Second Meets 【二人目】 【出会い】
前作では完全な主人公だったレムですが、今回は少し特殊な立ち位置の子になっています。もちろん彼が主人公であることに変わりはありませんが、最強系主人公ならではの切り口の物語を展開したいと思っています。
「妙な通信?」
「はい。こちらの座標に存在する施設。そちらにいる人を保護して欲しいって」
翌日、早朝のブリッジ。正式に配属先の変更手続きが行われたのも束の間、シャルルは昨夜遅くに受信した通信の内容、紙に印刷したそれをクリスタに手渡しながら報告する。
「ふむ、ご丁寧に座標までを記した救難信号。いや、救助依頼と言ったところか。通信の送り主は?」
「それがよくわからないのですよね。通信自体は方舟近くで発せられたものみたいなんですが、送り主の詳細は不明。通信が送られてきた場所にも、人や物の類は何一つ見当たりませんでした」
「見当たらなかった? 確かに妙だな。……シャルル・フリージア。貴公はこの事態、どのように予測する?」
「わ、わたしですか? えーっと」
司令官の補佐役を任されるようになったとはいえ、そんなことを聞かれるとは予想していなかったのだろう。唇に指を添えてしばらく考えた後、シャルルはゆっくりと口を開く。
「ありがちな考えですけど、やっぱり罠とかじゃないですかね。魔導師を外におびき出して倒す。あるいはその隙に方舟を攻撃する。どちらを狙っているかはわからないですけど、ただ……」
「誰がそんなことをするのか、か?」
「はい。機甲虫はフェロモンに従って動いているだけで、感情や考えを持っているわけじゃないんですよね。そうなるとこんな事は出来なさそうですし、機甲虫以外でこんなことをするのは」
「可能性としてありえるのは二つ。空賊のような存在が方舟にちょっかいを出そうとしているか、あるいはこの救難信号が本当かだな。虫に襲撃された集落があり、命からがら逃げ延びたものが方舟の付近まで接近。通信を行ったがその後、何らかの理由によって消息を絶った。穴だらけではあるが、絶対にないと言い切れるわけでもない」
「クリスタさん。可能性、もう一つだけありますよ」
と、会話に混じってきたのは幼い魔導師。変異種、レム・リストール。本来ならばブリッジにいることなど不相応。自室や待合室で出撃待機をしているのが普通だが、まだ数日前のことを引きずっているかもしれないという理由から、クリスタの采配によって待機場所をブリッジに変更された魔導師である。
「機甲虫の女王に仕えている特殊な固体。騎士でしたっけ? あれなら、知性を持っているんじゃないですか? 母さんがそうだったわけですし」
「ちょ、レム。何を言って――」
ブリッジ全体にざわり、と声が広がりシャルルが慌ててたしなめようとするが、
「いや、いい」
とクリスタはそれを制する。人を弄ることで作り出された騎士に知性が残っている以上、機甲虫が全くの無関係とは言い切れない。少々危険な思想ではあるものの、無視をして良い考えではないだろう。
「ご子息のお考えももっともだ。それで、ご子息のお考えではどのようにすべきだと?」
「そうですね。引っかかったふりをして誘いに乗って、対象の駆除を行うのが適切な処置と思いますけど」
罠であること、相手が機甲虫であること。それらを前提に考えているからこそ、レムはあえて『駆除』という言葉を使っているのだろう。
「レム、駆除をするなんて簡単に言うけど、相手が空賊のような人だったらどうするのさ。虫みたいにやっつければいいなんて単純な話ではないし、何か止むを得ない事情があることだって」
「……? でも敵なんですよね。なら、その辺りは関係ないんじゃないですか?」
「はっ? いやいやいや、関係ないって。さすがにそれは」
当然のように告げるレムを前に、シャルルは思わず戸惑った声を上げてしまう。敵なら理由は関係ない。極論を言えば確かにそうなのだけど、ある程度は事情を汲み取ろうとしたり、理由を聞こうとするのが普通ではないだろうか。
「真意はともかく、救難信号が出ている以上は無視をするわけにもいかんな。レムは出撃の準備を。罠の可能性を考慮し、注意して行動するように」
「了解しました艦長。駆除を終え次第、速やかに帰還いたします」
可能性ではなく罠と断言しているような物の言い方。携えていた魔導機杖をかしゃりと奏で、艦長及びブリッジクルーのそれぞれに会釈。レムはその場を後にする。
ドアの閉まる音が響いて、さて、とクリスタはプロイアの方へと向きなおる。
「ご子息を行かせる以上あちらは問題ないとして、その間の艦の守りをどうするかですね。平常時ならともかく、機甲虫の群れが来るというなら戦力を整えておく必要があります。全隊に出撃待機を呼びかけなければ」
「ちょ、ちょ、待ってくださいよクリスタさん。艦の守りをっていうのはわかりますけど、レムをあのまま行かせちゃうのはまずいですって。そりゃ、敵を倒すだけなら心配いらないですけど、もしもってこともありますし、誰かが止めてあげないと」
シャルルの言うもしもとは、もちろんレムの身を案じてのことではない。レムの身に何もなければそれに越したことはないが、心配なのはレムよりもむしろ……。
「罠だと思いますと言っておきながら、その可能性を否定するようなことばかり言うのだな」
「うー、あー。だって怖いじゃないですか。九十九%が罠で一%がそうじゃないとしても、レムは……その一パーセントを潰しちゃうかもしれないんですよ。悪気なく、その行動が正しいと思い込んで」
