながら、ノーラは自分の遥か上空を飛ぶ変異種の位置を確認する。真っ黒の法衣服の背後に灼熱の球体が光り輝いていて、網膜に日光、紫外線が直接流れ込んでくる。


「やはり、太陽が背に来るような位置取りを意識しているか」


 かちりと瞳のレンズを遮光製の強いものに切り替えるが効果は微弱。熱源センサーによるサーモグラフィを頼りに動いたほうがいいだろう。


 Fire

 上空を飛び交うそれが、こちらの軌道に合わせて【炎】を撃ちだす。地表を抉るように思いきり炎をぶつけてくる。高熱が砂や小石の粒を溶かし、真っ黒な墨に作り変えて、激しい砂埃が巻き起こる。


 炎熱による攻撃。熱源が人型でない以上惑わされる可能性は低いが、高温のゴミが増えてサーモグラフィが見づらくなると厄介だな。ククルを確保するために高度を下げたはいいが、これではなぶり殺しにされるだけ。ひとまずはククルのことを諦め、変異種というこの化け物の相手に専念するか。


 それだけで事足りればいいが。


 Hard-Fire-Woll

 意識を切り替え、それでもなお不安を残していたその時。突如としてサーモグラフィに高温を示す表示が映し出される。熱量の発生源はノーラの頭上。

 変異種が天高く掲げた右腕のその先。


「……! 馬鹿か」

 ノーラの発言は、正確には「馬鹿な」が正しかったのかもしれない。出来るはずがない。少なくともほんの数秒で構築できるほど、容易い規模の術式ではない。


 ノーラの頭上に作り出されているのは、数十メートル規模の【強化】された【炎】の【壁】。厚板のようにそれを広く広く横に広げて、法衣服を纏った幼い子供‐変異種が右手を振り下ろす。


「空を落とすというか、化け物め」

 重力に引っ張られるように、灼熱の厚板が落ちてくる。ゆっくりと、ではない。物を放り投げたときと同じように、秒速何十メートルという圧倒的な速さで空が落ちてくる。


「ちっ」

 Protection

 Acceleration


 頭上と視界の遥か彼方。二つの箇所に同時に【障壁】を作り出し、ノーラは【加速】の術式を用いて速度を速める。


 手の平から銀色のチェーンを射出。遥か彼方にある障壁に突き刺し、(いかり)のようにチェーンの棘を障壁に引っ掛ける。チェーンを戻し、その勢いを利用して障壁を展開した部分まで移動。時間稼ぎに張っておいた上の障壁が砕けたのか、ずぅぅぅぅんと厚板が地面に沈み込む音が周囲に響き渡る。


「……っ。音がでかすぎる。音響センサーを破壊する気か? しかし、向こうも生身な以上鼓膜が」


 障壁に突き刺していたチェーンを取り外し、変異種の位置を確認しようとした瞬間。脳を揺さぶられるような激しい衝撃に襲われた。

 思いきり地面に突き飛ばされる。


 文字通りの砂を噛む苦汁。痛みは感じなくとも屈辱という感情がないわけではない。

「調子に……乗るな」


 Lightning-Protection

 変異種が剣を構えて一速に飛び掛ってきたのは確認していた。こちらの体勢を崩したのなら剣で斬りかかってくるのは明白。だから、ノーラは【雷】を【障壁】に纏わせておいた。変異種の剣が障壁に突き刺されば、刀身を通して雷が変異種の身体を焼き焦がす。


 再生の出来ない生身の人間である以上、それによって致命傷を負うのは明白。

 予想通り変異種が追撃をかけてきて、光によって形成された剣が障壁を刺し貫く。

 雷が伝わり……ばちりっ。変異種の身体に届く事無く、身に纏っていた光の膜に弾かれてしまう。


「……っ。離れろ!」

 Wisp

 Acceleration


 片腕を【鞭】に形状変化させて変異種を弾き飛ばし、【加速】を用いて一速飛びで遠く離れた地面に着地。靴底に細かな針の取り付けられたブーツを砂だらけの大地に突き刺し、ノーラは改めて変異種を恨みつける。


