Mind-Collision 【心】【衝突】 Aパート
3章突入。感情論を抜きにした合理的な判断や会話というのは書いていて楽しいですが、あまりやりすぎると読者への印象が悪くなってしまいそうで考えものですね。
飛翔艦に戻った後。
レムは不服そうな表情を浮かべたまま、とある小部屋の手前で魔導機杖を肩に担ぎ立ち尽くしていた。
レムが何よりも不可解に感じたのは、騎士の疑いがある少女を保護。方舟に連れて行くという決定をクリスタが下したことだ。
外部に存在するもの全てが危険分子とは言わないが、あんな閉鎖空間。異常な場所に、何の裏もないような人が隠れているとは考えづらい。
何より機甲虫に襲われていなかった理由。それが判明するまでは警戒を解くどころか、駆除対象という前提で動くのが普通のように思う。問題がないと核心を持てるまでは、外に置いたままの方が安全なはずなのに。
クリスタとシャルルの二人が事情聴取を行っているという応接室の前で壁にもたれかかり、レムはがしゃり。魔導機杖を微かに奏でらせる。
【剣】【障壁】【飛翔】【炎】
【拘束】【強化】【壁】【検索】
魔導機杖にインストールされた術式を一通り確認し、事情聴取を受けているククルという少女が本性を現した場合をシミュレートしてみる。
炎を用いての牽制。拘束で動きを鈍らせた上での白兵戦。術式の効力を打ち消す解術という奇妙な構築式を持っていたが、施設での戦闘から察するにそれほど使い慣れていない印象を受けた。
ある程度の術式は打ち消されるという前提で波状攻撃を行えば、それほど苦戦する相手ではないだろう。マナの消費量や飛翔を打ち消された場合の対応には手を焼くが、予め地表に近い場所で戦うなど、対策を練っておけないわけではない。
「お、ちび魔導師。レムじゃねえか。どうしたんだ、こんなところで」
声を掛けてきたのは一人だけだが、その後ろにもう一人分の気配が感じられた。魔導機杖を肩に担いだまま振り向き、レムは声を掛けてきた相手が誰かを確認する。
「あなたは、トゥイザリムさんでしたっけ。さっきの調査の際、僕たちに同行してくださった魔導師の大隊長」
「おうよ、丁寧な説明をありがとうな。ついでにこいつのことも伝えておくか。アム・ファルシア。ちいとばかし人見知りが過ぎるが悪い奴じゃない」
自分のことを紹介されて、アムという名前の女性がぺこり。頭を垂れてくる。
「……よろしくね。レム君」
耳を澄まさないと聞こえないくらいか細い声。気が弱くて戦闘も苦手そうだし、あまり魔導師には似つかわしくないように思えた。
「今後も一緒の任務に就くことがあるだろうし、とりあえずは仲良くやろうや。で、お前の方はなにをやっていたんだ? こんなところに陣取って、むずかしい顔をして」
「別に。ただの監視です。あれが何らかの行動に出ないとは限りませんから」
「あれ? ああ、クリスタが連れ帰ってきた子どもか。そりゃ不安がるのはわかるがな、見た感じそれほど悪い奴、危険があるようには見えなかったんだ。疑うなとは言わないがクリスタが直々に事情聴取を行っていることだし、お前が必要以上に気をやる必要はないだろ」
「この艦には数え切れないくらいの人が乗っているんでしょう? でしたら、安全に対しては多少過敏なほうが良いと思いますが」
艦に乗っているものを心配してという言葉が嘘なわけではない。ただ、本当を言えば危険に巻き込みたくない。危害を加える可能性のあるものを排除しておきたい。というのがレムの本音であった。危険に巻き込みたくない相手が誰か、は言うまでもないだろう。
わずかの揺れすら感じない、絶対的な強い意志。レムが掲げるそれを目の当たりにして、トゥイザリムはうーん、と頭をかいてしまう。
「言っていることは正しいんだが」
「……他人を犠牲にするのも止むを得ない。を、子どもの口から言わせるのは」
トゥイザリムに合わせるように、アムもそんな言葉を漏らす。
必要悪という考え方があるのは確かだが、子どものうちからその考えを基本にしているのは、やはり問題があるだろう。
「それでレム。お前としてはどうしたいんだ? いつまでも監視ってわけにもいかないだろ」
「ぼろを出さないとは限らないですし、もう少し続けてみようと思います。それに、何となくですがクリスタさんはあれに対して甘く……いえ、妙に気に掛けているように見えるんです。何故なのかまではわかりませんが、それが何らかの落ち度、あるいはミスに繋がるとも言い切れませんし」
「クリスタがあのククルという子どもに対して甘い? ふむ、なんだろうな。純粋に相手が子どもだからというのもあるだろうが」
そういえば、とレムはククルがクラスタというファミリーネームを名乗っていた事を思い出す。あの時は全く気に掛けていなかったが、クリスタもまた、クラスタというファミリーネームを持っていた。
偶然と割り切るのは容易いが妙に気に掛けていた事を考えると、やはり何らかの関係が?