「一パーセントのために余剰戦力を避けと? ふふ、話には聞いていたがやはり貴公は馬鹿だな。人を纏め上げられるだけの技量はなさそうだ。さて、いかがなさいましょう艦長。力押しで止められるとは思えませんが、強攻策に出るならトゥイザリム隊の同行が適任のように思いますが」
「それも良いが、クリスタ。おまえ自身も行くべきではないか?」
「私が、ですか?」
「ああ。おまえが今後レムをどのように扱うつもりかは知らんが、信頼関係だけは強く結んでおく必要がある。認めたくはないが、レムの今までの行動はリゼの命令に応じたものがほとんどであった。命じるものがいなくなった以上、リゼやミュウという娘の時のような勝手をしないとも言い切れん」
「あー確かにレムの場合、ちょっと心配しちゃいますよね。表面上はクリスタさんや艦長の言うことを真面目に聞いてくれていますけど、利害が一致しているから、反対する理由がないからって面は少なくなさそうですし」
レムは、別に自分勝手や特別にわがままな性格をしているわけではない。ただ、それでも極まれにではあるが、命令に背いてしまう場合がある。
たった一人でもミュウやリーゼを助けようとした、あのときのように……。
「あの子なりの正義とこちらが下す命令に差が生じれば、あの子は間違いなく己の正義を優先する。以前はたまたま良い方向に物事が流れてくれたが、次も同じになるとは限らんよ。あの子が命令違反を犯した際に独房入りをさせるのは容易いが、緊急事態の際にあの子が動けず、動かず、それが原因で艦が落ちては本末転倒。司令官という立場に付く以上、やり方はどうあれレムを制御出来るようになって貰わねば困るよ」
「……艦長はご子息の事を爆弾かなにかと勘違いしていらっしゃる。ご子息は、そのような不届き者ではないというのに」
「もちろんレムの事を信じてはいる。ただ、最悪のことだけは常に想定しておかねばなるまい」
最悪というのはどういう意味でのことか。
喉元にまで出掛かっていた言葉を飲み込み、クリスタは感情を押し殺す。今は、個人的な感情で討論をする時間ではない。救難信号が届いているというなら、真偽はともかく、現地に駆けつけるのが最優先。
「……わかりました。では艦長、一時的ではありますが、魔導師隊の指揮をお願いします」
「了解した。大事にならない事を祈っているよ」
プロイアに魔導師隊の指揮を任せて方舟を飛び出したクリスタは、レムとトゥイザリムの隊を引き連れて救難信号が発せられた空域へと移動。中空を飛び続けていた。
目的地が地上ということもあり、高度はそれほど高くない。せいぜい百から二百メートル程度。いずれにせよ、地上から目視出来るぐらいの高さだろう。
「クリスタ。方舟との距離、少し近すぎるんじゃないか。この信号が罠だった場合、虫や賊が方舟を襲う危険がある。方舟の航行ルートもまだ新しいものは出来上がっていないし、支配領域の中心近くに置いておくべきじゃないか?」
同属同士による獲物の奪い合いを避けるためか、機甲虫にはテリトリーにも似た、一定の支配領域の存在が確認されている。人間で言う国や領土のようなもので、支配領域に別のコロニーの機甲虫が紛れ込めば追い出そうとしたり、最悪、駆除することも珍しくない。
方舟の航行ルートはこの支配領域を参考に組み立てられており、二種の機甲虫がそれぞれに持つ支配領域の境目を航行することで機甲虫の襲撃を最低限に抑える、機甲虫同士の潰しあいを狙う、というわけである。
「この地域の虫の駆除は完了しているし、別地域の虫が来るにしては早すぎる。虫の残りにしろ賊にしろ、大した数ではないだろう? ならば緊急の際にご子息が駆けつけられるよう、こちらの目の届く距離に方舟を停滞させて置いた方が良い」
「へぇへぇ。相変わらずの神様ご子息様のようで。あの小僧の力は確かに人外だが、頼りすぎは良くないんじゃないか」
「それはわかっているよ、トゥイザリム。もしもの時は頼む」
「はっ、了解了解」
Map
救難信号が示した座標。その位置を魔導機杖を通して【地図】に映し出し、クリスタは示された地点のことをじっと考えてみる。
地表のほとんどが荒れ果てた荒野になっているこの地域では珍しく、まだわずかではあるが緑が残っていて、巨大な山脈、渓谷が作られている場所でもある。南側から北の果て、地平線の彼方まで砂と岩が連なる山脈地帯が続いており、地図に映し出された座標は山脈の北側、機甲虫の別種の支配領域に足を踏み込んでしまっている。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずか」
ぽつりと言葉を漏らした後、クリスタはすぐに首を横に振る。虎子を得られるならまだいい。わざわざ虎の穴に足を踏み入れて、その結果が無駄骨でしたでは笑うに笑えない。
それにこちらの目的は虎子を得ることではないのだから、無用な戦闘は避けて通るべきだろう。
「しかしクリスタ。支配領域のこともそうだが、そもそも渓谷だろう? こんな場所に人がいるとは思えんがね。だいたいこちらは空を飛んでいるんだ。本当に人がいて助けて欲しいと思っているなら、のろしでも大声でも、何かしらの合図を送れば済む話じゃないか。それにこの区域は以前から調査が行われているはず。調査中の魔導師を一度たりとも確認できなかったなど、少々考えづらい話だと思うが」
「罠の可能性は十二分に考慮しているが、ひとまずは記された座標に急ごう。渓谷の北東。山岳地帯ではないな。渓谷の……谷間?」
「谷間って、あの真下に勢いよく水が流れてる絶壁のことか? おいおいおいおい、蜘蛛じゃねえんだから」
