肝試し(後編)
かなりお久しぶりになってしまいました。
肝試しの季節はすっかり終わってしまった……。
「────それでね、その女の子は僕に向かってこう言ったんだ」
暗くて人通りのない夜道に、春馬君の声だけが響き渡る。
「『助けて』って……」
「……」
「今にも泣きそうな顔で、何度も。僕はマズイと思ってすぐに逃げ出したんだけど、後ろから追いかけてくる気配がする。僕は必死に逃げ回って、やっと逃げ切ったと思って顔をあげたら────目の前に、その女の子が立ってた」
「ひっ……」
「いやぁ、あの時は本当にびっくりしたよね」
今まで神妙な表情で話していたのが一変、いつものような笑顔に戻って何事でもないように言う春馬君。
カイトが目的地に着くまでに雰囲気を出したいとかで、春馬君に何か話せって言ったんだけど……怖すぎ! 実体験だからなおさら!
アルなんかもう一言も喋ってない。
「なんか雰囲気出てきたじゃねーか!」
カイトは何故かテンションがあがっている。怪奇オタクの思考回路はよく分かんない……。
「よし、着いたっ」
先頭を歩いていたカイトが、そう言って足を止めた。
「うっわ……」
そこはボロボロになってもう誰も住んでいそうにない、お寺だった。
隣にはもちろん、お墓つき。
「おお、なんか出てきそうですね」
「こういう所って集まりやすいからね」
里香ちゃんと春馬君は暢気にそんな会話をしている。
「んじゃ、こっからは単独行動な!」
「へっ?!」
カイトがいきなりそんなことを言い出した。
「あたりまえだろ? そんじゃなきゃ面白くねぇじゃん」
「せ、せめてペアで行動するとか……」
「そんなんじゃ肝試しの意味がねぇだろーよ。それにお前、頭の中に2人いるじゃん。ってことで、ルート説明するぞー」
「ええええぇぇ……」
頭の中にいるって言われても、どれも私なんですけど……。
説得の甲斐なく、私たちはバラバラにお寺を回ることになった。
ルートは、お墓の方をぐるっと回ってから、お寺の前で手を合わせて、ここの反対にある裏口に行くというもの。
そしてその順番は、じゃんけんで決めることになった。
「じゃーんけーんほいっ」
結果は、瑠衣君、春馬君、里香ちゃん、カイト、私の順番。……って私最後じゃん!
「んじゃ、いってらー」
カイトが早速瑠衣君を送り出す。それから5分間隔で1人、また1人と出発していった。
「おし、やっと俺だな!」
時計を見て5分を計っていたカイトが、顔をあげて言った。
「お前も、5分たったら絶対来いよ! 近道とかしたらもう一回りさせるぞ!」
「うー……」
そう釘をさしてから、カイトはノリノリで出発してしまった。
そして、取り残される私。
がさがさと、風で木々が揺れる音がする。
携帯の時間表示を見るが、一向に時間が進まない。
<ここ……気味わるぅ>
シーナが呟いた。
「ホント。来るんじゃなかった」
<だから言ったんじゃねーか!>
アルがすかさず言ってきた。
声が振るえているのは、きっと気のせいじゃないだろう。
丁度5分たったので、少し早歩きで私は出発した。
がさがさっ……
「ひっ」
さっきから、風が吹くたびに悲鳴をあげている。
もう……帰りたい……。
『やっと逃げ切ったと思って顔をあげたら────目の前に、その女の子が……』
「うぅ……」
こういう時に限って、さっきの春馬君の話を思い出してしまう。
するとシーナの、この雰囲気にそぐわない能天気な声がした。
<よし、こんな時は歌を歌お~>
「いや、歌ってる気分じゃないんだけど……」
<いっくよ~>
有無を言わさず、シーナは歌いだした。
<ある~日♪>
「この状況でその曲選……」
<悠ちゃん!>
「……あるーひ」
<森の中♪>
「森の中」
<くまさーんに♪>
「くまさーんに」
<であーった♪>
「であーった」
まさかの一人輪唱。
途中からやけになっていって、がむしゃらに歌っていた。
「やっと着いた」
目の前には、今にも崩れ落ちそうなほどにボロボロのお寺が建っていた。
パンパンッと手を叩き、そのまま礼をしてみんなのいる出口へと走って向かう。
「あ、おーい!」
出口に行くと、カイトが見つけて手を振ってきた。
ほっとして、少し涙が出そうになる。
「おわったぁー」
「ふふ、お疲れ様です」
里香ちゃんが、笑いかけてくれた。
するといきなり、カイトが何故か目を輝かせながら話しかけてきた。
「おいっ、お前も聞いたか?」
「? 何が?」
「歌だよ! どこからともなく、女の声で、歌が聞こえたんだ!」
「……」
「お前も聞こえたよなっ? なっ?」
「あー……」
カイトのテンションは最高潮になっている。
さすがに「それは私の歌ってた声だ」とは言えなかった。
「何にも聞こえなかったよ。聞き間違いじゃないの?」
「んなわけあるか! 戻って確かめるぞ!」
「確かめない!」
ぐずるカイトを無理やり引っ張り、帰路につく。
カイトは帰り道も、ずっと主張を続けていた。
「ぜってぇー聞こえたんだって!」
「はいはい」
「しかも輪唱するみたいに、2人の声が交互に聞こえてたんだぞ!」
「はいは……」
……ん?
「聞こえたのって2人……だったの?」
「おうよ! なんでみんな聞こえてねぇんだよー」
私が輪唱してたのはシーナとで、つまり外の人から見れば歌声は私のしか聞こえないわけで、
「……」
全身に、悪寒が走った。血の気がサアッ……と引いていくのが分かる。
<おいおいおいおい……>
アルの怯えた声も、うまく耳に届かない。
よし、忘れよう。うん。
あは、あはははははは……。




