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Ⅳ:森の下の集落

「いんやあ、やっぱし、ジムシーのじゃあ、あんちゃんにはでけえっぺ」


袖が余り裾を引きずる寝間着を脱いで、ガトールークは、ジプラに借りた、どうやら彼の息子のものらしい、開襟シャツと、ズボンを身につけてみた。

誰の目にも明らかにサイズが合っていない。

ジプラの息子ジムシーは、ガトールークより、ひと回りもふた回りも大きいらしかった。


ガトールークは、ズボンを脱いだ───

…というよりはベルトを締めてもずり落ちてくるので、履くのを諦めた。

「シャツはこれでいいや。

ズボンだけ、他のない?」


「メアリーの引き出しから、探してみっぺ」

ジプラはたんすを開けて中をまさぐりだす。


ロコが笑った。

「ガトールーク、それ、しゃつじゃないみたいだネ」


ガトールークは腕を広げて、姿見の前に立った。


「すごいな、俺、胴体正方形じゃん」


腰まですっぽり隠れるチェック柄のシャツの、余分な袖をまくし上げながら、ガトールークは笑顔を見せた。


「これさ、履けるべ?」

ジプラが、一本のデニムをガトールークに渡す。


試しに脚を通してみると、


…ジムシーのよりは、履ける。


「これでよし、と」

ガトールークはズボンの裾を折って、ズボンのウエストをベルトで絞った。

「じゃ悪いけど、服、借りてくよ。

洗ってまた返しに来るから」


ジプラがしわくちゃの顔で笑い、


…それから彼は、一転して怪訝な表情を見せた。


「それにしても、あんちゃん」 「ん、何?」

「本当に、森さ行くんだべか?

まっすぐうちさ帰った方がいいべ」


「行くよ、森」

ガトールークは、即答した。

「だって気になることがあるんだ、このままじゃ気持ち悪いよ」


「あんまり出歩かねえ方がよかっぺと思うけんどなあ…」

ジプラが、顔を曇らせた。

「あんちゃんには言ってなかったけんど、おらの息子夫婦も、どっか行っちまったんだべ。

もし、森さいる魔物が犯人なら、あんちゃんも危ねえ」


「平気さ、絶対無事で帰ってくるよ。

…俺も、

…ジムシーさんとメアリーさん?も、

きっと」


ガトールークは、ロコを抱き上げた。


「さあ、行こう」

「うん、わかった」


「それじゃジプラさん、一晩お世話になりました」

ぺこりと頭を下げたガトールーク。


「んだ、また遊びに来るべ!」

ジプラは最後に、笑ってくれた。




雲ひとつなく遠くまで澄んだ空をあおぎながら、一人と一匹は、言葉少なに歩む。



やがてガトールークたちは、畑に挟まれた道を抜け、森の柔らかい土を踏んだ。

彼は前を行くロコの小さい背中について、森の奥へ、奥へと進んでいく。



彼が常日頃考え事をする切り株を通り過ぎると、

…樹々が無造作に生い茂る、ほとんど人の手が入っていなそうな場所に出た。


「こんなふうになってたんたんだ…

普段ここまで来ないから、全然知らなかった」

ガトールークが、口を開く。


ロコが返した。

「もうすぐ、ぼくたちのすんでるとこの、いりぐち」


ガトールークの靴が、枯れ枝を踏んで、音をたてる。


落ちた針葉樹の葉の匂いに包まれた場所。

日の光が樹に遮られて、なんだか肌寒い。


「ガトールーク、」

ロコがガトールークに呼びかけた、


─────その瞬間、


ロコの小さな黄色い体が、宙に引きずられた!