「……足だけは運んでみよう。なにかしら、我々が見落としているものがあるかもしれん。ご子息、申し訳ないが先導を」
「はい」
レムを先頭に一同は移動。救難信号が示していた座標で足を止め、下に広がる巨大な渓谷、谷間を見下ろしていく。
「さて、目的地についたはいいがどうすんだ?」
「まずは様子を探る。ご子息、下降を」
「……了解。敵を誘い出します」
魔導機杖をぎゅっと握り締めると、レムはゆっくりとした速度で下降。
Protection
谷間の方を睨みつけながら、自分の周囲に【障壁】を作り出す。
「敵を誘い出すって、罠なのが前提か」
Axe
魔導機杖を【斧】に変化させ、トゥイザリム以下彼の隊の魔導師もまた、静かに戦闘の準備を整えていく。
「隊長。失礼ですが魔導師である以上、楽観視するよりは最悪を想定し続けてたほうがいいように思いますが」
「は、言うなアエド。まあその考えに異論はないが……さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
渓谷の谷間という飛び回る空間を大きく遮断された領域。叩き落とされれば、受身すら取れずに流されていくだろう谷底の凄まじい川の流れ。知性を持たない機甲虫という種が同じ考えに至っているかは不明だが、その場にいた魔導師全員が、ほぼ同じ考えを胸のなかに抱いていた。
自分が指揮をとるなら、魔導師はここで潰す。
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機甲虫に知性や感情の類は存在しない。人間を弄ることで作り出す騎士という種だけは人間の頃の知性や知識を引き継いではいるが、女王を含め、騎士以外の機甲虫にフェロモンや本能に沿った以外の行動を取らせるのは不可能である。
唯一つ。完全構築という、特別な術式を用いる場合を除いて。
前足を擦り合わせることで耳障りな音を掻き鳴らす銀色の巨体。絶壁を突き破りそれが姿を現したのは、レムが渓谷の谷間を半分ほど降りたそのときであった。
「ちっ、ご子息。一度下がって体勢を」
不愉快そうにクリスタがそう命令を下すより早く、
Fire-Wall
レムは【炎】の【壁】を形成。機甲虫の動きを遮断して、即座に急上昇を開始する。
「クリスタさん、すぐに虫が上がってきます。数は四」
「あ、ああ。了解した。すぐに迎撃準備を」
「はい」
魔導機杖を真下に構え、レムは機甲虫に向けて睨みを利かす。まだ炎の壁が邪魔をして上がってきていないが、姿が見えた瞬間、即座に攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
まるで機械だな。
機甲虫と相対するレムを見ているうち、クリスタはそんな考えを抱いてしまう。機甲虫の排除を最優先とし、極限まで感情を削ぎ落とした存在。普段の生活のなかではそこまで突出した感じはしないが、機甲虫という障害、害虫を前にした場合……。
「おい、クリスタ。ぼーっとするな。虫に手足を引きちぎられるぞ」
「わ、わかっている。トゥイザリム、戦力を二分した上で各個撃破に取りかかる。良いな」
「はいよ、了解。こちらの頭数は六つだが、どうわける?」
「クリスタさん、僕が二つ受け持ちます。残りをそちらで」
Sword
言うが早いか、レムは魔導機杖を【剣】に形状変化させる。炎の壁を突き破ってきた機甲虫の頭部に刀身を突き刺し、刃を真上に振り上げる。
Protection
続けて姿を現した機甲虫の攻撃を【障壁】を用いて防御。後ろに引いて、頭部を傷つけた機甲虫を含めて二匹を誘い出す。
「一対二と五対二。せっかくならもう一匹持っていって欲しかったが、贅沢を言うのは止めておくか」
「トゥイザリム。デコイで一匹の足止めをする。もう一つを早めに叩くぞ」
Terminal
クリスタの周りに握り拳ほどの大きさの【端末】。乳白色の球体が複数姿を現し、機甲虫に向かってそれぞれが直進していく。
機甲虫の側もそれを察知。前足を小刻みに動かして乳白色の球体をロックオンサイトに捉える。
ぱらららららららららら。
甲殻や全身に纏う金属板を作成する際に生まれる廃棄物。鉄くずを筒状に丸めて、機甲虫は金属弾を撃ちだしていった。端末のうちの一つが直撃を食らい大破。残りの端末が機甲虫の真横を通り過ぎ、機甲虫が、うっとうしそうにそちら側に向きなおる。
Bind
Bind
機甲虫の一匹をクリスタが足止めしている間に、【拘束】の術式を用いて他の魔導師がもう一方の動きを押さえ込む。鎖がじゃらりと音を立て、機甲虫の胴体を縛り上げる。
「よし、そのまま固定させておけ。前方に障壁を展開。俺が仕掛けるからサポートを頼む」
魔導機杖を用いて術式を扱う際、魔導師は術式の設計図‐構築式を元に術式発動の下準備を整えておくのが普通である。飛翔という術式を常時発動させておきながら二つ目、三つ目の術式を扱うというのは精神的な負担が大きく、よほど手馴れていないと発動までに無駄な時間がかかってしまう。
右手で三角を描きながら左手で四角を描く。そんな情景をイメージすればわかりやすいだろう。三角ではなく犬の絵。四角ではなくコーヒーカップ。犬の絵を描き間違えれば飛翔の術式が乱れてしまうのだから、落ち着いて、ゆっくり描こうとするのが当然というわけだ。
Lightning
「トウィザリム、こちらで隙を作る。合間を縫って等分しろ」
「任された。ちっとは働いとかねえとな」
魔導機杖の先端から【雷】を撃ち出し、クリスタは拘束されたままの機甲虫の注意を引き付ける。
