風邪
「はっくしょい!」
ある日の放課後。
部活の最中、いきなりカイトが横で大きなくしゃみをした。
「うー、風邪引いたかも」
ティッシュで鼻をかみながら、カイトが言う。
「へー、バカは風邪引かないって嘘だったんだね」
「うるせー」
「最近気温の差が激しいですからね。今日は早く帰られたほうがいいのでは?」
「うん、こっちにうつされても困るし」
瑠衣君もうなづいている。
「だなー。じゃ、帰るわー」
カイトは私たちの忠告に素直にしたがって、そそくさと部室を出て行った。
「珍しいね、カイトが風邪なんて」
「ですね。大丈夫でしょうか」
<まぁ、明日にはケロッとしてそうだけどな>
確かに。そんな気がする。
こうして心配もそこそこに、いつも通りの部活が始まった。
「あ、ヤバい」
朝起きてベットから降りた時、私は思わずつぶやいた。
<悠ちゃん、どうかした~?>
「ノド痛い。完璧風邪引いた」
<よかったじゃねぇか。バカじゃないって証明されたぞ>
「うるさい」
熱は無かったので、学校を休むほどではない。
私はマスクをつけて学校に行くことにした。
「絶対カイトにうつされた~」
最悪だ。私の場合、風邪を引くとかなり「厄介なこと」になる。
悪化しなければいいけど……。
ああ、頭痛い。喉痛い。超痛い。
どうしよう、絶対悪化した。
学校が終わった時には、かなりフラフラな状態になっていた。
里香ちゃんに今日は部活休むと言いに行こうか。
<悠ちゃん、だいじょーぶ?>
「あ、頭に響く……」
心配してくれるのはありがたいんだけど、喋りかけられるとめっちゃ頭がガンガンする。
「里香ちゃ~ん。今日部活休む……」
「桜庭さん大丈夫ですか!? すごくフラフラしてますけど……」
「多分カイトに風邪うつされた」
「そうですか……」
「よお!」
廊下で2人話していると、その本人が笑顔でやってきた。
「風邪治った!」
「人にうつして治すってタチ悪いよね……」
「?」
もう怒る気力も失せ、黙って家に帰ろうとして────
「あっ!」
唐突に、意識が後ろに引っ張られるような感じがした。
「? 桜庭さん、大丈夫ですか?」
一瞬身体がふらついて、次の瞬間には、
「ふっふっふっ。身体奪ったり!」
<なぁ!?>
アルに身体の主導権を奪われていた。
「ア、アルさん!?」
「おうよ!」
そう、これが「厄介なこと」である。
体力が無くなり、精神的にも弱くなる風邪を引いた時に、身体を奪われるのだ。
やばい……非常にやばい……。
ここは部室ではなく、廊下の真ん中だ。
クラスメイトに見られたら終わる!
「アルさんちょっと……」
「うお?」
里香ちゃんが、私の身体の腕を引っ張る。
連れて行かれたのは、下駄箱だった。
「身体は風邪を引いている状態なんですから、真っ直ぐおうちに帰ってください。いいですか? できるだけ誰にも会わないようにしてくださいね?」
「ちっ」
アルはしぶしぶ靴を履いた。
何故かアルは、里香ちゃんには弱いんだよね。
里香ちゃんナイス!
「……なーんてな」
……え?
「じゃーなーっ」
カバンをつかみ、ダッシュで学校を出て行く。
アルの目は、らんらんに輝いていた。
<やめっ……ばかー!>
私は、叫ぶことしかできなかった。
次の日。
風邪を引いていた身体をさらにアルに酷使されたおかげで、案の定風邪の悪化した私は、3日間ベッドの中で過ごすこととなった。
<あー楽しかった!>
<いいなぁ、シーナも行きたかった!>
「ああぁ、頭がぁ……!」
なんでこんなことになったんだろう……と考えていたら、すべてはカイトのせいだと思いつく。
カイトめ、絶対許さない……!
そしてベッドの中で私は、カイトへの怒りをつのらせながら眠りについた。