「全身を残らず障壁で包み込むことで外部の音を遮断か。そのまま体当たりを仕掛けられる辺り、ただ強化しただけの障壁というわけではなさそうだな」


 分析した術式の詳細をわざわざ口に出して説明したのは、ヒートアップしすぎた頭を冷やすためだ。頭に血が上っている状態では勝負にすらならない。冷静さを取り戻すために話しかけながらマナを昇華し、出来る限り術式の効力を上昇させておく。


「壁と障壁の術式は相性が良いですから。強化の術式で硬度を上げれば、十分武器の代わりとして扱えます」

「壁に障壁、そして強化。なるほど、三重奏をあれだけの速度で組み立てるのは見事という他ないな。それだけの腕前、騎士にもどれだけいるか」

「三重奏? 音節のこと? 機甲虫が音楽に精通しているなんて意外な気がしますが」

「ふん、奏でられる音色そのもののは理解できないよ。残念ながらね」


 細長い指先の間接を折り曲げてぱきり、ノーラは澄んだ音色を掻き鳴らす。


「しかし術式を扱うためのマナも機械による通信も、楽器や声によって奏でられる音色も、空気を震わせ一定の『波』を対象に対して送り届けている。私たち機甲虫がコミュニケーション手段としてフェロモンという信号を用いているのは知っているだろう? かつては『匂い』を信号色の主流にしていたが今は『波長』。つまり空気を伝わる波の周期的な長さを信号に利用するようになった。であれば、空気を震わせる『音』の振動に特別な興味を持つようになったとしても、それほどおかしなことではないだろう?」


「……電波とか周波数のような音の波で連絡を取り合っていると?」

「当たりだよ。能力の高さに加えて知識もある。厄介なやつだ」

「どうも。褒めてくれるのは嬉しいですが、貴方が機甲虫である以上……駆除という結論は変わりません」


 Bind

 周辺の地面から無数の鎖が伸びて、それぞれがノーラの腕や足に巻きつき【拘束】しようとする。


「第二ラウンド。いや、風情よく第二楽章と言ってみるか」

 Sword


 十分な昇華を行っていた分だけ質が良い。伸びてきた鎖を【剣】を用いて手早く斬りおとし、ノーラは左腕を変異種の方へと傾ける。


 Homing-Lightening

 マナを無駄に消費させ続けるのが得策。全身を包み込んでいたさっきの障壁を張りなおしてくれればいいが。と、ノーラは【誘導】を付加させた【雷】を撃ち出し、変異種の四方を雷撃によって取り囲む。


 いくら強力な術式を扱えると言っても術の力は有限。マナという燃料が底をつけば、人間などただのでくの坊でしかない。


 Hard-Sword

 ただ、変異種の側もそれを自覚しているのだろう。【強化】した【剣】で雷撃を受け止め、ぶるんっと刃を振るって雷を消失させる。


 マナを節約し始めた? 長期戦を嫌がっているということか。

 Soar

 有り余るほどのマナとは言えないが、【飛翔】を用いて空中戦を行うだけの残量は十分に残っている。


「ついてこい変異種。それだけの力を持っているのだ。よもや怖気づくなんてことはないだろう?」


 軽い挑発の言葉を交え、ノーラは宙へと浮かび上がる。マナを浪費させての消耗戦など消極的過ぎて好きになれないが、ククルを取り戻すためには最善を尽くすのが当然。


 そうだ。母様のためにも、なんとしてもククルを取り戻さなければならない。たとえククルに適合者としての素質がなかろうと関係ない。私が朽ち果てる時が近いと言っても、今日明日のうちに、というわけではないのだ。

