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嘘に気付かぬ振りをして

ブログの拍手から転記したものです。短いです。

「さよなら」

「え?」

「別れよう?」

 彼の家の前。送るという彼の申し出を断り、私はそう告げた。

彼が目を丸くする。けれど、すぐに表情を戻し、ゆっくり首を縦に振った。

やわらかな表情がいつもと変わらなすぎて、つらくなる。

泣くつもりなどなかったのに、涙は頬を伝っていた。見せないように下を向く。

「紗夜?」

「何?」

 ごまかすように、明るく言った。

彼の手が髪をなでる。

「大丈夫?」

 あなたが言うのね。大丈夫、なんて言葉。

そう思ったらおかしくなった。

 あなたがつかせた私の嘘に、あなたは気付いたのでしょう? それでもあなたは微笑んでくれる。

私はね、あなたみたいに嘘が嫌いなわけじゃない。

だから、いいの。

あなたが笑顔になれるなら。私はいくらでも嘘をつく。

嘘が嫌いなあなただから、私といるはつらかったでしょう?

デートをして、キスをして。その全部がつらかったでしょう?それでも私は幸せだった。

でも、もう十分。

だからね、私が解放してあげる。

 だからあなたも嘘をついて。

何も言わなくていい。優しく微笑んでくれればいい。

ただ、頷くだけでいい。

 私が勝手に嘘をついただけ。私がただ離れたくなっただけ。

あなたの心なんて知らない。

そこに誰がいるかなんて知らない。

あなたが一度でも私のことをちゃんと見たことがあるかどうかなんて、考えなくていい。

あなたがつかせた私の嘘に、気付かないふりをして。ただ笑ってくれればいい。

それだけでいいの。

「紗夜」

「ん?」

「今までありがとう」

「…うん」

「紗夜と一緒にいられて楽しかった」

「…うん」

「またいつか会おう」

「…」

 私は彼の言葉に笑みを浮かべた。

彼が優しく頷く。

「じゃあ行くね」

「…紗夜、やっぱり送るよ」

「ううん。大丈夫」

「…」

「さようなら」

「さよなら」

 手を振る彼が小さくなって、緊張の糸がほどけた。

涙と共に声が出る。

通りの真ん中で、人目をはばからず泣いた。

歩く人たちが白い目で見てくる。けれど、気にならなかった。

「また会おう」そんな言葉を、そんな嘘を。嘘が嫌いな彼が告げた。

それが嬉しくて、それが哀しかった。

でもね、それでもいいの。

今はいい。彼が笑ってくれるなら。

私の嘘に気付かないふりをして、「さよなら」と手を振った彼が大好きでした。


「あの…大丈夫ですか?」

 座りこんでいた私に声がかけられる。

涙も拭かずに顔を上げると、一人の男性がそこにいた。

「どうしたんですか?」「もしよろしければ話聞きますよ」「あ、ナンパとかじゃないですから!」「人生、つらいことばっかりじゃないですよ!!」

 黙っている私に投げかけられる言葉。

焦りながらも必死に励ます彼に心が揺れた。

泣く私、励ます彼。通り過ぎる人たちが横目で見ていく。

囁かれる悪意のある言葉に「気にしなくていいですよ」と彼が笑った。

その笑顔が優しすぎて、胸が鳴る。

 人は嘘をつく。でも、今の音は嘘じゃない。

「あの…とりあえず立ちましょう?服が汚れますよ」

 そう言って差し伸べられる大きな手。

失恋をしたその日に恋をした。なんて現金だと思われるだろうか?

それでも、差し伸べられた手があまりに暖かく見えたから。掴むことしかできなかった。

「あの…、貴方は嘘が好きですか?」

 恋をした。

あなたのように、嘘が嫌いな人に。

でも、今度は、嘘に気付いてくれる人がいい。彼の笑顔を見て、そう思った。



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