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Ⅲ:事の真相

「ふう」

ガトールークは、畑の脇の地面に身を投げ出した。


小さいながらに一生懸命草むしりをしていたロコも、完全にへばっている。

「つかれたヨー」


「いんやあ、三人さいると、仕事が早えべ」

ジプラが首にかけたタオルで汗をぬぐいながら、木陰に腰を下ろした。


ジプラはふと、訊いた。


「そういえば、あんちゃん」

「何?」

「あんちゃんは、なしてあの森にいたんだべ?」


ああ、と、ガトールークは微笑する。

「ちょっと頭がさえないとき、昔っからたいがいあそこに行くんだ。

何となくのんびりしてると、案外いい考えが浮かぶんだよな」


「それって、いまそこにみえる、あのもり?」

「そうそう、あれ」


「そ、そこ、だめだヨ!」

ロコが、真っ青になって、震える声で、半ば叫ぶように言う。

「すごく、すごくこわいまものがすみはじめたんだヨ!

いくと、たいへんだヨ!

ガトールーク、しんじゃうヨ!」


「はあ、そったらおっかねえ魔物が出るべ?」

ジプラが顔をしかめた。

「んだば、あの森に魔物が増えたのも、それが原因だっぺ。くわばら、くわばら」


ガトールークは、ロコを抱き上げて、優しく頭をなでる。

「大丈夫、俺はあんまり奥に入らないし、そんなすごいやつ来たらすぐ逃げるから!

心配してくれて、ありがとうな」


ロコはうなずいたが、

…その表情は、なんだか晴れない。


ガトールークは、

…黙って、小さなホビットを、胸に、そっと押し当てた。



ジプラが、広い空を眺める。

「夕焼けがきれいだべ、もうすぐ日が落ちるなあ」


「夕焼けか、それじゃ、明日もきっと晴れだな!」

「んだ、今年はおてんとさまの機嫌がいいべ」


ジプラは立ち上がる。

彼は、ガトールークを振り向き、続けた。


「あんちゃん、今夜はうちさ泊まっていくべ」

「え?」

「夜さなると、ここらは街灯さねくて、危ねえべ?

その小せえ魔物もそうだあ、うっかりしてっと、足のでけえコウモリさ出て、食われちまうっぺ」


「足のでかいコウモリ?」

「んだ、最近出始めたんだべさ」


ガトールークは、ははあ、と、腕を組んだ。


恐らく、『シードヴィッツ』という魔物だろう。

コウモリに似てはいるが、無論似て非なるものだ。


まず、シードヴィッツは獣でない。

植物の魔物だ。

一体いると、シードヴィッツたちは新たな種を撒き、そこからさらにシードヴィッツが生えてくるのである。

しかし植物だが空は飛ぶし、狩りをする。

捕食のために、強靭な羽と、体の何倍もある大きな脚がついているのである。

簡潔にまとめるならば、自発的な食肉植物だと言えるだろう。


「…ああ…

…でかい脚…か」


…シードヴィッツが何体か集まれば、人を一人運ぶくらい、なんのことはないかもしれない。


いや、

しかし、シードヴィッツが集落に集団で押し寄せてきたら、羽音でわかりそうなものだ。

やはりどこか不自然である。


次の村人が消えるのは恐らく明日、

なんとかそれまでに、原因を突き止めて… ───────



「ガトールーク、ガトールーク!」


彼は、はっと顔をあげた。


「ガトールーク、ぼーっとしてたヨ?」

ロコが、あぐらをかいたガトールークの膝に座って、彼を見上げている。


「ごめんごめん、ふと考えちゃってさ」

彼は頭をかいた。


「ほれ、そろそろ行くべ」

ジプラが、ガトールークに声をかける。


いつのまにか、空は紅色を失い、淡く紺青をさしはじめている。


ガトールークは、ロコを抱いて、立ち上がった。

「ああ、そうだな。

襲われても困るしな!」


「んだ、行くべ」



前を歩むジプラの背についていきながら、ガトールークは、宙に右手を掲げた。


「ガトールーク、なにしてるノ?」

「ん?

俺の家にいるじいさんに、ちょっと連絡」


ぼんやりと光をまとうその指先に、一羽の小鳥がとまる。


彼が、小鳥に話しかけた。

「じいさん、俺今夜は帰らないから、晩飯いらない。

急でごめんな。

あー…

…あとそれから、もしかすると、明日も戻らないかもしれないから。

何かあったら、俺はマリ村にいる…かもしれないけど、そうとは限らないから、そこらへんはうまくやってくれよな。

じゃ、お休み────」


小鳥が、緑色に輝く。

それは身震いをひとつして、羽を広げ、すばやく飛び立っていった。


… ぽかんとしているロコ。


「俺がおかしくなったと思ったか?」

ガトールークは微笑する。

「あの鳥は、俺が一緒に暮らしてるじいさんのとこへ飛んでって、俺が今言ったのとおんなじことをしゃべってくれるんだ」


「ほお、あんちゃんすげえなあ、鳥使いだべか?」

ジプラも聞いていたらしい。


ガトールークは返す。

「ちょっと違うな。

俺は魔法使いなんだ、ジプラさん」


「魔法使い?