「理由はどうあれ、判断が鈍っているのは間違いありません。あれの正体が黒か白かはっきりするまでは、監視の目を緩める必要はないように思います」
クリスタとの関係性が気にならないわけではないが、そちらを優先するあまり最重要を見誤っては本末転倒。
騎士かどうかはともかく『敵』という前提を覆す必要はないだろう。
「なるほど。言ってることは正論だね」
トゥイザリムたちが立っている通路とは別の側から声が聞こえてきて、レムはそちらの方向にくるりと振り返る。そこには、黒い髪を後ろで束ねた長身の女性が立っていた。
「エリディア? お前、何だってこんなところに」
「うん? 私は非番なだけさ。それよりトゥー。そちらこそこんな場所でサボってていいのかい? 方舟周辺の哨戒任務、そろそろあんたらが担当する時間だろ」
「あーあー。わかってるよ、今行こうと思ってたところだっての」
軽く手を振りながらトゥイザリムたちが立ち去り、変わりに、その場にはエリディアが残る。じーっと見られているのが多少気になりはしたが、応接室に入るドアに近い壁を背にして、レムは魔導機杖の先端を床に押し当てる。意識を集中し、昇華を開始する。
昇華自体はマナの消費効率を上げるための作業だが、神経を集中、研ぎ澄ますことは集中力を高めるためのトレーニングになる。いつもの戦闘訓練を行えない以上、せめて精神面だけでも、ということなのだろう。
「ふーん。こうやって見てみると、やはり似ているね。雰囲気がリーゼさんにそっくりだ」
「……母さんに似ている? 僕が?」
エリディアの言葉にレムが大きな反応を示したのは、そんな言葉をかけられたのは初めてだったからだ。特別や異常な存在として扱われたことは数あれど、似ている、などと言われたのは初めてで、
「うむ。しかし、顔つきにはどこかシオンさんの面影を感じる。血筋って奴かね。遺伝子というのは不思議なものだ。ところで、クリスタはまだ事情聴取を行っている最中かい?」
「はい。かなり長引いているみたいで、そのようですけど」
「ふーん。そうかそうか。では、私も参加させてもらおうかね。少し気になることもあるわけだし。レム君、良かったらキミもどうだい? こんな場所にずっと立っているのは疲れるだろ」
「いえ、せっかくだけど遠慮しておきます。僕がいても邪魔になるだけでしょうし、外でこうして待機していた方が気が楽ですから」
「おや、そうかい? そう言うならこちらとしては構わないが。なら、ちょいと失礼させてもらうよ」
小さな会釈をし、エリディアは応接室へと入っていく。
「ならば、貴公自身もなぜあのような場所にいたかはわからないということか」
真っ白の細長い机が置かれた応接室。ククルと向かい合う形で椅子に腰掛け、クリスタはしばらく前から質問を行い続けていた。クリスタの隣にはシャルルが腰を掛けており、ノートパソコンと睨めっこをしながら、会話記録を取るために必死に指を動かし続けていた。
「うん。最初に目が覚めたときからあそこにいて、その後ずっと、お姉ちゃんが面倒を見ていてくれたの。仕事が忙しいらしくて二、三日に一回。長いときは一週間ぐらいいないってこともあったけど」
「ふむ。貴公の姉の仕事について、何か聞いていることはないか?」
「お姉ちゃんのお仕事? うーん、わかんない。外は危険だから出ちゃ駄目。私がもう少し大きくなったら、一緒に連れて行ってくれる。そんな風に言ってくれていただけだから」
「連れて行ってくれる? どこへ」
クリスタが問いかけると、ククルはわかんない。と首を小さく横に振る。
「仲間がたくさんいるとても安全な場所。お姉ちゃんは、私がいるべき場所って言ってた。それがこの方舟ってのだと思ったんだけど、お姉ちゃんは……乗っていないんだよね」
