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表面はツルツルで、指をかける事も出来ないし、ならば爪を引っ掛けて、オーブと額の皮膚の境目に爪をめり込ませようとしても、なんだか凄く硬くなってて・・・これは皮膚の硬さじゃない・・・ぞ。
「おやめください、御身を損ねます。」
「ひゃう!?」
額に埋まった宝石に気をとられてたので、ルクレールさんの手が私の前髪をあげてくれていることなんてすっかり忘れてて、変な声まで上げてしまった。
「このオーブは陛下自身・・・このオーブが傷つけば最悪命にかかわる場合もございますので。」
「ええっ!?」
思わず指先が震えた。
「ああ・・・大丈夫です。私が居ます。陛下の額・・・お体には何人たりとも指一本触れさせませんから。」
鏡の中のルクレールさんはもうホントに見ほれてしまうほど(実際見ほれてしまったんですが)綺麗で美しくて・・・かっこいい・・・さすがエルフとがった耳さえセクシーにみえてしまいます。
「少し・・・髪が痛んでますね、それと肌荒れも・・・。」
ルクレールさんの指先が髪を梳いたり、頬を軽くなでたりして感触を確かめてくるが顔から火が出るほど恥ずかしい。こんなことならもっとちゃんと髪や肌のお手入れをして置けばよかった!
「後は・・・ふむ、陛下は立派な角をお持ちですが・・・少し研磨が必要かもしれませんね。」
「あ・・・その、私研磨とか・・・したことなくて・・・。やっぱり変でしょうか?」
「いえ、研磨といっても、表面を磨き上げて艶を出すだけですよ。」
このアヴィスブルグには数こそ少ないが数え切れないほどの種族が住んでいる。
先の戦争で人間達に狩られすぎた《有角種》である私もその少数種族の一人だが、物心ついた頃には孤児院にいたし、工房に引き取られてからは小間使いよろしく家事に追われていたから、外に出るのもお使いの買出しとかのみですぐ帰らなければならなかった。
ときどき、それっぽいなという感じの人を見かけても声を欠ける勇気も時間も私には無かったのだ。
そしてそんな少数種族、《有角種》《竜尾種》《獣亜種》など様々な種族にとって、角の手入れ、毛皮の毛づくろいなどは身だしなみの一環なのだが、同種と合ったことが無い私にとって、角の研磨は聞いたことはあってもなかなか手の出しにくいもので、たまに布で拭いてみたりしたものの削ったりは恐くて出来なかったのである。
「あ・・・そういえば私まだルクレールさんに名前を言ってませんでしたよね。私の名前はオリ、オリといいます。」
「オリ様・・・ステキなお名前です。気高い響きを感じます。」
「えっ!?いや、そんな・・・そんな響き・・・しないですよ・・・。」
「それはそうと・・・実は湯殿とお召し物の用意が整っているのですが、いかがなさいますか?」
湯殿・・・というとやはりお風呂だろうか。
森の木を倒して薪にすることの無いアヴィスブルグでは、溶岩を特殊な加工で小石に加工したもので暖をとったり、料理の竈や風呂の水の中に浸して熱してお湯にしたりするのだが、何しろその技術自体がとても高度なもので、《灼熱の小石》を買う余裕の無い人たちも多く居た。
そんな人たちの為に公共の釜場や浴場もあり、特に不便は無いんだけども。
彫金工房には溶鉱炉がありかなり大きな炉や、細工に使うために《灼熱の小石》はあったけど、うちは親方がけちで小石が少なくて良く枯れ葉や小枝で火をおこしたっけ・・・ときどきそれでも足りないときは私の服を燃やしたりしてね・・・。
おかげで年中服と下着には不便していたっけ・・・。
「って・・・私の家出荷物!!」
「もちろんとってありますが・・・お召し物などは今後お好きなだけおつくりなれますが・・・とっておきますか?」
「もちろん捨ててください!!!」
正直なところあんな擦り切れた下着とかを見られたとか恥ずかしくて今すぐ死にたい。
「あ、でもその服以外の小物は・・・大事なものなので、とって置いてください。」
エーシェラから貰った小物や綺麗な石や親方の目を盗んで作ってみた指輪、使い慣れた櫛や筆記用具くらいだけど一つ一つが私にとっては大事なものだ。
「かしこまりました。では湯殿へ参りましょう。」
「あ、えっとその前に、聞きたいことが。」
「何でしょう?」
「私は本当に「宵の王」になったのですか?」
「ええ。貴方は今やこの世界の半分を手に入れた「夜の女王」私の主です。」