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Remu【レム】Ⅱ  作者: 飛鳥
5/13

Count down 【カウントダウン】 Aパート

第四章、スタートです。今回は場面転換が多めなので、少し分かりづらい作りになっているかもしれません。

 5


 魔導師の総司令クリスタ・R・クラスタ、及びレム・リストールたちの魔導師隊がククル・クラスタを保護した、その三時間二十四分後。同施設内、入り口。


「アリス・フローベル、ククルがさらわれたというのはどういうことか!」


 土豪のように激しい声を張り上げ、機甲虫の女王に仕える騎士‐ノーラ・クリスタは騎士‐アリス・フローベルの胸倉を思い切り掴みかかっていた。


「落ち着きなさいてノーラちゃん。私に八つ当たりしてもしょうがないでしょうに。それに仕方ないじゃないか。私が駆けつけた時には、もうすでに連れて行かれる寸前だったのだからさ」


 鬱陶しそうにノーラの腕を振り払い、ぱんぱんぱん。アリスは汚れでも取り去るように胸元を指で払う。


「その場に居合わせていたというなら、何故そのときに助けようとしてくれなかった」

「んー、助けてあげたいのは山々だったけど、仕方がなかったんだよね。なにせ、連れ去る連中のなかに変異種の姿があったのだからさ」

「変異種? いや、そもそも何故人間にこの場所を特定するような事が。兵隊に警護をさせていた以上、やり合うことなく進入することは不可能でしょうに」


「うん? そんなものは知らないさ。兵隊を配置していたことが、逆に何かあるという証明になった。それだけのことでないのかい?」

「君主危うきに近寄らず。何かあるかもなどという曖昧な理由で、自分や仲間を危険に晒すものはいません。偶然ここに立ち寄りたまたま発見したのではなく、何らかの確証を得た上で来たと仮定するのが自然に思いますが」


 ノーラ自身の考え、予想に誤りがないとして、気になるのはなぜそんなものを得る事が出来たかだ。

 こちらの知らない技術、あるいは術式によって。そう考えるのが妥当な線ではあるが……。


「つまり、変異種たちはここにククルという固体がいることを知っていたと?」

 そもそも、アリス・フローベルはククルが連れ去られる現場に偶然居合わせたと言っていた。自分の母親の支配領域でもない場所に『偶然』いたのだと。


「……そこまではっきりしていたかはわかりませんが、何かがある。あるいは誰かがいる、程度のことは把握していたのでしょう」

「なるほどなるほど。仮説としては一理あるし説得力もある。そういう考え方もありだろうね。それで、ノーラちゃんはどうする気なの? 変異種が帰還したであろう座標にはある程度の目星がつけてあるから、助けに行こうと思えば行けなくはないのだけど」


「助けに行こうと思えば、ですか。そのわりには妙に用意がいいのですね。まるでそうさせるために仕向けているかのように」

「うん? ひょっとしてノーラちゃんは疑っているのかしら? 私が今の状況を作り出したんじゃないかって」

「…………」


 アリスがクロというはっきりした証拠があるわけではない。しかし置かれた状況やちらつかせてくる言葉から察するに、どうしてもそうではないか、という考えが脳裏をよぎってしまって……。


「ねえノーラちゃん。頭の回転が速いあなたならわかると思うけど、仮に私が仕組んだとしてここまでばればれの、疑われやすい状況を作ると思う?」

「それは……」


 問われて、ノーラは返事に詰まってしまう。確かに、その点についてはアリスの言うとおりなのだ。理由はともかくアリスがクロなら、こんな風に姿を現す必要はない。


「疑心暗鬼で敵を増やしても良いことなんて何もなし。私の全てを信用しろとは言わないけど、今回の一件と私とは無関係。それだけは信じてくれてもいいんじゃないかしら? なんなら、神に誓ってあげてもいい」