「ロコ!」

ガトールークはとっさに、ロコをたぐりよせた。


ロコの頭をつかまえているのは、


「…シードヴィッツ!」


「プ、プキュー!キュー、キュー!」

ロコは完全にパニック状態だ。


「フレイア!」


ガトールークの声とともに、ヴィッツの体が炎上する。


もだえるシードヴィッツからロコをもぎ取り、ガトールークはあたりを見渡す。


激しく折り重なる羽音。

シードヴィッツはこの一体だけではないらしい。


「が、ガトールーク」

ロコが震える声で、ガトールークに訴えた。


「い、いりぐち、すぐそこ」

「すぐそこ?どこだ?」

「しろいみきの、きのねもと」


白い幹。

それはすぐに見つかった。

ホビット一匹がやっと入れそうな穴が、口を開けている。


ガトールークは、その穴に駆け寄り、ロコを押し込んだ。


向かってくるシードヴィッツを焼き払う隙に、彼は、ひとつ宙返りをした。

小さなホビットに姿が変わる。


「ロコ、行こう!

ほら、早く!」

「う、うん」


ガトールークはロコをせかし、暗い洞窟の中に駆け込んでいった。





「なんにも見えない。

ロコ、いるか?」

「いるヨ、ここに」

「…ロコは、暗くても平気なのか?」

「うん、ぼく、みえるヨ!

ガトールーク、ここ」


ロコの三本指が、今はロコのそれと同じ形状であるガトールークの手を握る。


「つれてってあげるネ」

「ありがとう、

た、頼むから放さないでくれよ」

「うん、だいじょぶ」


ロコに手を引かれ、湿ったような土壁の中を歩む。


「ガトールーク、あしもとにいしあるヨ、きをつけて」

「い、石?

…あ痛っ!」

「ガトールーク、ころんだ」

「わ、わかってるよそんなの!

ホビットって、楽じゃないな…」

「にんげんも、くらいとこ、みえればいいのにネ」

「ほんとだよ、まったく…


…ん?」


ガトールークの視界に、うっすらと何かがうつりはじめる。

揺れる帽子、

…ロコの後ろ姿だ。

わずかだが、光が入ってきている。


「ロコ、ちょっと見えるようになってきた」

「うん、もうすぐ、ぼくのむらだヨ」


ロコが答えるのに合わせるように、暖かい光がさしはじめる。

だんだんと視野が明るくなるのを感じて、ガトールークは、目をこすった。



通ってきた穴が、ふいに広くなる。


ロコが、ガトールークの手を引っ張って、走りだした。


「ついた! ついたヨ、ガトールーク!」

「ちょ、ちょっと!

待てよっ、ロコ!速いってば!」


必死にロコの後をついて駆けるガトールークは、


… やがて、 目の前に広がる光景に、思わず息をのんだ。


「…す、

…すっげー」


ここは地面の中だというのに、緑がしげっている。

高い天井にはまった、白く優しい輝きを帯びた、巨大なクリスタル。

それが自然発光し、太陽のごとく洞窟内を照らしているのだ。

透明なわき水のほとりには、かわいらしい家が行儀よく並んでいる。


「土の下に、こんな場所があったなんて…

キレイだ、…すごく」

ガトールークは、うっとりとため息をつく。


「でしょ!」

ロコが、にっこり笑った。

「ぼくネ、ここ、すき!」



「なんだ、ロコ? よそ者か?」


張りのある男らしい声が、後ろから、ガトールークとロコに投げかけられた。

彼らは振り返る。


小さなくわをかついだイエローホビットだ。


「ドット!」

ロコが駆け寄る。


ドットと呼ばれたそれは、ロコをまなざして、続け た。


「なあ、メーダゲートに与える人間の目星はついたのか?」

「…えと、それは…」

「…まだなら、よそのホビットと遊んでる場合じゃねーだろ」

「…あの…」


ロコが口ごもるのを見て、ガトールークは、ドットの肩を叩く。


「ああ悪いけど、今この村は大変なんだ。

さっさと出てってくれねーかな、よそ者」

「…生け贄は、俺だよ」

「…は?」


ガトールークは、ひょいと宙返りした。

みるみるうちに、黄色い耳は引っ込んで体が大きくなり、若葉色の髪が姿を現した。


「な、なんだあ?!」

ドットは腰を抜かしている。


ロコが跳びはねた。

「まほうだヨ!