 まだまだ猶予はあるのだから、時期に解決策を見つけ出すことが出来る。


 騎士になれば、母様もククルを殺そうとはしないだろう。守られていただけの、何の役にも立てなかった私が私自身を、『ククル』と名づけた私の写し身を救う事が出来るのだ。

 それはどれほど素敵で、素晴らしいことだろう。


「クリスタ・クラスタ。あなたが、姉さんが救ってくださったこの命はけして無駄にはなりません。機甲虫に命を奪われた貴方にとっては複雑な思いがあるやもしれませんが、いまの私は騎士だから……だからせめて無碍にだけはしないよう、精一杯に役立たせて見せます」




 Protection

 レムとノーラが戦闘を始めてしばらく。フォットは流れ弾や降り注ぐ火の粉、雷撃を防ぐために【障壁】を展開。巨大な岩陰に隠れて、その横からひょこりと顔を覗かせる。


「よし、二人とも上空に上がって行ったね。これなら流れ弾で壊れた岩の下敷きに、なんてことにはならなさそうだ」

「い、いやいや良くないですよ。フォットさん。詳しいことはわからないですけど、あの人はククルちゃんのお姉ちゃんなんでしょ。そんな人とレムが戦うなんて間違ってますし、なんとかして止めてあげないと」

「止めると言われてもねぇ」


 遠くの方の地面にぽっかりと開いた長方形の焦げ跡。レムが上空から落とした炎の壁によるもので、硝煙の臭いと黒い煙を、いつまでもいつまでも燃えカスとして立ち昇らせ続けている。


「あの二人に近づくって、それだけでも命が幾つあっても足りなさそうな……ミュウちゃんとククルちゃんのこともあるし、ここでじっとしてるしかないと思うな」

「なら、代わりに私が行く」

「「えっ?」」


 フォットとミュウの二人が驚いて声を漏らすと、ククルがすっと手を差し出してくる。


「魔法の杖、私に貸して欲しい。お姉ちゃんとレムが戦うのは、私も嬉しくない。お姉ちゃんが私を心配して来てくれたなら、事情を話して心配ないって話せばわかってくれると思うから」

「わかってくれるって……気持ちはわかるけど。ん、」

「っと、やっと見つけた。フォットもミュウも、探したわよ。全く心配かけて」


 ざんっと、荒野に魔導機杖を突き刺し、ブレーキ代わりに姿を現したのはシエル・アシュホード。ミュウの母親で、フォットの雇い主でもある女性。いまは魔導師を引退し、居住区の一区域で料理店を経営している民間人のはずなのだが……。


「お、お母さん? なんでお母さんが魔導機械を持ってこんな場所に」

「持たされたのよ。フォットがミュウの護衛としてうちに来た時、念のためにって。それより二人はなんで外に? それにその子は」

「えっと、店長。実はですね」


 フォットに事情を説明され、ククルがレムたちを追おうとしていると聞かされ、シエルはうーん、と考える。


「気持ちはわかるけど、いくらなんでも、ですよね。巻き添えになったら危ないし、私たちは早く逃げたほうが」

「……ククルちゃん。あなた、魔導機杖は扱えるのよね?」

「って、え? 店長!」

「うん。レムには勝てなかったけど、私の魔法の腕、人間の魔導師にも負けてないってお姉ちゃんが」


「そこまで言いきるなら良い、かな。フォット。あなたの魔導機杖をこの子に」

「ほ、本気ですか。あの戦いに割り込むって、私でも拒否したいところなのに」

「それは私もそうだけど、理屈ではないってことなんでしょうね。それじゃあククルちゃん。杖だけど、搭載している術式をしっかり把握しておくようにね。自分で入れたものでないと搭載した術式を勘違いしていた、なんてことが少なくないから。ミュウとフォットの二人を方舟に届けたらすぐに戻ってくるけど、ほんの数分でってわけにはいかないから注意すること。良いわね」


 Soar

 ククルとシエルはそれぞれに【飛翔】の術式を呼び起こす。顔を見合わせて頷くと、上空に視線を向け、ふわりと身体を浮き上がらせる。


「お姉ちゃん……」

 二人の戦いを止める。心の中でそう、強く願ってククルは遥かな先の高みを目指す。ククルが向かうその先で、光が成した剣同士がぶつかり合い、眩い光を放ち続けていた。




 空中に誘い込んだ上での消耗戦。レムとノーラとの戦闘は、戦術面だけで見ればノーラの想定通りに進んでいると言えた。


 砲撃や壁を叩きつけてくるような無茶な攻撃を避け、剣に重点を置いた攻撃に切り替えたのも、その他の術式を使う頻度が極端に低下したのも、昇華作業を挟んでマナの消費量を抑える事を意識し始めたからだろう。