「神? 人間のような事を言うのですね。私たちに信仰や宗教の概念などないでしょうに」


 信仰や宗教などない。何の面白みもない、当然の事実を口にしただけのはずなのに、アリスはぴくり、と肩を揺らす。

 そしてその言葉を噛み砕くかのように微かな笑みを浮かべて、指先の間接をぱきりと折り曲げる。


「ふぅん。信仰や宗教の概念はない、か。それは感情や思考力を『虫』という種が持ち合わせていないからかしら」

「ええ、母様を頂点に置いたピラミッド。真の意味での社会性を築いた体制。その仕組みを完全なものにするために、感情や思考力そのものを削除した。虫の、我々の形成する社会は、一つの究極系を作り上げています」


 徹底的にピラミッド式の社会を貫こうとした場合、余計な色、歪な形を持った石材は邪魔なだけ。そう考えてみた場合ノーラの言うとおり、感情を持たない虫という種族は生きていくための、種を繁栄させるための最善を尽くしている。そんな風に言えなくもないのかもしれない。

 だが、


「究極ねぇ。でもその考え方だと、ククルという固体に拘るあなたはその社会体制に相応しくないように思うけど」

「私とて理由なくあの子を保護し続けていたわけではありません。痛みを感じなくなった今も、身体へのダメージが無くなっているわけではないのですから」


 指先の間接を折り曲げてぱきり、ノーラは澄んだ音を掻き鳴らす。

「……? 身体がダメージを負っているからククルという固体を保護している? 話が見えないのだけど」

「ピラミッドに穴を開けるわけにはいかないでしょう? 開いた穴は、すぐに塞げるようにしておかないと」


 両手にぐっと力を込めて、ノーラは体内でマナを練り上げる。

 Soar

 発動させたのは【飛翔】の術式。


 体内にマナを取り入れて構築式のインストールが可能な機甲虫という種には、魔導機杖などという外付けの機材は必要ない。機械交じりの肉体。それ一つあれば、幾らでも術式を呼び起こす事が可能なのである。


「で、結局助けに行くわけだ。妹想いのお姉ちゃんは」

「当然でしょう。私は、もう守られているだけの弱者ではない」

「……? また妙な事を言い出した。まあいいのだけど、何なら手を貸してあげようか? 何やら面白そうだしね。さらわれたお姫様を救い出す、感動的な物語みたいでさ」


「いらない」

「あん?」

「誰の助けも必要ない。私を証明するためにも、私は、ククルは、この手で取り戻す」


 強い決意とともに身体を浮き上がらせ、ノーラは遠い空の向こうに狙いを見定める。眼光を鋭いものに変えていく。


 アリス・フローベルの狙いが何であろうと関係ない。敵が何であろうと関係ない。たとえ変異種とやり合うことになろうと、今度は、今度こそ……。




 4


 居住区の大型店舗。日用品から家電製品、事務用品、魔導機杖まで。多くの品物を扱うデパートのそのなかで、レムは妙な感覚を覚えて振り返る。


「ん、どうしたの。レム君」

「いえ、なんだか誰かに見られていたような気がして」

「見られていた? そりゃこんな人通りの多い場所で魔導機杖なんて物騒なものを担いでいたら、注目を集めるのは当然でしょ」

「それはそうなんですが……」


 魔導機杖を肩に担ぎなおし、レムは軽く周囲を見回してみる。確かに近くを通る人たちがちらりちらり、こちらを横目に歩いているのがわかる。ただ、さっき感じた妙な視線はそういうものとは別のような。


「それにしても、わからないものだねぇ」

 フォットが視線を向けた先。そこで洋服を手に話し合っている二人を見、確かに。とレムも同じことを考えてしまう。


「ククルちゃん、これはどう? この赤色のチュニック。タンクトップタイプだからノースリープになってるけど、夏で暑いからこれくらいすっきりした服でもいいと思うんだけど」

