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Ⅴ:洞窟の最奥へ

「あの、こんにちは」


礼拝堂の方からした声に、ジェニファントは、昼食のスープを飲む手を止めた。


教会の裏口側にある居住スペースから、ジェニファントは下りていく。



昼の明かりを透かしたステンドグラスが色を落とす広い礼拝堂、

その中央に、セレスティーナが、心配そうな顔つきで立っていた。


「これはペガサスナイト殿、なにかお困りかな」

ジェニファントは尋ねる。


セレスティーナが、不安げに眉を寄せた。

「…ガトールークさん、

…昨日から、戻られていないのですか?」


「ああ、あいつのことか」

ジェニファントが、鼻を鳴らす。

「そのへんをほっつき歩いておるだけじゃ。

ナイト殿の気にかけていただくほどのことでもない」


「…それ、僕が変なことを頼んだからなんです。

僕が、失踪事件をどうにかしてほしいだなんて言ったから…」


「ほう、それであいつはマリ村に」

ジェニファントが、たくわえた白ひげをなでる。


「…え?」

…セレスティーナは、顔を上げた。

「…ジェニファントさん、ガトールークさんは、マリ村に向かったのですか?

…僕はてっきり、いつもの森にいるのかと…」


「驚いたのう、あいつは依頼主のナイト殿に何も言わずに出かけていったのか。

なんという恥知らずじゃ」

ジェニファントが足を踏み鳴らしながら、奥に入っていく。


不思議そうな顔のセレスティーナ、

彼のもとに、ジェニファントは、鳥かごを抱えてきた。


「…これは?」

セレスティーナが、緑に輝く、白い小鳥を見つめる。


「昨日の晩にガトールークが送ってきたんじゃよ、 いつものことじゃわい」

ジェニファントは涼しい顔で、鳥かごを軽く叩く。


…すると、


『じいさん、俺今夜は帰らないから、晩飯いらない。

急でごめんな。

あー…

…あとそれから、もしかすると、明日も戻らないかもしれないから。

何かあったら、俺はマリ村にいる…かもしれないけど、そうとは限らないから、そこらへんはうまくやってくれよな。

じゃ、お休み────』


鳥が、しゃべった!

それも、ガトールークの、少年のような、あの声で。


セレスティーナは呆然と、小鳥を見つめた。

「ガトールークさん、

…すごい」


「まったくナイト殿にまで心配をかけおって、どうしようもない奴じゃのう」

ジェニファントが眉をしかめる。


「そうだ、こうしちゃいられない」

セレスティーナは我に返り、はたと顔を上げた。

「僕、ガトールークさんを探しに行ってきます」


ジェニファントが、目を細める。

「まあそのうち戻ってくるとは思うがの。

ナイト殿がそうしてくださるなら、お言葉に甘えるとするかのう」


「すみません、お昼時に失礼しました。

それでは、また!」

「わざわざご苦労じゃったのう、ナイト殿」


セレスティーナはジェニファントに別れを告げ、教会の扉を開ける。

外に待たせていた彼の愛馬、エリザベータにまたがって、彼は、飛翔した。








村の奥にぽっかりと口を開ける洞窟の奥を、ガトールークは見据える。



「いいか」

ドットは二股に分かれた帽子を揺らして、ガトールークを振り向く。


「この先に、メーダゲートの“腕”が出てる」

「…腕?」

「赤い木の根っこみてえなヤツだ、先端は青くなってる」

「…ふうん…

で、それから?」

「オレたちはいつもそこまでしか人間を運んでいかない。

…その“腕”の、青いとこにつかまると、石になっちまうんだよ」

「…え、じゃあ」

「そうだ、まずそれをかいくぐれなけりゃあ、てめえの命はねえ」

「…その先には、何があるんだ?」


…周りに集まっているホビットたちが、顔を見合わせる。


「わかんないノ」

ロコが、言った。

「…ぼくたち、そこよりさきにいったこと、ないノ…」


「ここに来たときの姿しか見てねえんだ」

ドットがガトールークを指差す。

「なんだか、シードヴィッツに似てるんだけど、色とか…なんか微妙に違うヤツだった。

そういや、てめえと似たような大きさだったな。

…ま、今どうなってるかは知らねえがな」


「へえ、そうなんだ」

ガトールークは、シャツの裾をズボンにしまいなおした。

「それじゃ、そのへんは、俺が確かめるとするか」


「ガトールーク、もういくノ?」

ロコが不安そうな顔で、ガトールークのズボンを引っ張る。


「ああ」

ガトールークはしゃがみ、ロコの頭をなでた。

「大丈夫、ちゃんと戻ってくるよ」


「ぜったい、ぜったいだヨ!」

「うん、絶対」


ガトールークは、ロコと指切りを交わして、立ち上がる。


「じゃ、行ってくるよ」


彼は、ためらいもせず、暗闇の中へと足を進めて いった。



その背姿を眺め、

…ドットが、つぶやいた。


「怖くないのかよ…

…へんなヤツ」





ところどころにクリスタルが顔を出し、ガトールークの行く手をぼんやり照らしている。


「キレイだなあ…」


彼は、割れて地面に落ちたらしいクリスタルを、いくつもポケットに詰めこみながら、固い土の上を歩んだ。




ふいに、ガトールークの靴のかかとが、こつん、と、音を立てた。


ガトールークは、地面に目をやる。


─────歩いているところが、突然、土から石に変わっている!