ばちりっと轟音が響いて甲殻に雷が衝突。軽く感電をしたのか、機甲虫のモノアイの瞳が点滅を繰り返す。甲殻を羽織った巨体を動かし、身体を拘束していた鎖を引き千切り、機甲虫はクリスタに向けて金属弾を発射する。
Protection
【障壁】を用いてクリスタが攻撃を受け止めた直後。金属弾を撃ち込んできた機甲虫の胴体部に光の斧が食い込み、そのまま、体内を溶解させていく。
「アエド、頭を」
「了解。潰します」
Sword
アエドと呼ばれた金髪の青年魔導師は、魔導機杖を【剣】に形状変化させて刃を回転。機甲虫の頭部に先端を突き刺し、そのまま真下に押し込んでいく。
じっ、ばちり。
体内で漏電現象が巻き起こっているのだろう。機甲虫の身体のあちこちから火花が上がり始める。
ぱらららららららららら。
胴体部分と前足を繋げる基節と呼ばれる部位。人間で言えば骨盤に相当するそれの接続部分が、身体が溶解した影響によって緩くなる。先端部分に繋がる節が千切れかけていて、自分に弾が当たるのも関係なし。機甲虫は前足からひたすらに金属弾を発射し続ける。
ぱらららららららららら。
ぱらららららららららら。
完全構築による命令に忠実に従おうとしているのか、あるいは器官の一部が壊れて自分でも制御しきれていないのか。
「やろっ、死に掛けなら死に掛けらしく……痛っ」
前足が引き千切れて、飛び散った金属弾の幾つかがトゥイザリムの肩にめり込み、貫通する。
「隊長っ」
「いいっ! それより虫のほうだ。バインドを解除。全員虫から離れて、対象の周囲に障壁を展開。爆発を封じ込める」
「了解っ」
Protection
Protection
機甲虫の動きを封じ込めていたバインドの鎖を解くと、魔導師たちは手早く機甲虫の周囲に【障壁】を展開。大きく距離を取る。
火花を上げながらモノアイを左右に動かし続けていた機甲虫の動きが停止。光を失って、そのまま、内部から爆発を引き起こす。
「封じ込めろ。渓谷や山が崩れればしゃれにならん」
二重、三重に張られた障壁に皹割れが走り、衝撃と爆風が皹の部分から少しずつ漏れていく。魔導機杖の先端が強い光を放ち、障壁の皹割れがさらに大きく広がり初めて……。
「対象の消滅を確認。機甲虫の駆除、完了したようです」
障壁が破壊される前。すんでのところで、機甲虫の息の根が完全に停止する。
「そうか。よし、よくやった。次に取り掛か――」
「トゥイザリム、足止めをしていた固体がデコイの群れを抜けた! そちらに……
正面!」
「……!」
トゥイザリムが機甲虫を視界に捕らえたのと、鋭利な刃物のような牙がトゥイザリムを突き刺そうと伸びてきたのはほぼ同じ瞬間。
かわしきれない。突き刺される。
トゥイザリムがそんな直感を抱いた瞬間、
Hard-Wall- Protection
【強固】な【壁】を模した【障壁】が、機甲虫を後方に弾き飛ばす。
Fire-Sword
弾かれてくる位置を予測していたのか、真っ黒な法衣服を身に纏った少年は機甲虫が弾かれてきた場所に先回り。【炎】を纏った【剣】を頭部から胴体、腰部位まで一直線に突き刺し、機甲虫を串刺しにする。
Fire
突き刺した傷口に【炎】をさらに流し込み、体内を溶解。重要器官も含めて身体のほとんどを溶かしていった。
Hard-Protection
機甲虫の周囲に【強固】な【障壁】を展開。身動きが取れないようその場に抑えつけて、レムはクリスタたちの方に近寄ってくる。
「クリスタさん。機甲虫の駆除、完了しました。後続が出てくる気配も感じられませんし、いまのうちに調査を済ませてしまいましょう」
レムが報告を済ませた少し後、体内を解かされた機甲虫が爆発。衝撃の全てを障壁が飲み込んで、周囲に戦闘前の静けさが舞い戻ってくる。
「……どうしました? クリスタさん」
「ん、あ、ああ。そうだな。誰か救急キットを頼む。トゥイザリムの手当てを終え次第、虫が姿を現した地点の調査に入る」
「…………」
声を失った。というより、レムの異常さに圧倒されたのはクリスタだけではない。怪我を負ったばかりの魔導師。トゥイザリムもまた……。
「隊長。壁の術式で足場を作るので、一度そこで傷口を消毒しましょう。隊長?」
「なあアエド。おまえ、三音節の発動にどれぐらいかかる」
音節とは術式を発動させる際、いくつの構築式を組み合わせているか、ということだ。障壁や炎のように一単語のみで発動させれば単音節。多数を組み合わせれば多音節。二や三という数字は、文字通り組み合わせる構築式の数を表している。
「……数日前。機甲虫の殲滅戦を行った際には、砲撃準備を整えるまでに二十秒ほどの時間が必要でした」
「遅いな。俺なら十秒もあれば組み立てられる」
「…………」
「…………」
トゥイザリム・ローとアエド・グランテ。二人の魔導師が互いに沈黙をしたのは、レム・リストールという魔導師が3-2-1-2と続けざまに多音節の術式を発動し続けていたからだ。
「こちらはクリスタ司令を含めての五人がかりで何とか一匹。それも隊長が負傷を負ってなのに……向こうは同じ時間で三匹を、なんですよね」
「はっ。まあいいじゃねえか。それはそれで。強い敵ならともかく強い味方なんだ。喜ぶ理由こそあれ、嫌がる理由がねえ」
「味方であってくれればいいんですけどね。負傷した隊長に声をかけもしないで、目的目的、任務任務。もしもこの救難信号が罠じゃなかったとしても、あんなのが見つけたりしたら」
「ああ。それなんだよな、問題は」
「はい?」
トゥイザリムが発した言葉の意味が理解出来なかったのか、アエドは不思議そうに首を捻る。
「アエド、治療は後回しにしようや。ちとクリスタのとこに行ってくる」