「夏? この船のなかは確かに暑いけど、あの施設は涼しいから普通の服でいい」


「えっ、そうなの? あ、そうだ。ならいっそ両方買っちゃおうよ。方舟のなかだって秋や冬になれば涼しくなって寒くなるんだし、先物買いってことでさ」

「両方? それもあり、かも。でも派手すぎないほうが好きだから、もっと抑え目の方がいい。もう少し大人しめの色はないの?」

「うーん、どうだろ。他にも良い服があると思うし、探しに行ってみようか」


 デパート内の洋服店。その入り口で楽しそうに話をしていたミュウとククルの二人が、揃って奥の方に歩いていってしまう。

「…………」


「どうしたの? レム君。急にいきり立ったりして」

「ミュウたちの後を追います。百歩譲って一緒にいるのはいいとしても、目を離すわけには行きませんから」

「こーーら。焦らない焦らない。ちょっと落ち着きたまえ」


 洋服店の方に行こうとした瞬間、レムは襟首をぐっと掴まれる。

「あの店、女性用の洋服店だよ? キミが入るのはまずいの。おわかり?」

「…………」


 場違いというのはわかるが、そんなものを優先するあまりミュウを危険に晒してしまったら元も子もない。体制を取り繕う暇があるなら何が出来るか。それを考え行動するほうが、よほど有意義なことのように思う。


「うーん、ぶすぅっとしてる。わかりやすいと言うか、真面目すぎるというか。ねえレム君、もう少し気を楽にして考え……たりはしないよね。真面目だもんね」

 はあっ、とわざとらしい溜め息をついて、フォットはミュウたちの方向に向きなおる。


「それにしてもあの二人、誤解が解けたと思ったらすぐに仲良くなって。あれだけぎすぎすしてたのに変わり身が早いねぇ。ま、いつまでもぎすぎすを続けられるよりはマシだけどさ」

「ククルの方は、元々悪い感情を持っていなかったようですよ。どちらかと言えば、ミュウが一方的に怒っていたという感じで」


「一方的にって……キミが言うか」

「……?」

「あ、やっぱり自覚してないんだね」


 何を自覚してないと言うのか。言っている意味がわからず、レムは少しだけ首を横に捻る。

「うーん……まあいいや。レム君が入っていくのもあれだし、私が人肌脱ぐとしますかね。大丈夫。これだけ近いんだから何かあればすぐに知らせられるし、心強いお守りもあるからさ」


 首筋に提げたシルバーチェーンを引っ張り、プレートに形状変化させた魔導機械をフォットはこちらにちらつかせる。そうして、そのまま洋服店のなかに入っていく。


 小型に変化可能な魔導機杖なんて心配だな。法衣服も身につけていないし。

 そんな風に思いながら、レムはミュウやククルのことをじっと考えてみる。


 外で保護した、機甲虫との関係が疑われる少女。おそらくは敵で、なんらかの目的があって自分たちに接触した可能性が高い。そのため現在はぼろを出す、あるいは具体的な行動を起こすまで泳がせている。


 クレープ屋の一件の後。そのことを説明した途端にミュウが突然怒り出したことを、レムは強い印象として今も覚えている。

 そんな風に人を疑っちゃ駄目。ククルちゃんは絶対に悪い人なんかじゃない。だからレムも疑ってばかりいないで信用してあげて。


 正直、何を言っているのだろう。としか思わなかった。

 根拠もないのに相手を信用するのは危険だし、下手なことをして、自分やミュウが危険に晒されるのも困る。


 レム自身はともかくミュウは術式すらまともに使えないのだから、もう少し慎重に、疑り深くなってくれた方がいいのだが……。

 やっぱりミュウは変わってる。だから一緒にいると飽きないんだけど。


「レーーム。お待たせ。どうかな?」

 自分のことを棚に上げた考えをレムが続けていると、どこからかミュウの声が聞こえてくる。声の方向に振り返ってみると、真っ白なチュニックに桃色のリボンのついたブレードハットを被った、見慣れない格好の少女が立っていた。