ガトールークの胸が、早鐘をうつように、高鳴りはじめた。


輝きを失ったクリスタルが、点在している。

彼はポケットからクリスタルのかけらを取りだし、あたりを照らした。



彼の視界に、ぼんやりと、異形のものが目にうつる。

近づくにつれて、それは徐々に輪郭をあらわにしていった。


赤く長くうねりを帯びて、

ガトールークの腰よりも太いそれが、壁からつき出している。



…これが、“腕”…!



ガトールークは、駆け寄った。


“腕”が、びくんと震えて、ぬらりとその身を持ち上げる。


青い切っ先がガトールークをさして、まっすぐに向かってくる。


そんなことは、予測の範囲内だ。


彼は、腕を前に突き出した。

輝くバリアが、腕の先端を受け止め、火花を散らす。


─────が、


「…やばっ」


みるみるうちにひびが入り、

───それはあっけなく、破られた。


ガトールークは、とっさに脇によけて、“腕”の赤い部分に手をかける。


のたうち回るそれにしがみついたはいいものの、どうしたらいいかわからず、彼はやりたい放題振り回された。


壁に体が打ち付けられる。


ガトールークの薄い胸板がそんな衝撃に耐えられるはずもなく、彼は吹っ飛んだ。


ガトールークの眼前に、“腕”が迫る。



やられる!



瞬間目を閉じたガトールークは、


…肉体が何かにぶつかる、鈍い音を耳にする。


激しくきしみ、のたうち、うねり…


やがて、



… 静かになった。



ガトールークは、そっとまぶたを上げる。


赤い“腕”は、もうそこにはなかった。

壁には大穴が開いている。

“腕”は、そこから引っ込んでいったらしい。


…少し離れたところに、あの青い先端をつけた腕が、力なくうごめいている。


ガトールークは立ち上がり、それに恐る恐る近づいた。


壁から飛び出した、今はただの石と化してしまったクリスタルに、青黒い粘液がへばりついている。

ちぎれた“腕”の先端の断面から、それは流れ出していた。


「ははあ、そういうことか…」


どうやら、“腕”は、ガトールークを投げ出した拍子に、思いがけず、とがったクリスタルでその身を断裂させてしまったらしい。



ガトールークは、根幹を失って、目的もなくうねることしかできなくなった先端部分を拾い上げた。


「…ふふっ

これ、面白いなあ」


ガトールークは左手に“腕”を握りしめたまま、足取りも軽やかに、洞窟の奥に向けて再出発した。




あの“腕”と出会ってからは、洞窟内は完全に岩壁である。

洞窟の入り口付近で、好奇心から拾い集めたクリスタルがここまで役に立つとは、正直思いもよらなかった。



わずかな明かりを頼りに、ガトールークは歩いていく。




─────そのうち、

彼は、ふと、体に、振動を感じる。


一定のリズム。

そう、まるで、心臓のような─────。


洞窟全体が、鼓動している…?



ガトールークは、身体中の皮膚が突っ張るような緊張感に、肩をこわばらせた。


彼は歩みを速めていく。


近づく、魔の気配。



ふいに、視界が少し明るくなる。



─────広く開いた空間が、彼を待ち受けていた。



「───…!!!」


ガトールークは、思わず、息をのんだ。



あまたのシードヴィッツたちが、好き放題に飛びかっている。

天井に開いた小さな穴から、外に飛んでいくものもいる。


そして空間の中央には、 赤黒い幹の、大樹。

青い先端の枝を静かにかかげ、たたずんでいる。

立派な太い根が岩の床にしっかりと食い込んで、簡単には抜けそうにない。

葉はないが、奇妙な形状の実をたくさんつけており、ヴィッツたちが盛んにそれをついばんでいる。

これがわずか十日ほど前にはガトールークほどの大きさだったというから驚きだ。


ガトールークが呆然とそれを眺めていると、

突然、樹のうろががばっと口を大きく開けた。

ガトールークが駆け寄るのが早いか、その穴から、数匹のシードヴィッツたちが飛び立っていった。


「ははあ…」


わかった。

マリ村周辺やこの森にヴィッツが増えている理由はこれだ。

この樹が、ヴィッツを生み出しているのだ。



ガトールークは、閉じてしまったうろに顔を近づけた。


その瞬間、


「うわっ!」


再びうろが開き、ヴィッツが飛び出す。


はねのけられたガトールークがあわてて起き上がった頃には、既にうろは閉じていた。



彼はあたりを見回した。

あるのは、岩壁とヴィッツ、それにこの不気味な大樹だけである。

石になったというホビットの長老と人間たちの姿はない。



ガトールークは、樹のうろを、食い入るように見つめる。



「…やるしかない」



──────彼はついに、腹をくくった。



挿絵(By みてみん)

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