「あ、ちょっ、隊長!」
アエドの不服そうな声を聞き流しながら、トゥイザリムはクリスタのすぐそばにまで合流。機甲虫が姿を現した場所に近づいていくレムを目で追いかける。
「うん? どうしたトゥイザリム。怪我は」
「ああ、弾は貫通してるし、大したこたねえよ。それよりクリスタ。あのレムって子供のことだが、いいのか?」
「……いいというのは?」
「わざわざ口にしないとわからないか?」
「…………」
答えに困ったのか、クリスタはほんの少しだけ視線を逸らし、じっと口を紡ぐ。
「っと、わりぃ。お前にぐだぐだ言っても仕方ねえな。けど、あいつを見てると昔見た娯楽映画に出てくる、マンマシンってのを思い出してな」
「マンマシン? おまえの好きなロボットが出てくる話か?」
「そうそう。あれはなかなか熱い話でって、そうじゃねえ。マンマシンってのは、わかりやすく言えば人間と機械の調和を図って、それぞれの欠点を補うように構成されたものの事を言うんだが、ああ、インターフェースって言葉をつけたものの方がわかりやすいな。人間が機械を操作しやすくするための技術で、キーボードとかマウスがこれに該当するんだが、調和を図って欠点を補うように構成されたもの。これを一つの括りにしてみた場合、似てると思わねえか?」
「似ている? なにに?」
「たった今、俺たちが駆除をしたものにだよ」
「……何が言いたい」
「フェロモンや完全構築っていう指針を示してもらって、それに従った行動を最優先に執り行なう。それが機甲虫って生き物だろ。言いたくはねえが、レムってガキの行動は人よりもむしろ虫の側に近いぜ?」
「……っ。貴様は、ご子息を愚弄するつもりか」
「どう解釈するかはお前の好きにしろ。俺は思ったことと事実を口にしてるだけだ」
「ちっ、減らず口を」
不快な感じは拭いきれないものの、言っていることには一理ある。認めたくはないが、クリスタ自身もそんなことを考えてしまう。もちろんそんな、レムを悪く言うような言葉は死んでも口にするつもりはないが。
「……トゥイザリム。隊の指揮はそちらが頼む。私はご子息と行動を共にする事にしよう」
トゥイザリムの考えを馬鹿馬鹿しいと思う反面、レムとリーゼの過去の関係、ミュウという娘とのことを頭の中に思い浮かべてしまって、クリスタは自分でも知らず知らずのうちに舌を打っていた。
リーゼから下される命令を絶対として、今は、ミュウを守ることを絶対として。
主従関係。女王固体とそれに仕える『騎士』。
馬鹿らしい。
思いきり首を横に振り、クリスタは頭の中に根付いたくだらない考えを振り払う。
命令に背いてミュウとリーゼを助けに行ったように、リーゼを見捨てたことをずっと気に病んでいたように、レムはしっかりとした『個』を持ち、自分なりの考えや信念を持っている。だから虫や機械とは違う。何も心配する必要などない。
クリスタの視線の先。
レムは魔導機杖を剣に形状変化させたまま、機甲虫たちが姿を現したくぼみをじっと睨みつけていた。
機甲虫が姿を現した渓谷の谷間。そこを調べているうちに巨大な空洞を見つけて、一同は内部に入り込む。
谷間に作られた空洞は大きく、天井の高さは三メートル程度。壁は崩れないようにという配慮からか鉄板で補強されていて、床には鉄板こそ敷かれていないものの、石の凹凸を綺麗に削り取って舗装が施されていた。
「おいおいおいおい、穴ぼこでもあるのかと思えば何だこりゃ」
「上に見えるあれは、蛍光灯だな。となると、電力が生きているということか」
壁や天井、床を見渡しながら空洞の内部。いや、舗装された通路を歩き、一同は丁字路の手前で壁に取り付けられた大型の液晶パネルを見つける。数年か数十年、ひょっとしたらもっと前に製造されたものらしく、液晶パネルを囲む枠は酷く錆付いてしまっていた。ただ液晶パネル事態は壊れてはいないようで、クリスタたちが近づくとぱっと映像を映し出す。
『施設案内板』
物自体は古そうなものだったが、不思議と、埃らしい埃はほとんど被っていない。まるで、つい最近まで誰かが使用し続けていたかのようであった。
「衝撃の事実だな。機甲虫の実態が、こんな文化的な生活を行う種族だったとは」
「馬鹿がそんなわけあるか。どう見ても人の生活風景の名残ではないか」
「それは思うが、おかしくないか? なんでここの機械は埃を被っていない。機甲虫が此処を襲撃したのがつい最近の出来事なら、なぜ地面に血糊がついていない」
「それは……」
トゥイザリムの意見に、思わずクリスタは口ごもってしまう。襲撃を受けたのが遥か昔。つい最近。そのどちらの場合でも、どうしても矛盾が生じてしまう。
有り得るとすれば機甲虫と人の共存という線だが、そんなことをして、虫の側に何のメリットがあるのかがわからない。
いや、仮にメリットが存在していたとしても、機甲虫にはそれをメリットと判断出来る知恵や感情が存在しない。唯一、騎士という種ならそれを判断することも出来るだろうが、騎士がコロニーの頂点に位置する存在でない以上、本能だけで動く女王にメリットを伝えるのは不可能だろう。
「人の生活の名残が垣間見える遺跡、施設。本来なら歴史的発見とでも言って喜びたいところだが、どうにも釈然としないな。ああそうだ。此処が虫どものコロニーってのはどうだ? 騎士なら機械を使えてもおかしくないだろうし、虫と共存しているってのも頷ける」
「自分たちの住処をばらしてどうする。女王という絶対的な守護対象がいる以上、いたずらに巣穴を危険に晒すメリットはないよ」
「へえへえさいですか。で、さっきから否定ばかりだがお前の意見は? クリスタ」