「そうだな。クラスタというファミリーネームを持つものを軽く調べてみたが、やはり私以外には存在していないらしい」
方舟にククルの姉がいる可能性は低い。クリスタ自身もそれを予想していたが、やはりというべきか『姉』を見つけることは出来なかった。
そもそも兄弟や姉妹という概念自体が稀であるのに加えて、数少ない兄弟の所在もその全てを把握することが出来ている。
姉のみが方舟にいて、妹が行方不明。残念ながら、そんな特殊なケースは確認されていない。ただ一件の例外を除いて……。
「ところでククル。貴公、足に障害を抱えているということはないか? あるいはそれを治療した、というのは」
「障害? 別にそういうことはないけど。どうして?」
「いや、なんでもない。少し気になっただけだ」
ククルを名乗るこの少女の言葉に嘘が混じっているとは思えない。けれど、本物であるわけでもない。その事に八方塞がりな気を感じて、クリスタは頭を抱えてしまう。
「えっと、クリスタさん。ちょっといいですか」
かたかたと動かし続けていた指を休めて、シャルルはクリスタとククルとを見比べる。
「詳しい事情はわからないですけど、このククルちゃんって子はクリスタさんと同じファミリーネームを持っていて、誰かはわからないですけどお姉ちゃんがいるんですよね。でもそのお姉ちゃんはクリスタさんとは違う。だったら、クローンってことはないですか?」
「クロ? なんだそれは」
「あ、SFって言う術式やマナが存在しなくて、変わりに科学が物凄く発達したって設定の物語に出てくる技術なんですけど、特定の人間をそっくりそのままコピーするってものなんです。だから本物のククルちゃんをコピーして、別の誰かが妹と思わせているとか」
「……そのクローンと言うのは、名前を模倣することしか出来ないのか?」
「えっ、ひょっとして全然顔立ちが違ったりするんですか。小さい頃のククルちゃんにそっくりとか、そういうわけでなく」
「そうだな。性格、体格、顔つき、声質。全てが私の知るククルとは異なっている。同姓同名という一点を除けば、赤の他人といっても差し支えないよ」
「うっ……そ、そんな全否定みたいな言い方をしなくてもいいじゃないですか。私が言ったのは可能性の話で、そうかもしれないっていう素人考えなだけなんですから」
「私はコピーなんかじゃないよ。こうやってしっかりと生きている本物。それに、ククルはお姉ちゃんが名づけてくれた名前で、元々の名前なんて持っていなかったし」
「うん? ならばお前は、姉にその名前を与えてもらったということか」
「はろ。面白そうな話をしているようだけど、少し邪魔させてもらうよ」
クリスタとククルが話をしているうち、応接室の入り口扉がぱっと開く。誰が来たのかと目を向けてみれば、そこにあるのは見慣れたくない女性の姿。
「エリディア、貴様か。まだ事情聴取の最中だというのに」
「はは、硬いことを言いなさんな。この子が何者なのか、私だって興味を抱いているのだからさ。それに、この子が持っていた魔導機杖についてもね」
「この娘の魔導機杖? 整備班のほうに預からせたはずだが、それがどうしたのだ?」
「どうしたじゃない。貴方だって知っているでしょ。あの魔導機杖に搭載されていた奇妙な術式の数々。解除に反射、転移というのもあったか。なんというか、珍しいものの目白押しでね。ねえククルちゃん。貴方、あれをどこで手に入れたんだい」
「杖のことなら、私も知らない。お姉ちゃんに貰ったものだもの」
「お姉ちゃんに貰った? なら、その人はどこで手に入れたのさ」
「わかんない。わたしが持っているべきものだって言って渡してくれただけだから。これを使って、何かあったときは自分で身を守れって」
「なるほどねぇ。良いことを言う人だ」