そったらもん、おとぎ話にしか出てこねえべ」

ジプラは首をかしげる。


「ま、そうだよな」

彼は、笑った。

「鳥使いみたいなもんだと思ってくれていいよ、実際似たようなことやってるしな」



…そうなのだ。

人間の間では、魔法はまったくというほど普及していない。

魔法使いという言葉に馴染みがあるのは、幼子たちだけだ。

絵本の世界には、よく登場するのだが、自分は魔法使いだと名乗ったところでまず信用はなく、現実の職業としてのステータス価値はゼロに等しいのである。


国家規模の手柄をたてることに貪欲ならばガトールークも有名になるのだろうが、あいにく彼はそんなことに興味はなかった。


少なくとも今彼は、目の前にある失踪事件にしか、意識が向いていないのである。



歩くうち、彼は、ロコに話しかけた。


「なあ、ロコ」

「なに?」

「お前の言ってた怖い魔物は、人間を食べるんだよな?」


ロコがふいに、体を固くした。

ガトールークは、続ける。


「どんな魔物なんだ?

…村まで来て、人をさらっていったりとか…」

「た、たべないヨ」


…?


ガトールークは、ロコの返答に違和感を感じた。


「だって、俺は森に行くと死んじゃうんじゃないのか?」

「うん」

「でも、食べないんだろ?」


そこまで言って、ロコが、はっと目を開く。


「う、ううん、たべる」

「…食べないんじゃないのか?」

「…たべる」


… ガトールークは、ロコが震えるのを感じて、口をつぐんだ。


村の明かりは、もう、すぐそこに見える。





「あんちゃん、風呂さ上がったべー」


青と白の縦縞が目立つ寝間着姿で、ジプラが、ガトールークを呼びに来た。


「あ、うん。ありがとう」


彼は、ロコをつまみ上げる。


「ロコ、一緒に入ろう」

「うん、はいるヨ!」




「わーい!」


風呂場まで行くと、ロコは服を脱ぎ捨て、しぶきを上げ、一目散に浴槽に飛び込んだ。


ガトールークはロコの服を拾って適当にたたみ、自分もシャツのボタンをはずす。


そのとき、


「プギャッ?!ギュッ、キュッ」


…水音に混ざって、ロコの鳴き声がする。


ガトールークはとっさに、半開きの風呂場のドアから湯船に目をやった。


ロコが浮き沈みしながら、必死にもがいている!


彼はすぐに、溺れているロコをすくい上げた。


「ああよかった、ロコ!」

せき込むホビットを、ガトールークは抱きしめる。


「こ、こわかったヨー!」

「ばか、人間用の湯船なんだから足つかなくて当たり前だろ」

「そ、そうだネ」


彼らは顔を見合わせて笑う。

ガトールークが桶に湯を張ってやり、そこにロコを入れた。


…彼は、無邪気なロコを問い詰めるのが少し酷な気がして、ベルトを外す手をしばし止める。


しかし、ロコはせかした。

「ガトールークもはやくはいろうヨー、きもちいいヨー!」


… もはや後には引けない。


ガトールークはさっさと服を脱いで、湯船につかった。



「なあ、ロコ」


彼は、切り出した。


「お前、俺に何黙ってるんだ?」


表情をこわばらせ、顔をそむけるロコを、ガトールークは自分の方に向かせた。


「何を隠してるんだよ?」

「…」

「…この村の人たちがいなくなるの、お前たちが原因なんじゃないのか」

「…」

「…ホビットたちが、村人をさらってるんじゃ、

…違うか、ロコ」


ロコの小さな目から、涙が溢れだした。


「ごめん、…言い過ぎた」

ガトールークは、ロコから目を放す。


「…ううん」

ロコが、首を横に振った。

「ガトールークのいってること、あってるヨ」


「…え?

…本当…なのか」


ロコはうなずき、続けた。


「ぼくたちのすんでるとこのもっとおくに、まものがすみはじめたノ。

なんだかおっきくて、こわいやつ。

ホビットはよわいから、まもってやるって。

でもネ、ふつかにいっぺん、“いけにえ”のにんげんをつれてこないと、ぼくたちを、“えねるぎー”にするって…」

「エネルギーに?」

「さいしょは、ぼくたち、うたがって、にんげんをつれてかなかった。

そしたら、ちょうろうがネ、えねるぎーをとられて、いしになって────

…それで、ぼくたちは、どうしたらいいかわからなくって、

…しかたないから、

…にんげんを、さらった」



「…さらった人間も皆、石になったのか」

「…うん」


ガトールークの頭にずっとかかっていたもやが晴れた。


侵入者が地中からであったことは確かだったが、侵入者は主犯でなく、その先に元締めがいたとは。


「ぼく、いっぱいうそついた…

たべものがないっていうのも、たまたまガトールークにあったっていうのも、みんなうそ

…ぼく、ガトールークをつれていこうって、ちょっとだけおもってた

…ごめんなさい」


「いいよ、そんなの。

しゃべってくれてありがとな」

ガトールークは、うつむくロコの頭をなでる。

「俺、明日、そいつのとこに行くよ」


「…え?!

ガトールーク、あぶないヨ?!」

ロコが目を見開いた。

「ガトールーク、いしになっちゃうヨ?!

ぼく、やだヨー!」


「ロコは心配性だなあ!

大丈夫、きっとうまくやるさ!」


ガトールークの満面の笑みにつられて、 …ロコが、微笑んだ。


「ガトールーク、なんだか、すっきりしたかお」

「ん?そうか?

俺、そんな分かりやすい顔してた?」

「してたしてた、へんなかお!」

「変な顔?!

悪かったな、変な顔で!」


それはあっというまに、水のかけあいに発展した。


「おうい、あんちゃん、それにちっこいの。

そったら長えこと風呂さ入ってたら、ふやけっぺ」


一人と一匹は、ジプラにそう注意されるまで、飽きもせず風呂場で遊んでいた。

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