「それは……調査してみないことには何とも言えん。一先ずは先に進もう」
返答に困り、具体案を出す事が出来ず、クリスタは視線を逸らす。
「おいおい、調査だって言うならこれを使わない手はないだろ」
ぽん、と指先を案内板と記された液晶パネルに押し当て、トゥイザリムは機械を起動させる。
「馬鹿、迂闊に手を触れる奴があるか」
「なにを? 調査に必要なのは好奇心。それと、臨機応変な行動の取れる精神だぜ? びびってばっかじゃ何もできねえよ」
『システムを呼び出しています。しばらくお待ちください』
「ほらな」
自慢げな口ぶりでクリスタに振り向いたその拍子。液晶パネルの機械が、びーっと明らかな異常を示す音を上げ始める。
『システムエラー。再起動を行ってください』
「あ? エラーに再起動? 動かねえってことか。仕方ねえな、アムとアエドはここで待機。こいつが使い物になるかどうか、ちょっと調べてみてくれや」
「トゥイザリム。それが動かん以上は直接調べに行ったほうがいい。放っておけ」
「そう言うなよ。こんな狭い通路をぞろぞろ集団で歩き回っても邪魔なだけだろ。待機させがてら、ついでに調査してもらうだけだ」
「……まあいいが、早く行くぞ。私とご子息は右手側に向かうので、左手側を頼む」
「あれ、クリスタさん。そのレムって子と一緒に行く気ですか?」
「そのつもりだが、何か問題か?」
「いえ、問題ってほどじゃ。けど、出来ればうちの隊長ともがっ」
「黙ってろパノプト。それじゃあな、クリスタ。何か発見があれば報告。何もなくても一時間後に落ち合う事にしようや」
パノプトの襟首を掴んで自分の方に引っ張ると、少しだけ顔を赤くしながら、トゥイザリムはずんずんと施設の奥に進んでいく。なぜそんな態度をとるのか意味がわからず、クリスタは軽く首を傾げてしまう。
「……? 何を遊んでいるのだあいつは。まあいい。ご子息、こちらも行くことにしよう」
「了解。機甲虫を全て潰したとも限らないですからね」
「……私が前に出るので、ご子息は後ろの警戒や援護をお願いします」
若干の不安を感じながらもかしゃり。微かな音色を奏でながら魔導機杖を肩に担ぎ、クリスタはレムの前を歩き出す。
大人しくこちらの指示に従ってくれればいいが。
レムのことを信用していないわけではないが、どうしても、クリスタはそんな考えを抱かざるを得ないのであった。
『精神的な問題?』
『そう。手術を行い痛みを取り除く事が出来たとしても、ククル自体に変わる意志がなければ歩けるようになるかどうかは……。ククルは足が動かない事よりもむしろ、役立たずと陰口されていることの方を気にしているようだったしな。その思いが、無意識のうちに足枷になっているんだろう』
『それって、普通は逆なんじゃないですか? 役立たずって思われたくないから早く歩けるようになって、それで』
『怖いんだろうよ。足が動くようになって、それでも役立たずのままかもしれないのが』
『えっ?』
『私は足が動かない。だから役に立つ事が出来ない。言い方は悪いが、それを言い訳にしているのだろうな。もしも身体を自由に動かせるようになってそれでも駄目なら、もう後が無くなってしまうから』
『なら、手術しても無駄って事ですか?』
『無駄とまでは言わないが、激痛を和らげるだけの結果になる可能性は高い。それに麻酔や鎮痛剤がない以上すぐに、というわけにはいかないよ。どこかの集落、あるいは飛翔艦と接触して、医療薬を分けてもらわないと』
結局、ククルの足の手術が行われる事も、ククルの気持ち自体が変わるような出来事が起こることもなかった。起きるよりも先に、私たちが暮らしていた集落は無くなってしまったのだから。
運良く地下の穴倉に逃げ込むことが出来て、魔導師に保護されて、方舟にたどり着いて。そうやって、私は助かった。私だけが助かった。でも、ククルは……。
「静かになった」
しばらくの間ずっと続いていたどんどんという爆発音と大きな振動が聞こえなくなって、部屋の隅に隠れていた少女は頭上を見上げながら立ち上がる。
あの子たちが出て行ったってことは、お姉ちゃんが来てくれたわけじゃないと思う。それ以外の何か、悪い奴……敵。
『いいか。もし私以外の者がここに来るような事があっても、絶対にこの部屋からは出ないように。じっとしていれば大丈夫だから。何かあれば、必ず私が助けに来てあげるから。いいね』
お姉ちゃんの言葉を頭のなかに思い浮かべて、壁に立て掛けておいた金属の杖をぎゅっと掴む。術式という魔法を私でも使えるようにしてくれる杖。お姉ちゃんやあの子たちみたいな凄い力を、かざすだけで使えるようにしてくれる不思議な杖。
冷蔵庫の中にはお姉ちゃんが持ってきてくれた果物や野菜が入っているし、飲料水も十分に蓄えがあるからここにいても大丈夫だけど、ほんの少しだけ、外の様子が気になってしまう。
魔法の杖があれば何かあっても大丈夫だろうし、少しだけなら、ううん、でも。
魔導機杖を片手に少女が思い悩んでいると、突然に、部屋の入り口のドアが開く。えっと思ってドアに近づき、外を覗いてみるが人影も虫影もどこにもなし。
不思議に思いながら思いきって部屋の外に出た瞬間、ぷしゅん、という音と共にドアが閉まってしまう。
「えっ、うそ。開かない? ロックされてる?」
慌ててドアに手を掛けてみたものの、頑強な鉄の扉は押しても引いてもびくともしない。
どこかにロックを解除する装置がないかドアの周囲を探ってみても、それらしいものはどこにも見当たらなかった。
締め出された。
どうして? 誰が? 何のために?