 唯一穴があるとすれば、


 Regeneration

 身体の【再生】を用いて尚、地力の差を埋めきれていないことだろう。


「再生の術式、切り捨ててもその部分を再生出来る。厄介だな」

「ちぃぃ……」


Homing-Lightening

Acceleration


「……!」

 こちらの腕を切断したばかりで気の緩んだ隙。背に向けての、死角をついた一撃。【誘導】を付加させた【雷】を【加速】させて撃ち出す。


 これだけの好条件を揃えた上での術式を、変異種たるレム・リストールは障壁すら展開することなく、剣で雷を受けるだけで払い退けてしまう。


「騎士を上回る子供だと? 化け物が」

 Fire-Sword

 【炎】を【剣】に纏わせ、変異種たる子供が勢いよく刃を振り下ろしてくる。

 Lightening-Sword


 【雷】を【剣】に纏わせ、振り下ろされた刃を受け止める。鍔迫り合いに持ち込み、マナを消耗させ続ける。


 このままこう着状態に持ち込めるなら好都合。マナを尽きさせ、その後ククルを救い出す。この化け物、変異種さえ動けなければ障害など無いも同然。


「貴様もマナ残量が心元ないのだろう? 船に戻るためのマナぐらいは残しておきたいのではないか」

「貴様『も』ってことは、そちらも残量が危ういってこと? だったら、このまま!」

「……っ。ほざくな。貴様と私とでは根本的なマナの度量が違う」


 ばちり、と火花が上がり、炎と雷が周囲に飛び散っていく。変異種の表情が苦痛に歪んで見えたのは気のせいではないだろう。当然だ。たとえどれほどの化け物であろうと、人間であることは変わらない。騎士という崇高なる存在となった私とは違う。痛みからは逃れる事が出来ない。『人』という絶対的な弱者である限り、弱さを持っている限り、勝者には……。


「お姉ちゃん!」

「この声……ククル?」


 ばちり、と変異種のぶつけてきていた刃を弾く。こちらに向かってきていた水色の洋服の少女‐ククルに駆け寄り、慌てて身体を支えてあげる。


「何をしにきた。ここが危険なのはわかるだろう? 人間と共にいさせるのは不本意だが、変異種と片をつけるまでは止むをえない。ほら、下でじっとしていろ」

「変異種? って、レムのこと? 片をつけるなんて物騒なのは駄目」

「……ククル? 自力で飛んでるわけじゃない。魔導機杖を使ってるのか」


 手を伸ばして後ろに下がっているよう、ククルが合図を送ってくる。ノーラの前にククルが躍り出て、ぱっと両方の手を横に広げる。


「レムもお姉ちゃんも勘違いしてる。二人が戦う理由なんてない。だから、争うのは止めて」

「理由ならある」


 手に携えた剣を、変異種が短く振るう。切っ先をこちらに、ククルに傾けて、刺すような視線を向けてくる。


「魔導師の役目は機甲虫の駆除。騎士が機甲虫の一種である以上、駆除の対象って事実は変わらない。ククル。キミが何を拘っているかは知らないけど、邪魔をするなら斬るよ」

「えっ……レム?」


 冗談や脅しで言っているようには思えなかった。どちらかと言えば『警告』の方が言葉として適切かもしれない。


「今までの様子からククルが機甲虫や騎士の類でないのはわかったけど、機甲虫側の肩を持つなら『敵』という事実は変わらない」

「短絡的な思想だな」


 Sword-wisp

 右腕の形状を変化させて、先端に【剣】の切っ先がついた【鞭】に形状を変化させる。


「形式に従い、予め組み込まれたプログラムに沿った行動のみを行おうとする。機械的、兵隊的な思想だな。よほど思考力が弱いように思う。いや、こちら側の言い方をすればフェロモンに付き従っているだけが正しいか。変異種。突然変異とはいえ、虫に似た精神を持つ人間とは」