ガトールーク、まほうがつかえるノ!」


「魔法?!

…まさか人間が、…

そんなはずねえよ、手品かなんかだろ」

ドットはやっと立ち上がり、ガトールークの全身をなめ回すように眺めている。

「…まあ、人間なら何でもいいや。

生け贄になってくれるつもりみてえだし、おあつらえ向きだ」


「…ガトールーク…

しんじゃうノ?」

ロコがうるんだ目で、ガトールークを見上げた。


「あったり前だろーが、生け贄は死ぬに決まってん だろ?!」

ドットが声を荒げる。


「俺は死なないよ、ドット」

…ガトールークが、返した。


「…死なない?!

何言ってんだ、てめえ頭おかしいんじゃねーのか?!」

「おかしくないさ、俺は死なない。

さっきお前が言ったメーダゲートっていうのが、この村を苦しめてるんだろ」

「偉そうな口ききやがって、人間なんかに何ができるっつーんだよ!」


「そいつを、倒す」

ガトールークの微笑を帯びた声が、はっきりと、刻んだ。

「生け贄のふりをして、そいつに近づくんだ。

どうにかして、メーダゲートをここから追い出す」


「…そんなこと、できるノ…?

あぶないヨ、ガトールーク」

ロコがガトールークの脚にすり寄った。


ドットがつけ加える。

「オレらのためを思うなら、てめえは大人しく生け贄になってりゃいいんだよ、人間」


「…そんなはず、ないだろ」

ガトールークは、ドットを両手でつかみ、目の前に 持ってきた。


「っちょ、なんだよ!放せ!」


暴れるドットに、彼は、静かに語りかける。


「…なあ、仮に今、俺が生け贄になったなら、お前たちはまた、人間をさらうんだろう?」

「仕方ねえだろ、他に方法がねえんだよ!」

「ここから一番近いマリ村の人がいなくなったらどうするんだ?」

「また新しい人間を探しに行くだけだ」

「…お前たちがどういう方法で人間をここまで連れてきてるのかは知らないけど、絶対いつか、間に合わなくなる。

…そうなったら、ホビットたちが、エネルギーにされるんだろう?」

「…」

「俺はそんなの嫌だ。

訳がわからないまま生け贄にされる人間も、そんなことにおびえながら暮らしていくホビットも、

…見てるの、辛いよ」

「じゃ、どうしろってんだよ?!」


「だから俺がやるんだ!」

ガトールークは、ドットの瞳を見据えた。

「だって誰かがやらなきゃ、ずっと終わらないだろ?

絶対にメーダゲートをやっつけてみせる。

信じてくれ、ドット!」


ドットはガトールークの手を振り払い、地面に落ちた。


彼は、ガトールークから顔をそむけ、歯ぎしりする。



「やらせてみたらいいじゃない」


ドットがその声に振り向く。


ガトールークが顔を上げると、

…いつのまにか、周囲には、たくさんのホビットたちが集まって、

───一人の人間を、見上げていた。


ドットに声をかけた、帽子に花を飾ったホビットが、つけ加える。

「だって、わたしたちでは、もう、どうにもならないもの…」


周りを取り巻くホビットたちが、口々に重ねた。


「悪くない話じゃないか」

「魔法使いなんだろう?

それなら、見込みはある」

「信じても、いいと思うわ」

「めったにないチャンスだ、逃す手はないぞ」


「ガトールーク、いいひとだヨ!

ねえ、ドット!」


「…そうかよ」

…ドットが、ゆっくりと身を起こす。


彼は、ガトールークに、うなるように言った。

「…そんなに言うなら、やってみろよ

…ただし失敗したら、てめえはただの生け贄だからな」


「…ありがとう、ドット、皆」

ガトールークは、頬を紅潮させた。

「きっと、うまくやってみせる」



突然乗り込んできた異種族を信用してくれた彼らを 裏切りたくない。


ガトールークは、静かに、深く、息を吸い込んだ。


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