頭のなかに色々な疑問が浮かび上がってきたものの、それら全ての疑問は、かんかんかんという物音にかき消されてしまう。
足音。一つじゃなく、複数。
寒気にも似たものが身体をよぎって、少女は両手でぎゅっと魔導機杖を握り締める。
人、敵。お姉ちゃんでもあの子たちでもない何か。
足音を立てないように慎重に歩きながら、少女は部屋から出て最初の丁字路まで歩き、
「……!」
「なんだ? 人……子供?」
自分と同じ、金属の杖を携えた人たちと目があってしまう。と、
Sword
「……っ。まて、ご子息」
Sword
少女の目の前。二本の【剣】がぶつかり合い、激しい火花が舞い上がる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「クリスタさん?」
なぜ邪魔をするのかが理解出来ないのだろう。レムは不思議そうに首を捻りながら、とんっと、後ろに飛んで剣を構えなおす。
「ちっ、そこの娘。一度下がれ。引け」
「えっ?」
「いいから、下がれと言っている!」
「言われなくても、そうする」
Dispel
光の剣同士で鍔迫り合いをする最中。真っ白な光の粒子が二本の魔導機杖にそれぞれ降りかかり、【解術】の術式がその効力を現す。
「……消えた?」
「いまのうちに」
術式が消滅し、レムたちが不思議そうに魔導機杖を眺めていると、少女はレムたちとは反対の方向に向かって走り出す。
Sword
再び【剣】の術式を発動させて、レムは軽く刃を振るってみる。別に、術式に普段と違う部分は見られない。
「さっきの聞きなれない術式の効果かな。術式を解除……結構やっかいな能力かも。けど再度発動しなおせるなら問題はないか。クリスタさん、後を追いましょう」
剣に形状変化させていた魔導機杖を解除。杖の形状に戻し、レムはそれを右肩に担ぎなおす。
「待てご子息。その前に確認しておきたいことがある。貴公は、今回の任務の内容を本当に理解しているのか? 救難信号が発せられた地点に急行し難民を保護。それが、どうして出会い頭に斬りかかるような事になる」
「どうしてって、機甲虫が潜んでいる場所に人の外見をしたものがいた。なら、それは騎士なんじゃないんですか? あれが騎士なら先手を取られたくはないですし、事実、術式を解除するなんて妙な能力を持っていたじゃないですか」
「それは……」
レムの指摘を受けて、クリスタは思わず押し黙ってしまう。確かに正論ではある。正論ではあるのだが……。
「騎士と決めてかかるのは早計というものだろう。まずは魔導機杖を手放させ事情を――」
「魔導機杖がなくても騎士なら術式を扱えるじゃないですか。それに、話す暇を与えてくれるほど甘い相手とは限りませんし」
レムの判断は間違っていない。理には叶っている。
それでも、クリスタはレムに対して言い表しようのない不安と『異常』を感じずにはいられなかった。
「とにかく、だ。殺傷力のある術式の使用は控えるように」
「……? わかりました。捕獲を最優先に動いてみます」
レムの言葉からは、感情や意思の類が全くと言っていいほど伝わってこない。機械のように、虫のように与えられた命令をこなしているだけのようで、自分を持っていないような、その希薄さが怖くなってしまう。
「あ、ところで。怪我とかはしていませんよね。さっき斬りかかったとき、駆除のために手加減なしで仕掛けたんですが」
「誰に物を言っている。いくらご子息が相手であろうと、あの程度で遅れは取らんよ」
「……! はい。では先行してすぐに駆除……違う。対象を捕らえてきます」
こちらの強がりに感づいていたのか。それとも純粋に受け止めてくれたのか。ともかく、レムは嬉しそうに頷きそのまま駆け出していった。屈託のない笑顔を浮かべるレムの表情は歳相応の子供そのもので、でも、言葉や行動とはあまりに不釣合いに見えて……。
「やはり、ずれているのだろうな」
根本的な部分で生じる価値観のずれ。そのずれがあの人の姿に折り重なって見えて、クリスタは否応がなく意識をしてしまう。レムが、リーゼの息子である事を。
「お嬢様が行方不明になったあの事件をきっかけに、確かにご子息は変わられた。しかし……所詮は微弱な変化ということか」
「まだ追ってくる。早い……」
Map
たんたんたんたん、と石畳の地面に足音を響かせながら、少女は手にしていた魔導機杖を用いて【地図】の術式を呼び起こす。ちらちらと後ろに視線を傾けながら、自分の現在位置と向かっている先を確認する。
「やっぱり、この先は行き止まり」
Wall
機械音声に反応して振り返ってみると、後を追いかけてくる少年‐レムの杖が淡い光を放っていた。そうして、目の前に再び【壁】が立ちふさがる。
「また、あの変なのを張る」
Dispel
手にしていた杖を傾けて【解術】の術式を発動。邪魔な壁を打ち消し、少女は再び、解術を発動させるための準備を整えていく。
向こうがやってくることには間に合っているけど。
Fire
Dispel
真後ろから撃ちだされた【炎】に杖を傾けて【解術】。そうしてまた、鬼ごっこに戻る。
遊ばれてる? 違う、私の杖のマナを切らそうとしてる。
ちらり。手にした杖のマナ残量を確認してみると、残っているマナはわずか二メモリ分。マナの使用効率をよくするための昇華作業を行っていない、する暇を与えてもらえないからこうなる予測はついていたけど、やっぱり、このまま逃げるのは無理があるだろう。
戦いなんて初めてだけど、お姉ちゃんが教えてくれた通りにやれば。
Lightning
足を止めてくるり。レムの方向に振り返ると、少女は【雷】を発射する。
「……遅い」
少女が手にしていた杖に集中していたからか、レムは放たれた雷を難なくかわす。
発射される術式がいくら素早くても、直線的にしか飛ばないのなら軌道を予測するのは容易い。けれど少女の側も、一撃目をかわされるのは織り込み済み。
Reflect
雷が向かう先に銀色の鏡を作り出し、少女は雷を【反射】させる。
「……!」
Hard- Protection
レムが少女の策を読んでいたかはわからないが、ともかく真後ろからの奇襲に対して【強固】な【障壁】を張ることで防御。レムは雷を受け流す。
「防ぐ? 今のを?」
奇襲が失敗して、少女はほんの一瞬、うろたえかけてしまう。時間に換算すれば一秒にも満たないほどの刹那。その一瞬で、
Bind
「鎖? しまっ――」
レムは【拘束】の術式を組み上げ、光の鎖で少女を拘束する。
「ん……動けない」
Sword
鎖で身体を縛られ、自由が利かなくなった直後。少女の目の前で、レムは魔導機杖を【剣】の形状に変化させる。
軽く振るいながら刀身の大きさ、出力を調整して……。