「だれ?」

「……っ。だれって、レ、レム。それは酷すぎるでしょ!」


 慌てて帽子を脱いで、どんどんどん、と少女が地団駄を踏む。帽子を脱いで顔が見やすくなったのと、その仕草ですぐに誰かがわかった。


「あ、ミュウだったのか。どうしたの? 急に着替えたりして」

「……っ」

「ミュウちゃん駄目だって、この子半端ないから。正攻法や遠まわしなやり方じゃ、アプローチされてる事にすら気づかないよ」


 ミュウに続いて、フォットとブレードハットを被った少女が洋服店から顔を覗かせる。

 薄い水色のチュニックに水玉模様の入ったブレードハット。手首に黒地のリストバンドをはめていて、それが妙に印象的なもののように思えた。


「ひょっとして、ミュウと似たような服を着たその子がククル? すごい。さっきまでと全然違う」

 服を選ぶ、なんてことをするのが始めてだったのか、ククルは顔を赤らめ、恥ずかしそうに帽子のつばを下に引っ張る。


「……えっと、ど、どうかな?」

 こういう時になんと言ったら良いかわからなかったのか、ククルは少しだけ黙り込んだ後、ミュウとほとんど同じ言葉を口にする。


「ほらほら、レム君。どうかなだって。何か言ってあげなって」

 フォットに急かされ、レムはうーん、と考え込んでしまう。何か言ってあげなと言われても、何を言えばいいかなんて全然わからない。


「難しく考えなくてもいいから、ほら、思ってることを率直に。ね」

「……水色?」

「……っ。ちがーーう!」


 思っていることを率直。そう言われてそのままを口にしたはずなのに、何故だか物凄く怒られてしまう。

「女の子がオシャレに気を使ってそれを見せに来たんだよ? だったら言うべき言葉ってものがあるでしょ。ほら、ほらっ」

「お揃い?」


「……っ。そうじゃなくてぇ……だからぁ……」

「レム。ミュウはこの服、私に似合うと言って買ってくれた。レムは、それについてどう思う?」

「うん? それはすごく似合ってるよ。というより見違えたって感じかな。ミュウもククルもどちらかと言えば子供らしい格好だったから急に大人びた感じになって、ギャップって言うのかな? それが強すぎて、最初誰かわからなかったくらいだし」


 話ながらふとミュウの方に目を向けてみると、なぜだかぷるぷると肩を震わせているように見えた。口元が緩んでいるようにも見えて、顔も少し赤い。

「ミュウ、どうしたの? 体調不良?」

「う、ううん。そうじゃなくて……あの、ありがと」

「……? どういたしまして?」


 どうして急にお礼なんて言ってきたのか、訳がわからず、レムは首を捻ってしまう。

「レム。あの、ありがとう」

 今度はククルからもお礼を言われて、レムは再び首を捻る。どうして二人ともお礼なんて言ってきたのか、本当に訳がわからない。


 そんなことより率直な感想、というのを考えないと。

 腕組みをして、レムはうーんと考える。思ったことをそのままと言っていたから、たぶん見たものをそのまま言えばいいのだと思う。でも水色とかお揃いって言葉は違うみたいで……だったら、チュニック? いや、これだと水色と同じような気が――。


「レム君。キミは……危険だわ。なんと言うかもう、ほんと怖いわ」

 特別な存在、特異な存在。

 フォットの漏らした言葉がそんな意味を指しているように思えて、レムは少しだけ、『またか』と思ってしまう。なんだか呆れているように見えたのが気になったが、特に深い意味はないだろう。


「それじゃ行こうか。荷物を持ったままいつまでも、ってのはフォットさんも疲れるだろうし、一休みしたらそろそろ……!」


 背中をぞくり、何かがすり抜けていくような感覚。見られているようなという曖昧なものではない。方向や位置まではわからないが、確実に眼に捉えられている。確かな気配を感じて、レムは肩に担いでいた魔導機杖を強く握り締める。


 体中の神経を針のように逆立たせて、三百六十度。全方向に気を放つ。けれど人が多すぎるせいか、それとも位置を把握できないくらい遠くに離れているからか、『敵』らしきそれを捉えることは出来なかった。


