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Ⅰ:消えた村人

「…できた?!」


ガトールークは、思わず声をあげた。 地下室の土壁に反響し、こだまする。


手にした樫の杖は、煙を上げて、先端がなくなっている。

しかしそんなことに構う理性は、今の彼にはない。


彼は、もはや杖とも呼べない樫の木の棒を投げ捨て、両手を組んだ。


そして、詠唱する。


「トワイライト・トゥエール!

光の加護を!

ライトニング・パニッシュ!」


凄まじい輝きとともに、部屋の中央に立っていた丸太のうちの一本が跡形もなく消え去る。

一枚岩の床には浅いクレーターが刻まれた。


「や、やったあ!」


自分以外誰もいない、薄暗い地下室で、ガトールークは跳び上がった。


長らく練習を重ねたあげく、並の人間には無理だと言われる光魔法が、今、確かに使えたのである。


ガトールークは散らかった地下室───魔法の実験場の片付けもせず、地上へ続く階段を駆け上がった。

一番に、教会へ行って自慢したかったのだ。


しかし階段を上がりきったところで、


「うわ、うわわっ」


鈴の音のような声が、嬉々とする彼の耳に触れる。


「が、ガトールークさん! 手、…その手、どうしたの?!」


ガトールークは振り返った。


カウンター越しに、金髪の美しい、見目麗しき魔族の青年の姿。


ガトールークの数少ない友達、ペガサスナイトのセレスティーナだ。


ガトールークははっと我に返り、セレスティーナの方へ歩いていく。


「よっ、セレスティーナ。今日は何だ?」


しかしセレスティーナは、ガトールークを眼前に、 後ずさった。

彼はその蒼い眼をおびえさせて、頬を白くしている。


ガトールークは首をかしげた。


「どうしたんだよ、セレスティーナ」

「ガトールークさん、い、痛くないの?!」

「…何が?」

「手だよ、手!」


ガトールークは、自分の手を掲げて見て、


「うわっ!」


…驚いた。


血みどろである。

たまに強力な魔法を使うとひびが切れることくらいはあったが、ここまで血濡れているのは初めてだ。

さすがのガトールークも顔面を蒼白にした。


「は、早く手当てしてもらわなくちゃ!

僕の用事なんていつでも平気だから!

さあ、早く!」

「あ、ああ」


ガトールークは、店の裏口から飛び出した。

狭い路地を挟んで、教会の裏口がある。


ガトールークは、ドアを足で蹴って開け、呼んだ。

「じいさん、じいさん!」


「なんじゃ、騒々しい」


教会の掃除をしていたのか、ジェニファントはモップを持ったまま、奥から出てきた。


…そして、 突然、眉をつり上げた。


「なんじゃガトールーク、その手は?!」

「え、いやその…

そうそう、光魔法がやっと完成して、そのー…」

「言い訳はいらん、見りゃわかるわい!

魔法ばかりにうつつをぬかしおって、大馬鹿者が!」

「ひえっ!ごめんなさーい!」





「…す、すごいね、それ」

カウンターで待っていたセレスティーナが、困ったように笑う。


「大袈裟なんだよ、別に傷自体はたいして深くもなかったのに」

ガトールークは、包帯ですっぽり覆われ、既に白い固まりでしかない腕を掲げた。


「心配なんだよ、ガトールークさんのことが。いっつも無茶ばっかりして…」

「はいはい、お説教はじいさんだけで十分!

で、今日は何の用事なんだよ?」


「ああ、そうそう」

セレスティーナが、カウンターから身を乗り出す。

「ガトールークさんに訊きたいことがあって」


「え、俺に?」

「うん、最近、城下のマリ村で起きてる事件のことなんだけどね… 何だか、変な感じなんだ」

「へえ、どんな?」

「…マリ村の人が、次々に消えていくんだって …

二日にいっぺん、一人ずつ」


「ふうん…」

「僕たちナイトも村で見張りをしているんだけど、全然捕まらなくって…

どうしたらいいかな」


「…え?」

ガトールークは目を見開いた。

「それを俺に訊きに来たのか?!」


「うん、ガトールークさんは読書家で昔のことをよく知ってるから、もしかしたら妙案があるんじゃないかと思って!