「そんなのは当然。だって、わたしのお姉ちゃんだもの」
言葉の意味はわからないが、ククルを名乗る少女が姉に対して絶対的な信頼を置いている。そのことだけは、クリスタたちにも十二分に理解することが出来た。
「それより、お姉ちゃんがいないならそろそろあそこに帰らせて。何も伝えずに出てきたからもし入れ違いになっていたら、心配させちゃうと思うから」
「帰りたい? いや、貴公のように幼いものをあのような場所に留まらせるのは」
「あー、悪いね。帰したいのは山々だけど、まだ魔導機杖へのマナの補充が完了していないのさ」
「補充? そんなのは途中でもいい。補充を止めて、早く返して」
「それがね。うちのはぼろいから、一度補充を始めるとフルになるまで取り出す事が出来ないんだよ。無理に外そうとすると壊れてしまう。明日の朝には完了すると思うから、それまで待っていて欲しいねぇ」
「……あの杖が壊れると困る。明日の朝までかかるというなら待つけど、それまで、わたしはどうしていたらいい?」
「好きにしていたらいいさ。貴方だってせっかくこんな場所に来たんだ。何も見ずにただ帰るではつまらないだろ。居住区に下ろしてあげるからさ、色々と見て回ってきなよ」
「エリディア。貴様……ちょっとこい」
腕を掴み強引に引っ張ると、クリスタはエリディアを部屋の隅に移動させる。
「何を考えている。あの子どもの正体もまだよくわかっていないというのに、嘘までついて居住区に下ろすなど」
「いやいやクリスタ、正体がわかっていないからこそさ。あの子の本質がなんであれ、どうにも尻尾を出しそうな気配が見えない。だったらさ、尻尾を出しやすいようにお膳立てをするのもありではないかい?」
「……泳がせるということか」
「そういうことだね。さすが、話が早い。それに考えてみなよ。行きがかりの結果とはいえ、あの子には方舟の点在する座標を知られてしまっているわけだ。方舟を動かしてあの子の目測を見誤らせないと、美味しくない結果になってしまうだろ。兎にも角にも、ここでむざむざ帰らせるメリットは低い。それであの子の監視役だけど、やはり歳が近い相手が良いんじゃないかね」
「それはご子息をつけるという意味か? しかしご子息は……」
「クリスタ。ご子息、レム君はさ。あの子をクロと捉えている。となると、別の誰かに監視役を任せても安心してくれないだろ。最悪、自分も独自に監視するだなんて事を言い出しかねない。それが駄目だといえば、たぶん私らに刃を向けてくるよ。あの子の性格上」
「…………」
否定は出来なかった。レムは自分勝手な行動や命令違反を進んで犯すようなタイプではないが、何か問題が起きれば自分の心、感情を最優先にして行動するところがある。
「私らの思考とレム君の思考との間にそれほどの差異はないんだ。なら、命令違反させる必要のない状況に持っていってあげるのが善行というものさ」
「泳がせるのもそうだが、あまり気持ちの良いやり方ではないな」
「ふむ。クリスタ、おまえさんリーゼ司令の真似をしようと頑張ってたけど、やっぱり無理だったんじゃないかね。あの人なら、たぶん表情一つ変えずに指示を出していたと思うよ。いや、もっときついのを提案しているか」
「……っ。私とて分かってはいる。しかしな」
「しかしも案山子もなしさ。どう言い訳しようと事実が変わるわけではなし」
「……火種を最小限に留めておくには、それもやむなしということか」
ほとんどクリスタが主役とも言えたAパート。
クリスタが重要な立ち位置を占めているのは事実なのですが、主人公を取られないよう注意しながら書いていました。この物語、あくまでも主人公はレムとはっきり決めていますので。
1話でヒロインをやってたミュウも、ちゃんと出ますよ?
(ヒロインになれるとは言っていない)