「どうしたの、レム。急に黙り込んだりして」

「……いや、なんでもない。行こう」




 3


 役立たず。

 私がククルのことをそう蔑むようになったのは、確か集落が壊滅する二ヶ月ほど前からだったと思う。


 子どもゆえの浅知恵、悪知恵。

 陰口されることを足枷に感じているなら、足が動かないのが精神的な問題なら、その逆をやればいい。


 足を動かしたくなるような動機。マイナスの思考は良くないと思ったけど、それでククルが歩けるようになるなら構わなかった。

 恨んでくれてもいい。憎んでくれてもいい。

 その思いが、ククルを前に歩ませるためのきっかけになってくれるなら。


「それで、どうなったんですか?」

 飛翔艦の遊戯室。アイスティーの入った紙コップを片手に昔のことを話していたクリスタは、シャルルに話の続きを急かされ小さく息を吐き出す。


「それでもなにも、それで終わりだよ。私がククルを役立たず、邪魔者呼ばわりして、そんなことを続けているうちに機甲虫の襲撃にあった。私一人が生き残り、方舟に保護されて、後は貴公も知ってのとおりだ。お嬢様専属のメイドに任命され、紆余曲折を経て魔導師となって今に至る」


「う、紆余曲折がすごい気になりますけど……それじゃあククルちゃん。あ、いえ、ククルさんはクリスタさんの事を誤解したまま、恨んだままってことですか?」

「そうだな。誤解を解く暇はなかったし、仮に今も生きているとすればそういうことになるだろう」


「そっか。それって、なんだか凄く悲しい話ですよね。相手のことを思って憎まれ役を買って出たのに、結局誤解は解けないままなんて」

「そうか? 誤解など解けなくても良いと思うが。別に格好をつけるためにやったわけではなし。ククルが生きているというなら、それで十分幸せだよ。少なくとも、私の行いが無駄ではなかったという証明になるのだから」


「……大人なんですね。クリスタさんって」

「大人? 世迷言を。私は子どもだよ。だからいなくなった者たちのことを今も引きずり続けている。それより、ご子息からの報告は? 小さい方のククルはどうなっている」


「あ、報告ですね。えっと、今のところ怪しいところはなし。今も警戒態勢を維持し続けている、です。レム、相当あの子のことを怪しんでいましたからね。ひょっとしたら、このまま何事もなく一日過ぎちゃうなんてことも」

「何事もないならそれはそれで構わんが、あの女を納得させるのは難しいだろうな」

「あの女? エリディアさんの事ですか?」


「ああ。建前ではレムの気持ちを尊重していたように見えるが、レムを利用してあの子を探る、が本当のところだろう」

「うわぁ……陰湿。怪しんでるなら自分でやればいいのに」


「人任せにするのが趣味なんだろうよ。大まかな舵取りだけをやって、後は全て人任せ。リーダー気質は欠片もないし、性格にも難あり。能力は高いのだが」

「ちょっとちょっと、散々な言いようじゃないか。ひどいねぇクリスタ」

 どこで聞き耳を立てていたのだろう。話題に上げてまもなく、どこからか聞きなれたくない声が聞こえてき始める。


「ちっ、地獄耳が」

「ひっ、でっ、でたっ!」


 若干のトラウマになりつつあるのだろう。エリディアが遊戯室に姿を現した途端、椅子を引きずり、シャルルは大慌てで後ろに飛び退く。


「あーらら。出たとは酷いね。こんな美人を捕まえといて、まるで妖怪扱いじゃないか」

「似たようなものだろう。大体お前は――」

「クーーリスタ。私ばかりを悪者扱いするのは止めて欲しいね。人の男を寝取っておいて」

「寝取った!?」


「なっ、ばっ。それは誤解だと言っている! 私はあの日たまたまトゥイザリムを特区で見かけ、成り行き上仕方なく。第一、寝てなどいない!」

「どうだか。あんたがどう言おうと、証明出来るものがないからね。それに当日のことがどうあれ、トゥーが惹かれるようになったのは事実なんだ。こちらからすればそれで十分というものだろ」