「……っ! 違う!」


 先ほどまでの様子とは比べ物にならないくらいの激情。

「僕は人間だ! 母さんも、僕も。リストールの血を継ぐ、純粋な!」


 何が理由かはわからないが、ひどく取り乱しているように思えた。血液がまともに循環しているかもわからないぐらい冷たい、冷えきった冷気の塊のようであった姿が一転。激情に身を任すままの、狂暴な動物に近くなる。


 Hard-Sword

 【強化】された【剣】。


 ひゅん。と、刃を激しく振るい、光を放つ剣先をじっと見つめる。変異種が放ち続けていた、燃えるような気配。それが抑えられ、先ほどまでと似た感じが舞い戻ってくる。

 ただ。狂暴さが、放つ殺意が、段違いで……。


「下がっていろ、ククル。話している余裕も、庇ってやれる余裕も持てそうにない。お前の言う誤解の意味はわからんが――」


 ばちり、と火花が上がることすらなかった。変異種が振り上げた刃を受け止めた剣……右腕がばっさりと斬り落されて、

「……ちっ」


 返す刃で、騎士甲冑の表面を削り落としてくる。あと半歩変異種が前に踏み込んでいたら、あるいは半歩後ろに下がっていなければ、甲冑ごと胸を切り裂かれていただろう。


 Protection-Regeneration


 【障壁】を結界に見立て、変異種をその内側に包み込む。【再生】を付加している以上、障壁を多少傷をつけた程度では意味はなし。高出力の術式で一気に突き破るのが普通だが、マナ残量が少ない以上昇華で消費を抑えたいのが本音だろう。

 時間稼ぎとしての役割は十分。変異種が障壁に手間取っているうちに。


 Woll

「壁?」


 なぜこの状況で【壁】を展開するのか。意図を読みきれずに首を捻ったその直後。壁が上下に伸びて、強引に、力任せに障壁を突き破る。再生の術式が障壁を修復しようとして、壁に阻まれて、強度と密度の薄くなった部位を変異種が切り裂く。再生する結界を、あっさりと突き破ってくる。