頭も僕なんかよりずっと切れるし…」

セレスティーナは元気にうなずく。


「俺、そんな誉められるような人間じゃないぞ!」

ガトールークは腕組みをした。

「でもそれは困ったなあ。

妙案か、妙案ねえ…」


ガトールークは、椅子にどっかと座り、足を組んで、まぶたを閉じる。


… 暫しの沈黙のうち、


「…ダメだ、…」


ガトールークはぬらりと立ち上がり、店の裏口から出ていった。



「行っちゃった…」

セレスティーナはつぶやく。


ガトールークが集中力を高めて思案するとき、どこか充実した顔をしている。

彼は、こういうとき、間違いなく、鮮やかなひらめきを持って帰ってくる。


そのときの、はじける笑顔!


セレスティーナは思わず、含み笑いをした。







ガトールークは、巨大な切り株に、腰を下ろす。

勢いで横になる。

思いもかけず、包帯の固まりとなった腕が、枕にちょうどいい。


空を見上げた。

折り重なった樹々の間をぬってくる朝の木漏れ日が、ガトールークの白い肌に若葉色の影を落とし た。


風を頬に感じて、ガトールークは、まどろみはじめる。


心地よく沈んでいく意識の中で、彼は、思案を続けた。



ナイトたちが村で張っている。

村の入り口からの侵入者を見逃すはずはない。


ならば、どこから入っている?


空から?

いや、それは目立ちすぎる。

絶対に無いとは言えないが、影を落とすだろうし、音も風も立ちそうなものだ。


ならば、地面か?

地面を掘り進んで来るのかもしれない。

空から舞い降りるよりは目立たないだろう。

こっちの方が有力だ。


あるいは… 空間移動?

もしそうならば、後を追いづらい。

あとに残った微量な魔力を追跡するほかはないだろう。


しかし、空、地面、あるいは空間移動だった場合、少なくとも並の人間には困難ではないだろうか。


人間じゃない?


ならば…


…。







…おうい。 おい、あんちゃん。 起きてくれよう。


「え?あ、 う…ん」


ガトールークは、寝返りをうって、


「…ぶっ」


落ちた。


彼がまぶたをこすると、

周りは芝生だ。

切り株から転げ落ちたのである。


いつの間にか熟睡していた。

昨日は夜通し魔法に明け暮れていたから、無理もない。


ガトールークが体を起こして目を上げると、

麦わら帽子を被った痩せ型の男が、そこに立っていた。


男は、言った。

「あんちゃん、こったらとこで寝てりゃあ、魔物に襲われっぺ」


「あ、ここ、魔物出るんだ…?」

「んだ。昔は平和だったんだけんど、最近は村の近くまで来っぺさ。

危ねえから、おらももう戻るとこだっぺ」


…村?


ガトールークは、とっさに訊いた。


「おじさん、マリ村の人?」

「んだ、おらあ、マリ村のジプラってんだ」

「ふーん、ジプラさんか。

俺はガトールーク、宜しくな」


ジプラの手を握りながら、ガトールークは、考えた。


そして、言った。

「ジプラさん、突然悪いんだけど、俺、朝から何も食ってなくてさ…

なんかもらえないかな」


ジプラは、日に焼けた顔で、にかっと笑う。

「よかっぺ、たいしたもんはねえけんど、食ってくべ。

おらんちまでついてこい」

「ありがとうジプラさん、恩に着るよ」


うまくいった。

村のすみずみまで調査ができる。


ガトールークは、前を行くジプラの背中を見ながら、微笑を浮かべた。

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