「減らず口を……」


「っと、そうそう忘れるところだった。クリスタ、艦長さんから呼び出しだよ。例の魔導機杖の解析を技術開発局でやってんだけど、ちょいと面白いことが判明してね」

「面白いこと?」

「ああ。詳しいことは現地で説明してあげるからさ、とりあえず移動しようや」

「了解した。すぐに向かおう。ほら、行くぞシャルル。何時まで驚いている」

「あ、は、はい。寝取り……」


 聞かされた事実が衝撃だったのか、それとも予想外すぎることだったのか。シャルルは硬直が解けた後も、何度も似たような言葉を呟いていた。




 飛翔艦‐方舟。技術開発局。

 方舟運航に関わる人々の生活の基盤となる特別区域、特区の外れに位置する建物で、魔導機杖を中心に魔導師用の戦闘支援兵器の開発、研究を行い続けている重要施設の一つである。


 開発している代物が殺傷能力の非常に高い兵器ということもあり、数ある方舟の特殊施設のなかでも、もっとも危険視されているものの一つ。


「失礼します。クリスタ・R・クラスタ、並びにシャルル・フリージア。ただいま到着いたしました」

「はろぅ。エリディア・ソワン。初めてのおつかいから無事帰国しました」

「ん、来たかクリスタ」


 艦長‐プロイア・リヴァルはクリスタの姿を認めると、さっきまで話をしていた男性職員に手で合図を送り、後ろに下がっているように伝える。

「おお。さ、さすが艦長。エリディアさんはもう相手にしていない」

「それで艦長、用件というのは」


 いちいち相手にしても仕方ないと判断したのだろう。クリスタはシャルルを放置し、さっさと本題に入ることにする。


「うむ。そちらが保護した子供が所持していた魔導機杖。解析の結果、あの杖に奇妙な点が見つかってな」

「奇妙な点?」

「そうだ。渓谷の施設内であの子供と交戦状態になりかけた際、こちらの術式の解除という珍しい術を使用したと言っていたな」


「ええ、はい。ごしそ……いえ、レム・リストールの報告によれば、自分が放った雷の術式の反射も行っていたそうです」


 ククルと交戦状態というと若干の御幣があるように感じたが、わざわざ話の腰を折ってまで正すことではないと考え、クリスタはそのまま流してしまうことにした。


「あの術式、便利そうだから解析して私らでも扱えるようにしようと思ったのだけどさ、解析不能。というより、あの杖以外では発動出来ないようになっているみたいなんだよね。さらに言えば、指紋やDNAを認証する機能が備わっているみたいでね。あの子以外では動かすことも出来ないみたい」

「え? それはあれですか。いわゆる選ばれたものにしか扱えない伝説の」

「そうだね。あの子にしか扱えない以上、そういう捉え方が出来ないわけじゃないか。ただ、そんな凄い杖や子供がなんであんな場所にって疑問が残るわけだけど」


「……いずれにせよ、私たちがあの術式を扱うのは不可能。そう判断をして問題はないわけだな?」

「うん、残念だけどそういう事になるね。フレームもオリハルコンを採用しているようだし、本当に貴重な特注品という感じ。それで、その杖をどうするかというのが本題なわけだけど」

「どうするか?」


「んむんむ。貴重なサンプルなわけだし、こちらとしてはやっぱり実働データが欲しいのだよ。実際に動かしてデータを取って……でもほら、さすがにあのククルという子供に杖を返すのは危険だろうし、いっそ手首でも切り落として」

「エリディア!」


「ととっ。そう睨まないで欲しいね。冗談に決まってるじゃないか。大丈夫大丈夫。いくらデータが欲しいと言っても、そこまで非人道的なことはしないよ。第一、データだけを入手してもそれを生かす場がなけりゃ意味がないじゃないか。それにまだ時間はあるんだ。引き続き調査を続けてもらって、なんとか進展出来るように頑張ってみるさ」




カウントダウンというタイトルと数字からもわかるとおり、今回は騎士ノーラとの接触までを描いています。本格的な戦闘シーンまであと少しなので、今のうちにたっぷりと日常描写を描いていきますよ~

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