「ご子息、そこまででよいです。後は私が」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今まさに魔導機杖を振り下ろす。そうしたとしてもおかしくないであろうレムに声を掛け、クリスタはその動きを留まらせる。
「……?」
「バインドで拘束している以上、この子も迂闊なことは出来ません。それに、こうして魔導機杖を奪ってしまえば足掻きようがない」
そう言って、クリスタは少女の手元から魔導機杖を奪い取る。重厚な雰囲気を漂わせる黒色に、黄金の装飾。杖の先端にはΩなどの奇妙な記号が描かれており、魔導師の手にする通常の杖とはどこか異なったもののように見えた。
「クリスタさん。仮にこの子が騎士なら、魔導機杖を奪ったとしても効果は薄いように思いますが」
「……この子が騎士で我々を陥れるつもりなら、ここまで状況が悪化する前に何かしらの手を打っているよ。そこの娘。貴公、怪我はないか? すまんな。救難信号を送ってくれたと言うのにこのような真似をして。ご子息、すまないが」
「どうなっても知りませんよ」
拘束を解くように促すと、レムはしぶしぶといった様子で術式を解除する。少女を拘束していた鎖が消滅して、自由に動けるようになる。
甘いな……私は。
穴の開いた理論で自分を納得させて、ご子息にまでそう思わせようとする。相手が子供だからこそ、特に甘さがにじみ出てしまうのかもしれない。普通に考えれば、ご子息の考えの方が正しいのだろうに。
「救難信号って?」
最初に出会ったときに助けたり拘束を解いてあげたからか、少女は警戒や疑いの色を示しながらも、文字通り一歩、クリスタの方へと歩み寄ってくる。
「ん、貴公には話が通っていないか。我々が暮らしていた飛翔艦に救助を願う通信が届いてな。ここの座標も、その通信によって知ったのだ。誰か、大人の者はいないか。こちらの状況を確認しておきたい」
「……?」
意味がわかっていないのか、少女が不思議そうに首を捻る。その仕草にクリスタは若干の不安。いや、異質さを感じてしまう。
人ではない、もっと無機質なものと対面しているような感覚。
騎士と話をしていた際に感じていたものと同じか、それに似通った……。
「貴公一人で暮らしているわけではないだろう。他に人はいないか、と聞いているのだ」
「お姉ちゃんがよく様子を見に来てくれるけど、普段は私一人だけだよ? 銀色の虫さんなら一緒にいてくれるけど、あの子達は喋ってくれないからつまらないし」
「なに?」
少女がふとした拍子にこぼした言葉。それに反応したのは、クリスタよりむしろレムの方が早かった。
「やはり騎士のようですね。すぐに駆除してしまった方が」
Sword
魔導機杖を【剣】に変化させ、真正面にそれを構える。
「待て、ご子息。早計な行動は謹んで頂きたい」
「しかし」
「いいから」
膝を屈ませて、クリスタはレムにそっと耳打ちをする。
「この子が何者であれ、我々の把握していない情報を数多く所有している可能性が高い。であればまずは話を聞いて、情報を聞き出すのが筋というものです」
「……了解」
不満を抱きながらも一応は納得したようで、レムはしぶしぶと言った様子で魔導機杖を肩に担ぎなおす。
「それで貴公、名前は」
ご子息をなだめながらこの妙な子供の話を聞く。なかなかにきつい仕事だな。
少女が思いもよらぬ言葉を発したのは、クリスタがそんな考えを抱いた直後の出来事であった。
「名前? ククル・クラスタ」
「……!」
まさか、有り得るはずがない。
少女の言葉で抱いた幻想。首を振り、クリスタは慌ててそれを振り払う。
少女の身なりは生き別れる前のククルのものに似てはいる。だがあの子は足を動かす事が出来なかったし、大人しくはあったものの真面目で、もう少ししっかりとした性格をしていた。少なくとも、この子のような無機質さを感じることはなかった。それに、何よりも計算が合わない。
十年。いや、十五年以上前に起きた事件なのだから、生きていたとしても、このような子供であるはずがない。
「どうしたの?」
「どうしました? クリスタさん」
レムとククルを自称する少女。両方から問われて、クリスタははっと冷静さを取り戻す。
「いや、なんでもない。そういえば、我々の名をまだ伝えていなかったな。あちらにおられるのがレム・リストール。私は……クリスタ・クラスタだ」
「クラスタ? 私と同じ名前? どうして? ひょっとして、私やお姉ちゃんのことを知っている人なの?」
山ほどの疑問をククルは浮かべているようだが、知るものか、という言葉しかクリスタの頭には浮かんでこなかった。聞きたいのはむしろこちらの方だ。
なぜこんな場所にいるのか。なぜ機甲虫に襲われなかったのか。
あの妙な術式や魔導機杖はどこで手に入れたのか。なぜ私の妹と同じ名前なのか。
本人なのか、偶然なのか、それとも私を混乱させるためだけのためにこんな手の込んだ事をしたのか。ああそれと、お姉ちゃんというのもあるか。
この子の言うお姉ちゃんが私でないのは間違いないが――。
「……ククル。貴公の疑問に答えたいのは山々だが、こちらも、予期せぬ出来事のせいで多少混乱をしている。このような通路で長話をしても仕方がないし、貴公さえよければ我々の飛翔艦まで同行してくれないか」
「飛翔艦? でも、外は危険だからここから動いちゃだめだってお姉ちゃんが」
「心配は無用だ。数多くの魔導師が守りを固めている。こういう言い方はなんだが、安全の度合いで言えばここを上回っているよ」
「……ひょっとして、お姉ちゃんはその飛翔艦ってところにいるの?」
「ん?」
「だって、お姉ちゃんが前に言っていたもの。仲間がたくさんいる安全な場所。時期が来たら、私もそこに連れていってくれるって」
虫に襲われていない娘。お姉ちゃんと慕う相手。
まさかな。と、一つの考えが頭をよぎる。しかし、今はそれを証明する方法はない。
「そうだな。貴公の姉がいるという保障は出来んが、いないと断言することも出来ん。気になるのなら実際に来てもらい、確認をしてもらうのが一番だろう」
「ん、わかった。なら……行く。お姉ちゃんに会えるかもしれないなら、行きたい」
ククルを自称する少女が頷き、そんな風な声を上げる。とんとん拍子で話が進んだのはいいが……。
若干の不安を抱きながらレムに目を向けてみると、予想的中。
不満、警戒、敵意。
様々な感情を心のうちに宿したまま、レムはククルを『監視』し続けていた。
自分とレム。どちらの判断が正しいかはともかく、問題は山積みだな。
ククルを自称する少女の肩に手を添えながら、クリスタはふうっと、深いため息を漏らしてしまうのであった。
遺跡らしきところで謎の少女に出会う。ファンタジーの王道ですよね。
普通の物語ならこの話こそ第一話に相応しいのかもしれませんが、今回の
物語は少し変化球。色々な仮設を立てながら読み進めていってほしいです。