 Wisp-Sword

 先端に【剣】の切っ先が付いた【鞭】。勢いよくそれを振るうと、変異種の視線が全く動いていない。ぶれていないことに気がついた。


「軌道を……読んでいる?」

 Bind

「鎖、しまっ――」


 予想は完全に的中してしまっていたようで、最小の動きで鞭をかわし【拘束】の術式を発動。四肢の動きを奪われる。


 Hard-Fire

「まだ術を撃てる? こいつ……底なしか」


 吐き捨てるように声を出した瞬間。【強化】された【炎】が変異種の持つ剣先から撃ちだされる。かわしきれない。直撃を食らう。そう覚悟を決めた瞬間、


「レム、駄目!」

 あろうことか、ククルが私の前に躍り出てきてしまう。

「……っ。馬鹿か、ククル。駄目だと言った!」

「しょ、障壁! 出ろ、出ろ!」


 魔導師が扱う杖を操作して術式を発動させようとしているが、遅い。敵の行動を見てから術式の発動を間に合わせる。そこまでの技量、ククルの実力ではとても……。


 黒焦げに焼き尽くされる。そんな現実を直視したくなくて、目を背けかけて、

 Dispel

 【解術】という、特別な術式の力が呼び起こされる。


「この術……ククルが使っていたあの妙な」

「っとと。しまったしまった。目の前に来たからつい打ち消したけど、別にこの子を庇う必要はなかったか」

「アリス・フローベル? どういう風の吹き回しか」


「うん? 助けに来てあげたのにその言い方はひどくないかい」

「救援。新手の騎士ということ?」


 若干の困惑の色を見せながらも、変異種‐レム・リストールはアリスの眼前に接近。刃を振り下ろす。


 Repulsion

「なに? 弾く……動かない?」

 指先を変異種の方向に向け、アリスは【斥力】を解き放つ。


「さて、助けに来たと言ってみたものの、変異種とやりあうのはきついかな。この術式だって所詮は初見殺しなだけのわけだし」

 Terminal-Lance


「おう?」

 【端末】として形成された複数の【槍】。それらがアリスを貫こうとして、斥力の力によって勢いを殺される。


 端末の槍はアリスだけでなくノーラの方にも襲いかかり、ノーラは鞭を用いて鬱陶しそうに槍を払いのける。あるいは直接破壊する。と、


 Hard-Acceleration

「悪いけど、ククルちゃんは取り戻させてもらうわよ」


 法衣服ではなく、ただ袖の付いただけの紺色のジャケット。【強化】の術式によって【加速】の効力を上げて、一人の女性が姿を現す。ノーラの懐に飛び込み強引にククルを抱き寄せると、女性はすぐさまノーラから距離を取り、魔導機杖を構えなおす。


「全隊、人質になっていた子供を助け出したわ。砲撃開始。レム君を援護して」

「了解」

 Fire-Rain

 Fire-Rain


女性‐シエルが右手を上げたのを合図に、ノーラたちに【雨】が降り注ぐ。

 高熱が織り成す【炎】の雨。


「魔導師の群れ? 雁首を揃えて死にに来るか」

「個体数は十八。これに変異種が合わさると。うん、旗色が悪い。ノーラちゃん。ここは一度引きましょう」


「引く? 馬鹿を言うな。せっかくここまで来たのだ。ククルを取り返さないことには」

「うるさいね。ガキの一人や二人でがたがたがたがた。私の決定に逆らうなよ」


 節のついた指の関節をぱきりと折り曲げ、アリスはノーラの左肩を掴む。指先に収納されていたカギ爪を前面に押し出し、がちり、と指先を甲冑に食い込ませる。


「ねえ変異種君、最後に名前を教えてもらっていいかしら? 私はね、アリス・フローベルというの。本当の名前は別にあるのだけど、今はもう使っていないからね。この子の名前を使わせてもらってる」

「……レム・リストール」

「レム! なるほど、良い名前。けどリストール? それって」


 機甲虫の騎士、アリス・フローベル。彼女はレムの顔を執拗なまでに見つめ続けると、不意に表情を緩ませる。


「そうか。映像越しの姿だけで一目ぼれしかけたのはそれが理由。言われてみれば……確かに面影があるような、ないような」


 Transference

 【転移】の術式を発動させたからだろう。アリスとノーラの身体が透明に変わり、ゆっくりと透けていく。


「それでは、さようなら魔導師の皆様。次に会うときはレム君並に骨のあるところを見せて……ん、骨? 骨のあるところ? あはっ、ちょっと面白いかも」


 表情を緩ませて楽しそうに、本当に楽しそうに笑いながらアリスの姿が消えていく。

 騎士が去り、嵐が過ぎ去った後のような静けさの中で、レムは魔導機杖をぶるんと短く振るう。形状を剣から杖の形に変化させる。


「あの騎士、ククルを返せと言っていた。たぶんククルが適合者だからなんだろうけど……騎士二人を同時に相手したくはないし、いつもの虫が混じると厄介かも。人質、あるいは素直に明け渡す。そういうのも、選択肢のなかに入れておくべきかな」


 真っ黒の法衣服を風にたなびかせ、リーゼ・リストールの血を引く純潔の魔導師はぐっと右腕を握り締める。ぱきり、と節の折り曲がる音はしない。

 息を吸い込んで、吐き出して、守るべきもの。ミュウに危害を加えさせないために、頭の中で合理的な思想を巡らせ続けるだけであった。



主人公が最強キャラの場合、敵を圧倒することも少なくないと思います。今回の戦闘描写、あえて敵側視点に重点を置くことで戦闘シーンに面白みをつけてみようと思ったのですが、上手く言ったかな?

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